夏の午後

 気怠く蒸し暑い夏の午後、私はとある電車の車中にいた。

 車内に私以外の乗客はなかった。だからというわけではないのだろうが冷房はかかっておらず、風も通らない車中はサウナとまではいかないが、気分を滅入らせるには充分な熱気がこもっていた。

 そうした夏の気怠さを体現したような電車が二つ、三つばかり駅を通過したあたりで乗客が一人入ってきた。

 まだ若い、女性の乗客だった。

 その女性は白いワンピースにつばの広い帽子と、夏という季節に女性の服装はこうあるべきというほど理想的な夏の涼しさを感じさせる格好をしていた。

 女性は私の向かい側に座ると、その隣に持っていた手荷物を置いた。荷物はスーパーか何かのビニール袋で、大きさから見てスイカでも入っているかに見える。私は特に興味もなく、ただ黙って車内の蒸し暑さに耐えていた。

 そうやってまた一つ、二つばかり駅を通過した頃、私はふと異臭を覚えた。

 それは嗅ぎ覚えのある臭いだった。好きで嗅ぎ覚えたわけではないが、それは夏場に食べ物などを腐らせてしまった時に発生する、いわゆる腐臭、であった。

 何故車中にて腐臭などするのだろうかと思い、私は車内を見回した。どこかの誰かが食べ物でも置き忘れたのではないかと思ったのだ。

 しかし車内にそれらしいものはなく、それでいて腐臭はますます強くなっていた。

 と、向かい側の女性の手荷物に目が留まった。ビニール袋に映る影から見て、あの袋の中には確かにスイカのような丸い物体が入っていることがわかる。では、この腐臭はあの袋からしているのだろうか? あの袋の中にあるスイカか何かが腐った臭いなのだろうか?

 私は袋の中が気になり、注意も兼ねて女性に声をかけようとした。口を開いた時、その袋から液体が染み出ていることに気づいた。袋の底から粘着性の赤黒い液体が染みだし、座席シートを濡らしていた。

 その液体の赤黒さは、なんというか、スイカとは少し違う気がした。いくら腐ったとはいえ、あのような粘着性を持つものなのだろうか。

 私はのぞき込むように袋を見た。中に入っているスイカを確認するために。腐臭が強くなっていた。

 気づくと、女性がこちらを見ていた。

 女性は私と目が合うと薄く微笑んだ。私は微笑めなかった。

 ちょうど電車が駅に止まり、女性は会釈をするとそのまま何事もなく電車から降りた。

 ドアが閉まり、また電車が動き出した。女性は手荷物を持っていかなかった。

 私の向かい側の席に置き去りにされた袋は、今でははっきりそうわかるほどに強い腐臭を放っていた。

 私はもう、その袋をのぞき込むようなことはしなかった。

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