[本文]第十五席

さて此方こちら岩星がんせい大尽だいじん明尽みょうじん兄弟きょうだい広西城こうせいじょうの方へボツボツやってまいりましたが、広西城こうせいじょうまいるまでには養鶏山ようけいざん智龍山ちりゅうざんう山を越えなければ相成あいなりません。この養鶏山ようけいざんの山の手前てまえまで来ました両人りょうにんは、しばらく岩にこしけ休んでおりますると、前なる岩のあいだから白昼はくちゅうであるのに、鬼火おにびがボウ……と燃えた。


あれッとうて目を付けておりますると、煙とともなく、人ともなく、ボンヤリ表われましたが、その霞のようなものが物をい出した。


龍神りゅうじん如何いかにも岩星がんせい大尽だいじん明尽みょうじん兄弟きょうだい兄弟きょうだい、汝らのる事をことひさしい。かくう我はこの琉球りゅうきゅう守護しゅごするりゅうかみであるが、そちの胸中きょうちゅうを察するに、これより広西城こうせいじょうまい沖山王ちゅうざんおう目通めどおりをいたし、割腹かっぷくいたしてあいてる量見りょうけんであろうが、それは甚だよろしくない。とても日本にほん歯向むかっても戦争せんそうに勝つことは出来できん。それよりはいさぎよ降伏こくふくをして、せめてもの事に本領ほんりょう安堵あんどねがい出づる様、はらっても琉球りゅうきゅうは助からん。そのほうらの降伏こくふくあれば、琉球りゅうきゅう無事ぶじに助かるから、必ず共に余の言葉ことばを疑うでない。」


と云ったかと思えば、姿は消えてなくなりました。ゆめ心地ここちでこれを聞いておりました兄弟きょうだい両人りょうにんは、たがいに顔を見合みあわわせ、


大尽だいじん「弟、妙なことを聞いたものだ。はらって死んだ所が役に立たぬ。それよりは王の生命いのち乞いをせよとの守護しゅご神のお言葉ことばである。いたし方はない。降参こうさんしようか」


明尽みょうじん左様さよう神罰しんばつは恐しい者でござるから、それでは降参こうさんをしよう」


そこから両人りょうにんの者は国頭こくとうみなとの方へヒョロヒョロ戻って来ました。


大尽だいじん「おねがもうします」


○「なんだ」


明尽みょうじん南山なんざんじょう岩星がんせい大尽だいじん兄弟きょうだい降参こうさんまいりましたから、日本にほん大将たいしょうへお取次とりつぎねがいます」


○「左様さようか」


うので、軍師ぐんしにこのよしを伝えました。


大助だいすけ「どうだ荒川あらかわかつら両人りょうにんの者が降伏こくふくに来たがどうじゃ」


熊蔵くまぞう「なに、そりゃ嘘でございましょう」


大助だいすけ「嘘でない。来ているとうからこれて連れてまいれ」


そこからて見ますると如何いかにも来ておるからおどろきました。


熊蔵くまぞう「オヤうせやがったな。先程さきほど降参こうさんせんなどとぬかしながら、毎戻って来やがるから、我々われわれはこれから飲まず食わずで働かんければならぬわい。サアこっちへ来い」


両人りょうにん大助だいすけの前へって来ました。


熊蔵くまぞう軍師ぐんし、連れて来ました。これからは我々われわれ兵糧ひょうろういただきません」


大助だいすけ「まあそんな約束やくそくはどうでもいい。こりゃ両名、いよいよ降伏こくふくしたか」


大尽だいじん降伏こくふくいたしました。つきましては沖山王ちゅうざんおう生命いのちが助かりまする様……」


大助だいすけ「うむ。そのは決して心配しんぱいに及ばん。降伏こくふくしたとあれば、日本にほん習慣しゅうかんいたして元服げんぷくをさせる」


両人りょうにん「はい」


大助だいすけ荒川あらかわ彼等かれらの頭を元服げんぷくさせてやれ」


熊蔵くまぞう「かしこまりました」


琉球りゅうきゅうの結髪を日本にほんふうにするのでございます。


熊蔵くまぞう「こりゃ元服げんぷくさせてやるぞ。まずお祝いだ」


荒川あらかわ熊蔵くまぞうは腹をてておる所でございますから、にぎこぶし横面よこづらをポンポンとりよった。両人りょうにんおどろいた。


両人りょうにん「どうも無法むほうな事をなさる。武士ぶし作法さほうにない事だ」


熊蔵くまぞうだまれッ。元服げんぷくいわいと云って日本にほんでは横面よこづらを張るのだ」


両人りょうにん「なんぼ日本にほんでもソンな無法むほうな事……」


熊蔵くまぞう「なんならモウ一つ殴ってやろうか」


両人りょうにん「モウ結構けっこうでございます」


ここに両人りょうにん元服げんぷくをさせました。さてここに南山なんざんじょう城主じょうしゅ降伏こくふくいたしましたにいて、大助だいすけ幸安ゆきやす琉球りゅうきゅうこくの城の要害ようがいを残らずきました。ところが南山なんざんじょうでは城主じょうしゅ降伏こくふくしたとう事を聞いたから、大いにおどろいて城をいてドンドン智龍山ちりゅうざん広西城こうせいじょうの方へ逃げて行ってしまう。そこでこちらは国頭こくとうみなと本営ほんえいとして置いて、またぞろ南山なんざんじょう占領りょうしてかたむ事に相成あいなりましたが、広西城こうせいじょうの方では逃げて戻って来ました者が、沖山王ちゅうざんおう物語ものがたりに及びましたから、沖山王ちゅうざんおう立腹りっぷくに及んだ。


沖山「おのれ不届ふとど至極しごくなるは岩星がんせい兄弟きょうだいである。日本にほん降伏こくふくするとは何事なにごとだ。ヤアだれかある。これより出軍しゅつぐんに及んで南山なんざんじょうめ取ってしまえ」


孟亀もうき如何いかにも承知しょうちつかまつりました」


とここにあらわれ出でましたのは、琉球りゅうきゅうでの豪傑ごうけつ周翁すおう孟亀もうきれいう今年五十になる老爺おやじだが、恐しくつよやつだ。早々そうそうよろいかぶとに身を固めましたが、目方めかた四十よんじゅ貫目かんめもあろうという大鉞おおまさかり片手かたてっ下げました。一万人いちまんにん軍勢ぐんぜいき連れて、


孟亀もうき者輩ものども、いざせ」


う。彼方かなたものを入れまして、エイエイオウオウとめて来ました。これをば南山なんざんじょうやぐらにて御覧ごらん相成あいなりました大助だいすけ幸安ゆきやすは、


大助だいすけ「そりゃどうやら広西城こうせいじょうから敵が来た。これは食いめんければ相成あいならぬ。新納にいろ種ヶ島たねがしま、そのほう先陣せんじん相成あいなってめい」


う。このときに、


出羽でわ軍師ぐんしねがいがございまする」


と云って飛び出したのは、佐野さの出羽でわのかみでございまする。


出羽でわおそれながら軍師ぐんしたたかい大将たいしょう最先陣さいせんじんうけたまわりませんが、拙者せっしゃしの先陣せんじんでございまする。どうか私におおせ付けをねがいとうございまする」


大助だいすけ「いや折角せっかくの思ししであるが、このたびの敵は貴殿きでんに過ぎた敵である。戦争せんそうは初めが大事だいじであるから、貴殿きでん後陣ごじんにあって援助えんじょねがいたい」


出羽でわ「ではございましょうが、敵将てきしょう周翁すおう孟亀もうきれいは父の仇敵かたきでもございますれば、是非ぜひ拙者せっしゃおおせ付けをねがいとうございまする」


なんと云ってもき入れませんから、


大助だいすけ左様さようか。しからばお出なさい」


出羽でわ「ありがとうございます」


うので早速さっそく用意よういに及びましたが、鎗をひねって、


出羽でわ者輩ものども続けい」


うと三百人の家来けらいき連れて、真一文いちもんまいちもんじにドンドン駆け付けました。ところ周翁すおう孟亀もうきれい一万人いちまんにん軍勢ぐんぜいき連れて、ワアワアとときこえをあげてんで来ました。鎗をひねってさきに飛び出しました佐野さの出羽でわのかみ


出羽でわ「ヤアヤア、周翁すおう孟亀もうきれいよもわすれはすまい。さる慶長けいちょう十四年じゅうよねん我父わがちち佐野さの先生せんしょう帯刀たてわきは汝のためにころされた。父の仇敵かたきだ、いざ来いまいれ」


孟亀もうきれいに鎗をつけた。


孟亀もうき「なにを猪口才ちょこざいな。いざきたれ」


うなり馬上ばじょうにあって、大鉞おおまさかり自由じゆうまわす。見ているうちに可哀想かわいそうにも佐野さの出羽でわのかみいまくられて次第しだい次第しだいうしろへ退いてくる。孟亀もうきれいあばれられたらいません。るうちに味方みかた損傷そんしょうは増す許り、早や三百人の軍勢ぐんぜいが百五十人とう者、討死うちじにをしてしまいました。佐野さの出羽でわのかみもこりゃかなわんとうので、ダダッとうしろに退いてまいります。これをながめました真田さなだ大助だいすけは、


大助だいすけ「こりゃきが出来できぬ。だれか助けにまいれい」


下知げじを伝えましたから、薩摩さつま方では新納にいろ武蔵むさし種ヶ島たねがしま大膳だいぜん道明寺どうみょうじ山城やましろのかみ島津しまづ左門さもん島津しまづ伯耆ほうき島津しまづ民部みんぶら、大阪おおさかかたでは荒川あらかわ熊蔵くまぞうかつら市兵衛いちべえら五百人とうものみ来たって、しばらく闘っておりましたが、孟亀もうきれいのためにさんざんに痛めつけられて、はや百人ばかりも死傷ししょうが出た。荒川あらかわかつらも、新納にいろ種ヶ島たねがしまもこいつの為にポイまくられ、可哀想かわいそう荒川あらかわ重傷じゅうしょうを負う。かつら負傷ふしょういたすと有様ありさまでございますから、真田さなだ大助だいすけも、


大助だいすけ「これはなんとかいたさずんばあるまい」


うので、急に穴山あなやま小助こすけを呼びました。


大助だいすけ小助こすけどくであるが、赫赫云々かくかくしかじか計略けいりゃくをかけてくれ」


小助こすけ委細いさいかしこまりました」


と外へ飛び出しまたが、どこへ参ったか分りませんが、忍術にんじゅつを使った。る間にうしろの方で「ワア……」とときこえに、孟亀もうきれいは、


孟亀もうき「さては敵がうしろへまわったのからん」


うしろをいてみますると、広西城こうせいじょう沖山王ちゅうざんおう御殿ごてんにバア……とが上がった。孟亀もうきれいはこれはと許りにおどろいて、


孟亀もうき「さては日本にほん軍勢ぐんぜいいたものであろう。こりゃくわけには相成あいならん。ともあれき帰そう」


うので、味方みかたを連れたそのままでドンドンと軍勢ぐんぜいを率いて広西城こうせいじょうへ戻って来ました。ところが城中じょうちゅうではなんの騒動そうどうもない。内へ飛びんで来ました孟亀もうきれいは、


孟亀もうきおそれながら御前ごぜんのお生命いのち別状べつじょうはございませんか。ただ今火が上りましたにり、引返してまいりましたが、どこから敵が入りました」


沖山「妙なことをう。少しも変った事はない。どうしたのだ」


孟亀もうき「これはどうも不思議ふしぎな事、さては敵の為に計られたと相見あいみえます。残念ざんねん至極しごく今一度いちどんで……」


と再び一万人いちまんにん軍勢ぐんぜいき連れて、ドンドン出ようといたしまするところへ、二三日にさんにち病気びょうきの為に匹籠こもっておって、今日きょう初めて登城とじょういたしました三十六さんじゅうろくとう軍師ぐんし信翁しんおう逍張斑ちょうちょうはんて来ました。


張斑「あいや孟亀もうきれいしばらてい」


孟亀もうき「これは軍師ぐんし、なぜおめに相成あいなる」


張斑「汝にい聞かす事があるから、しばらてッ」


孟亀もうきれいめ置いて、沖山王ちゅうざんおう目通めどおりをいたしました。


張斑「おそれながら御前ごぜん、ただ今孟亀もうきれい南山なんざんむかってむこう様でございまするが、こちらより出馬しゅつばいたしましてもとて勝利しょうりを得ることは出来できません。かつ日本にほんにてあれ程の術を使う者がありまする上は、味方みかた敗北はいぼくまえにございまする。とにかくめになる事はお止まりをねがいとうございます」


これを聞いた沖山王ちゅうざんおう御立腹ごりっぷく相成あいなった。


沖山「だまれッ。そのほうは我が味方みかた勇気ゆうきくじく奴である。そうして日本にほん加担かたんいたすとは、不届ふとど至極しごくの奴だ。今日きょうより閉門へいもんもうし付けた。目通めどおりはかなわん。退さがれッ……」


意見いけんもうして返って閉門へいもんとなった。仕方しかたがございませんから、逍張斑ちょうちょうはんはすごすごとお帰りに相成あいなった。


お宅には張友ちょうゆう張雲ちょううん張士ちょうし、と三人さんにん御子息ごしそくがございます。


張友ちょうゆう「お父上ちちうえ国王こくおうのお目通めどおりは如何でございました」


張斑「ご意見いけんもうして返って閉門へいもんくらって立ち帰った」


張友ちょうゆう閉門へいもんを……」


張斑「うむ。残念ざんねんであるがいたし方ない。琉球りゅうきゅうこくこのたび戦争せんそう日本にほん勝利しょうりを得ることは難しい。こまったこと出来できた」


と嘆いておりますのを見て、三人さんにん兄弟きょうだいはなにか相談そうだんいたしましたが、すぐに飛び出して沖山王ちゅうざんおう目通めどおりをいたしました。


張友ちょうゆうおそれながら御前ごぜんもうし上げます」


沖山「うむ何事なにごとだ」


張友ちょうゆう我父わがちち逍張斑ちょうちょうはん閉門へいもん相成あいなりましたが、なに分ともに閉門へいもんはお許しがねがいとうございます。軍師ぐんしたるべき者が閉門へいもんらいましては戦争せんそうに勝つことは出来できません」


沖山「うむしかし閉門へいもんを許して欲しくば、汝ら三名さんめい三千人さんぜんにん軍勢ぐんぜいを与えるから、真田さなだ大助だいすけ幸安ゆきやすくびってまいれ。さすれば褒美ほうびを使わした上で親の閉門へいもんも許しやる。さもなくば許す事は相かなわぬ」


張友ちょうゆう「はい。如何いかにも三千人さんぜんにんの兵をお借しくだされば大丈夫だいじょうぶってまいりまする」


沖山「それでは行ってこい」


張友ちょうゆう「ありがとうございまする」


うので、三千人さんぜんにん軍勢ぐんぜいを借りて、我が家にかえって来ました。


張友ちょうゆう「お父上ちちうえ私等わたしら三名さんめいはこれから日本にほんぜいに向かってむかいますから、しばらくおください。必ず吉報きっぽうをお耳に入れますから……」


張斑「せがれや、その親切しんせつはかたじけないが、とても日本にほん軍師ぐんしることは出来できぬ。よって斯う斯う計略けいりゃくを施せ」


張友ちょうゆう「ありがとうございます。しからば御免ごめんください」


うので、千五百人ずつに分けて、張友ちょうゆう張雲ちょううん両人りょうにん智龍山ちりゅうざんの裏を回って南山なんざんめ寄せました。こちらではそりゃせたとうので、ここにもまたもや戦いをひらきましたが、到頭とうとう張友ちょうゆう張雲ちょううんの両名は可哀想かわいそうりに相成あいなり、軍勢ぐんぜい数多かずおおく討たれました。ところが末子の張士ちょうしう奴はえらい奴でございます。千五百人の同勢どうぜい国頭こくとうみなとめ入って、兵糧ひょうろう蔵へ火を放った。兵糧ひょうろうを焼かれては大変たいへんでございます。ここを固めておりました荒川あらかわ熊蔵くまぞうかつら市兵衛いちべえはそれをもかまわないで、張士ちょうしってしまい、数多かずおおくの同勢どうぜいい返してしまったのでございます。


しかし兵糧ひょうろうがなくなりましたから、まずいくさは当分は休戦きゅうせんでございまする。軍師ぐんし大助だいすけ大変たいへんにご心配しんぱい相成あいなって、ここに薩摩さつまへ通知をして、至急しきゅう米十万石じゅうまんごくを送ってもらいたいとう事を云ってやった。兵糧ひょうろう奉行ぶぎょう白旗しらはた六左衛門ろくざえもんでございますから、白旗しらはた真田さなだ幸村ゆきむら後藤ごとう又兵またべ相談そうだんをして、いたし方がないから至急しきゅうに米を送ろうとうので、お蔵から米をドンドン運んで船にみました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る