第2話

「う…ううん…」

 朝霞ユリと倉橋ふうかが目を覚ますと、そこは野原のど真ん中であった。周りを見渡すと山や森に取り囲まれており、そして遠くの山に西洋のお城のような建物が建っているのが見えた。

「ここは…」

「気づいたかな? ふたりとも。」

 目の前に立っていたのは、例の男、日本人離れした容姿の老人であった。

「じいさん、これは一体どういう事なんだ?!」

 倉橋ふうかが尋ねる。

「お前さんたちを、マジェスティック王国に連れて来た。」

「はあ?」

「ほら、お前さんたちの二次創作の元ネタのマジェスティック王国物語の舞台だが、忘れたのか?」

「忘れてなんかないよ! でも、一体どういう事なんだ? これって!」

「お前さんたちが二次創作の方向性で喧嘩をしているから、だったらここで好きにやればいいだろうと思って、連れて来たのだ。」

「どういう事?」

「この世界は、人間の脳内で創作された世界。だから人間の妄想でどうにでもなる世界なのじゃ。」

「どうにでもなるって…。」

「つまりじゃ。お前さんたちが妄想すれば、やおいだって、女体化だって、やり放題なのがこの世界じゃ。」

「何!!」

 あまりの事に、ふたりとも仰天した。

「ただし、妄想でこの世界を自由にする事のできる人間は、たったひとり!」

「!」

「そして妄想の力の強い人間が、この世界を支配できる!」

「!!」

「ふたりの妄想、果たしてどちらが強いかな? 思う存分戦ってみるがいい。勝った者がこの世界を自由にできる。」

「す…すごい。」

「じゃあな。勝負の決着がついて、この世界で存分に楽しんだら、元の世界に返してやろう。それまでしばしお別れじゃ。」

 その台詞を残して、老人の姿は煙のように消えてしまった。


「勝負か…」

「うーん…」

 朝霞ユリと倉橋ふうか。ふたりともその場に座り込んだまま、何もできないでいた。あまりの状態の急変に、ただただ呆然とするしかなかったのだ。

「マジェスティック王国? ここが?」

「本当に物語の中の世界なの?」

 正確な時間かは知る術も無いが、感覚的に一時間ほど経った後であった。ただ呆然と座り込んでいたふたりの所に、騎馬の集団が近づいて来た。

「おい、女がふたりで何をやっているんだ?」

 騎馬の集団のボスらしき男が、ふたりに声をかけた。

「もしかしてあんたら、ドレッドノート盗賊団?」

 朝霞ユリが尋ねた。

「おうよ、その通りだ。」

 ドレッドノート盗賊団というのは、マジェスティック王国物語に登場する、チンケな悪役である。正規の悪役と主役が激しく戦っている最中に、こそ泥のような事をしたり、要はお笑い要員である。

「まさか、私たちを襲いに来たのね!」

 倉橋ふうかが尋ねた。とたんに全員がげんなりした表情を作った。

「おい、こんな不細工な女、一体誰が襲うっていうんだ?」

「お前だったら守備範囲広いから大丈夫だろ?」

「失礼な! いくら俺でも、あんなブスは無理だ!」

 盗賊団の連中はひそひそと話していた。

「ええい! お前らの身体になんか用は無い! とにかく金を出せ!」

盗賊団のボス、ドレッドノートが剣を抜いて、ふたりの眼前につきつけた。

「いやああ!!」

 さすがにふたりともガタガタ震えている。先ほど老人にもらった剣はあるが、実際に剣をふるって戦った経験など、むろんふたりとも無い。

「わ、わかりました。」

 ふたりは財布を差し出した。その中身をあらためて、ドレッドノートが言った。

「こらあ! なめとんのか! 紙切れが入っているだけだろうが!」

 ドレッドノートが財布を投げ捨てた。

「ええい! 欲しいのは金だ! 紙切れじゃねえ! とっとと出せ!」

「あ、はい。」

 今度はふたりは、イベント参加の際に用意した釣り銭入れを差し出した。

「何だ、こんなにたくさん持っているじゃねえか!」

 手の中で小銭を転がしながら、ドレッドノートは満足した。

「ん?」

 ドレッドノートは訝しげに五円玉を見つめ、そして歯で噛んでみた。

「こら貴様ら! これは金貨の偽物だろうが!」

「ボス、どうやらこの銀貨も偽物ですぜ!」

 部下が偽物の銀貨と呼んでいるのは、五十円玉や百円玉の事である。

「本物は銅貨だけか。」

 もちろん十円玉の事である。

「よくも俺様を騙そうとしたな!」

 ドレッドノートは怒りに震えていた。

「そんなあ! 騙すとか知らないわよ!」

「ええい! とっとと本物の金を出せ!」

「そんな事言われても、もうありません!」

「嘘をつくんじゃねえ! わざわざ偽物を用意しているという事は、本物を持っているんだろうが!」

 ドレッドノートは倉橋ふうかに剣をふるった。思わず倉橋は目を閉じていた。だが…

「な、何だ、こいつ?」

 ドレッドノートのふるった剣は、思わず差し出した倉橋の両手で、簡単に止められてしまった。

「あ、これってもしかして…。」

 横で見ていた朝霞ユリは、さきほどの老人の言った事を思い出した。この世界は自分たちの妄想で、何とでもなる世界だと。ためしに盗賊団のひとりの足を、ひょいと掴んで引っ張ってみた。その男は、簡単に馬からひきずり下ろされた。

「なるほどね。この世界の人間は、私たちにかなわないようにできているのね。」

「そうか、そうとわかったら、話は早い。」

 朝霞と倉橋、ふたりは盗賊団に襲いかかった。もちろん盗賊団も反撃したが、剣も弓矢も、ふたりには全く通用しない。逆に赤子の手をひねるように、こてんぱんにやられてしまった。

「ひぇえええ!!!」

「お助けええええ!!!」

 盗賊団は完膚なきまでに叩きのめされて、震え上がっていた。

「さて、こいつらどうしてくれよう…。」

 ふたりの腐女子は、邪悪な笑みを浮かべた。そしてひそひそと話し始めた。一体何を話しているのか、盗賊団は恐怖に震えた。

「よし、決めた。こいつとこいつだ!」

 朝霞ユリは、盗賊団の中でも、比較的イケメンに思える男をふたり、ひきずり出した。

「よーしお前ら、私の目の前で愛し合え。」

「へ?」

 盗賊団のふたりは、意外な言葉に唖然としたが、それは一瞬のうちであった。次の瞬間には、いそいそと鎧を、そして服を脱ぎ出し、皆の見ている目の前でヤリ始めたのである。

「な、何が起こったんだ?!」

 他の盗賊団員は唖然としている。

「よーし、私は。」

 倉橋ふうかは、盗賊団の中でも一番年下の少年を引っ張り出すと、こう言った。

「女体化!」

 すると少年は、みるみるうちに美少女へと変化して行った。

「よしお前、こいつを犯せ。」

 倉橋は別の盗賊を引っ張り出して命令した。そしてもちろん、その通りになった。


「ふっふっふっふ。良かったなあ。」

「うん。」

 腐女子ふたりは、目の前で展開されたリアルなやおいを、十分に堪能した。

「しかし、単なる端役だからなあ。」

 確かにそれが不満ではある。

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