ちょっと、この展開聞いてませんが 後篇

 睦月君はファンの子達に丁寧に謝ってから、私達をライブハウスまで送ってくれた。そして、裏口に連れて来てくれたのだ。


「あ、あの……NATANEさんどうしてこんな場所にいたんですか? 最近チケットの直売りもしてなかったのに……」

「ああ。最近ファンサービス全然してなかったもん。メンバーは「お前出たら街騒ぎになるからやめとけ」って。ひどいよナ」


 さっちゃんの質問にそう屈託なく笑うのに、私は思わずポカンと見つめてしまう。裏口からメンバーの控室に入れてもらうと、休んでいたらしいdemainのメンバーが一斉にこちらに視線を寄越してきた。


「なた……お前また人助けしたの」


 ここでナンパしてきたのって言わないあたり、睦月君は女好きとは思われていないらしい。その反応にカラカラと睦月君は笑いながらVサインする」


「今日はナンパされて誘拐されそうになってた子達を助けてきました!」

「あー……ごめんなぁ、こいつお人よしが過ぎて外に出るたびに騒動の中心にいるから、もうすぐデビューすんのにやめとけよって控えさせてたんだ」

「い、いえ! おかげで助かりました!」


 それに慌ててピシャンッと背筋を伸ばして何故か謝り出すさっちゃんに、私はどんな顔すればいいのか分からない。睦月君はカラカラと笑いつつ、またも私の頭をポンポンと撫でてくる。

 ……小柄で華奢だからって、私の事完全に幼女扱いしてないか、この子は。若干イラッとする気持ちが何なのか、私にもよく分からなかった。


「特に、この子がナンパしてた人達をすんごいまくし立てて威嚇しててさ。すごかったよぉ」

「あ、あの。私はただ、友達助けただけで……」

「うんうん。人の目とか気にしないで助けようとするその真っ直ぐさは好きだな」


 好き……。私はあっさりと言ってのけた睦月君の言葉で、思わず黙り込んでしまった。何だこれ、聞いてないってば。本気でこんなシナリオとか知らないから。いや、そもそもこの世界が私が書いてた乙女ゲームの世界だって事知ってるの、多分私だけだと思うけどさ。でも……でも……。

 何だかむず痒くなる私とは裏腹に、スタッフらしい人が控室に入って来た。


「それじゃあ、そろそろ時間です」

「よっしゃー!!」


 控室で寛いでいた空気は一気に変わった。さっきまでどこかゆるっとした空気はたちまちピリッとした空気に切り替わり、それぞれがペットボトルを手にする。


「じゃあライト落ちたらこの子達席まで送るわ」

「おう、そうしてやれ」

「へあ……」


 私達はライトが落ちた所を見計らって控室から出されて席まで送られた。もしここでライトが落ちてなかったらきっと大騒ぎになっていただろう。真っ暗で目が利かない中、掌サイズのライトで床を照らしつつ、私達を送り届けてくれる。

 ライブ会場で私達が取った席は二階。ここでなら座って見る事ができる。一階は完全に立ち見であり、ライブハイス内にあるドリンクバーでドリンクを買いながら見るって言うスタンスみたい。前世の私は付き合いでコンサートとかには行った事があるけれど、こうやってライブハウスに来て、割と感情がこじまりとしていてどこからでもステージを見られるって言う所でライブを見るのは初めてなため、少し新鮮な気持ちになる。

 暗い中、軽くポンポンと頭を撫でられる感触を味わう。ゴリッとしたシルバーリングの感触は、やっぱり睦月君のものだ。


「それじゃあ、しっかり見ててヨ」


 今私とさっちゃんしか聞こえない程度の低い声でそう囁くと、ステージへと降りて行った。

 しばらく密やかな声が、ライブが始まるのを楽しみにしつつ響き渡る中、それを一閃したのはギターの衝撃音だった。ライブ会場だったら、こんなに身体全身を使って音を聞くなんてものなんだと、鼓膜が大きな音を受けてブルブル震えるのを感じつつ、続いて響くドラムがビートを刻む音に、自然と会場は手を鳴らしてリズムに乗り始めた。


「それじゃあ、行くゼ────っっ!!!!」


 スピーカー一杯に響き渡り、身体全体をぶるぶる震わせるような声で叫んだ睦月君の声で、会場は一気に熱を帯び始めた。

 叫んだ後に歌われた声は、激しいビートとリズムに反して、ひどく甘く聞こえた。ふとさっちゃんを見てみると、既に乗っているようで目を伏せて一心に歌に耳を澄ませているのが分かる。会場にいる人達皆が一緒だ。

 言葉を全部聞き取れている訳ではないけれど、その音が、音色が、歌が、この会場を魅了しているように見えた。

 さっちゃんの言う通りイントロのギターは音楽に疎い私でもすごいって言うのが分かるし、ドラムも、ベースもすごいって言うのが分かる。でも、一番すごいって思ったのはやっぱり睦月君の歌だった。

 人間の身体って楽器なんだなあ……音楽やっている人に言ったら「何当たり前な事言ってんだ」って笑われてしまいそうだけれど、本当にそんな当たり前な事が私にとってはものすごくすごい事のように思えた。

 最初は本当にロックって言う感じのアップテンポの曲だったけれど、次はバラード。もっともボーカルの力量が試されるけれど、こちらでもさっきの激しい曲とは一転、ただ甘くて切ない歌が切々と響いた。こちらは歌詞がきちんと聞き取れた。歌詞は夢破れた男の子が世界中を旅してもう一度夢を見つけると言う、少しファンタジーっぽい内容だったけれど、この甘い切ない声で語られるその物語はライブ会場いっぱいに響き渡り、親が子供に寝物語として語り聞かせているような錯覚に陥った。

 全部で十曲。激しい恋の歌もあれば、夢に溢れた歌もあり、お腹いっぱい胸いっぱいでライブは幕を閉じた。


****


「はあ……すごかった」


 ライブが終わった後、物販コーナーで今日のライブで歌った曲の入ったCDを買った。家に帰ったら全曲じっくり聞いてみようと思う。

 私達はカンカンと足音を立てながら、繁華街を後にしていた。さっちゃんは私がぼんやりとしているのにクスクスと笑う。


「うん、本当にすごかったよね。NATANEさんすっごく気さくだったし、いい人だった」

「そうだよねえ、変な人にさらわれそうだったのさっと現れて助けてくれたしねえ」

「それを言うならりっちゃんもじゃない」

「いやあ……私なんかただ子供扱いされてただけな気がする……」


 そうなんだよなあ……。うちの兄弟や三樹以外だったら、私の外見のせいでやたらと幼女扱いされる事は多い。あんまり慣れたくはないんだけど、これも有名税と思って支払っとかないといけないもんなのかしら……。前世がログインしたせいで、なおの事幼女扱いされたって言う事が気に食わなかった。それにさっちゃんは尚の事クスクスと笑う。


「普段だったらりっちゃんあんまり人からむやみに子供扱いされても怒らないのに珍しいね、ムキになっちゃって」

「そう? だって別にお兄ちゃん達もよっちゃんも、三樹だって私の事子供扱いしないもん」

「それは家族だからだと思うよ? でもNATANEさんは家族じゃないじゃない」

「うん、そりゃそうだけど」

「りっちゃん家族以外の人の事、案外無頓着だったりするけど、気付いてる?」

「う……」


 さっちゃんに言われて痛い所を突かれたような気分になる。そりゃそうでしょ。美形一家に生まれて、兄弟はモテるせいでもろもろをこじらせている、さらに美形な従兄弟がうちにやってきた訳で。少なくとも学校内ではやっかみを直接受ける事はかず兄が教師で三樹が風紀委員のおかげで表立ってはできないんだけどね。他校からは割とひどい目に合ってるのに、それで他人に関心を持てって言われても家族やさっちゃん以外は敵にしか見えない状態ではそもそも無理があると思うの。

 今回だって、さっちゃんがどう考えても被害者で、私が助けに行こうとしても力が足りなかったのを睦月君が助けてくれたから、ファンの子達は何もしなかったけど、もしこれが第一前提でひどいナンパってもんがなかったら果たしてファンの子達は睦月君に色々サービスしてくれた私達を許してくれたんだろうかって言う疑問が残る。女のやっかみってものは恐怖以外の何物でもないって、つくづく五臓六腑に染み渡ってしまっている訳だなあ、ひどい事に。

 六月の夜風は結構気持ちがよくて、程よく私達の髪を透かしてくれる。私が考え込んでしまったのに、さっちゃんはクスクス笑う。


「ごめん、りっちゃん嫌だった?」

「嫌だったって訳じゃないんだけど……ただ考えてもみなかったなあってだけ」

「そう? でももしNATANEさんとりっちゃんが恋に発展とかだったら私は嬉しいけどなあ。ロッカーとファンの子の恋って素敵だし」

「そんなのないって。そもそもこれって助けてもらったさっちゃんとNATANEさんじゃないの、普通」

「えー? 私、ファンだけど恋愛感情とかは全然ないよ? 好きな人いるもん」

「嘘っ、そんなの初耳! ……私の知ってる人?」

「その内私、りっちゃんに宣戦布告されちゃうかもしれないなあ」


 えっ、嘘。さっちゃんが誰か好きになるとかって全然知らないし聞いた事ないぞ。しかも私が宣戦布告って、相手は私の兄弟……!? だ、誰の事だ……!? 今日あったもろもろの事やさっちゃんに投下された爆弾発言で、私はたちまちキャパシティーオーバーになってしまい、途端にボンッて頭から煙が出そうな程に爆発しそうになってしまう。


「うう、楽しかったけど……今日は何かもう、容量オーバーで爆発しちゃいそう……」


 でもな……。私はそこでも自分にストップをかけそうになってしまうのは、やっぱり見つからなかった主人公の事だ。

 乙女ゲームにおいて、全ての絶対的な権限があるのは、やっぱり主人公なんだ。だから、私が好きになった所で、主人公が現れたら、途端に私は今の位置を脅かされてしまう。私がどんなにわがままを言った所で、主人公の攻略ルートに入ってしまった人を好きになっても、振り向いてもらえる訳がない。

 もし家族の誰かがルートに入っていたら、それこそ私は乱入してでも止めるだろうけれど、それで主人公に勝てるかって言ったら無理だと思う。何故なら私は兄弟の事は大好きでもそれは家族としてだし、それは恋じゃない。恋と家族愛は全然別物なんだから。

 三樹の場合に至っては、三樹のルートには私の存在はほとんどない。せいぜい同居している家族の家の子って扱いで背景として紹介されるだけで、主人公の邪魔すらできないのだ。

 睦月君に至っては、そもそも主人公以外と絡みがなく、もし私が知らない内に睦月君のルートに入っていても介入手段があるのかどうかすら分からない。

 この世界にいるはずなのに、どうしてこうも主人公は出てこないんだろう?

 そして私が早く主人公がいるのかいないのかはっきりして欲しいのは。

 ……彼女が誰かに恋して、成就してくれないと、私が落ち着かないからだ。

 春待六花は春待兄弟攻略ルートに入った途端にお邪魔虫として登場し、あの手この手を使って主人公の恋を徹底的に妨害する役回りであり、彼女の道化っぷりが笑いを誘うってスタンスなのだ。

 彼女には特定の相手がいない。主人公が誰か一人を選んでくれた時、ようやく彼女は道化から解放されるんだから。

 ……道化待ちって言うのは、結構辛いもんなのだ、これでも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る