忘れ物
家に帰り玄関の鍵を開けようとしたところで初めて自分の体を何処かに忘れてきてしまったことに気づいた。慌てて何処に忘れてきたのか思い出そうとしたが、今の私には体がなく、従って頭も脳もない。なのでうまく考えがまとまらず、仕方がないので帰るまでに辿った道を逆に歩くことにした。
体を探しながら歩いていると隣に住む姉妹の片方に行き会った。姉か妹か区別が付かなかったが近くに来ると私の内面を見る眼差しをしているので妹の方だとわかる。
私は事情を話し私の体を見なかったかと熱心に聞いたが、妹は私の話を聞いていなかった。
「素敵。私、あなたの内面に惹かれていたの。だから今のあなたは大好きよ」
今の私は体がないのでそんなことを言われても困ると言ったが妹は「体なんていらない」と言って聞かない。ほとほと困り果てていると隣に住む姉妹の姉が私の体と腕を組みながら歩いているのを見つけた。
私は待った待ったと声を掛けながら駆け足で姉と私の体に近づく。私の体と腕を組んでいる姉に何をしているのかと聞くと「愛しているの」と答えた。
「私、あなたの外面に惹かれていたの。だからあなたの外面だけもらうことにしたわ」
そんな勝手なことをされては困ると言ったが、姉は私の抗議など何処吹く風で飄々としている。
「外面は私が愛してあげるから内面は妹に愛してもらえばいいじゃない。それならおかしくないでしょう」
そういう問題ではない。外面だけとか、内面だけとか、それでは駄目なのだ。外面と内面、どちらもあってこその私なのだから二つそろわないと私としてやっていけなくなる。そう熱を込めて歌ったが、姉と妹は口をそろえて「そんなの知らない」と言った。
そうか、知らないのか、知らないんじゃ仕方がない。そう思ってぼんやりしていたら姉は私の体と腕を組んで何処かへ行ってしまい、妹は私の内面と腕を組んで何処かへ行ってしまった。
外面も内面もなくしてしまった私は途方に暮れ、どうすればいいのかと悩んだが今の私には体がなく、従って頭も脳もない。それを使う心もない。なのでうまく考えがまとまらない。
そうこうしているうちに何もなくなってしまった私は煙にもなれずさらさらと崩れ、私ではないものとして何処かで眠る。
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