あれ? いないんですけれど 後篇
放課後、私とさっちゃんは下校の時、普段だったら通らない場所まで来ていた。普段のちょっとヨーロピアンテイストな街並みから一転、普段はあまり来ない繁華街はエスニック調だ。中華料理店やベトナム雑貨店が立ち並び、本格的なアメリカンハンバーガーの屋台が出ている。向こうの方ではポップコーン屋さんもあるし、クレープ屋さんも店を出している。これだけ聞くとまとまりが全くない雑多な雰囲気なのに、不思議とこの辺りはそわそわうきうきとしてしまうような雰囲気で溢れていて、わくわくする気持ちが抑えられなくなってしまうのだ。
シナリオライティングしていたら、後で書いた背景は見せてもらえるとは言えども、書いている時には他のゲームで使った背景をイメージとして見せてもらえるだけで、【繁華街】【通学路】みたいな一言で場面指定をしているものだから、自分のライティングが関わってない部分の事は知らない事が多い。ぶっちゃけこの繁華街の辺りは私もあんまり記憶になかったりするし、普段の私もこの辺りには特に用事がなくって来た事がない。
ライブハウスがあるのは、確かの辺りにある繁華街なはずなんだけど……。
「りっちゃん、demainだけどね、新曲がすっごくいいの!「Eternal sympathy」は特に最初のギターがすごくってね……」
「意外だねえ、さっちゃんはあんまりロックとか興味ないって思ってたのに」
これは私の素直な気持ちだ。するとさっちゃんははにかんだように笑う。さっちゃんはすっごく派手じゃないけど笑うと可愛いし、この素朴な雰囲気がいいんだよなあと私は自然と一緒に笑う。
「あのねえ……前に知り合いがライブに誘ってくれたの。最近ますますチケット取るの難しくなってるし、もしかするとメジャーデビューするかもって言われてるんだあ」
「へえ……あっ、あそこだよね? 普段ライブしてるの」
「あ、うん! そうだよ」
ライブハウスって、前世でもあんまり行った事がない。前世の私はとにかくインドア派だったし、ライブやコンサートで曲に合わせてジャンプをしたり踊ったりって言う体力もなければ、そもそも音楽イコール聞き流しながら仕事をするものって染み込んでいた私には、あんまりライブに足を運ぶって言うものに興味がなかったって訳だ。本当に寂しい人生送ってたな、私。
今見えるライブハウスは、音漏れの配慮なのか地下まで通じる階段を降りて行った先に存在した。ドアの外からもガンガンにドラムやギターの音が響いて来て、立っているだけでも震動が伝わってくるのが分かる。今日の演目は知らないインディーズバンドばかりであり、目当てのdemainのライブは少なくとも今週はないみたいだった。
あー……目当ての睦月君には会えそうもないかあ。思わず溜息をついてしまっていると、逆にさっちゃんは少し明るそうな顔をしている。
「見てみてりっちゃん! 次のdemainのライブチケット、今週末から販売開始だって!」
「へえ……」
あんまり知らなかったけれど、インディーズのチケット販売って言うのは手売りが基本らしい。まあ、そうだよね。少なくともメジャーじゃない限りはチケット会社やネットで売るって言うのもなかなかないだろうし。よくよく見ないと分からない位端っこで、手書きの宣伝ポスターが貼ってあったのだ。
「demain次回ライブ決定! 手売り販売は……」
場所は流石に他のバンドと被らないようにって言う配慮なのか、ここのライブハウスとちょっと離れている場所で売られるみたい。この辺りは何回かライブに足を運んでいるさっちゃんが細かく説明してくれた。
「手売りみたいだけど、これってバンドのメンバーが?」
「うん、そうだよぉ。でも最近本当にチケット売れるの早いし、追っかけも増えてるみたいだから、追っかけ対策でバンドの手伝いしてる人が売るって言うのも増えてるかなあ。ライブ前の神経張ってる時にファンに突撃されないようにって」
「やっぱり大変なんだねえ、バンドって」
私がしみじみとそう言うと、さっちゃんが「うんうん」と言いながら大きく頷いた。でもどこか夢見心地な雰囲気のままだ。
「でも苦労して聞いた音楽はやっぱり格別だもん~、りっちゃんも興味持ってくれたのなら、私チケット買っちゃうよ?」
「ええ? うん。欲しい」
「分かったぁ、ちゃんと手に入れるから待っててね!」
「うん、ありがとう」
****
さっちゃんに頼むんだから、お礼にさっちゃんの好きなジンジャークッキーを焼いちゃおうかなあ。私はそう思いながら、帰りにスーパーで生姜と小麦粉、砂糖を買い足して帰る事にした。
実は私、前世から結構お菓子作りは好きだったりする。仕事の関係上家に篭もりっきりが多い上、あんまり遠出する時間もないし、休みの時はバキバキに固まってしまった肩やしょぼしょぼに乾いてしまった目を労わるために、ひたすら寝ている事が多い。で、仕事が煮詰まったり、同時進行で仕事をしている場合は、切り替えが重要なんだけど、意外に切り替えの際にお菓子作りって言うのはもってこいなのだ。
量りを使って材料を量る。粉をふるう。ゴムベラで混ぜ合わせる。簡単な作業に没頭する事で頭の切り替えが自然とできる上に、ちょっと小腹が減ったらお菓子ができあがっているんだから食べればいい。
そう考えながら家に着くと、「あっ、りっちゃんお帰りー」と手を振られた。よっちゃんも今日のご飯の材料を袋にぶら提げながら帰って来たみたい。そう言えば今日はスーパーで週に一度の安売りの日だったっけ。
「お帰りー、よっちゃん。今日のご飯は?」
「うんっ、今日はみっきーがよつの事助けてくれたから、お礼。みっきーの好きな和食にしようと思って」
袋の上の方から見え隠れするのは、子持ちカレイだ。多分カレイの煮付けに具だくさんお味噌汁かな。よっちゃんは煮付けの際にあんまり砂糖を入れてこってりした味付けにはしないから、これならふー兄も食べられそうだ。
「そっかあ。あ、ふー兄が帰ってこない内にクッキー焼いちゃおうと思うんだけど、台所先に借りていい?」
「んー? いいけどクッキーはどうするの?」
「ちょっとさっちゃんに頼みごとするから、それのお礼。食事制限してるふー兄には悪いから、後でふー兄にはおからクッキー作ってそっちを渡すよ」
「ああ、そっかあ。分かったあ、ふーちゃんには内緒ね?」
そう言いながら私達はくすくすと笑い合いながら玄関に入っていった。
自主練が終わったらふー兄も帰宅。委員会の当番が終わった三樹も帰宅。学校の仕事が終わったかず兄も帰宅した所で、ようやく晩ご飯だ。
「あれ、お菓子でもまた作ったのか? 甘い匂いがする」
家に帰って来た際にかず兄は靴を脱ぎながら首を捻ると、私は笑いながら「お帰りなさいー」と言いながら玄関に出た。
「ちょっとクッキー焼いてたの。友達にあげる分ね。残ってる奴だったら食後にでもどうぞー」
「ああ、りっちゃんが焼いたんだなあ。あんがとな」
「あ、一哉さんお帰りなさい」
「三樹君もただいまー。今日は四海をありがとうな」
「いえ……真面目に考えたらそう見えない事もあるんで」
どうも職員室から朝の一件は見えていたらしく、また私はぶすっと頬を膨らませそうになるのに、軽くかず兄はチョップをしてきた。
「こーらー、あんまり喧嘩するなよ?」
「……してないもん。向こうが言いがかりつけてきたんだし」
「全員にいちいち四海の事情説明する訳にもいかないだろう? その内なるようになるんだから、ほっときなさい」
「……はあい」
私がぶすっとしてるのを、隣で三樹がじっと見ていた。
「……何?」
「いや、別に。俺は四海もりつも間違ってるとは思ってないから」
「そう? でも、ありがとね」
「……いや」
三樹は曖昧に言葉を濁して、さっさとリビングに戻ってしまった。私の焼いたジンジャークッキーの匂いは、かず兄が帰って来たのに気付いたらしいよっちゃんのカレイの煮付けの匂いで掻き消されつつあった。
私はほんの少しだけ首を捻った。
「かず兄、私三樹に何かした? 最近随分と素っ気ないんだけど」
「そうかあ? まあ三樹も年頃なんだろ。ほっとけ」
「……訳分かんないんですけど」
私はただただクエスチョンマークを浮かべるだけだった。
皆で食事を食べつつ、一家団欒としてあれこれと学校であった事の話をする。ふー兄は相変わらず食事制限をしつつ自主練。今年のインターハイの目標は優勝よりも記録更新の方にシフトするらしく、筋力強化と持久力アップのトレーニングだけじゃなく、身体を絞って軽くして走りやすくしていく方針らしい。三樹は最近は風紀委員の仕事もやりにくいと言う話。うちの学校は別に風紀がガチガチに厳しい訳じゃないけれど、あまりゆるふわでも示しがつかない訳だし、どこまで校則の意向を狭めるか広げるかって言うのは風紀委員会でも問題になっている事らしい。大変だよね。かず兄はこの間中間テストが終わったばかりだって言うのに、もう期末テストの準備だ。まだ二年生だと受験までの時間は一年と半分はある訳だし、まだ来年受験生だって言う実感は当然ないけど、「そろそろ考えとけよー」と私と三樹に脅迫してきた。よっちゃんは家庭科部に誘われたらしいけど、家事の事があるから断ったとか。私達は「入っても別に家事は分担するよ」と勧めるものの、よっちゃんに可愛らしく小首を振って断られてしまった。うーん、やっぱりまだ、いじめられてた事気にしてるんだなあとこっちもしゅんとしてしまう。
私はさっちゃんと今度ライブ行ってくると言うと「あー……」とふー兄が声を上げた。
「確かうちの学校の生徒なんだっけ? そのでー……ええっと」
「demainね。でも意外。ふー兄知ってたんだ。私はさっちゃんに教えてもらったばっかりだけど」
間違ってはいない。隠しキャラの存在は知ってても、私インディーズバンドの情報何も知らないもの。
ふー兄は「ふーん」とカレイを見事な骨抜きでそれ以外を全部平らげつつご飯をもりもりと食べる。
「走り込みしてる時に女子と走ってるの見たからなあ。最初は何だって思ったけど、ファンに追い回されてたっぽい」
「うわあ……」
そんなベタな事が普通に起こるなんて。
私はパクンと味噌汁に浮かんだ豆腐を口の中で転がしつつ呻いた。
デバックの人達に「バグ?」って疑惑を投げられる位にランダムでも全然出現しなかった理由って、まさかファンとの追いかけっこが原因じゃないでしょうねえ? そう思えて仕方がなかったけれど、ひとまずは会ってみてから考えようと思う事にした。
しかし、繁華街まで出たのに、やっぱり主人公はいなかったなあ。転校してくるとか、そんなシナリオは書いた覚えはない。だとしたら、こちらの世界側で問題でもあったのかしらん……?
やっぱり主人公が見つからないって言う事実はやっぱり引っかかったままだ。
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