ちょっと待って下さい、逆ではないですか 中篇
この所、やけに行き帰りが窮屈な気がする。
私は困った顔でちらりと見る。
私の腕にべったりとしがみついているのはよっちゃんで、私を挟み込むようにして歩いているのはふー兄。その近くをさっちゃんと三樹が歩いている。
「ええっと……私、何かしたっけ?」
おずおずとよっちゃんに尋ねると、よっちゃんは輝くような笑顔をする。うん、可愛い……いや、そうじゃなくって。
「お邪魔虫を追い出すの!」
「追い出すって……誰の事?」
「えへへ……」
可愛いなあ……いや、そうじゃなくってね。なあに。今までこんな事になった覚えなんかないぞ。これがいわゆる逆ハーレムって奴なのか。そうなのか。いや、いやいやいや、兄弟の過剰なスキンシップって奴でして、これは決して私から望んだ訳では……。ちらりと助けを求めるようにさっちゃんの方へと顔を向けると、さっちゃんもまた困ったような顔をして肩をすくめる。
「何でだろうねえ?」
「いや、私にもさっぱり……」
多分さっちゃんは薄々察してはいるんだろうけれど、これだけ兄弟に囲まれていたんじゃ、言ったら私が余計な事になるのを避けてあえて名言してないんだろうなと言う事はよく分かるよ。
三樹は私が困りきった顔をしていても、いつものように涼しげな顔をしているだけだった。三樹も流石に居候の身だからか、うちの兄弟の事に関しては意外と口を出して来ない。そりゃよっちゃんがひどい目にあった時は助けてくれるけれど、兄弟間のトラブルに従兄弟が巻き込まれる筋合いはないしね。
しかしうちの兄弟は、今の現状がこう。
「あれ、二葉君珍しい……兄弟で登校?」
「ふわあ……春待家勢ぞろい……! これで先生いたら完璧だね!」
「あの大人しそうな子は?」
「さあ……」
いかにも好奇心いっぱいと言う感じで、視線がこっちに釘付けです。目立ちたくないのに嫌でもこう目立ってしまう。
確かに私も含めて顔面偏差値は割と高い方だと思うのよ。言っちゃ悪いけど、前世がログインした所でベースは変わらないんだから。でも、こんなに悪目立ちするとか、今までないんですけど……! 勘弁して下さい、私はふー兄やよっちゃんのファンを敵に回すのも三樹のファンを敵に回すのもさっちゃんによく分からないやっかみを受けさせるのも勘弁して欲しいんです。地味で目立たず名前だって作品のライター以外じゃぱっと売れなかった前世と同じような心境の私には、今の有名税は迷惑極まりないもんなんです……!!
なんて私の脳内ボイスが具現化した訳でもないけれど、ギャラリーの視線が急に分散されたのには、流石に私も「あれ?」となった。
「NATANEだ!」
「睦月君だわ」
「最近ほーんと眼福よねえ、春待兄弟だけじゃなくって、こうしてイケメンが現れてくれてさあ」
「そうそう、学校のイケメンが総集結って言うのは、やっぱり癒しよねえ」
女子の声が痛い。
でも……私は思わず女の子達が騒ぐ方に視線を送ってしまう。と……。何故か兄弟まで私の向ける方に視線を送ってしまう。つ、冷たい……。無茶苦茶毒が篭もった視線を送るのは何でですか、止めて下さい。今まで本当に想定外の事ばっかりあるけれど、何でこんなにふー兄もよっちゃんも敵意剥き出しで冷たい視線を出すのかなあ……! しかも一見すると全然怒ってる顔じゃないから余計に怖いよ!?
私の心の声とは裏腹に、視線を送られていた張本人が、目をパチクリとさせながらやってきた。
「おはよー、あれ、春待女。今日は家族で登校か?」
「お、おはよう……は、春待女って……」
「いや、先生も春待っているだろ? 先輩にも春待。同学年にも春待、後輩にも春待。なら呼びやすくしようかと」
「は、はあ……」
冷たい視線を全く気にしないのはKYなのか慣れているからなのかは分からなかったけれど、うちの兄弟と三樹、そしてさっちゃんにそれぞれ頭を下げる睦月君は、見た目こそチャラチャラしているものの、礼儀正しい好青年って印象だった。
……その好印象の人に対してガン飛ばすの止めて下さい。本当勘弁して下さい。何でそんなに怒ってるの。何があったの。
私は自分の腕にぎゅっとしがみついているよっちゃんを見る。可愛らしい顔で髪を揺らしつつ、ぷすーと膨れている。
「そう言う言い方、よつ、あんまり好きじゃない」
その内舌でも出すんじゃないかしらんと思ったけれど、そんな事もなかった。ふー兄はあからさまにガンを飛ばす態度をするもんだから、もっと困ったもんだ。
「ふー兄、やめてよ。ここ公衆の面前なんだから」
「分かっちゃいるけど……先日はうちの妹が世話になったな」
あ、ここで一応礼は言うんだ。あからさまに上から目線じゃなかったらもっと嬉しいんだけれど。私があからさまにダラダラと冷や汗をかいているのを知ってか知らずか、あからさまに睦月君はキョトン、とした顔をした。
「いや、俺のライブに来てくれたファンの子が危険な目に合ってたら、助けるのは当然ですヨ? 先輩」
「ああ?」
「ふー兄、だからやめてってば。ガン飛ばし過ぎだってば! ……何だかごめんね、ちょっと機嫌悪いみたいで」
「いやいや」
この集団を見ても、あんまり睦月君は困った顔をせず、むしろ何だか楽しげに私達を見ていた。
何でだろう。これ。面白がられてる……? いや、そんな珍獣を見る目って感じもしないんだけど。私が首を傾げている間に、前の時みたいに軽く頭をポンポン、と触られた。
「何か兄妹仲がいいっつうのはいいもんだなって思っただけだって。それじゃあ、教室でナ! 俺、先に行くから!」
「え? ……うん」
さっさと歩き去っていく睦月君に、私はこくんと頷くと見送った。睦月君のファンの子達も視線が睦月君に向いてくれたために、これ以上こちらに視線が集まる事がなくなったのには、正直ほっとしつつ。
と、睦月君がいなくなったのを確認したのか、ようやく余っちゃんが腕を離してくれた。ふー兄は眉間に思いっきり皺を寄せつつ、去っていく睦月君の背中を眺めている。
「……今んとこは何もないって訳か」
「ちょっ、ふー兄、もし私と睦月君に何かあったらどうするつもりだったの」
「言っとくが六花、俺は反対だからな。お前がああ言うのとつ……つ……」
「何?」
ふー兄はほんの少しだけ顔を赤くしつつ、ぷいっと顔を逸らしながら一言呟いた。
「付き合うって言うのは、俺は反対だからな」
「ちょっと……! 私、何とも言ってないのにどうしてそんな話になるの!」
ちょっと待って。何この展開。私は開いた口が塞がらない顔でふー兄を見た。これ、完全に逆じゃないの。
どうして本来乙女ゲームで主人公の恋を徹底に邪魔する役の私が、自分の恋を徹底的に邪魔する宣言受けてるの……! 私が口をパクパクさせている中、よっちゃんはちらりとさっちゃんを見つつ、にっこりと笑う。
「よつも反対……かな?」
「ちょっと! そもそも私、何も言ってないよね? 何で好き勝手な事言ってるの……!」
「へへぇ……りっちゃんはりっちゃんが思っている以上に分かりやすいんだよ?」
そう言ってにこにこと笑うよっちゃんが、今は悪魔に見えた。
私は思わず助けを求めるようにさっちゃんと三樹の方を見る。さっちゃんはおろおろと二人を眺めつつ、黙って握り拳をぶんっと振った。うん、頑張る。この兄弟ものすっごく邪魔して来るけど、どうにか頑張る……。友情に密やかに感謝している中、三樹はただいつもの冷静な態度そのままで、私をただただ静観していた。私の邪魔をするつもりはなくっても助ける気もないって訳みたい。……意地悪! そうは思ったものの、私も三樹が女の子達に言い寄られても兄弟の時みたいに矢面に立った事は一度もない薄情具合だから仕方がないと割り切る事にした。従兄弟同士って言うのは、こういう時ちっとも頼りにならない。
……だから、私が乙女ゲームの主人公状態になってどうするって言うの。そもそも睦月君に関してはこっちだって分からない事だらけなのに、どうすれば捕まえられるのかなんて、こっちだって分からないのに……。自覚したからと言って、すぐに告白しましょうになんてならない。
前世含めたって恋愛経験が圧倒的に不足している私には高嶺の花過ぎて困っている所で、こうして邪魔されたんじゃたまったもんじゃない。ちょっと待って、落ち着いて。私だってどうすればいいのか手探り状態なんだから。
そう思いながら、ただただ深い溜息をつく事しかできなかった。
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