これは「恋」ですか「萌え」ですか 前篇
今日は魚が安かったと言う事で、白身魚のアクアパッツァがメインに置かれ、ブロッコリーのポタージュ、パプリカの温野菜サラダが並ぶ。ちなみにふー兄の分はアクアパッツァではなく紙包み焼きだから、油をそこまで使わない料理だから他は皆と同じ料理が食べられる。
私がぱくっと白身魚を一口食べるたびに、ポロリと文句が出てくる。普段学校で嫌がらせをされても、それのターゲットは私と言うよりも兄弟目当てだったり三樹だったりで私本人をターゲットにするような嫌がらせって言うのは案外少ない。だから私が食卓で愚痴をこぼすって言うのも案外少なかったりするんだけれど。
「……何かほんっとうに久しぶりに子供扱いされて、シャクだった。助けてくれたのは、嬉しいんだけど」
ライブに出かけたらさっちゃんが強引すぎるナンパでさらわれかけたとか、名前は言わなかったけど(まあ兄弟や三樹の趣味じゃないからインディーズのロックバンドの名前は分からない気がするけど念のため)睦月君が助けてくれた事とか、そして幼女扱いされた事をぽろぽろと零してしまう。
物珍しげにサラダを食べつつ目をパチクリとさせているのはかず兄だ。
「りっちゃん珍しいなあ……、お前あんまり人の悪口なんて言わないだろ? 特に男に関してはガードがやけに高いしなあ」
「普段から格好いいお兄ちゃん達に囲まれてるのに、私きっと見る目厳しいもん」
「その厳しい妹がわざわざ悪く言う男ってなあ……いやいや、まだ早いか」
何故かしみじみとお父さんみたいな事を言い出すかず兄に、若干ふー兄がイラッとしつつ、ガブガブと白身魚をお箸で切らずにそのままかじり付く。
「兄貴はいいのかよ。六花がどこの馬の骨とも分かんねえ奴にがきんちょ扱いされて」
「俺は別にりっちゃんのよさは俺らが分かればいいと思ってるよ」
「出たよ、さらりと兄馬鹿発言」
「それは二葉にだけは言われたくないなあ……そもそもあの辺り最近変質者が出てるって言うのにりっちゃんだけで行かせたのはお前だろ」
「う……仕方ねえだろ、こっちだって部活の予定があんだからよ……」
ふー兄だって陸上部の付き合いがあるのに、もう終わった事だから怒らなくってもいいのに。私はスプーンでブロッコリーのポタージュをすくっていると、じっと視線に気付き、振り返る。隣に座っている三樹が心配そうに視線をほんの少しだけ細めていた。
「ごめん、俺が用事なかったらよかったんだけど、一人で行かせて嫌な思いさせた」
「いや、用事あるのは仕方ないでしょ? そもそも一番嫌な思いしたのはさっちゃんだし」
そう言えば、さっちゃんがさらっと投げた爆弾発言。あれは一体誰の事を言ったんだろう。私を敵に回すかもって事は、三樹以外の家族の誰かって考えるのが妥当なんだけど。何度考えても、ゲームではさっちゃんが好きなキャラは特にいなかったはずだし、私も書いた覚えはない。最近うちの兄弟とさっちゃんが接点あったっけって考えたけど、特になかったような気がするし……。だとしたら一体どこで接点があって、誰を好きなのか。
正直、うちの兄弟の問題を私以外で知っているとしたら三樹かさっちゃん位だし(私が家で言っちゃいけないような事はさっちゃんに吐き出してるって言うのもあるけど)、さっちゃんだったらうちの兄弟の誰を選んでもひどい事にはならない気がする。安心して任せられるんだけどなあ……。そう思いながらポタージュを飲んでいると、よっちゃんがきょとんとした顔で私の向かいに座った。さっきまで最低限片付けをしていたって訳だ。
「でも二人とも無事でよかったなあ。でも……その人どんな人だったの?」
「うーん、知る人ぞ知るって感じ? ああ、ご馳走様。よっちゃん今日もご飯美味しかったよ、ありがとう」
「うん。お粗末様。お風呂の掃除当番、今日はりっちゃんでしょ?」
「じゃあちょっと洗って来るね」
私は食器を流しに片付けてから、風呂場で掃除を始めた。掃除をしつつぼんやりと思うのは、兄弟の会話だった。
そこまで珍しいつもりはなかったんだけどなあ、兄弟がイケメン、従兄弟もイケメンってなったら面食いのつもりはなくっても必要最低限って言う感覚が人より上でも仕方がない気がするの。おまけに頭がいいかものすごく才能あるかのどちらかばっかりだったら、そりゃ難易度だって跳ね上がってしまう訳で。
……でも、睦月君もバグ疑惑上がる位の出現確率の隠しキャラであり、私の言う所の「必要最低限」って言う条件は揃ってしまっているのである。おまけに兄弟や三樹の場合は私が何度も何度も前世でライティングの手直しをしたから攻略方法や性格ってものを熟知してしまっている上に家族として過ごした時間が長過ぎて全く萌えられないのに対して、睦月君からは何か色々クるものがある訳だけど……。んー……。
洗剤を吹きかけた浴槽を専用スポンジでごしごし擦りつつ、考えても分からずに首を傾げるしかない。気になるって言えば気になる。だって本当に睦月君の事よく知らないんだもの。でも冷静に考えてみて。
これは単に私が二次元のキャラに対して萌えているのか、かず兄が指摘するような意味で気になってるのか、さっぱり分からないんですけど。おまけに有名人で忙しいんだから、次いつ会えるか分からないし。バグ疑惑上がる程度の出現率の人を気にしてどうするんだ、本当に。
シャワーで泡をさっぱりと流してしまってから、お湯張りのセットをして風呂場を出ると、部屋に戻ろうとしていた三樹と鉢合わせた。手には本を携えているけど、持ってる表紙に「あれ?」となる。三樹は何故かホラー好きであり、読む本は前世ログインしている私ですら「うげっ」となるようなグチュグチュのスプラッタホラーとか日本古来のじめじめっとしたタイプのホラーとか、明らかに読む人を選ぶのに。今日持っている本はつい最近映画化決まったって事で何かとCMや番宣がテレビで流れている純愛小説だったのだ。この手の内容を三樹は「……どこで泣けばいいのか分からない」と真顔で困っていたもんだから、自主的に読むとなったら珍しいのだ。
「なあに?」
「いや……一哉さんも言ってたけど、りつが家族以外の人話題にするのが珍しかったから」
「さっちゃんの話とかしてるじゃない」
「いや、女子はともかく男の話は……」
「そう? ところで三樹、あんたそんな本読む趣味あったっけ?」
私は気になったハードカバーの図書館の本を指差すと、三樹はピクンと肩を跳ねさせて本を隠してしまった。……いや、隠さなくってもいいのに。
「……ちょっと知り合いに薦められたから」
「ふうん……律儀ね、感想言うために借りるんだ」
「そりゃ、薦められたのに悪いだろ……」
この小説薦めたの女子だろうに、その子も気の毒だなあ。私は自然とその子に対して同情してしまった。こういう本読む子が、三樹が好きなホラー小説を読めるとは思えなかったから。一瞬「まさか、さっちゃんが狙ってるのは三樹か?」とも思ったけど、さっちゃんはあんまり本読まないし、読むのは専らドラマの原作本だしなあ。ミステリーとかサスペンスだし。
「可哀想だから、ちゃんと読んでちゃんと普通の感想言いなさいよ?」
「……りつには関係ない、うるさい」
「ふうん?」
三樹があからさまに眉間に皺を寄せるのに、私は思わず首を捻ってしまった。そこまで怒る事なの? うーん、まあ、いいや。三樹の場合、忠告しないと合わない本だったら「○○の語感がよかった」とか「○○の韻を踏むのがいい」とか、本の感想と言うより文章の感想を言い出すからなあ。
私は首を傾げつつ、自分の部屋に戻るとパソコンを立ち上げて、買ったCDを入れてみる。皆がうるさくないようにと、ヘッドフォンを差し込んでから、曲を流し始めた。
歌詞カードを見ながら、ライブの事を思い浮かべながらじっと耳を澄ませる。激しいギータの音も、心臓の鼓動のようなドラムの音も、掠れるように甘い声も、生には叶わないとは思うけれど、ただ一心に耳を傾けずにはいられない。私は目を閉じる。
ゲームの時はここまで本格的な音源はなかったような気がする。そもそもアフレコや音楽収録の前に私は死んだ訳だから、確認できる訳ないし。今歌っているのは、好きな人を失ってもう一度出会ったけれど、その人が本当に自分の好きな人なのかが分からないと言う内容の歌。
歌詞を何度読み込んでも解釈がよく分からなかった。試しに曲を聞きつつネットでファンサイトを覗いてみたけれど、歌詞の解釈はいろんな人がそれぞれやっているようで、どれも興味深いものだった。
「別れた彼女にそっくりな人に出会った」と言う解釈のものもあれば「別れた彼女が整形してしまったらもう誰だか分からない、自分が好きだったのは顔だったのかその人だったのか」と言う解釈もある。
中にはもっと風呂敷を広げて「前世で好き同士だったけれど、生まれ変わったらもうその人なのかどうかが分からない」と言うのもあり、中には思わずドキリとせずにはいられない解釈もあった。
「アカシックレコードで自分の恋愛経験を全部読んで、実際アカシックレコード通り自分の好きな人に出会った。でも、その人を好きになったのは「そういうシナリオだから」好きなのか「その人だから」好きなのかが分からなくなってしまった」
アカシックレコードって詳しい事は調べたような気がするけど忘れた。本当におぼろげな記憶を頼りに概要を思い出してみると、確か世界の運命は全部決まってて、それを全部読み解く事ができれば、世界を制する事ができるって考え方だっけなあ。運命論を信じている人の中でそれをオカルトと思わずに研究している人もいたような気がする。
そう言うのを完全に信じている訳じゃないけれど、私はこの世界の事を多分今生きている人の中で一番知っている訳で。そもそもその乙女ゲームのシナリオを書いていたのは私なんだから。何でそこまで気になるんだろうって考えたら、例えるなら今の現状は私の書いた乙女ゲームが商品として世の中に出回ったら、もう書き手の意図なんて全てプレイしているファンに委ねられてるって言うそんな感じ。意味が分からないかしらん。私の手を離れた作品は、もう私の子供とは言えないけれど、それでも全部私は知っているはずなのに、ファンがファン同士で話している話の方が私が書いたシナリオよりも面白いものが多かったりするから、もう私が手を出せる範囲ではなかったりする。
私は確かにこの世界にいるはずなのに、ある程度の事を知ってしまっていると、何だか訳が分からなくなってしまう。人生の主役は自分のはずなのに、脇役でヒロイン扱いは決してされないキャラのポジションに置かれてしまうと、私は私として素直に人生を楽しめばいいのかが分からない。主人公にいつか自分の幸せを脅かされてしまうんじゃないかと、それが怖い。
私が書いた主人公だもの。きっと性格が悪い子ではないと思う。でも性格が悪くない、むしろいい子が私の大切な人の心をかっさらっていくのを、私は黙って見ていられるんだろうか。例え道化だって分かっていても、きっと身体いっぱいに抵抗して、奪われるのを阻止しようとしてしまうと思う。覚悟してたはずなのに、主人公が不在の中、決められてしまっているその運命を私はひどく重く感じてしまう。
何で睦月君の作った曲を、こうも素直に聞けないのかな……。そう思っている間に、長い余韻を残して、次の曲に移行した。今度は明るくハッピーなラブソングで、何だかぽろぽろと涙が出て来た。
訳分かんない、本当に。
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