これは「恋」ですか「萌え」ですか 後篇
次の日、いつものようによっちゃんと一緒に学校へと行く道を歩いている中。いつもの投稿風景のはずなのに、時折制服以外の女子が混ざっている事に気付く。
あれ? 何これ。私は思わずよっちゃんと顔を見合わせる。
「何か今日ってイベントあったっけ?」
「んー……体育祭とか文化祭だったら、かずちゃんやふーちゃん、みっきー目当てに来る子多いんじゃない? でも今日は特に何もなかったよねえ?」
中学時代から、体育祭では一際目立つふー兄目当ての女子はどうやって入場チケットをゲットしたのか紛れ込んでいるし、文化祭だと風紀委員として見回りしている三樹や大学時代からあれこれと役員押し付けられて見回りしているかず兄、店で接客をしているよっちゃんに声をかける機会が増えるから、その手の女子がやってくる事が多い。でも……。今いる子達はかず兄やふー兄、よっちゃんや三樹のファンとは違う系統な気がする。かず兄だったら年下の女の子のファンが多いし、ふー兄はふー兄の馬鹿っぽさを可愛いと思う年上の女子(かず兄の同級生とかだ)に人気がある。よっちゃんはよっちゃんに母性愛をくすぐられる私の同級生だし、三樹は全方位型でモテる。でも……。
今いる子達はそもそもうちの学校の子達ではない。うちの学校は私服登校OKではあるけれど、皆私が着ているような可愛いと評判の制定服を制服として着ているか、制服に見えるようなジャケットやスカートを合わせて着ているのに、女の子達が着てるのは明らかにライブで見かけるような黒いパンク風のスカートにブラウス。時折鎖がシャランシャランと見え隠れしている。まるでライブハウスで見かけたような子達ばかりじゃない。
なあんて私が思っている間に、女の子達の歓声が高くなっていく。
「NATANEー!!」
「えっ……NATANEって……」
「あれ、分かるのりっちゃん」
「私がこの間さっちゃんに誘われてライブに行ったロックバンドのボーカルさん」
ちょっと待ってちょっと待って。私は軽く混乱して、女の子達の歓声を聞いていた。
聞いてない、本当に聞いてないから。どうして睦月君が学校に来てるの。男子の制服(制定服、なんだけどね)を着て軽く女の子達に手を振って歩いてくる睦月君に、私はしばし呆然としていた。
ふいに私とよっちゃんを見て首を傾げると、私の方にじぃーっと視線を落としてきた。
「え、ええっと……?」
「ああ! この間の! お友達は大丈夫だったかナ?」
そう言ってにこっと笑うのに、私は思わずよっちゃんの腕に捕まって威嚇するように髪を逆立ててしまう。よっちゃんは少しだけ驚いたような顔をしながら、私と睦月君を交互に見つめ始めた。
「ええっと……あなたがこの前りっちゃんの事助けてくれた人?」
「うん! 前に二人が乱暴されそうになっていたからねえ~……しかし似てるねえ、君達。姉妹?」
「よっちゃんは……! ……私の弟、です」
「あれ」
目をぱちくりとさせたが、すぐに睦月君は笑顔を浮かべる。意外だ。最近絡んでくる風紀委員の事が少し頭に浮かんだけれど、思わず首を振ってしまう。
「そりゃ失礼したね。そういやこの前はライブ開始前だったし、名前も聞けなかったネ。教えてもらえるかナ?」
やめて。やめて。
私はよっちゃんにしがみついたままダラダラと冷や汗を垂れ流す。ただでさえうちの兄弟がらみでやっかみを受けているのに、これで睦月君のファンにまでやっかまれるのなんて嫌。
よっちゃんは私がしがみついているのに「んー……」と首を傾げてから、軽く手を叩いた。
「春待! よつもりっちゃんも春待って名字。下の名前はりっちゃんから聞いてね。それじゃありっちゃん、行こう」
「う、うん……ええっと」
睦月君をちらっと見た。ファンの子達は何事? と互いに首を傾げつつこちらを静観しているけれど、別にまだ私を攻撃対象とは見てくれていない事に内心ものすごくほっとしている自分がいる。
そのままよっちゃんに連れられて私が立ち去って行くのに、睦月君は自然と首を捻る。私は睦月君と視線が合わせられないまま、よっちゃんにただただしがみついていた。
……話しかけられないからって、よっちゃんにしがみついたまま逃げるとかって、私は小学生か! 今時の小学生でもそんな幼稚な態度取らないわよ!? と自分で勝手に自己嫌悪。
でもよっちゃんはポムポムと私の頭を撫でてくれた。相変わらず女の子の格好をしていても、仕草や振る舞いは本当に女の子してても、男の子らしくしなやかな強さは隠し持っている子だ。
「りっちゃん、大丈夫?」
「ん、うん……ごめんね、よっちゃん。その……」
「あれだけだったらいい人か悪い人か分かんないねえ」
「そ、そうだ、ね……うん」
ま、まあ。睦月君がうちの学校に来た所で、同じクラスになるとかって言う事はないでしょ。そりゃ同い年のはずだけれど。
そもそもあの子って、確か単位はギリギリセーフのはずだから、文化祭や体育祭でギリギリ出席日数稼いでいるってタイプだから、そうそう学校に来るはずないし、ね。
──そう納得していればいいと、そう思っていた時が私にもありました。
****
……一体どういう事なの。どうして。
同じクラスな上に、私と席が隣同士なの。そりゃ窓際の席だもの、一番端だもの。机と椅子を一つ持って来ても何の違和感もなく授業は始められるわ。でもね。
「あ、ごめん。教科書忘れた」
とか言って机をくっつけて教科書見せるとか、ノート写させてあげるとか、そんな事しないといけないって言う義務は、義務はないはずなの。
何なの、いきなり現れて私を引っ掻き回すとか、一体何なの本当に……!
別に今日は体育もなければ移動授業もないのに(むしろ体育だったら男女別だから離れられるし、選択授業であったら別れる可能性も高いからありがたいんだけど)精神的疲労でどっと疲れていた。
……はあ、つかれた。しんどい。一体どういう事なの。どうして私をそんなに引っ掻き回していくの。そんなに私の事が嫌いなの。いや、知らないんだけど。
英語の授業で生徒を指名して教科書を朗読させているのを聞きながら、私は黒板を写していた。ちゃんと睦月君は板書を写しているのかしらん……。ちらりとくっつけた机の向こう側の、睦月君のノートを覗く。
並んでいる英文は教科書のものじゃない。
You are my hope
You are my flower
I'm glad I met you
I am so very glad that I can see you as a brid
それは歌詞に使う英語みたいだった。
あなたは私の希望
あなたは私の花
私はあなたに会えてよかった
あなたの花嫁姿を見られて私は幸せだ
それは結婚する直前の恋人達の歌のように読み取れた。
うわあ……私は思わず睦月君の横顔を盗み見た。真剣な顔でカリカリと歌詞を書き連らねていく彼の姿が眩しくって、思わず視線を逸らして何とか板書を写すけれど、板書の無味乾燥な文章よりも、睦月君の書く甘い甘い歌の歌詞の方が読みたくなっていた。
……はあ、まるで病気みたい。これだけ侵食されているのに、それを逃げ出さずにずっと受け続けるなんて。疲れてくたくたとしているのにそれでも。
そもそも睦月君は私の事なんて何も思ってないはずなのに。
そう考えると何だか悲しくなって、どうにか英語の授業に頭を切り替えよう切り替えようとしても、上手くなんていってくれなかった。
****
結局私はさっちゃんと一緒に空き教室に入って、そこでお弁当を食べる事にした。端っこの普段は進路相談に使っている空き教室は、時折女子が内緒話を使うのに開放されているし、昼休みにここで遊ぶ事もお弁当を食べる事もできる。
よっちゃんが作ってくれたお弁当は、今日は自家製鶏ハムとレタスのサンドイッチで、マスタードマヨネーズで味付けがしてあった。流石、美味しい。
はむりはむりと食べながら、さっちゃんはちらりと廊下を見る。
見栄えする鮮やかな赤い髪の睦月君は、女子が遠巻きに見ているけれど気にせず、男子とさっさと友達になって一緒に食堂に行くようだった。彼は見てくれこそ派手だし言動もちょっと変わっているけれど、気性は案外ふー兄と似ているのかもしれない。
「すごいねえ、NATANE……じゃなくって睦月君」
「どうして学校に来たんだろうね、急に」
「同じクラスって言うのも知らなかったもんねえ、私達」
「……一体どんな授業の取り方したら出席日数ギリギリセーフになるんだろ」
「本当そうだよねえ。でもりっちゃん。今日本当に大丈夫? 顔が体温計みたいだったよ?」
「体温計みたいな顔ってどんな顔……」
さっちゃんはパクリパクリと食べるのはこの間から凝っていると言っていた手作りメロンパン。パン生地のふかふかさこそパン屋さんには勝てないものの、クッキー生地のさくさく具合は本当に美味しく、私も時々さっちゃんからもらって食べている。
体温計みたいに、浮き沈みが激しいって事なのかな……。はむり、とまたサンドイッチを咀嚼しつつ、私は考える。
そりゃ隠しキャラである睦月君に会って興奮しなかった訳じゃない。だって、バグ疑惑上がる位のレアキャラなんだから。でもさ。この気持ちがイコール恋って結び付けていいのか、私には自信がなかった。
だってさ、この世界の生みの親みたいなポジションの私が、原作に登場しているキャラをそのまま好きになるってありえるのって言う。そりゃ気にならない訳ないよ。でもさ、でもさ……。
私は何度も何度も考えてから、ようやく口を開いた。
「あのさあ、さっちゃん。例えばの話をしていい?」
「うん」
ちらりと睦月君が歌詞を書いた「アカシックレコード」が頭に浮かんで消えた。
「……もし私が本を読んでてその内容と似た事が起こったとして」
「うん」
「その本の通りに人を好きになった場合って、それって恋って言えるのかなあ? ただ本の通りになったらいいなって無意識に思っただけとか、そうは思わない?」
「まるで「アカシックレコード」みたいだねえ」
「うん、そうかもしれない」
流石と言うべきか、さっちゃんはすぐに察してくれた。私の抽象的過ぎる言葉でも、さっちゃんはボブヘアを揺らしながら考えてくれる。
さくっと音がしたのはメロンパンを齧る音。まだ外は明るくって、今月は本気で空梅雨で終わるんじゃないかなって言う気がした。
「うーん……私には心当たりないけど、デジャブだからそんな気がするだけって言うのは」
「うーん、そう?」
だって。普通の人は初めて会う人のフルネームなんて分からないよっ。前世ログインする前に出会っているさっちゃんやうちの兄弟や三樹ならともかく、睦月君にはこの間初めて会ったんだから。
そうツッコミを入れたくっても入れられないのが歯がゆい。さっちゃんは尚も続ける。
「でもさあ。本に書いてある感情って、本の登場人物のものだよね。例えば本では格好よく助けてくれた人を女の子は「格好いい」って一目惚れするかもしれないけれど、これが実際にあった場合は「恥ずかしい」って思うかもしれないし「自分でも対処できたから余計な事しないで」って思うかもしれない。本に書いてある事が実際に起こったとしても、本の登場人物の感情そのまんまになる事なんてありえないんじゃないかなあ」
「あ……」
ぼろぼろっと目から鱗が零れ落ちていくような錯覚を覚えた。さっちゃん、すごい。すご過ぎる……。私が前世の記憶が入ってからずっと迷っていた事がどんどん零れ落ちていくような気がした。
未だに出てこない主人公の事気にし過ぎたり、今の気持ちがゲームキャラに萌えてるだけなんじゃって言うのが、どんどん零れ落ちていくような気がする。
私は残っていたサンドイッチをはむっと齧って一言言った。
「……前に睦月君助けに来てくれたでしょ、私達の事」
「うん、格好よかったよね」
「あの時子供扱いされた事が本当に気に食わなかったの。あんなに気に食わないから忘れたかったのに、忘れようとすればするほど頭から離れてくれないし、そう思ってたら今日会えて、何か都合いい事ばっかり起こって。何かからかわれているのか何なのか全然分かんなかった」
「うん、りっちゃん」
「何?」
私がぽつんぽつんと言い出した言葉を聞いてからか、さっちゃんの目は輝きに輝いている。
「すごいよりっちゃん。それ、間違いなく恋だよ!」
「そ、そうなの、かな……」
「うん! むしろこれは恋じゃありませんって言う人なんていない位間違いなくってびっくりだよ!」
「わ、訳が分かんないよ……?」
「応援、するから! すっごくすっごくするから!」
そう言いながらさっちゃんは私の空っぽになった手を取ってぶんぶんと振り回し始めた。
そ、そう言うもんなのかな……。思えば前世の私は家に引きこもり仕事ばかりしていたし、学生時代だってほぼ女子校同然の環境に身を置いていたから、恋愛なんてものをまともに体験した事がなかったから、萌えと恋の違いを理解できる訳なんてなかった。
そっかあ……これが恋だったのか。そっかあ……。
感動すればいいのか、感嘆すればいいのか、今の私にはさっぱり分からなかった。
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