花火

 死体を埋めるための穴を掘っている。

 車の通りの少ない林道からさらに林の中に入り、人が立ち寄りそうもないほど林の奥へと死体を運び、そして今、持参したスコップで穴を掘っている。

 最低でも人一人を埋められるぐらいの穴を掘らなければいけない。それもできるだけ深い穴を。浅い穴だとなにかの拍子に見つかってしまうかもしれないし、それに腐臭も漏れる。いくら人が立ち寄りそうのない場所だからといって適当に埋めるわけにはいかない。誰にも見つからないくらいの深い穴を掘るのだ。誰にも見つからない深さが具体的にどの程度なのか、それはわからないけれど。

 土にスコップを突き刺す。土を掻き出し、穴を掘る。スコップを突き刺す。土を掻き出す。穴を掘る。繰り返し、繰り返す。どれだけの深さの穴を掘ればいいのか自分でもわからないまま、機械的に、作業を繰り返す。

 死体を埋めたら、どうなるんだろうか。

 この死体を地中深く埋めれば私がこの男を殺したという事実も一緒に土の中に消えてしまうのだろうか。まさか。そんなわけがない。土の中に埋めようと、海の底に沈めようと、事実だけはなくなりはしない。なにも変わりはしない。

 そう、わかっているのに、そこまでわかっているのに、私は穴を掘る。まだ穴を掘り続けている。荒く息を吐きながら穴を掘り続けている。夜闇の中、光もなく、ただ、穴を掘る。

 と、大きな音がした。驚いた私は穴を掘る手を止め、空を仰いだ。

 深海みたいな夜の空に、光の花が咲いていた。花火だ。

 何処か遠いところで打ち上げているらしく、空に花が咲いてから花火の音が聞こえるまで何秒かの誤差があった。音よりも光の方が速いから、遠く離れた場所から花火を見ると光の花が見えた後に遅れて花が咲く音が聞こえるのだと、今は死体になった人から聞いた話を思い出した。

 音もなく、夜の空に鮮やかな花が咲く。その花もほんの数瞬で消え、そして光のない新月の空に花火が咲いた音だけが響く。とても虚しく。

 音のない花火と、音だけの花火。

 ずれた光景を眺めながら、どうしようもない気持ちになった。

 音もなく咲く花も、ただ音だけが響く夜空も、そして意味もわからずに穴を掘り続ける自分も、なにもかもがどうしようもないと思った。どうしようも、ないじゃないか。

 だって、それは、違うんだ。間違ってるんだ。こんなずれた光景の花火は、花火なんかじゃない。花火として間違ってる。死体を埋めたってどうにもならないんだ。

 間違ってるならどうすればいいのだろうか。今から花火会場に向かえばちゃんとした花火を見られるかもしれない。ずれていない、間違っていない花火だ。

 でも、それでも、駄目だ。花火会場に向かえばちゃんとした花火が見られるかもしれない。だけど、ずれた花火を見てしまった事実はなくならない。私があのとき間違った見方をしてしまった花火は、音がずれて台無しになってしまった花火は、もう見ることはできないんだ。あの花火はあのときにしか見ることができなかったのに私は間違ってしまった。今更どうやったって取り返しはつかない。無理なんだ。なにをやっても駄目なんだ。死体を埋めたって、どうしようもないんだ。なにも変わらないんだ。なにも。なに一つも。

 ……空の光景から目を逸らし、穴を掘る。

 黙々と、穴を掘る。埋めるための、埋まるための、穴を掘る。

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