激劣! 腐女子戦記

滝山一

第1話

登場人物


朝霞 ユリ(37) 彼氏いない暦=年齢 処女  やおい描き


倉橋ふうか(33) 彼氏いない暦=年齢 男性経験は高校の時に、女なら誰でもいいヤリたい盛りの男子と一度だけ過ちで やおい描き






 一瞬即発状態。今、同人誌即売会で同じ机を借りている朝霞なんと、倉橋ふうかが、まさにその状態であった。

「くそっ! こんな奴と隣り合うとはな…!」

「それはこっちの台詞じゃ!」

 朝霞ユリと倉橋ふうかは、非常に仲が悪い。ふたりとも腐女子であり、やおい描きであり、「マジェスティック王国物語」という作品に萌えていて、その作品の二次創作に励んでいる。

 しかしである。彼女らの嗜好は大きな違いがあった。朝霞はカノーパス×コンカラ−、倉橋ふうかは、グローリー×コンカラー(コンカラー女体化)であった。正直、それが大きな違いというのは、当事者だけの話である。やおいとは関係無い者にとってはもちろん、やおい描きであっても、しかも「マジェスティック物語」に萌えている者であっても。実際「コンカラー総受本」を出している者にとっては、何を言わんやである。

 しかし朝霞にとっては「カノーパスはコンカラ−とラブラブなのじゃあ! それ以外は許さん!」であり、倉橋にとっては「グローリーはコンカラーとケコーンして幸せになるのだ!」なのである。

 そんな事情を知らないで、うっかりふたりを隣り合わせてしまったイベントスタッフがはらはらしている中、ふたりは火花を散らしていた。

「とりあえず貴様、サイトのトップページにカノーパスのちんこ丸出しってのは、やり過ぎじゃねえか?」

「うるせえ! てめえこそサイトのトップページに、コンカラーの大股開きをやっただろうが! 女性向じゃねえだろ! 男性向逝け!」

「こっちはちゃんとぱんつ履かせているんだよ!」

「言い訳にならん! 半分透けているだろうが!  俺だってぱんつは履かせているんだよ!」

「だからぱんつからちんこがはみ出ているんだろうが!」

 これが一般社会であれば、どこの淫乱女だと思われるような内容だが、乱暴な口調には全く色気というものが無い。暗い夜道でこんな会話をしている女どもに巡り会っても、男としてはちょっと願い下げであろう。いや、そもそもの容姿からして問題があり過ぎなのだが。

「あの…スケブお願いできますか?」

 倉橋ふうかに対して、おそるおそる尋ねてきた買い手がいた。

「はい、いいですよぉ。」

 にこにこ笑ってふうかが応じる。

「ええと、コンカラーの女体化でお願いできます?」

「おっぱいはどうします? 巨乳と貧乳とどっちがいいですか?」

「うわー! 女体化キモッ!!」

 朝霞はわざと聞こえるような大声で言った。

 一方の朝霞ユリの所にも、スケブの依頼が来た。

「わかりました。かわいくて男前のコンカラーを描きますね。」

 いちいち説明しなくてもいい台詞だが、わざと隣にも聞こえる様に大声で喋った。

 負けじとふうかのほうも大声で喋り出す。

「わかりました! コンカラーは思いっきり巨乳にしますね! そんでもってグローリーのちんこをおっぱいの間にはさんでパイズリを…」

 負けるかとユリの台詞もエスカレートする。

「カノーパスに後ろから羽交い締めにされて、ちんこを握られたコンカラーでいいですよね?」

「グローリーに顔面に精液ぶっかけられて…」

「カノーパスにしごかれて思わず出してしまって、自分のを顔面に…」

「いやあああ!!!!!」

 朝霞と倉橋が、あまりにも大声であからさまに喋るものだから、双方の買い手も流石にひいてしまった。スケブをもぎ取ると、あわててスペースから逃げていった。

「き…貴様のせいだ。よくもまあ巨乳だの何だのと…。」

「うるせえ! 貴様こそちんこをしごくだのと大声で!」

 互いに胸ぐらをつかんで、今まさに殴り合おうとしていた。周りも激しくひいている。

「腐女子氏ね!」

「こんなのが同じ腐女子だと思われたら、たまんねえ!」

「ウゼエ! いい加減に汁!」

 言葉には出さないものの、周りの空気がそう言っている。スタッフがあまりの事に青ざめて、あわてて主催者を呼びに走って行った。

その時であった。

「待たれよ! そこのふたりよ!」

 ふたりが声のほうに振り向くと、そこに立っていたのはひとりの老人、いや、おそらくどこぞの作品の老人のキャラのコスプレをしていると思わしき男であった。元作品が何であるかは、ふたりとも思い出せなかったが。

「話はわかった。しかし、ここでふたりが喧嘩をしては、大勢の者の迷惑となろう。場所を変えて別の所でやってはどうかな?」

 このコスプレイヤーの男は、かなりなりきっている様子で、仲裁の台詞も本当の老人の声のようだった。

「わ、わかったよ、じいさん。」

 思わず朝霞ユリは、そう答えてしまった。

「そちらさんもよろしいかな?」

 コスプレの男は倉橋ふうかにも言った。

「あ、ああ。」

「よろしい、ならばふたりとも、これを受け取るがいい。」

 コスプレの男はマントの下から剣を取り出すと、それをふたりに差し出した。言われるままにふたりは剣の柄を握った。その同人誌即売会会場は、本来は「長物禁止」であったはずなのだが、その時はふたりともそれを失念していた。

「何、これ?」

 差し出された剣は、ずっしりと重かった。どうやら本当に鉄でできた剣であるらしい。

「お、おい、じいさんこれ…」

 さすがにふたりとも違和感に気づいた。そして男の顔を見た。メイクではない。その男はれっきとした老人で、しかも日本人離れした西洋人っぽい風貌をしている事に、ふたりとも気づいた。

「じいさん、あんた何者だよ!」

「ふん!」

 男はマントから杖を取り出すと、それを会場の天井に向かってかざした。いかにもファンタジー世界に出てくるような、先が渦巻き状に巻いている木の杖であった。

「きゃあああ!!!」

 男が杖をかざすと同時に、ふたりに渡された剣の柄に埋め込んである宝石が光った。そしてふたりは光に包まれ、周囲が真っ白になって何も見えなくなった。

 そして光が消えた後には、無人となったスペースだけが残されていた。


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