[本文]第十四席



思案しあんが付きましたとみえ、大助だいすけ軍師ぐんしはポンとひざを叩いて、


大助だいすけ荒川あらかわ


熊蔵くまぞう「はい」


大助だいすけかつら


市兵いちべ「はい」


大助だいすけ南山なんざんじょう城主じょうしゅ役目やくめ、そのほうら両名にもうし付ける。しかし人数にんずうつかわさんから、ただ両名でまいれ」


両名「かしこまりました」


大助だいすけ「しかしただ二人ふたりんだ所がなにもならぬ。計略けいりゃくを教えるからそれを以てれ」


両人りょうにん「はい」


大助だいすけ「まず道明寺どうみょうじところへ行って、名乗なのりと戦の駆引かけひきだけを琉球りゅうきゅうおぼえる」


両人りょうにん「はい」


大助だいすけ「そうして何方どちら一人ひとり南山なんざんじょうへ行って、我は日本にほんの戦い大将たいしょう荒川あらかわ熊蔵くまぞうなり、あるいはかつら市兵衛いちべえであるとう。雑兵ぞうひょうとは勝負しょうぶをしない。いざ城主じょうしゅ岩星がんせい大尽だいじん岩星がんせい明尽みょうじん、どちらでもかまわん。出参でまいって勝負しょうぶせよと名乗なのりを上げる」


両人りょうにん「なるほど」


大助だいすけ「そうえば何方どちらるに違いない。その時にしばらく打合せておいて、卑怯ひきょうであるがきびすかえして逃げるのだ。すると敵はい駆けてくるに相違そういない。その時に一人ひとり途中とちゅうで待っておって、松原まつばらが良い。ツマリ一人ひとりは敵をっぱり出しに行く。その行き過ぎた時に横合よこあいから飛び出して、両方りょうほうから取り囲みってしまえ」


両人りょうにん委細いさいかしこまりました」


大助だいすけ「必ず共にころしてはならんぞ。りにいたせ」


両人りょうにん「かしこまりました」


両人りょうにんは大いに喜んで、薩摩さつま陣中じんちゅうにやって来ました。


熊蔵くまぞう「ヤア道明寺どうみょうじ


山城やましろ両名りょうめいなんだ」


熊蔵くまぞう「ひとつ琉球りゅうきゅうを教えてもらいたい」


山城やましろ琉球りゅうきゅうを習ってどうする」


熊蔵くまぞう「これから南山なんざんじょうんで我々われわれ両人りょうにんで城を乗っ取ろうとう所だ」


山城やましろおおきな事をうな。いくら豪傑ごうけつでもそう手軽てがるには行くまい」


熊蔵くまぞう「なァに大丈夫だいじょうぶだ。計略けいりゃく軍師ぐんしから授かって来たのだか、一つ我は日本にほんたたかい大将たいしょう荒川あらかわ熊蔵くまぞうかつら市兵衛いちべえである。これこれ斯様かようう事を教えてもらいたい」


山城やましろ「なるほど、委細いさい承知しょうちをした。しからば斯様かようこうこううから……」


と残らず教えてもらった。わすれるとならんからそれを紙に書いて、懐中かいちゅうに治めましたが、そのままでって馬にも乗りません。徒歩かち立ちで持って南山なんざんじょう城門じょうもんへやって来ました。もっともその途中とちゅうかつら市兵衛いちべえを待たしておいて荒川あらかわ熊蔵くまぞう一人ひとりて来ました。


熊蔵くまぞう「あいや開門かいもん……かくう我は大日本だいにほんたたかい大将たいしょう荒川あらかわ熊蔵くまぞうもうすものだ。このたび軍馬ぐんばけたについては、当城主じょうしゅ岩星がんせい明尽みょうじん岩星がんせい大尽だいじん、どちらでもいい。我と一騎いっきちの勝負しょうぶいたしてりにいたしくれんと思う。雑兵ぞうひょうとの勝負しょうぶ相敵あいかなわん。どちらなりとも城主じょうしゅまいれい」


大音だいおんじょうにて琉球りゅうきゅう言葉ことば名乗なのりを上げました。門番もんばん早速さっそくこれを奥へ伝えた。岩星がんせい大尽だいじん岩星がんせい明尽みょうじん兄弟きょうだいがチラリこれを聞いて、


大尽だいじん「なに日本にほんたたかい大将たいしょうなりとも何程なにほどの事やあらん。しからば我がってやる。弟、そのほうは後にひかえておれ。もし身共みどもが危なかったらまいれ」


い置いて早速さっそくの事に栗鹿毛くりかげ名馬めいばち跨りました。には二十五六貫目の鉄棒てつぼうっ下げて甲冑かっちゅうに身を固めておりあす。


大尽だいじん者輩ものども、門を開けい」


雑兵ぞうひょう「かしこまりました」


内から門を八文字はちもんじひらきました。馬の頭にはおによう馬面ばめんを被せましたが、恐しいいきおいで鉄棒てつぼうっ下げてドンドン表に出ます。


大尽だいじん「ヤア日本にほんたたかい大将たいしょう荒川あらかわ熊蔵くまぞうとはそのほうか。かくう我は南山なんざんじょう城主じょうしゅ岩星がんせい大尽だいじんである。サアまいれッ」


鉄棒てつぼうを振り被った。


熊蔵くまぞう「むむ汝が岩星がんせい大尽だいじんか。サアて来い」


うより陣刀じんがたなき抜いて、馬上ばじょう目掛けてって掛かったが、計略けいりゃくけるのだから、中々なかなか難しい。此方こちら岩星がんせい大尽だいじん


大尽だいじん「うぬ、何程なにほどの事やあらん」


鉄棒てつぼう風車かざぐるまごとくにまわして打ってる。なかなかつよやつだ。荒川あらかわ熊蔵くまぞう鉄棒てつぼうの為にまくられて、かなわなくなってきた。本当ほんとうにかなわなくなってきたのでございまする。こりゃたまらんとうので、すきはかっておいてうしろを向くとバラバラッと逃げ出した。これをながめた岩星がんせい大尽だいじん


大尽だいじん「やア卑怯ひきょう未練みれん日本にほんじん、敵にうしろをせるとは何事なにごとだ。かえもどせ」


いながら馬を早めてけて来た。馬だから足がはやい。熊蔵くまぞう一所懸命いっしょけんめい松原まつばらまで駆けて来て、エヘンと咳払はらいをいたしますると、お出でたお出でたと飛び出しましたかつら市兵衛いちべえ横幅よこはばみのたけも同じよう四尺よんしゃくあまりの男でございまする。いきなり馬の腹下へ飛びんだ。そのはやい事、すぐに馬の両足りょうあしをひッ抱えてヤッとうとっ繰り返した。可哀想かわいそう岩星がんせい大尽だいじん馬諸共もろともに倒れんだ。起き上がろうとする所を荒川あらかわ熊蔵くまぞうが踊りんで、グッと馬乗うまのりにおさけた。


熊蔵くまぞう「コリャ神妙しんみょういたせい」


大尽だいじん「おのれ卑怯ひきょう未練みれんな……」


岩星がんせい大尽だいじんはなおベチャベチャしゃべっておるが、言葉ことばが解らん。


熊蔵くまぞう「なんとか勝手かってにしゃべっておれい」


到頭とうとう縄目なわめにかけて、松の木の根本ねもとに括ってしまいました。


熊蔵くまぞう「やれやれ首尾しゅびよくったぞ。かつら今度こんど貴殿きでんの番だ」


市兵いちべ如何いかにも荒川あらかわ、しっかり番をしておれ」


うよりはやかつら市兵衛いちべえ岩星がんせい大尽だいじんの馬に乗ってドシドシ駆け付けて来まして、


市兵いちべ「ヤアヤア南山なんざんじょう城主じょうしゅ岩星がんせい明尽みょうじんよく聞け。かくう我は日本にほんたたかい大将たいしょうかつら市兵衛いちべえである。汝の兄岩星がんせい大尽だいじんなる物は、我味方みかたの者がって国頭こくとうみなとへ連れ帰った。兄の仇敵かたきと思わば出でて一騎いっきちの勝負しょうぶに及べい」


怒鳴どなりました。これを聞いた岩星がんせい明尽みょうじんは、


明尽みょうじん「なにそれでは兄上あにうえ日本にほんのためにりにあったか。兄の仇敵かたきだ」


うのでこれも三十貫目さんじゅっかんめてつぼうっ下げて、馬にヒラリとうち跨りましたが、


市兵いちべ「ヤアヤア、かつら市兵衛いちべえとやら兄の仇敵かたきだ。観念かんねんに及べッ」


縦横じゅうおう無尽むじん鉄棒てつぼうまわす。いつかな市兵衛いちべえもその鉄棒てつぼうの先に当る事が出来できません。卑怯ひきょうであるが馬足ばそくを帰してドンドンと逃げ出した。そのうしろから岩星がんせい明尽みょうじん


明尽みょうじん「ヤア卑怯ひきょうであろう。しばらてい」


とドンドンけて来た。市兵衛いちべえ荒川あらかわ熊蔵くまぞうが待っておりまするところへ来て、エヘンと咳払はらいをした。お出でたワイと荒川あらかわ熊蔵くまぞう横合よこあいから飛び出しましたが、岩星がんせい大尽だいじん鉄棒てつぼうにて馬の前足まえあしをガン……と殴り付けた。たまったものでございません。馬の前足まえあしが折れると同時どうじ岩星がんせい明尽みょうじんは前に伸びた。そこをばグッと両人りょうにんおさけてうしくくってしまいました。


熊蔵くまぞう「サア往生おうじょうしろ。此方こちら計略けいりゃくにかけたのだ。立って歩めッ」


ととうとう岩星がんせい兄弟きょうだいてて、国頭こくとうみなとかえって来ました。


両人りょうにん軍師ぐんし、ただ今……」


大助だいすけ「オオ荒川あらかわかつらか。なんだ」


熊蔵くまぞうおおせのとお南山なんざんじょう城主じょうしゅ岩星がんせい大尽だいじん明尽みょうじん兄弟きょうだいって帰りました」


大助だいすけ「なに兄弟きょうだいった……だれって来いと云った」


熊蔵くまぞうだれが云ったッテ、こりゃあやしからぬ。貴方あなたが仰いました」


大助だいすけだまれ、身共みども左様さようなことを云ったおぼえはない。しかしって帰れば仕方しかたがない。両名をこれへ引けい」


熊蔵くまぞう「はい」


馬鹿ばかを見たよう具合ぐあいでございますが仕方しかたはない。両人りょうにん大助だいすけの前にえました。


大助だいすけ如何いか岩星がんせい大尽だいじん岩星がんせい明尽みょうじんとやら、かくう我は日本にほん軍師ぐんし真田さなだ左衛門佐さざえもんざ幸村ゆきむら一子大助だいすけ幸安ゆきやすもうす者だが、このたび琉球りゅうきゅう軍馬ぐんばけた上は、そのほう降伏こくふくに及んで、広西城こうせいじょうかえり、沖山王ちゅうざんおうむかって降伏こくふくを勧めよ。そのほうかえって国の為であるが、どうじゃ降参こうさんに及ぶか」


歯噛はがみをらしました岩星がんせい大尽だいじん大助だいすけをハッタとにらんで、


大尽だいじんだまれッ。卑怯ひきょうな戦をいたして計略けいりゃくにかけてるとは何事なにごとだ。左様さよう卑怯ひきょう者には降伏こくふくせん。生命いのちを助けくれともわぬ。立派りっぱくびって汝の功名こうみょういたせ。サアくびてい」


大助だいすけ「いよいよ降参こうさんせんか」


大尽だいじん「どうしても降参こうさんはせん」


大助だいすけ「よし。降参こうさんせんとあればいたし方ない。荒川あらかわ斯様かよう弱将じゃくしょう生命いのちを取っても益はない。なわいて逃してやれ」


熊蔵くまぞう「はい。しかし軍師ぐんし此奴こやつッらは相当そうとうおぼえがございまする」


大助だいすけ「なに苦しゅうない。一旦いったんポイ返してしまえ」


折角せっかくった者を惜しいと思いましたが、仕方しかたがない。両人りょうにんなわいて、


熊蔵くまぞう糞垂くそたれめッ。生命いのちは助けてやるから早々そうそう立帰たちかえれッ」


ととうとう二人ふたりを放ちやりました。その後で荒川あらかわ熊蔵くまぞうが、


熊蔵くまぞう軍師ぐんし


大助だいすけ「なんだ」


熊蔵くまぞう先程さきほどあなたは妙な事を仰いました。だれわれたって貴方あなたって来いと仰ったので。助けるものならあんな無駄むだほねらさんでもよろしいではありませんが。もし我々われわれが殺られた時にはどうします」


大助だいすけ荒川あらかわ、まアそう怒るな。しかし残念ざんねんと思うなら、これから薩摩さつまの陣にんで参って、新納にいろ種ヶ島たねがしま大阪おおさかかた今日きょうこうう戦をして、岩星がんせい大尽だいじん兄弟きょうだいった。しかしあくまで降参こうさんせんとうから、一旦いったん彼らを助けてやった。まこと大阪おおさか仁義じんぎあつい戦をするが、薩摩さつまにはったりするよう英雄えいゆうがあるか。あれば一番いちばんって来いともうせ」


熊蔵くまぞう「かしこまりました……サアかつら行こう」


うので両人りょうにん連れで薩摩さつまの陣へんで来ました。


熊蔵くまぞう新納にいろ種ヶ島たねがしまいるか」


武蔵むさし「オオ荒川あらかわかつらか。なんじゃ」


熊蔵くまぞう今日きょう南山なんざん城主じょうしゅりにした」


武蔵むさし「なにりにした。それは手柄てがらじゃ。どうしてった」


熊蔵くまぞう軍師ぐんしって来いとうから、赫赫云々かくかくしかじかしてって来たのであるが、どうしても日本にほん降伏こくふくするとはわん。仕方しかたがないから到頭とうとう奴等やつらい払ってやったが、どうだお手前てまえらにってるという勇気ゆうきがあるか。薩摩さつまにはよもやソンな勇士ゆうしはおるまい。如何である」


われた時に新納にいろ武蔵むさしのかみ烈火れっかごとくに憤った。


武蔵むさし「ヤア無礼ぶれいのその一言いちごんてならん。よし荒川あらかわ大阪おおさか英雄えいゆうが強いか薩摩さつまが強いか、一番いちばん我々われわれの腕を持ってってせ様……種ヶ島たねがしまッ、さあ行こう」


大膳だいぜん心得こころえたッ」


うのでいきなり馬にヒラリうち跨り、両人りょうにんともに鉄棒てつぼうっ下げると、南山なんざんじょうへさして飛び付けました。


しかるにこちらは岩星がんせい大尽だいじん兄弟きょうだい、まだ城へかえっておりません。今や南山なんざんじょうの門の傍へ行こうとする所で、新納にいろ種ヶ島たねがしま両人りょうにんい付きました。


両人りょうにん「サアサアそれへまい岩星がんせい大尽だいじん明尽みょうじん兄弟きょうだいしばらくてッ。かくう我は薩摩さつまの陣にある新納にいろ武蔵むさし種ヶ島たねがしま大膳だいぜんうものである。一騎いっきちの勝負しょうぶいたすからサアて来い」


と呼ばわった。これを聞いた兄弟きょうだいは、


明尽みょうじん「なにを猪口才ちょこざいな。薩摩さつま勇士ゆうしなりとも何程なにほどの事やあらん。兄上あにうえ御用ごようあれ」


大尽だいじん如何いかにも心得こころえた」


今度こんど鉄棒てつぼうはありません。剣をき《ぬ》抜きに及んで両人りょうにんわたいましたが、鉄棒てつぼうと剣では岩星がんせい兄弟きょうだいも十分に働くことが出来できません。新納にいろ種ヶ島たねがしま両人りょうにんの為にあわれむべし両人りょうにんは再びりに相成あいなりました。新納にいろ種ヶ島たねがしまはそのまま両人りょうにんを連れて戻って来ました。


武蔵むさし「サア荒川あらかわどうじゃ。われたとおりにって来た。薩摩さつまにも勇士ゆうしは幾らもあるからあまり馬鹿ばかにするな」


熊蔵くまぞう「いやこれは感心かんしんした。その事を軍師ぐんしに伝えてくれ」


武蔵むさし如何いかにも心得こころえた」


両人りょうにんき連れて真田さなだ大助だいすけ陣所じんしょへやって来ました。


武蔵むさし軍師ぐんし今日きょう荒川あらかわかつらまいりまして軍師ぐんし斯様かよう云々におはなしになったともうしますから、両名をって来ました」


大助だいすけ左様さようなことを云った事はない。荒川あらかわかつらを呼べい」


武蔵むさし「はい両人りょうにんを呼んで来ました」


大助だいすけ「コレ、荒川あらかわかつら新納にいろ武蔵むさしより斯様かよう云々の話であるが、だれがソンな事を薩摩さつまの陣にえともうした」


熊蔵くまぞう「こりゃあやしからん。軍師ぐんしが仰ったでございませんか」


大助だいすけ身共みども左様さようなことを云ったおぼえはない」


熊蔵くまぞうかつらき損いではないか」


市兵いちべ馬鹿ばかッ、年を取ってもき損いはせん。軍師ぐんしは人をなぶり物にしておるのだ」


大助だいすけ荒川あらかわ


熊蔵くまぞう「はい」


大助だいすけ一旦いったん助けたものをってどうする。両人りょうにんなわいてやれ」


熊蔵くまぞう「はい」


熊蔵くまぞう腹が立って仕方しかたがありませんが、両人りょうにんなわいてやりますが、大助だいすけ幸安ゆきやすが、


大助だいすけ「こりゃ両名、一度いちどならずも二度にどまでも敵の為に辱められて、それでも降参こうさんいたさんか」


無念むねん歯噛はがみをらしまして岩星がんせい兄弟きょうだい


大尽だいじん卑怯ひきょう未練みれん日本にほんぜいはやくびてい。生命いのちを助けてくれとはわぬ。我々われわれくびって手柄てがらいたせ」


大助だいすけ左様さようなればいよいよ降伏こくふくいたさんともうすか」


大尽だいじんうにや及ばぬ。降参こうさんいたさぬ」


大助だいすけ「うむ。中々なかなかシブトイ奴だ。荒川あらかわ仕方しかたがないからポッ払ってしまえ」


うので、またぞろ両人りょうにんの者を放ちやりました。両人りょうにんはシオシオとして無念むねんそうな顔をいたし、南山なんざんじょうかえって来ますと、城門じょうもんは堅く閉っている。


大尽だいじん「コレ門を開けい。岩星がんせい兄弟きょうだいである。ただ今帰った」


と云ったが、家来けらいの者は義が固い。


家来けらい「お黙りなさい。一度いちどならず二度にどまでも縄目なわめはじを受けてよくもかえって来られる。なんで腹をお切りさぬ。左様さような弱い主人しゅじんに用はない。決して門を開けんから左様さよう承知しょうちされ」


とポンとはね付けて、なんと云っても門をひらきません。両人りょうにんの者も仕方しかたがないから、


大尽だいじん「どうもなさけないことになって来た。如何いかにも我々われわれ割腹かっぷくをしなかったのが悪かった。それじゃ弟、どうしよう」


明尽みょうじんいたし方はございません。この上は広西城こうせいじょうまい沖山王ちゅうざんおう目通めどおりをして、いさぎよ割腹かっぷくしようではございませんか」


大尽だいじん「いかにもそれがよかろう」


うので、兄弟きょうだい二人ふたりは足を広西城こうせいじょうの方へ向けました……


さて此方こちら真田さなだ陣中じんちゅうでございまする。


大助だいすけ荒川あらかわ両人りょうにんは帰ったか」


熊蔵くまぞう「しかし軍師ぐんし


大助だいすけ「なんだ」


熊蔵くまぞうどくでございますが、私はこれから戦をする事は休ませてもらいます」


大助だいすけ「休んでどうする」


熊蔵くまぞう「いくら私が馬鹿ばかだと云って、そうなぶるものではございません。貴方あなたって来いと仰しゃるからって来ますると、だれわれてったと仰しゃる。薩摩さつまの陣へ云ってこう云って来いとおっしゃるから行ってうとソンな事を云ったおぼえはないとおっしゃる。人をおなぶりになるのもあまりにひどい」


大助だいすけ「いや荒川あらかわ、そう怒るな。斯様かように云ったのも全く両人りょうにん降参こうさんさせる謀計ぼうけいだ。今に両人りょうにんの者は降参こうさんしてるからまア見ておれ」


熊蔵くまぞう「お黙りなさい。なんぼ軍師ぐんしのお言葉ことばでも彼等かれら両人りょうにん降参こうさんする気遣きづかいはございません。あの時にあれ程まで仰っても降参こうさんせん奴、それは駄目だめでございます」


大助だいすけ「いやそうでない。今にむこうから降参こうさんしてるから見ておれ」


熊蔵くまぞう「しかしもし降参こうさんして来なかった時にはどうなります」


大助だいすけ「これは面白おもしろい。お前方まえがたをなぶった罪として大助だいすけの首をお手前てまえ方に進上する」


熊蔵くまぞう「こりゃ面白おもしろい。てならぬ。もしも両人りょうにん降伏こくふくして来なかったら首をくださるか」


大助だいすけ「うむ。如何いかにもやる。しかし荒川あらかわ、もしも降伏こくふくして来たら、お手前てまえらはどうする。はらるか」


熊蔵くまぞう「まあ待ってください。……かつらどうする」


市兵いちべおれはらるのは嫌だ。大体だいたい軍師ぐんしは人を玩具おもちゃにしているのだ……軍師ぐんし


大助だいすけ「どうだ」


市兵いちべ我々われわれは死ぬのは残念ざんねんでございますから、もし両人りょうにんの者が降参こうさんして来ましたら、我々われわれはこれから兵糧ひょうろういただきません。兵糧ひょうろうなしに働きます」


大助だいすけ如何いかにも面白おもしろい。それでは待っておれ」


市兵いちべ「かしこまりました」


うので此方こちら様子ようす如何いかにとかまえておりました。

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