第3話
「あー、お腹すいたなあ。」
「うん。」
感覚的に数時間は野原を歩いている。ふたりとももう飢え死にしそう、というのは大げさかもしれないが、気分としてはそうだ。
「食べ物出て来い!」
とふたりは叫んだが、何も起こらない。どうやらこの世界の登場人物には干渉できるが、それ以外の事はできないようだ。
「どうしよう…。」
「うーん…。」
途方にくれたふたりの前に、また別の騎馬の男が近づいて来た。
「え? まさか!」
「本物だ! 本物のブルワークよ!」
「こ、今度はメインキャラだ!」
馬に乗っていたのは、間違いなくマジェスティック王国物語のメインキャラのひとり、城主ブルワークであった。
「お…おほん。」
馬の背から下りたブルワークが、ふたりに声を掛けた。
「とりあえずご婦人方、我が城に来て頂けないでしょうか?」
「固い!」
城で食事を振る舞われたふたりの台詞である。ふたりはいわゆる「マンガに出て来る肉」、つまり骨付きの炙り焼きにした肉を見て、大喜びでかじってみたのだ。マンガの描写では実に美味しそうで、一度は食べてみたいと思っていた肉だが、現実に食べてみたそれは、筋がごりごりして固く、脂身が少なくてぱさぱさした不味い肉であった。パンは古くなったフランスパンよりもさらに固く、食べているとやがて顎が疲れてきた。チーズは癖があって臭くて、とても喉を通るものではなかった。
「うーん、物語の世界が現実になると、こういうもんか。」
空想と現実の落差をふたりは思い知った。
「あまり食がお進みではないようですな。」
ブルワークが言った。
「はあ、まあ…。」
二人とも申し訳無さそうに答えた。
「お風呂の準備ができております。どうぞ。」
城に勤めている女官たちがふたりを案内した。妙に顔つきがおかしい。
「はい、私たちはその他大勢なので、キャラクターデザインも適当なんです。」
女官が答えた。
「なるほど。さすがに架空世界だ。」
「今思えば、ドレッドノ−ト盗賊団の連中も、けっこうデザインがいい加減だったっけ。」
ふたりとも妙に納得した。
「さて…。」
風呂に向かったふたりの後ろ姿を見送った後、ブルワークは騎士たちを集めて言った。
「話は聞いていると思う。あのおふたりは、リアルの世界からやってきたお方だそうだ。だが、あのお方が我らの味方になってくれるとは限らん。だが、あのふたりのご機嫌を取る方法があるらしい。」
騎士たちはブルワークの話を黙って聞いている。数日前、この世界に恐怖が訪れた時、謎の老人がやってきて、リアルの世界の事について、教えてくれたのだ。
「ご老人の話によると、あのふたりに夜伽をしないといけないらしいのだ。」
「ええーっ!!」
騎士たちが驚いて言った。
「あ、普通は夜伽というのは、男の主か客人に対して、女性をあてがう事ですよね? 逆パターンというのは、あまり聞いた事が無いのですが。」
「確かにな…しかし今回の客人は女性だ。そして…」
オホン、と咳払いをすると、ブルワークは続けた。
「カノーパス、グローリー、コンカラ−。お前たち三人をご所望だそうだ。」
「えええ!!!」
三人は驚いて言った。
「悪い! 俺は守備範囲は広いつもりだけど、あんなブスの年増は願い下げだ!」
そう言ったのはカノーパスである。
「私はイラストリアという、将来を誓った相手がいるのです。彼女を裏切る事はできません!」
そう言ったのはグローリーである。
「あの…僕、まだ経験が無いんですけど。正直自身が無いです!」
そう言ったのはコンカラーである。
「仕方あるまい。我がマジェスティック王国の最大の危機を救うためだ。ひとつ耐えてはくれまいか。」
ブルワークは悲痛な表情を作って言った。
「グローリー、お前だってイラストリアを救いたいだろう? 彼女のためにも、ここは耐えてくれんか。」
「はい、そうですね。わかりました。」
グローリーはようやく諦めたようである。
「俺はやだ! 絶対やだ!」
カノーパスはまだ諦めがついていない。
「お、どうやら風呂から上がられたようだ。」
ブルワークが振り向くと、ふたりの腐女子はバスローブをまとってやって来た。
「こちらが寝所になります。」
女官に案内されて、ふたりは寝所に向かって行った。
「カノーパス、グローリー、コンカラー、さあ行ってくれ。」
「わかりました。おいカノーパス、コンカラー、行くぞ!」
「嫌だあああ!!」
とりあえず意を決したグローリーが寝所に入って行った。その後、他の騎士たちに無理矢理羽交い締めにされて、カノーパスとコンカラーが寝所に放り込まれた。
「おい、今頃あの三人、どうしているかな?」
「可哀想に。あんなドブスの相手をさせられるとは…。」
「というか、あんな女を相手にして、そもそも勃たせる事ができるのかね?」
「うーん、俺だったら自信が無いな。」
騎士たちはひそひそと噂をしていた。
「うわああああ!!!」
寝所から、カノーパスとグローリーが飛び出してきた。
「おいお前ら。どうした?」
「気持ちはわかるが、ちゃんと相手をしないと駄目だろう。」
騎士たちが寄って来て、口々に言った。
「いや、そういうレベルの話じゃねえ!」
そう言ったのはカノーパスである。
「あいつらは女じゃねえ。」
顔面を蒼白にして、グローリーは言った。
「かろうじてギリギリ、女の姿をしているが、あいつらは女じゃねえ。女とは別の生き物だ!」
寝所では今、朝霞ユリと倉橋ふうかが、火花を散らせていた。
「だからコンカラーはカノーパスとやるんだよ!」
「違う! グローリーだ!」
ふたりの婦女子は、激しく殴り合いつかみ合いの大げんかをしていた。
「これ一体何? どういう事?」
それを見ながらコンカラーはガタガタと震えていた。
日中の盗賊団相手では、上手くいった。彼女たちの命令する通りに、盗賊団員はやおらなければならなかった。しかし、今回はうまくいかない。どうやら朝霞と倉橋の妄想が対立しているので、思う通りにいかないのだ。あの老人は妄想力の強い者が勝つと言っていたが、どうやらふたりの妄想力は、現時点では均衡しているらしい。
結局のところ、昨晩は何もできずに終わってしまった。ふたりの腐女子は眠たい目をこすりながら、朝食を食べていた。今朝の朝食は、昨日の夕食よりはまだマシであったので、ふたりは多少なりとも機嫌を取り戻した。ミルクについては、元の世界のものよりも美味しい。作り立てのバターは、さらに上等であった。まあ相変わらずパンはカチカチに固いのであるが。
グローリー、カノーパス、コンカラーの三人は、ショックでまだ立ち直れない様子である。朝になったのに、まだ顔を出していない。
「おほん、とりあえずお二人には、精一杯のもてなしをさせて頂いたつもりですが。」
そうブルワークが言った。
「ええもちろん、感謝しておりますわ。」
「そうですとも。問題はこの変態ですから!」
「どっちが変態だ!」
ふたりが火花を散らせているのを、ブルワークはただおろおろと見つめるだけであった。だが、意を決したのはか、ふたりにこう言った。
「ともかく、おふたりをただでおもてなししたつもりはございません。精一杯もてなさせて頂いた以上は、おふたり共に働いて頂かないと困ります。」
「働きって、何?」
「この城をごらんになってわかったと思いますが、女性キャラは皆、名無しのその他大勢です。」
そう言われれば…確かに女性は名無しばかりで、主要キャラがひとりもいない。
「実は、主要女性キャラは、あなたがたと同じリアル世界の住民に連れ去られてしまったのです。」
ブルワークは悲壮な声で答えた。
「たしかドレッドノート盗賊団と戦ったと聞きました。それでもうおわかりだと思いますが、この世界の住民は、あなたがたリアル世界の住民には歯が立たないのです。ですから、我々ではどうしようもないのです。」
「確かに。」
「それだけではありません。そのリアル世界の住民は、周囲の農民に厳しい税を課して、甚だ困窮しているのです。どうか、この世界を救って頂けないでしょうか?」
ふたりはしばらく考え込んだ。一体何の義理があって、女性キャラを助けないといけないのか。
「もちろんお礼は致しましょう。あなたがたのどちらでも構いません。手柄を立てたほうに、カノーパス、グローリー、コンカラ−の三人を、自由にさせてあげましょう。」
ふたりの腐女子の目が輝いた。
「よし! やります! やらせて下さい!」
ふたりの声がハモった。そしてふたりの間で、再び火花が走った。
「さて、行くか!」
当面の食料をもらい受けると、ふたりは意気揚々と出発した。城の騎士たちが、ふたりを見送った。
「ま、あのふたりのどちらが手柄を立てるかで、カノーパスとグローリー、どちらが犠牲になってもらうか決まる事になる訳だ。」
「できればグローリーに犠牲になってもらうべきだろう。何せグローリーの場合、コンカラーを女にしてくれるというから、尻穴に突っ込まなくて済むらしいからな。」
カノーパスはそう言ったが、当然だがグローリーは納得出来ない。
「いやいや、カノーパスに犠牲になってもらうべきだ。コンカラーの事を考えれば、女の姿にさせられるなんて、気の毒な事この上ない。第一、話によると尻穴ではなくて、『やおい穴』とかいう、ちんぽを突っ込むための別の穴を作ってくれるそうじゃないか。」
「いやだー! 女になるのも、やおい穴を開けられるのも嫌だー!」
コンカラーは泣き叫んでいた。
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