私の恋を乙女ゲームの攻略対象達が全力で邪魔してくるんですが

石田空

勘弁して下さい、お願いします

「最悪だ……思い出したくなかった……」


 今日は私の誕生日。セブンティーンと言えば大人に一歩近付いたような気もするし、高校二年生と言えば高一みたいに中学生くさくもなければ高三みたいに受験勉強に視野を入れて勉強に励む事もない、一番自由な時間。

 だけれど、私は朝一番にどーんと雲を寄せる事になってしまったのだ。

 手をふと広げて見てみる。十七年間見慣れてきた、手荒れをしてもすぐに治ってしまう手。それが普通だと思って来たけれど、前世の記憶がインプットされてしまった私からしてみれば「ああ、何と言う小さな手」とか、「キーボード豆とは無縁な手」とか、溜息しか出てこない。

 今いる部屋は、それなりにパステルカラーで統一されて、白いテーブルにはそれなりに教科書や参考書が詰め込まれ、本棚にはクッキーの作り方とかケーキの作り方とか、お菓子のレシピがたくさん並んでいる。

 ……私の知っている部屋って言うのは、一日コーヒーの匂いが漂い、ガンガンにテクノ音楽が流れ、机も本棚も資料に使う本や雑誌が並び、床にも紙資料が散乱しているような有様だったように思える。

 どうして……どうして今。

 私の前世のしみったれた最期を思い出さなきゃいけなかったのよ……。今の私はもうちょっと可愛げのある女の子だった気がする。でも前世の私は女の子って言うと鼻で笑っちゃうような人だったな。


 だって、私享年32歳。独身。仕事し過ぎて買い物行ってる暇もなく、急に納期が早まった事で全部前倒し進行になり、パニックに陥った私は三日三晩飲まず食わずでモニターに向かってシナリオを打ち込み続けて──。ふふ。ふ。

 あの腐海の中、私を見つけた人は何だと思ったんだろう。会社の人怒ったんじゃないかな、納期前倒しになったのにいつまで経ってもシナリオが納品されなくってさ。家賃は口座から引き落としだったから、大家さんも私が死んで家賃滞納してるまで私が死んだ事に気付かなかったんじゃないかな。それともあれかな。ご近所さんが「この家から悪臭します」って苦情を言ってようやく気付いたんじゃないかな。嫌だよね、コンクリートジャングル。都会で誰か死んでも誰も気付かないんだからさ。ふふ、ふ……。


 考えれば考えるほど、前世の私の駄目っぷりが際立ち、だんだん前が見えなくなってきた。あれ、布団濡れてる。やだなあ、私。こんな所によだれなんか垂らしちゃって。あ、しょっぱいね。梅干しとか好きじゃないのにね。

 ──さて、前世の事は一旦置いておこう。これからの事の方が肝心なんだから。

 32年間分の人生が流れ込んできて、途端に陰鬱になったけれど、今の私はティーンエイジャー。大人になったら「子供の方が楽よ」と言い、子供の時は「大人の方が楽よ」と言う。どっちも大変なのだから、どっちかだけ頑張らないと言う訳にもいかない。

 カレンダーをちらりと見たら、今日は六月七日。

 そうか……私はさっさとルームウェアを脱ぎ捨てると、制服に着替えた。赤に黒と白のストライプの入ったリボンタイに紺色のジャケットにプリーツスカートのブレザーは、近所でも可愛いと評判な制服だ。

 最後にスカートにパニエを履く。スカートがほんの少しだけ膨らみ、ちろちろと覗くパニエのレースが可愛さを強調する。よし。

 十七年間生きてきた私は「春待六花」。


 ──乙女ゲームの住民として生きていくための、武装服だ。


****


 私はスリッパでペッタンペッタンと音を立てて階段を降りる。元々うちの家はモデルハウスに使用されていた家で、そのおかげで小さ目な家ながらも学校にも駅にもショッピングモールにも近いと言う好立地条件、おまけにモデルハウスに使われてた分だけくたびれていたからその分だけ値段を割り引いてもらったと言う家だ。

 企画内容読ませてもらった際、どうしてこんなにいい家に住んでるんだろうって思ったけど、これだったら納得は行くかなあと思う。

 リビングからはプーンといい匂いが立ち込めてくる。バターとベーコンの香ばしい匂いに、紅茶のふくよかな匂いだ。


「おはよー、りっちゃん。今日はおめでとーなのにお寝坊さん?」

「おはよう。別にそこまで寝坊した覚えはないんだけどな」

「そうなの?」


 そう言って首を傾げつつ、可愛らしくツインテールを揺らしてくるのは、四海。私はよっちゃんと呼んでいる。

 私と同じ近所の公立校の制服に身を包んでいて、スカートから覗く脚はばっちりとタイツで覆われている。私の硬い癖毛で、パレットで何とか留めている髪とは裏腹に、よっちゃんはストレートの亜麻色の髪をツインテールにし、白いリボンが揺れていて愛らしい。

 ──だが、男だ。

 うっかりと我が家のいい遺伝子を受け継いでしまい、しかも上の奴等みたいに筋肉が付かなかったせいで、中学時代から「オカマ」といじめられ続けたせいで、すっかりと塞ぎ込んでしまって思考が一週回った結果、「似合う格好をすればいいんだ!」と開き直って、以降女装しかしなくなっちゃったと言う不憫な子だ。

 正直、私はこの子が愛しい。前世の私も現世の私も、この子がどこまで計算でどこまで素なのか把握はできてないけれど、蝶よ花よとしてしまった結果が女装男子なので、正直心配ではあるのだけれど。

 私が席に着くと、既に食事を取っている兄が二人。


「はよー。おめー」

「おはよう……嬉しいんだけどさ、ふー兄略し過ぎ」

「そうかあ?」


 並んでいる食事は、私達は普通にベーコンエッグにバタートースト、温野菜サラダにコーヒーと言う、よっちゃんが腕によりをかけた朝ご飯だけれど、二葉ことふー兄が食べているものは全然違う。

 ご飯に鶏肉のハーブ焼き、ノンオイルドレッシングで作った春雨サラダに味噌汁と、徹底的に油脂を抜いた料理だ。もうすぐインターハイの予選だから、身体を絞っていると言う訳だ。

 ふー兄は基本的に体育会系馬鹿であり、陸上馬鹿だ。マラソン選手。だから言葉が圧倒的に足りないせいで、一見すると粗野で無愛想だけど、単純に陸上に全部パラメーター振っちゃっただけ、語彙が圧倒的に足りないだけで、そこまで怖い人ではないんだけど。

 毎日のロードワークで焼けた肌に、闘争心剥き出しの目、引き締まった身体と、確かに体育会系女子や家族でない限りは怖い人にしか見えかねないのがうちの兄だったりするのだ。そのせいか女の子からは煙たがられているけれど、意外と男友達は多いし、そこはほっとしている。

 私達のやり取りに、新聞を広げていたもう一人の兄が笑う。


「あはは……まあ誕生日来たからと言って、何がどうと変わる訳でもないだろ。りっちゃん、誕生日おめでとう」

「うん、ありがとう、かず兄」

「あー、兄貴だけずりぃ、六花にありがとうって」

「かずちゃんずるーい、よつだって言われてないのにぃ」

「二人とも言いたい事分ければいいだろ。普通に。「おはよう」と「誕生日おめでとう」と」


 よっちゃんとふー兄に文句を言われて苦笑しているのは一哉ことかず兄。私の一番優しいお兄ちゃんであり、うちの大黒柱だ。

 ちなみにお父さんもお母さんも死んだ訳ではない。単純に家を買ったと同時に転勤とかず兄の公立教員試験の合格が重なってしまったがために、協議の結果兄弟はローン支払い中の我が家に、お父さんとお母さんは転勤先に行ったと言う訳だ。だから実際の所、まだ社会人一年目のかず兄が大黒柱状態なのが我が家の現状って言う訳。

 ちなみにかず兄はうちの学校の教師をしている。担当は現国。流石にまだ担任はしてないけれど、私達兄弟とは被らないクラスの副担任をしている。テストとかで反則がないようにって言う配慮らしい。

 私はよっちゃんが並べてくれたバタートーストにりんごジャムをたっぷりと塗って頬張る。温野菜サラダもかぼちゃやレーズン、クルミをたっぷり入れつつレタスでさらっと食べられて美味しいし、ベーコンエッグだって面倒臭いだろうにわざわざ一人分ずつベーコンと卵の堅さを変えているのだ。よっちゃんは本当に料理が美味い。

 前世の記憶がログインしてしまった今思ってしまうと、この兄弟はあまりにも「出来過ぎている」。

 苦労人体質だけれど彼女も作らず一家の大黒柱をやってしまっているかず兄も、ストイックな全国クラスのスポーツ選手のふー兄も、女子力マックスな男の娘であるよっちゃんも。

 我ながらよく書いたものだ。

 私の前世、乙女ゲームのライターをしていた私の結果的に遺作になってしまったのが「恋と戦争は何をしても許される!」なんて仰々しいタイトルの付いた学園ものラブコメだった。

 主人公は学校でも有名な春待家の人々とうっかりと関わる事になり、時には甘く時には苦い青春を繰り広げるって言うオーソドックスな内容だ。私がライターをしていた時、既に乙女ゲームの市場も飽和状態だった。とにかく設定を凝りまくった結果、これは恋愛ゲームなのか鬱ゲームなのか分からないものが出来上がるわ、キワモノ過ぎるゲームが横行するわ、挙句の果てにCEROをギリギリかいくぐったような際どい話が闊歩するわ……。その中でも随分と王道な乙女ゲームが出来上がったもんだと我ながら感心するんだけど。

 ちなみに私のポジションは主人公ではない。私も乙女ゲームとしては近親相姦もありだって思うけれど、現実は乙女ゲームではない。当然なしだ。

 私のポジションは主人公が兄弟のいずれかとフラグが立ったら徹底的に邪魔をする兄弟に可愛がられている妹だ。プロデューサーにキャラ設定を見せたら、「ツンデレをこじらせたような子だよね」とか「小悪魔路線?」とか散々言われたし。実際十七年間生きていた記憶を思い返しても、ツンデレとか小悪魔と言うよりも、お兄ちゃんや弟を取られたくない駄々っ子と言う印象の方が強い。まあ……確かに前世がログインした私から見ても、かず兄やふー兄を見てくれだけで判断するような人が彼女面したら我慢ならないだろうし、よっちゃんを男として扱ってくれるならいざ知らず、女の子扱いする子は論外として追い返すだろうなあと言う未来しか見えない。

 でも……私は思わず首を傾げてしまう。

 ゲームの開始日は入学式である四月三日。この頃に新入生の案内係に抜擢された主人公が、事前に入れたパラメーターに合わせて攻略対象とぶつかり、そこから学園生活が始まるって言う感じだったと思うんだけど。


「そう言えばさあ、最近皆の中でなあんか面白い事あったぁ?」


 仮に乙女ゲームのルートが確定しているんだったら、私もその主人公と会う可能性が高い。確か主人公は私とは違うクラスだから、誰かうちの身内とフラグが立たない限りは会わないはずなのだ。

 ……もし主人公的ポジションがうちの兄弟をゲームの攻略対象みたいな目とか、見てくれやオプションだけで好きになったのなら徹底的に邪魔してやる。シナリオ書いてる時は「やり過ぎたような気がする」って思っていたけれど、今だったら分かる。

 うちのかず兄は苦労が好きなんじゃなくって、好きな人のために苦労するのが好きなんです。

 うちのふー兄は本気で陸上愛しているだけなんです。「運動と私とどっちが大事なの」とか検討違いな事言う女子には任せられません。

 うちのよっちゃんは臆病なんです。ちょっと話が合ったからと言って即お付き合いとか女装やめろとか言い出したら許さないからね。

 主人公的ポジションの子がうちの兄弟をきちんと理解しているなら恋愛は自由だもの。こっちだって草葉の影から応援する気はあるわ。でも逆ハーとか訳の分からない事考えている人には任せられません。

 ……なあんて、私が闘争心メラメラと燃やしている事を知ってか知らずか、ようやくエプロンを外して席についたよっちゃんは少し小首を傾げてツインテールを揺らし、かず兄とふー兄はほんの少しだけ顔を見合わせる。

 先に口を開いたのはかず兄だった。


「んー……うちのクラスの平均点があまりよろしくないなあ。りっちゃんは割と文系は頑張ってるけど理系はちょっと厳しいから、大学受験考えてるんだったらもうちょっと頑張るんだぞ?」

「うっ……分かってまーす」


 前世から文系一択だった私が、生まれ変わったからと言ってほいほいと前世知識を生かして理数の成績急上昇とかある訳がない。私は思わず俯いて誤魔化すようにトーストをしゃくっと食べると、今度はふー兄がご飯一粒残さず綺麗にご飯を平らげていた。


「特にねえなあ。今年は神奈川にすっげえ選手出たって言う話を聞いたから、位置取りでまず条件揃えねえとなあって思ってる位」

「わあ……闘争心満載」

「闘争心なくしてマラソンなんてやってられるか」


 うう……正論でございます。でもふー兄も本気でストイックだから、仮に女子の影が見え隠れしたら隠しきれないだろうから、私も即分かると思うんだよね。こっちもなしかあ。

 よっちゃんを見ると、ふんわりと笑った。


「うーんとね、この間家庭科の先生に美味しいラタトゥーユの作り方教わったの。夏野菜がそろそろ安くなり始めた頃だし、作ってもいいかな?」

「わあ、ラタトゥーユは私も大好き! よっちゃんの作った奴だったら私も大歓迎」

「えへぇ……」


 何だかほわほわとしている間に、ふと見たら既に洗面所にふー兄は向かってしまっていたし、かず兄もジャケットを羽織っている。


「それじゃあ、俺そろそろ朝練あるから、行くわ」

「ああ、行ってらっしゃい!」

「お弁当持ったー?」

「おう、四海ありがとな。それじゃ」


 玄関からのふー兄に行ってらっしゃいと言うと「さてと」とかず兄も席を立つ。


「あれ、かず兄ももう行くんだ? 今日早いの?」

「新任教師は雑用任せられるんだよ。お前らものんびりし過ぎて遅刻するなよ」

「しませーん、かずちゃん行ってらっしゃい」

「かず兄行ってらっしゃーい」


 いつも通りの慌ただしい朝に、サラダを平らげ、食後にコーヒーを飲みつつ私は呻く。

 うーん……今の所はうちの兄弟を攻略対象扱いする人はいないって訳か。確かにうちの兄弟は基本的に見目麗しいけれど、皆がそれぞれ恋する暇がなかったり訳ありだったりで、脈らしい脈もはっきりと出ないんだなあ、こりゃあ。

 なら私があれこれと勝手に心配しなくってもいいかあ……。と、ここで最後の一人がいない事に気が付いた。


「あれ、そう言えば今日。三樹は?」

「みっきー? 今日は委員会の当番で朝から校門前に待機だって」

「あー、そっかー。大変だねやっぱり」

「風紀委員なんだから仕方ないよぉ」


 私がうんうんと頷くのに、よっちゃんはクスリと笑った。

「恋と戦争は何をしても許される!」の攻略キャラは正規ルートだと全部で私も含めて六人。

 かず兄、ふー兄、よっちゃん。友情エンド要員として私にさっちゃん。そしてパッケージでしっかりと正規ルート扱いされているのが三樹と言う訳なんだけど。三樹に関してはフラグが立っても立たなくっても、三樹ルートには私はほとんど出番がない。だから三樹にフラグが立っているのかどうかは私も把握できないのだ。

 ちなみにどうして三樹に対しては全く私が邪魔をする気にならないかと言うと、三樹は別にうちの兄弟ではないのだ。下宿している私達兄弟の従兄弟に当たる。お父さんの弟、つまり叔父さんの子供だから名字は一緒なんだけどね。高校が一緒だし、叔父さん宅は現在リフォーム工事の真っただ中でホテル住まいだから、勉強に支障が出るだろうって事でうちが預かっていると言う訳。……これだけ書くと本当にベッタベタな設定だなと思ってしまう。企画書を見せている時は王道で行こうと思っただけだったんだけど、王道とベタって言うのは紙一重なんだなとつくづく考えてしまう。

 私は朝ご飯を食べ終えると、よっちゃんと一緒に食器を洗ってしまう。全員分の食器を洗って片付け終えたら洗面所に向かって顔を洗って歯磨き。二人ですっきりした所で、ようやく学校へと向かうのだ。

 今年は空梅雨だと天気予報でも言っていた通り、風は随分と爽やかで、並木道からの木漏れ日が涼やかだ。

 街並みも取材して某高級住宅地をイメージして背景さんに発注したけれど、道一つ一つの敷石のデザインが愛らしく、並木道に並ぶ外灯のデザインもちょっとヨーロピアンテイストで可愛らしい。私達は「行って来まーす」と誰もいない家に挨拶をしてから、学校へと向かう事にした。


 ……でも、変だなあ。どうして主人公は現れないんだろう?

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