あれ? いないんですけれど 前篇
公立柊高等学校。最近の少子化問題で公立校も定員割れが大量発生し、結果一番治安がよくって交通の便のいい公立校の元に合併した際に誕生した学校。
私立ほど設備が整っている訳ではないけれど、女子には制服が可愛いと、男子には購買部のパンが美味いと専らの評判。元々それなりに部活が強い学校が合併したおかげか、創立してわずか五年とちょっとでインターハイ常連になっているとの事で、スポーツやっている子達もインターハイ目指してこの学校に入学希望の生徒が増えているとの事。
まだ五年とちょっとだったらまだ校舎はピカピカとしているし、校舎内もどことなく学校の匂いと言うよりも綺麗な公民館みたいな清潔な匂いがするのだ。
私とよっちゃんが校門を潜ろうとした時「そこの一年生」と声をかけられた。私は一年生ではなく二年生。声をかけられたのはよっちゃんの方だ。
神経質なメガネの男子がくいっとブリッジを抑えながらよっちゃんを上から下までジロジロとなめ回すように見る。
「前にも注意をしたな、あれほど男子制服で来なさいと」
「ちょっと……! よっちゃん……四海は学校に許可をもらって制服を着ていますとあれほど言っていますよね?」
私は思わずよっちゃんの間に入って手を広げてメガネ男子を睨む。元々よっちゃんの女装癖は高校入学の際に中学時代の話を内申書に書いて、カウンセラーの診断書も提出した上での許可制だ。それを風紀委員だからと言ってとやかく言っていい理由はないでしょ?
実際この子は女装している以外は成績もいいし、料理の腕もプロ並みなんだから(実際、ゲームでよっちゃんのルートはフランスに料理留学エンドを迎えるはずなんだけど、今この子が留学する気があるのかどうかは私も知らない)、学校の先生達にも文句を付けられないように振る舞ってるんだし。
私がメガネ男子を睨んでいると、よっちゃんは困ったようにツインテールを揺らした。
「りっちゃん、ごめんね? よつがちゃんと言い返さないから……」
「よっちゃんは悪い事なんて何もしてないでしょ。だから謝る必要なんてどこにもないわよ」
「しかしだな……」
私達の家族劇場に若干圧され気味ながらも、なおもメガネ男子が言い募ろうとした時だった。
「『制服』じゃなくって『制定服』。柊高校はあくまで制服らしい服を着るようにと言う義務があるだけで、制服を着ろと言う義務はどこにもないな」
メガネ男子以上に冷静で、下手すると冷淡にも聞こえる声が響いてきた。メガネ男子は若干メガネをずり落とす。
「……春待」
「何度も言ってるだろ、茂部。四海の個人的事情だから内容までは言えないが、ちゃんと学校に許可は出していると」
「しかし……規則が乱れては」
「茂部。春待四海が女生徒の格好をしてどのような乱れがあったのか、一度考えてみてはどうだ?」
女子とも男子ともフレンドリーだし、普段から女子と一緒に作ったお弁当のおかず交換をしているのも、男子に差し入れをしているのも見かけている。その癖特に痴情のもつれもないのは、よっちゃんはその手の話をされたら、必然的に自分の女装の理由についても語らないといけない訳だから、スルーしてしまうのだ。今のところよっちゃんの事情を知っているのは私達一家とさっちゃんしかいない訳だし。
そして、今メガネ男子を注意している風紀委員こそが、私達の従兄弟、春待三樹。「恋と戦争は何をしても許される!!」のパッケージに描かれた正規ルートのキャラだと言う訳だ。
身長は173cmと、大体高校生としては普通。真面目な口調で髪はカラスの濡れ羽みたいな艶を帯びた黒。高校生らしくない大人びた態度は、うちの目立つ家族の中でも異彩を放っていて余計に女子から人気が出てしまうと言う訳。高校生の女の子って何故か高校生らしいちょっと馬鹿っぽい男の子よりも大人びた男の子の方が好きだもんね。
そしてメガネ男子はさんざん三樹に校門の前でやりこめられたせいか、耳まで真っ赤に染めて、怒り過ぎたせいかメガネまで曇らせてしまった。
「うっ、学校の校則を守って、なおかつ秩序を乱さないならそれでいいっ! だがな春待、目立つ人間が何でもかんでも許されると思ったら大間違いだからな!?」
そう言い捨てて走っていってしまった。
もうっ。変な言いがかりをつけてきたのはそっちなのに、何でうちの家が目立つからって因縁付けられなきゃいけない訳よ!?
実際問題、美形一家と言うのは恩恵があるかと言えばそうでもない。私は私で、兄弟が皆イケメンと言う事で派手な女子から嫌がらせされた事は割と多い。シナリオ書いてた時はそこまで意識してなかったと思うけど、そりゃ家族以外にはツンになってもしょうがないだけの事はあったと思うのよ(前世がログインしてしまった今となったら「そんな事するからそのイケメンにモテないと思うの」と笑ってしまう所なんだけどね、それはそれで性格が悪いと言う自覚はあるけど)。かず兄も目立つ下達のせいでフォローばっかりしてるし、ふー兄はファンに追いかけ回されて集中途切れるのが嫌だからとサボリ癖に拍車がかかってしまった。よっちゃんは見た通り、時折こうして因縁を付けられると言う訳。
そんでもって、この三樹はと言うと。
私達を見て、ほっとしたように肩を撫で降ろしていた。
「大丈夫か? 四海も六花も」
「はあい、大丈夫。ありがとう三樹」
「みっきーありがとー」
「悪かったな、茂部も仕事熱心なんだけど、杓子定規が過ぎてさ」
「分かってるよ。これは有名税って事にしておくからさ」
「嫌な目に合って本当に悪かった。俺が今日の当番じゃなかったら一緒に学校に行けたんだけど」
別にうちの学校も新設して日が浅いから、風紀だってカツカツにやってる訳じゃない。まあさっきのメガネ男子みたいに真面目が過ぎる人もいない事もないんだけどさ。
かず兄は私達があれこれされた事のアフターケアに奔走しているのだとすれば、三樹は居候して一緒の学校に通うようになってからは専ら私達の盾になってくれていると言う訳だ。
別に私だっていつもいつも女子に嫌がらせされている訳じゃない(幸か不幸か、高校入学と同時にうちの兄弟目当てで引っ付いてくるような底意地の悪い子達とは縁が切れた訳だし)。でも特に目立ちたい訳じゃないのに目立ってしまうのだから、こうして三樹に甘えてしまう事もあると言う訳で。
よっちゃんは微笑んだ後、鞄からガサガサとお弁当包みを取り出した。三樹の分だ。
「今日急いでたからみっきーの分間に合わなかったから、今渡しておくねー」
「ああ、うん。ありがとう」
「うん。本当にありがとうね、三樹。じゃあまたね」
「ああ」
軽く手を振ってから、私達は校舎の中へと入っていった。うん、持つべきものは頼れる家族。
しっかし。私は靴箱で靴を履き替えつつ校門の方を眺めた。相変わらず、三樹も特にいつも通りなのよね。予鈴が鳴るまで校門付近で制服チェックをするって言う風紀委員の仕事は今日も絶好調だ(まあ三樹も言っていた通り、私達が着ているのは正確には制服と言うよりも制定服。本当は私服で着ても問題はないんだけど、学校に私服で行くのも落ち着かないから皆着ているだけだ。実際私だってスカートの下にパニエを履いているけど注意された事は一度もない)。
やっぱり、主人公に接触した形跡がないような……。
元々、さっきのメガネ男子がよっちゃんにとやかく言うような話が、三樹と主人公の間にも存在するはずなのだ。主人公は天然の赤毛な上に癖毛で巻いたような髪型なためにいくら何でも目立ち過ぎると校門で一悶着あるのが、「恋と戦争は何をしても許される!!」の正規ルートのオープニングなんだから。
でも校門では私達がトラブった以外は特に何も問題がないように思える。
おかしいな、うちの兄弟に全くフラグが立ってないって事は、三樹だと思っていたんだけど。
……ん、待てよ。私は一つピンと来た。
正直、私もライティングを担当していなかったからころっと忘れていたけれど、もう一人だけ攻略対象がいたのだ。
正規ルートって呼ばれているのが三樹。当然と言うべきか、攻略難易度はガン高であり、遭遇自体は主人公と同じクラスだから簡単なんだけれど、パラメーターを全て揃えないとまず恋愛ルートに入る事ができない。
次点でかず兄。知識パラメーターを高くする事で専用ルートに入り、春待家に遊びに行くルートを開放しなければいけない(当然先生と生徒の関係な訳だから、デートイベントが存在しないために春待家の家族と交流イベントイコールかず兄デートイベントになるって訳だ)。まあ、最終的には私の試験をクリアしなければ当然攻略なんてできない訳なんだけどね。
ふー兄とよっちゃんの場合はパラメーターよりもデートイベントで正解を出し続ける事が重要となる。どちらもメンタルが難しい訳だから、ここで失敗した場合は家族である私にもううちの兄弟に近付かないでと三行半を突き付けられると言う訳だ。もちろん対処方法はない事にはないんだけどねえ……。
で、そこで友情エンド要員である私とさっちゃん以外に、三樹以上に面倒臭いフラグを立てないと遭遇できない攻略対象がいるのだけれど。
そう考えている間に私のクラスに付くと、パタパタと手を振ってこっちに走り寄ってくる姿が見えた。
「おはよう、りっちゃん。朝からお疲れ様ー」
そう言いながら寄って来たのは橘五月、さっちゃんだ。私は軽く手を振る。
「おはよう……うん、よっちゃんにひどい事言うんだもの、あの風紀委員」
「見てたよー、窓から。ちゃんと届出出してるのにね」
「目立つから何をしてもいいのかって言われても、別に目立ちたくって目立ってる訳じゃないもん……」
さっちゃんがそんな私に「お疲れ様」と言いながら頭を撫でてくれた。
そう言えば、さっちゃんは本来は主人公の親友ポジションなのにも関わらず、主人公が一向に現れないから、何故か私と友達なのよね……。確か二人が一緒にいても、さっちゃんが私をボケた事言って振り回すって言う役回りだったような気がする。
「ねえ……」
「ん、なあに?」
「さっちゃんの友達にさあ、こう……目立つ子っている?」
そう言うとさっちゃんは真っ先に私を指差した。
いや、確かに目立つと思うけど! そりゃ高校二年生にしてはやや小柄で幼児体型で、ふりふりっとした服を着ても何の違和感もない子だったらそりゃ目立つだろうけどさ! 自分で言ってて悲しくなってきたけれど、それは本題と全く関係ないから一旦置いておこう。うん、そうしよう。
「いや、私以外で」
「りっちゃん以外……? って事は春待さん一家以外って事だよねえ? うーんと……」
さっちゃんは栗色のボブカットをさらりと揺らしながら、人差し指でとんとんと唇を叩きながら考え込み始めた。そして指先をピン、と弾いて天井を差した。
「そうだ、最近外でライブやってるの知ってる? インディーズバンドなんだけどね、すっごい人気なんだって」
「ライブ? ロックの?」
「うん、ロック。私もロックって全然分かんないし、テレビで音楽番組見る位しか興味なかったんだけどね。でも知り合いが売ってるCDくれてね、それ聞いたら鳥肌立っちゃったから、ライブがあったら足運んでるなあ。なかなか入手困難なんだけどさ」
そう言いながらロックについてさっちゃんが力説するのを聞きながら、私は思わず考え込んでしまった。
やっぱりさっちゃんも主人公の存在を知らない? そもそも主人公のデフォルト名は私が参加していた乙女ゲームのメーカーさんの名前をもじったような名前だったから、当然日常で聞くような名前じゃない。だから私も主人公がこの世界にいると仮定しても、どんな名前が付いてるのか全然知らないんだ。
でも……。さっちゃんの教えてくれた事で分かった情報量は意外と大きい。隠しキャラ、やっぱりこの世界にもいるんだ。今さっちゃんが教えてくれたインディーズバンドの名前は「demain」。フランス語で確か「明日」って意味だったはずだ。そこのボーカルこそが隠しキャラのはずなのだ。
彼は難易度が三樹以上に馬鹿高い上に、私も他キャラのライティングで手が回らなくって、彼のシナリオは他のライターさんに書いてもらっていたから、正直そのキャラの詳細はあんまり知らないんだけれど、プロットは見せてもらったから名前とか設定とかは覚えている。
睦月七種って言う「NATANE」って名前でボーカルをしているキャラが。出現条件が全キャラ攻略できるレベルまでパラメーターを高めると言う事、その癖全キャラと恋愛フラグを立ててないと言う事。当然私やさっちゃんみたいに友情エンドもなしだ(もっとも、友情エンドの条件は比較的緩い。イベントで普通に正解出し続けて、男子と恋愛フラグが立たなかったらあっと言う間に立つはずなのだ)。そして最後。これが最高難易度であり、ゲームのデバッグさんにも「本当に隠れてますね」と言う言葉をもらっていたはずだ。
ライブをやっている日にランダムで出会う。これだ。全キャラ落とせるレベルのパラメーターで予定を立てずにうろうろしていたとしても、他のイベントが起こって肝心の睦月に会えないと言う事で、一度「バグが原因で出てこないんじゃないか」と慌てて出す条件を緩めようとした所で、デバッグさんの一人が出現させた事で、このまま最高難易度のキャラにしてしまおうと言う事になっていたはずだ(確かそのデバッグさんは、普通に彼のシナリオをクリアしていたのだから、出現さえさせてしまえば、よっぽど彼のシナリオで失敗をしない限りはクリアできると皆で安心したはずなのだ)。
「……って、そんな訳で耳がビリビリ痺れちゃってね……あれ、りっちゃん?」
「あ、ごめん……考え事。ねえ、そのインディーズバンドっていつやるかな?」
「ああ、demain? うーんと、今週末じゃなかったかな」
「そっか。ありがとう」
考えられる事は二つ。
主人公は本気でこの世界に存在していない。でもゲームの登場人物が全員いるって言うのに、主人公が存在してないって言うのはおかしいと思うの。私だって兄弟を乙女ゲームを攻略するみたいな感覚でちょっかいをかけられたら面白くないけれど、主人公は書き手の私が言うのも難だけど悪い子じゃないと思うんだ。もし主人公が本当にいい子なのだったら見てみたいなって言うのはやっぱり親心としてはある。
もう一つは。隠しキャラルートに入ってしまっているんじゃないかって言う事。基本的に隠しキャラである睦月君のイベントには春待家は一切関わらないし、そりゃ私や家族の周りにも主人公の影が一切ないのも頷けるのだ。だとしたら、睦月君の所に行って探してみればいいんじゃないかなって思うんだけどどうなんだろう。
私が考え事している間に、予鈴は鳴ってしまった。
「あ、さっちゃん。放課後だけどさ、ちょっと行きたい場所あるんだけど行ってもいいかな?」
「えっ、どこ行くの?」
「うん。ライブってどういうものか分からないから、ちょっと様子見したいなあと思うんだけどさ……駄目?」
「わあ……りっちゃんも興味持ってくれたんだ……!」
さっちゃんが嬉しそうに目をキラキラとさせてしまうのに、私は困ってしまう。おかしいな、さっちゃんにそんな設定あったっけ。そう言えば音楽の趣味までシナリオで書いた覚えはないから、そう言う趣味だって事を私も前世ログインするまで知らなかっただけなのかもしれないけれど。うん。
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