[本文]第十三席

しかられたが為に、かえって良くなりましたから四人の者は喜びました。功名こうみょう手柄てがら勝手かって次第しだいでございますので、大喜びで早速さっそく準備じゅんびいたしました。四人が一人ひとりずつわかれてよんそうの船に乗った。そうしてそれに船頭せんどうが八人ずつ乗って一足先ひとあしさき鬼界きかいヶ島しま出発しゅっぱつに及びました。


よんそうの船は帆に十分風を含ませて、相並あいならんで進みましたが、ほど近い国頭こくとうみなと入口いりぐちまでまいりますると、にわかに船がバリバリガチン……と何かに衝突しょうとつしたから、一同いちどうおどろいた。


熊蔵くまぞう「どうしたんだろう船頭せんどう、こんな所に浅瀬あさせがあるか」


船頭せんどう「滅相な。ここらは中々なかなか浅い所でございません」


熊蔵くまぞう「それじゃ暗礁あんしょうか」


船頭せんどう暗礁あんしょうはこんな所にございません。まァ待ってください。今ちょっと改めてみますから……」


うので船頭せんどう海中かいちゅうに飛びんで調べてみたのでありますが、これは水下みずした二尺くらいの所にふとまつ丸太まるたを何本となくんで、およ一里付近ふきんうものはズウ……と船止杭ふなどめくいがしてあるのでございます。これにむかって船が乗り上げたのだからどうもこうも仕方しかたがございません。


船頭せんどう「サア旦那だんな大変たいへんでございます。船を入れない様に船止杭ふなどめくいが打ってございます」


熊蔵くまぞう「なに船止杭ふなどめくいが……そりゃ大変たいへんな事になって来た」


荒川あらかわなりかつらなりが小手こてかざしてむこうを見ますると、国頭こくとうみなとには琉球りゅうきゅう軍勢ぐんぜいがヒシヒシと固めておりまするから、


両人りょうにん「ヤア船頭せんどう、まごついていては危ない。皆飛び込めッ」


うのでいずれも板をかかえてともの方からドブンドブンと入りました。船を前にいたして身をかくしながらエイエイと船を大方おおかた十間ばかりもしましたが、足は船止杭ふなどめくいの上に立ちまするから背は立ちます。力強ちからづよ荒川あらかわかつら新納にいろ種ヶ島たねがしま連中れんちゅうでございますから、船止杭ふなどめくいをグイグイと揺さ振って、力に任せて抜いていきまする。なかなか大変たいへんいきおいでございまする。


ところがしばらいたしまするとうと、ズドン……とう恐しい砲の音と諸共もろともにたちまちよんそうの船は微塵みじんに砕けてしまった。崖の方ではワア……という勝鬨かちどきをあげましたが、こっちは四人の豪傑ごうけつ船頭せんどうでございまする。


熊蔵くまぞう「オイ連中れんちゅう琉球りゅうきゅうの奴らめ恐しい事をするではないか。しかしまあ我々われわれはおたがいに生命いのちは助かったらしいが、船頭せんどうは大分やられたらしいぞ……こりゃ船頭せんどう貴様きさま達は我慢がまんをしておれについてまいれ」


うと抜手を切って浮きつ流れつ日の暮れるまでにどうにかこうにか国頭こくとうみなと裏手うらての方へむかって泳ぎ着きました。前は高い山でございます。


一同いちどう「サアここまで着けばモウ大丈夫だいじょうぶだ」


一同いちどうたがいに顔を見合せましたが、可哀想かわいそうなのは三十二人ふたりおりました船頭せんどうが一五人しかおりません。後の一七人はおぼれて死んだものと見えます。しかし仕方しかたがございませんから、とにかく一同いちどうで山を登って見ようとうのでドンドン山を登りました。しかしいずれもぱだかでございます。大刀たいとうだけは背中せなかに負っている。ドンドン登りはじめたが山登やまのぼりはかつら市兵衛いちべえ一番いちばんはやい。なにしろみのたけ四尺よんしゃく二三寸さんすん横幅よこはば四尺よんしゃく程ある。一名いちめい衝立ついたて市兵衛いちべえと言ったくらいでありますが、それで恐しくはやい足だ。荒川あらかわ新納にいろ種ヶ島たねがしま感心かんしんしてしまいました。


熊蔵くまぞうかつら大変たいへん山道やまみちはやいではないか」


市兵いちべ「当たり前だ。太閤記たいこうき山崎やまざき天王山てんのうざんのこりだもの。山道やまみちには慣れている」


熊蔵くまぞう「なにを吐す。二言目には山崎やまざき合戦かっせんのこりだ。気を付けぬと危いぞ」


市兵いちべ「なに大丈夫だいじょうぶだ」


うので市兵衛いちべえさきへ立ってとうとう山の絶頂ぜっちょうまで登りましたが、早やこのとき一同いちどう腹が減ってたまりません。船頭せんどうはモウ動けませんと云ってそこへ座ってしまった。そこで四人はなにか食べるものはないかとらんと、彼方かなた此方こちらを見廻わしておりましが、下の方でワアワアとう声がいたしますから、ヒョイと下を見まするとドンドン篝火かがりびを焚いて七八人の琉球りゅうきゅうじんが固めておる様子ようすでございます。


市兵いちべ連中れんちゅう、どうやらぞくが固めておる様子ようすだ。七八人いよるが大砲たいほうを据えておる所をると、ここへ日本にほんじんまわって来ればろうと算段さんだんと見える」


熊蔵くまぞう「なるほど。なにか食っていやがるではないか」


市兵いちべ「うむ。どうじゃ一番いちばん下に降りて行って彼奴あいつなぐころしてしまい、あいつらの装束しょうぞくを取って我々われわれ琉球りゅうきゅうじんとなり腹を大きくした上で国頭こくとうみなと裏切うらぎりしてやろうではないか」


大膳だいぜん如何いかにもそれがよかろう」


熊蔵くまぞう面白おもしろい。ボツボツ降りよう」


そこから船頭せんどうを待たせておいて、四人は藤葛ふじかずらつかまえながら、忍びあしに下へ降りて来ました。ソンな事とは知りませんから琉球りゅうきゅうじんはなにかしゃべりながら薩摩さつまいも丸焼まるやきで食っております。そこを後にあらわれました四人は、いきなり拳骨げんこつを固めてボカボカッとらわしたからウンもスンもございません。四人ばかりの者は一時いちじなぐり殺されてしまった。


残った者はアッとおどろき逃げようとするのを谷間たにまり落してしまいました。


四人「サアこうすればモウ大丈夫だいじょうぶだ。船頭せんどうはやく降りて来い」


いながら四人はの前に焼いて置いてありまする薩摩さつまいもを見ましたが、まだこのころ日本にほん薩摩さつまいもは渡しておりません。それゆえ、四人は妙なものがあると思った。


市兵いちべ「なんだろうこれは。人参にんじんでもなし牛蒡ごぼうでもなし。彼奴あいつが食っておった所をると毒でもあるまい。一つ食ってやろう」


市兵衛いちべえ親爺おやじ、皮をむいてらってみると中々なかなか美味うまい。


市兵いちべ「こいつは美味うまいもんだ。連中れんちゅうやれやれ。こりゃ船頭せんどう美味うまいものがあるからはやく降りて来い」


船頭せんどう降りてこれを見ますると琉球りゅうきゅういもだ。


船頭せんどう旦那だんな、これは琉球りゅうきゅういもでございます」


市兵いちべ貴様きさま、食ったことがあるか」


船頭せんどう「はい。薩摩さつまにも時々来ますが、琉球りゅうきゅう飯米はんまいの代りにこの芋をいます」


市兵いちべ「なるほど中々なかなか美味うまいもんだな」


船頭せんどう「しかしあまいますと胸焼けます」


市兵いちべ左様さようかな。まあよい腹のった時はこれでも結構けっこうだ」


うので、鱈腹たらふく芋を食った後、四人はそこに倒れておりまする四人の琉球りゅうきゅうじん着物きものを取って着込みました。死骸しがいは谷底へ投げんでしまった。そこから一同いちどう、ここでドンドン火を焚いて夜の明けるのをちましたが、やがて日が昇りはじめましたので、かつら市兵衛いちべえが山の絶頂ぜっちょうに登って、小手こてをかざして見ますると、まァ下で国頭こくとうみなとになっている。琉球りゅうきゅうじんが固めているのがよく見えおりまするから、


市兵いちべ「ヤア連中れんちゅう、このまァ下が国頭こくとうみなとだ。大砲たいほうきづり上げてここからくだしたら造作ぞうさはない。」


左様さようかとうので大砲たいほうは四門ありましたから、それをばやまちゅうだんまできづり上げました。ここから撃てば弾丸だんがんが届くと見当けんとうを付けて置いて大砲たいほう藤葛ふじかずらで括って動かぬ様にしました。弾丸だんがん込めに及びますると時分じぶんはよろしとうので火蓋ひぶたを切って放ちます。ズドンズドンと山響やまひびきをいたして落ち来った弾丸だんがんは固めておりまする軍勢ぐんぜいの中にちたから堪りません。国頭こくとうみなと大将たいしょう汪張おうちょう将軍しょうぐんいまして、五百人ばかりで固めておったのでございまする。しかるににわかに弾丸だんがんが飛んで来たからこれはと驚く中に早や八九十人の軍勢ぐんぜいは即死でございまする。


汪張おうちょう「こりゃぞくんだぞ。油断ゆだんをするな」


指図さしずをしている中に琉球りゅうきゅうじんの姿をいたしました四人の豪傑ごうけつ陣刀じんがたなを提げると飛鳥ひちょうごとくに山を飛んで下り、滅多めった無情むじょうまくった。これをながめた汪張おうちょう将軍しょうぐんは、


汪張おうちょう「そりゃ味方みかたの者が裏切うらぎりをしたぞれッ」


う。軍勢ぐんぜいはただワアワアと騒ぐ許り、とうとう汪張おうちょう将軍しょうぐんかつら市兵衛いちべえ荒川あらかわ熊蔵くまぞうの為に殺されてしまいました。大将たいしょうたれて残兵ざんぺいまったからずの例え、軍兵ぐんぺいどもは大騒ぎをして逃げて行く。此方こちらは逃げる奴には目をくれません。四人でとうとう港を占領りょうしてしまったのでございますから、りにいたしたものをてて兵粮ひょうろう蔵へ案内あんないをさせました。ドンドン酒やものを取り出させまして、それから山にいる船頭せんどうを呼んで着物きものを着せる。ものあたえる。それから船止杭ふなどめくいを取りはらうとう事になりました。


なにを云っても七千本と船止杭ふなどめくいがしてあるのでございますから、急に取りはらうとう訳にはまいりません。りにした奴やら人足にんそく数多かずおおく使ってとうとう取り除けてしまい、琉球りゅうきゅうはたてあったのをくだしてしまって日本にほんはたてました。ここでしばらく待っておりまするところへ、期日きじつを違えず真田さなだ大助だいすけ軍師ぐんしの一行が正々せいせい堂々どうどう国頭こくとうみなとんで来ました。かつら市兵衛いちべえを初め一同いちどう出迎でむかえをいたしてこの事を話をいたしますると、大助だいすけ幸安ゆきやすは大いに喜びまして、


大助だいすけ「これはどうも大手おおてがらである。まこと感心かんしんに及んだ。感状かんじょうを取らする事である」


うので、この報告ほうこくの為にわざわざ薩摩さつまむかって一艘そうの船をてました。それより真田さなだの一行は残らず国頭こくとうみなとへ上陸をいたしましてここを根拠こんきょいたす事に相成あいなりました。


そこで荒川あらかわかつら新納にいろ種ヶ島たねがしま、この四人が陣廻じんまわりとうので、これから毎日まいにちひび々三里四里と付近ふきんを残らず取調べましたが、モトモトこの琉球りゅうきゅうはあまりおおきな国ではございません。


ある日の事でございます。荒川あらかわ熊蔵くまぞうった琉球りゅうきゅうじん日本にほん言葉ことばの分る奴がおりますから、其奴そいつを連れて国頭こくとうみなとからみなみ方角ほうがくへやってまいりますると、けわしいやまなかに城が見える。合点がてんが行かぬと思ったから熊蔵くまぞうは、


熊蔵くまぞう「あれはなんとう山だ」


○「あれは南山なんざんもうします」


熊蔵くまぞう「城が見えるがだれが固めているか」


○「御意ぎょいさまでございます。あれは南山なんざんじょうもうしまして大変たいへんえら大将たいしょうがおります」


熊蔵くまぞう左様さようかそりゃ良い事を耳にした。早速さっそく成敗せいばいするであろう」


うので国頭こくとうみなとかえって来ました。


熊蔵くまぞう軍師ぐんし、これから南へ二里程行きますと山が一つございます」


大助だいすけ「うむ。なんという山だ」


熊蔵くまぞう南山なんざんもうしますがそこに南山なんざんじょうう城がございます」


大助だいすけ「なるほど」


熊蔵くまぞうえら大将たいしょうが固めおるそうでございます。一つおめになっては如何でございます」


大助だいすけ左様さようか。それでは一つ調べてみよう」


うので道明寺どうみょうじ山城やましろのかみを呼びました。


大助だいすけ「これから南へ二里程行くと南山なんざんう山があって南山なんざんじょうがあるとうが左様さようか」


山城やましろ御意ぎょいさまでございます」


大助だいすけ何者なにものが固めおるか、またその同勢どうぜいはどれ位あるのか、残らず調べてくれ」


山城やましろ「かしこまりてございまする」


そこで道明寺どうみょうじ山城やましろのかみお出になりましたが、中々なかなか用心ようじん堅固けんごいたして城門じょうもんは閉じてある。内はしずまり返っております。そこを山城やましろのかみ手立てだたてをって十分に間者かんじゃに使って取調べかえりました。


山城やましろもうしあげます。南山なんざんじょうには殆ど五百名ごひゃくめいほどこもっております」


大助だいすけ「なるほど」


山城やましろ城主じょうしゅ兄弟きょうだいです。兄は岩星がんせい大尽だいじん、弟を岩星がんせい明尽みょうじんもうします」


大助だいすけ面白おもしろい名だな」


山城やましろ兄弟きょうだいとも鉄棒てつぼうつかいの名人じゃそうでございます」


大助だいすけ左様さようか。しからば早速さっそくめる事にいたそう」


うので、ここに一陣いちじん二陣にじん陣触じんぶれをいたされました。南山なんざんじょうめとうので、やはり日本にほんの戦は三鼓さんこ六足ろくそくの調子でございまする。


エイエイエイとけ声で、陣太鼓じんたいこらしてめ寄せてまいりましたが、城間近まじか相成あいなりますと、ウア……とときこえを上げてにわか鉄砲てっぽうを持ってドンドンうちけました。しかるに南山なんざんじょうでは矢一本いっぽん放たない。しずまり返っておりまするから大助だいすけが、


大助だいすけ「こりゃ不思議ふしぎだ。これだけめておるに相手あいてにならんとうのは、事によるとだれもおらぬかもれぬ。ただしは敵の謀計ぼうけいかも分らぬ。それがねを引けッ。穴山あなやまがねを入れい」


すると荒川あらかわ熊蔵くまぞうが、


熊蔵くまぞう軍師ぐんし、かようなる戦争せんそうがねを入れるとは残念ざんねんでございます。城門じょうもんをぶち破ってお出であそばしたら如何でございます」


大助だいすけ「いや少し考えがあるから者輩ものども引けい」


うので一同いちどうの者をき連れて一旦いったんめて来た軍勢ぐんぜいをまとめ、かれこれ一町ばかりうしろに下って備えをて直し様子ようすを伺っておりますると、城内じょうないにてはにわかにやぐらから射出しました半弓はんきゅう、数千本の矢をあめあられごとくドンドン射て放ちまする。半弓はんきゅうだからソンなに遠くまでは飛んで来ませんが、大助だいすけはこれをながめて、


大助だいすけ「こりゃ合点がてんがいかぬ。これだけめておるに半弓はんきゅうくらいで抵抗するとはおかしい……者輩ものども下れッ」


う。荒川あらかわ熊蔵くまぞうまた飛び出し、


熊蔵くまぞうおそれながら軍師ぐんし軍師ぐんし我々われわれをカラクリ人形の様に思ってござる。わずかれたる半弓はんきゅう位、拙者せっしゃ一番いちばんんでみましょう」


大助だいすけ「いや荒川あらかわ、必ず早まるでない。その矢を拾って持って帰れ」


熊蔵くまぞう軍師ぐんし命令めいれいだから仕方しかたがございません。矢を一本いっぽん拾いまして三度鬨ときこえを上げると、国頭こくとうみなとき上げました。そこで大助だいすけ幸安ゆきやすはその矢を執って調べて見ますると、果せるかなの中に毒が入れてある。身体からだに当ったらもう助からんという、恐しき毒矢どくやでございますから、熊蔵くまぞう成程なるほど軍師ぐんしえらいもんだと今更いまさらごと感心かんしんに及んだ。


こちらは大助だいすけ軍師ぐんし


大助だいすけ毒矢どくやはなつ位であるから、敵にはふか謀計ぼうけいがあるに違いない。これにむかって軍馬ぐんばけては到底とうてい城を陥る事は出来できない。なんとか此奴こやつをば上手うまく乗っ取る方法ほうほうはなかろうからん」


とここに計略けいりゃくを巡らすことに相成あいなりました。

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