ちょっと、この展開聞いてませんが 前篇
ありがたい事に空梅雨が続いてくれているから、さっちゃんがチケットをゲットしてくれた日も晴れてくれた。
ライブってそれっぽい格好をした方がいいのかとさっちゃんに聞いてみると「そうだねえ……」と首を捻っていた。
「普段のりっちゃんの格好がそのまんまだと思うな!」
「それ、普段の私が浮いてるって言われてるみたいです……」
「そんな事ないけど、普段ふりっふりの格好して歩いてる人って、私りっちゃん以外見た事ないよ?」
おっしゃる通りでございます。
さっちゃんの指摘通り、私……と言うか六花かな……の趣味の服はいわゆる甘ロリって言われるフランス人形みたいにひらひらっとした服。パンクやゴスロリみたいに黒いベルトやリボンは使わないけれど、パステルカラーでふわふわとしたスカートにレースたっぷりと言う服ばかり好んで着ている。これは小さい頃から私にお人形みたいな服ばかり可愛い可愛いと着せていたお母さんや親戚一同による賜物だし、もし前世の私であったらこんな服着せられたらちゃぶ台引っくり返していたかもしれないけれど、今の私だったらお世辞抜きに似合っちゃうんだよ……。もちろん服屋だって限られるし、ちょっと遠出しないと買う事はできないけれど、そうでもして集めてもいいって言う位には可愛い。
さっちゃんに言われ、私はどうしようと悩んだ結果、エプロンドレスにストライプカラーのタイツを合わせる事にした。いわゆるアリスルック? これでいいかなあと思って洗面所でくるくると見ていたら、私より先に出かけようとしていたふー兄に変な顔で見られた。
「何だ六花。どっか行くのか?」
「あー、うん。前に言ってたさっちゃんとライブー」
「ふーん。行ってこい行ってこい……あ」
「なあに?」
いきなり言葉を止めるふー兄に怪訝な顔を向けたら、「あー……」とまたうなり声を上げる。
「だからなあに?」
「お前行くのって、うちのガッコの東の繁華街だよなあ?」
「うん、そうだけど」
「あそこ最近ヘンタイ出るとかうちのマネージャー言ってたから気を付けろよ?」
「へあ……!?」
思わず私が悲鳴を上げるけれど、「悪ぃなあ……もう出ないと駄目なんだわ」と言って心配げにこちらを見ながら玄関で靴を履いていた。
「ちょっと……ならせめて繁華街まで送ってよぉ……」
「四海か兄貴に送ってもらえよ。俺だって用事あんだし」
「よっちゃんはもう出かけてるし、かず兄だって今日は試験作成だって!!」
よっちゃんは今日のセール合わせで朝一番に出かけてしまってるし、かず兄はもう一月切ってる期末試験の答案作成で缶詰中だ。その二人に頼めるか! だからと言って三樹に頼もうにも、三樹は今日は図書館に本を借りに出かけてるからいないし!
私が膨れて玄関に出るけど、ふー兄は「あー……」とまた言葉を詰まらせてから、軽く頭をポン、と撫でた。……何だか誤魔化されてる気がするぞ、これはものすごく。
「まあ、もし六花が誘拐されそうになったら、俺がそいつ殴りに行ってやるから。なっ?」
「……人を不安にさせといてヒキョーだー……」
「じゃあな」
そう言い残してパタンとドアを鳴らして出かけてしまうふー兄が恨めしい。私は思わずじだんだふんだがしたくて仕方がなくなってしまったが、今はさっちゃんと出かける約束があるし、それに。
未だにさっぱり目撃情報のない睦月君がどうなってるのか知りたいし。
学校でも比較的彼のバンドの名前は聞くのだ。前世の私が高校生だった時、インディーズバンドの噂なんてそんなに聞いたかしらん。さっちゃんもチケット買いに並んだ時、すっかり人気が出て悪質なおっかけやダフ屋まで来るようになったせいで、お手伝いさんが売りに来ていたらしい。人気者ってやっぱり有名税払っちゃわないと駄目なんだなあって、大変だなって思ってしまう。
何はともあれ、会いたいって気持ちに変わりはない。それに……。ふー兄から聞いた話に私は首を捻ってしまう。私、サブシナリオ部分は他のライターさんに任せていたにしても、プロットは目を通してるはずなのにな。やっぱり覚えがない。
主人公がさっぱり現れない事と言い、全く覚えのないシナリオが出現してる事と言い、やっぱり前世の記憶がログインしちゃうともろもろの計算が変わってしまうのかしらん? 首を傾げつつ、ひとまず戸締りチェックをしっかりしてから出かける事にした。
あのそわそわわくわくしてしまう繁華街へ、いざ。
****
繁華街に到着してみれば、普段よりも活気に溢れているような気がする。明らかに私と同じでライブに出かけるって言う女の子が多い。こういうのって何て言うんだろうね。例えば今からバーゲンに行くって言う人の雰囲気って何となく分かるし、同じイベントに出かけるって言う人もやっぱり雰囲気で分かってしまう。服だって私と同じく甘ロリの人もいれば、パンクみたいにパリッとしたレザーアイテムやシルバーチェーンを合わせている子もいるし、ライブTシャツみたいにバンドのロゴの入ったTシャツにマイクロミニなスカートの子だっている。
さっちゃんと待ち合わせしている時間はもうちょっと。普段からさっちゃんは約束したら10分前には来ているような子だから、もう来てるはずなんだけど、見えないなあ。
前に見たクレープ屋の角に立ち、メールしてみようと携帯を取り出した時だった。
「あの……約束があるんで、困ります!」
ん、さっちゃんの声? 私はきょろきょろと視線を動かす。小柄って言うのはつくづく大変だ。視界が前世よりも低くって見通しがそこまでよくないって嫌でも思い知る。
前に見たポップコーン屋のある路地。そこからだ。私はブーツの音をカンカンと鳴らしながらそちらまで走っていって気付く。派手な格好の男の子達だ。一見すると私達と同じくライブを見に来たんだろうって雰囲気だけど、彼らは何か違う。
もしかして……。私はふー兄が言っていた事を思い出す。私達みたいにライブ見に来た子をターゲットにホテルまで連れてこうとか言う、そう言うタイプ? そりゃ私だってTLっぽいシナリオは書いた事あるけど、当然リアルでだったらなしだ。私は頬を膨らませてその男の人達の所へ走り出す。
さっちゃんは腕を掴まれて、何とか振り解こうともがいていた。ポップコーン屋さんは心配そうにちらちらと路地の方を見ているけれど、店を離れる訳にも行かないから動けないみたいだ。
「すみません、あんまり揉めるようでしたら警察呼んで下さい」
「危ないよ!?」
「あそこにいるの私の友達なんです!」
私はポップコーン屋さんにそう言ってから走り寄ると、にちゃにちゃした男の人達三人もがさっちゃんを取り囲んでいる。
「いいじゃない、今日は今日しかないんだよ?」
「その……困ります! 離して下さい!」
「大丈夫大丈夫、皆で遊ぶだけだしさあ……」
「あの……! 今日約束してたんですけど! 友達離して下さい!」
何とかさっちゃん達の元に寄って叫んだ声は甲高い。……うう、何でこうも迫力が出ないかな。それに男の人達はきょとん、と言う顔をしてこちらを見てきた。そして顔を見合わせてくる。
「なあに? お嬢ちゃん。迷子?」
「おじょ……違います!」
「俺達は今デートのお誘いしてるとこなんだよ、向こう行ってな」
「ちょっ……だから、友達なんです!」
腹を立てちゃ駄目だ、腹を立てちゃ駄目だ。明らかに小学生扱いされたけど、さっちゃんと友達って言うのを鼻で笑われたけど、制服着てなかったら高校生扱いされないけど……!
私がイラッとしてなおも言い募ろうとしたけれど、「あっ!」とさっちゃんが声を詰める。そのままさっちゃんを引き摺って連れてこうとしてるのだ。
「やめて下さいってば!」
「だから、君みたいなお子ちゃまには興味ないのっ」
「……こっちだってあんた達みたいなどう見てもチンピラにしか見えない人興味ないわよ」
思わず声にドスが入る。場がピキン。と凍った音がしたような気がした。……しまった、前世の中年成分がにじみ出たような気がする。場の空気が一気に冷え込んだのに私は思わず冷や汗をかいたものの、もう言ってしまったもんはしょうがないと、さっちゃんが少しだけ目を大きく見開いてパチクリとしているのを見ながら口を開き直した。
「こんな路地裏に女の子連れ込んでそれでやましい気持ちはないとか言い訳できる訳ないでしょ!? 知ってる? 抵抗できない女の子を無理矢理よそに連れて行ったって、それだけで監禁罪が立証できるのよ!? やましい気持ちが一切ないんだったらもっとポップコーン屋さんに見せつけるようにして堂々とナンパすればいいじゃないの、それともフラれるのがダサいとか思ってるの、その考え方に既にダサさがにじみ出てるじゃないの……!!」
あーあーあーあー……。
思わず一気にまくし立てた後、私はゼイゼイと息をしながら、冷や汗を拳でグシグシと拭った。どう考えたって火に油を注ぐような事しか言ってない気がする。私はちらっと見ると、案の定と言うべきか、グググググとこちらに血管をぽっこりと浮かび上がらせながら睨んでくる男の人達が見える。さっちゃんは既に自分の心配を棚に上げて「りっちゃん、危ないから逃げて!?」と悲鳴を上げている。
さっちゃんを置いて逃げる訳にもいかないし、でも怒らせたこの人達どうしよう。私がダラダラと冷や汗をかいている中。
「あーあー……啖呵切るのはいいけどサ。君も可愛いんだからもうちょっとだけ言葉遣いに気を付けたがいいよ?」
ポン……と頭に何かが触れた。それは大きな男の人の手だった。ほんの少しだけ頭にゴリッと引っかかったのは太いシルバーリングだった。思わず顔を上げて、思わず目を見開いた。
染めた赤い髪が路地裏に落ちてくる日の光を受けてきらきらと光っている。そして首に下げたシルバーアクセにダメージジーンズ。この異国情緒溢れる繁華街に完全に溶け込んだようなストリートファッションで颯爽と私を背後に立たせる男の子は、今からちょうど会いに行こうとしていた男の子そのものだ。
私だけでなく、さっちゃんまで呆気に取られた顔をしていたけれど、男の人達は完全に血が昇ってるみたいで、彼が誰だか分からないみたいだ。
「何だぁ、いきなり」
「ごめんごめん、俺のファンがこんな所で迷惑かけたネェ?」
「テメ、いきなりこんな所に来てしゃしゃり出てんじゃねえよ……!」
「あー、でもこぉんなギャラリー多い場所で暴力はよくないんじゃないかナァ?」
そう言っている彼の言う通り、さっきまで人通りのほとんどなかった路地裏には、携帯を持って写メを撮ろうとしている女の子達がゾロゾロと集まりつつあった。
「見て! NATANEがこんな所にまで来てる!」
「最近はチケット売りにも来てくれなかったもんねえ……」
「NATANE~!!」
女の子達が写メ撮りつつ手を振るのに、NATANE……睦月君もまたウィンクしながら手を振るのに、私は思わず呆気に取られてしまったし、男の人達もあからさまに女子が大量に群がって来た事で、言葉をつぐんでしまった。何よりも睦月君目当てにパシャパシャ撮られている写メで暴力沙汰やさっちゃんを連れてこうとしていた現場を撮られてしまったら最後、本当に警察に御用になってしまう。
「……覚えてろよ! 行くぞ」
「お、おうっ!」
あまりにも常套句過ぎる言葉を残して、彼らは走って去ってしまった。さっちゃんはポイッと手を離されて体勢をぐらっとさせるが、それを支えたのは睦月君だった。
途端に女子が黄色い悲鳴を上げる。
「大丈夫だったかい?」
「あ、ありがとうございます……」
「オッケーオッケー」
そう言いながらワシワシとさっちゃんの頭を撫でるのに、私も思わずポカンとしてしまう。こんな展開、マジで聞いた事ないわ。私は思わず前世でもらった隠しキャラのプロットを頭に浮かべるけれど、記憶に全くございません。
ふと、睦月君が私と顔を合わせた。
「それにしても災難だったね。こぉんな可愛いレディーが啖呵を切らなかったら、間に合わない所だった。お姉ちゃん助かってよかったネ?」
そう言ってウィンクするのに、私は思わず半眼になる。さっちゃんはアワアワしている中、私は思わず仏頂面になって睦月君を睨んでしまった。
「……私、友達と同い年なんですけど。と言うか、17歳なんですけど」
「あっ、ああ……」
睦月君はオーバーリアクションをした後、私の手を取る。目をうるうると潤ませて手を取られたら、無下にもできないしファンも私がどう見ても小さな女の子に見えるんだろうか、嫉妬光線とかは浴びせて来ない(この点に関しては、高校の制服を着て来なくって正解だったと思うの。高校生って言うのがモロバレだったらきっとうちの兄弟と絡まれたい女の子達にされてきた事を睦月君のファンにされる所だった)。
「それは申し訳ない事をしたネ? 君はとっても勇敢だったから、俺が間に合ったんだからサ……」
「……いや、友達を助けるのは当たり前の事ですし、そんな褒められるような事は……」
「おっし、そこの災難だったお嬢さんと勇敢だったお嬢さん! 君達はちょっとサービスしちゃおうっか!」
「はあ?」「へえ?」
私とさっちゃんは睦月君が言い出した事に思わず顔を見合わせてしまった。
「あの……私達チケット持ってますけど……」
「流石に俺達も売上ノルマがあるし、そこまではサービスできないけどね」
そう言ってふふふと笑われ、ますます私達はクエスチョンマークを飛ばす事となった。
……睦月君、面白過ぎる子なんだけど、本当この子大丈夫か? 女の子達の黄色い声がガンガン飛ぶ中、私はそうぼんやりと考えていた。ちらっと見た中で、やっぱり主人公らしき子がいないのを確認しつつ。
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