[本文]第十二席

御登城ごとじょういたしましたは皆豪傑ごうけつばかりでございます。まず重なる名を挙げて見ますれば、正面しょうめん二重ふたえ台におひかえあそばしましたは豊臣とよとみ秀頼ひでよりこう、それから島津しまづ薩摩さつま守、一段下って真田さなだ左衛門佐さざえもんざ幸村ゆきむら親子、列席れっせきには後藤ごとう又兵またべかつら市兵衛いちべえ荒川あらかわ熊蔵くまぞう箕作みつくり左衛門ざえもん民部みんぶ七郎兵衛ひちろべえ穴山あなやま小助こすけ、左側には新納にいろ武蔵むさし種ヶ島たねがしま大膳だいぜん島津しまづ左門さもん島津しまづ伯耆ほうき島津しまづ民部みんぶ金山かなやま武一郎ぶいちろう道明寺どうみょうじ山城やましろのかみ佐野さの出羽でわのかみ佐野さの鹿十しかじゅうろうを初めとし、勇士ゆうし豪傑ごうけつばかりが綺羅きらを飾り、ほしごとくに居並びました。


そこでおもむろに口をひらきました左衛門佐さざえもんざ幸村ゆきむら


幸村ゆきむら「さてこのたび琉球りゅうきゅうめについて各々おのおのそう登城とじょうを願ったが、まず第一に軍師ぐんしがなくてはかなわぬ。このたび琉球りゅうきゅうめの軍師ぐんしはどなたがいたくださるや。この一つ御評定ひょうじょうねがもうす」


う。諸勇士しょゆうしいずれも顔を見合せましたが、軍師ぐんしえば真田さなだ左衛門幸村ゆきむらか同じく大助だいすけ幸安ゆきやす後藤ごとう又兵またべくらいでございます。それゆえ、だれ返答へんとうする者はございません。そこで島津しまづ薩摩さつま守が、


薩摩さつま幸村ゆきむら殿どの軍師ぐんし役とえば先ず貴殿きでんより他にござらぬ。このたび軍師ぐんし矢張貴殿きでんにおねがもうしたい」


これを聞いて幸村ゆきむらかしらりました。


幸村ゆきむら折角せっかくのお言葉ことばでございますが、このたび軍師ぐんしは平におことわりをいたしまする」


薩摩さつま「そはまた何故なぜでござる」


幸村ゆきむら「されば慶元けいげん両度りょうどの戦いは我が采配さいはい無能むのうなりしが為に大阪おおさか落城らくじょうに及びました。大阪おおさか落城らくじょうに及ぶは軍師ぐんし粗忽そこつとやもうしましょう。しかるにこのたびなお一度いちど采配さいはいを取り失敗しっぱいいたしましたる時は、幸村ゆきむらなんの面目めんもくもございません。それゆえにこのたびは平におことわりをいたしまする。どうか島津しまづからしかるべき人をお選びください」


と断ってしまいました。幸村ゆきむらが断るとモウ後は幸安ゆきやす後藤ごとうでございまする。しかし後藤ごとう又兵またべう人も、大阪おおさか陣にはふく軍師ぐんしで、幸村ゆきむらと同じく采配さいはいを取って落城らくじょうになったのでございますから、軍師ぐんしになる訳にはまいりません。一同いちどうワアワアと云って評議ひょうぎまちまちでございますから、そこで後藤ごとう又兵またべが、


又兵またべおそれながら軍師ぐんし、このたび軍師ぐんし役、尊公そんこう辞退じたいとあればやむを得ません。どうか御賢息ごけんそく大助だいすけ幸安ゆきやす殿どのって軍師ぐんしとしお指図さしずねがいたい」


くちりましたから、いずれも皆これに同意どういした。どうか大助だいすけ殿どのをとありますから、幸村ゆきむら心中しんちゅう大いに喜びました。


幸村ゆきむら左様さようでござるか。多くの中よりせがれをお見出みだくだかれ家の面目めんもくこれに過ぎたる事はござらぬ。されどじゃくねんもの者ゆえ、一度いちど意向いこうを尋ね見ましょう」


そこで幸村ゆきむらが、


幸村ゆきむら「これ大助だいすけ


大助だいすけ「はい」


幸村ゆきむら「ただ今後藤ごとう殿どのを初め御一同ごいちどう評定ひょうじょうってそのほうを呼び出して軍師ぐんしおおせになるが、そのほうつとめてるや如何いかに」


大助だいすけ「はい。おそれながら一度いちど采配さいはいを振ってみましょうが、私はじゃくねんものでございますから、じゃくねんもの軍師ぐんしであるとう廉をって侮られては甚だ面白おもしろくございません。また軍師ぐんし大役たいやくおおせ付けられますれば如何いかなる采配さいはいを振うやも相解あいわかりません。その時に軍師ぐんし命令めいれいそむかれましては戦はけと相成あいなります。それゆえに私が軍師ぐんしとなれば軍師ぐんし命令めいれいには一言いちごんたりともそむかない。もし背けば如何いかなる処分しょぶんを受けるとももうし分これなしと神文しんもん誓詞せいし頂戴ちょうだいいたせば不肖ふしょうながら軍師ぐんし相成あいなりましょう。この御一同ごいちどうにおねがいの程をもうし上げまする」


流石さすが名軍師めいぐんし子息しそくだけございます。動きの取れんことを云った。


幸村ゆきむら「うむ、如何いかにももっともである」


そこから一同いちどうきますれば、もとより軍師ぐんし命令めいれいそむ道理どうりはございませんから、一同いちどうから、


一同いちどう「なんの大助だいすけ軍師ぐんしそむきましょうや。もし背けば例え如何いかなる処分しょぶんおおせ付けられても一言いちごんもうし分もない」


うので、早速さっそくのことに神文しんもん誓詞せいしを認めまして、印形いんぎょうをついて大助だいすけの前に差出さしだしました。大助だいすけ幸安ゆきやすはこれをりまして、名前なまえ記憶きおくに及びますと、


大助だいすけ如何いかにも承知しょうちに及びました。しからば采配さいはいりましょう」


うのできん采配さいはいを執って、一同いちどう見回みまわしました大助だいすけ幸安ゆきやす


大助だいすけ「しからば早速さっそく琉球りゅうきゅうしの陣割じんわりをもうし付ける。その旨承知しょうちに及べい」


一同いちどうは「はい」と云って頭を下げる。


大助だいすけ「まず琉球りゅうきゅうしの最先陣さいせんじんは……」


このとき荒川あらかわ熊蔵くまぞうかつら市兵衛いちべえでございます。


市兵いちべ「オイ荒川あらかわ


熊蔵くまぞう「むむ」


市兵いちべ「サアいよいよ先陣せんじんだ。荒川あらかわ熊蔵くまぞうかつら市兵衛いちべえおっしゃるに違いない」


熊蔵くまぞう「そりゃ固よりだ。おれ相手あいてはモウちゃんと見てある。周翁すおう孟亀もうきれい信翁しんおう逍張斑ちょうちょうはんう奴だ」


市兵いちべ貴様きさま知っておるのか」


熊蔵くまぞう「このあいだ見て来てあるのだ。どえらいつよやつだ」


市兵いちべ「そうか。キッと先陣せんじん両人りょうにんるに違いない」


と云っておりますると、


大助だいすけ琉球りゅうきゅうしの最先陣さいせんじん佐野さの出羽でわのかみもうし付ける」


市兵いちべ荒川あらかわ、いかんぞ佐野さの出羽でわのかみだ」


熊蔵くまぞう「どうも軍師ぐんしあやしからぬ。出羽でわのかみ先陣せんじんい付けるなんて……」


両人りょうにんはブツブツぼやいておりまするが、島津しまづ殿とのさんを初め道明寺どうみょうじ山城やましろのかみ新納にいろ武蔵むさしなどと智仁優すぐれた人は、横手を叩いて感心かんしんしました。


一同いちどう大助だいすけじゃくねんものであろうが、流石さすが名軍師めいぐんし子息しそく天晴あっぱれなもの……」


感服かんぷくいたしました。大助だいすけがこの佐野さの出羽でわのかみを出しましたのは、これは秀頼ひでよりこうを初め一同いちどうがお世話せわ相成あいなっておりまするのと、一つは佐野さの出羽でわのかみ父佐野さの先生せんしょう帯刀たてわき慶長けいちょう十四年じゅうよねん周翁すおう孟亀もうきれいの為にころされております。それゆえ出羽でわのかみ先陣せんじんに出せば十分の働きも出来、かつは親の仇敵かたきも討てるとうので薩摩さつまへのご馳走ちそう先陣せんじんを言い付けたのでございまする。このかん消息しょうそくが分っておりますから、一同いちどう感心かんしんいたしたのでありまするが、荒川あらかわかつらは、


市兵いちべ荒川あらかわ先陣せんじん仕方しかたない。今度こんど二陣にじんだ。二陣にじん我々われわれ毛頭もうとう相違そういない」


熊蔵くまぞう「そうだモウ頭を下げていても間違まちがいはない……」


大助だいすけ第二陣にじん道明寺どうみょうじ山城やましろのかみもうし付ける」


熊蔵くまぞう「あかん。軍師ぐんし到来とうらい目の見当けんとうが違うぞ」


市兵いちべ本当ほんとうにそうだ。我々われわれをどうしてくれるんだろう」


両人りょうにんほほふくらしておこっている。


大助だいすけ第三陣だいさんじん島津しまづ左門さもん第四陣だいよじん島津しまづ伯耆ほうき第五陣だいごじん金山かなやま武一郎ぶいちろうもうし付ける」


皆目かいもく大阪おおさかかたを使わない。これには両人りょうにんおどろきました。


両人りょうにん「こりゃあやしからぬ。軍師ぐんしはなんでこんな馬鹿ばか気た采配さいはいを振うんだろう」


とぼやきながらひかえて居りますと、


大助だいすけたたかい大将たいしょう先陣せんじん……」


と来た。


市兵いちべ荒川あらかわ喜べ、先陣せんじん色々いろいろあるもんだ」


熊蔵くまぞう「なるほどたたかい大将たいしょうなればまず我々われわれ両人りょうにんだ」


と云っておりますると、


大助だいすけたたかい大将たいしょう先陣せんじん新納にいろ武蔵むさし種ヶ島たねがしま大膳だいぜん荒川あらかわ熊蔵くまぞうかつら市兵衛いちべえもうし付ける」


両人りょうにん軍師ぐんし待ってました」


大助だいすけ「こりゃひかえおれッ」


余計よけいなことを云って叱られておる。それからダンダンわたしが済みました後、


大助だいすけ後藤ごとう又兵またべ基次もとつぐこれへ……」


又兵またべ「はい」


大助だいすけ「そのほう琉球りゅうきゅう行きを見合みあわすがよい」


又兵またべ「これは又異な事、なに故おともがかないません」


大助だいすけ「実はお手前てまえむかって少しおねがもうしたい事がある」


又兵またべ「はい」


大助だいすけ「お手前てまえ佐野さの鹿十しかじゅうろうを連れて川内川かわだいがわまで出張でばっていただきたい。とうのはもし我々われわれ琉球りゅうきゅうへ行ったその後にて何時いつ関東かんとうよりるやも相分あいわからぬ。その時は甚だ不安ふあんであるからどうか残っていただきたい」


道理どうりな話でございます。強い者ばかり琉球りゅうきゅうへ云って女子供こどもばかり残っておっては危ないから、後藤ごとう又兵またべを残した。そこまでも気が付いてあるから、後藤ごとう又兵またべ感心かんしんに及びまして、とうとう後へ残る事に相成あいなりました。そこから大助だいすけ幸安ゆきやすは、


大助だいすけ真田さなだ左衛門佐さざえもんざ幸村ゆきむら、これへ……」


軍師ぐんしになると我が父親ちちおやでも呼びててございます。仕方しかたがないから頭を下げました幸村ゆきむらこう


幸村ゆきむら「おまねきでございます」


大助だいすけ「そのほう慶元けいげん両度りょうどの戦いに失敗しっぱいいたしたにり、罪に行うべきはずであるが、格別かくべつ憐憫れんびんって助けある。またこのたび琉球りゅうきゅう行きもかなわぬ所であるが、琉球りゅうきゅう渡海とかいに人夫少きにより、小荷駄こにだ兵粮ひょうろう運送うんそう奉行ぶぎょうもうし付ける」


幸村ゆきむら如何いかにも心得こころえました」


一同いちどうはこれを聞いておどろいた。親父おやじに罪を作っておいて、人数にんずうが足らぬから小荷駄こにだ兵粮ひょうろう方をもうし付ける。なんと面白おもしろい役を軍師ぐんしに言い付けるでないかと云っております中に、チャンと役割やくわりさだまりまして、愈々いよいよ豊臣とよとみ薩摩さつま琉球りゅうきゅうすとう事に相成あいなりましたが、しばらくのあいだは船の徴発ちょうはつでございます。ドンドン船を買い集めるとう事に相成あいなって、どうなりこうなり集まりました船が百三十六ひゃくさんじゅうろくそうう。それから別に牢船ろうぶね七艘そうこしらえました。ツマリ病院船びょういんせんようなものでありますが、分捕ぶんどりしたものを積むなどにも用いる船でございます。それから兵粮ひょうろうその他、万事ばんじなにもかも準備じゅんび出来できましたから、いよいよ国頭こくとうみなとす事に相成あいなりました。


兵粮ひょうろう方の白旗しらはた六左衛門ろくざえもん兵粮ひょうろうを積みました。そこから熟練じゅくれんいたした船頭せんどう水先みずさき案内あんないとを雇いましたが総勢そうぜい三万さんまんに足るか足らぬかの軍勢ぐんぜいであります。


さて船出ふなでう時に、秀頼ひでよりこうを初め、島津しまづ薩摩さつま守、真田さなだ幸村ゆきむら後藤ごとう又兵またべ等一同いちどう海岸かいがんまでお見送みおくりりに相成あいなります。目出度めでた凱旋がいせんする様にとうので、後藤ごとう又兵またべ千羽烏せんばがらす狼煙のろしを挙げました。追手おってを揚げまして、ここに桜島さくらじま海岸かいがんを放れ、方角ほうがくを望んでドンドンとまいりました。しかるに琉球りゅうきゅうへ程なく着くとう少し手前てまえまで来ますると、今まで静かであった海上かいじょうにわかに旋風せんぷうが起って、どうもこうも仕様しようがありません。とうとう鬼界きかいヶ島しまう、その昔に俊寛しゅんかん僧都そうずが流されました島へ吹き寄せられました。しかしこれへ吹き寄せられるまでに、船は大変たいへんに痛みましたからよんどころなくここに暫らく停泊ていはくをして、修理をすることになった。かれこれ十四五日もおったのでございます。


ところがこのあいだに一つの騒動そうどうが起った。この話は永くなりますから、省いておきますが、停泊ていはく中退屈たいくつたまらんから軍令ぐんれいを破ってかつら市兵衛いちべえ荒川あらかわ熊蔵くまぞう鬼界きかいヶ島しまに上陸したのでございます。そうして組打ちをやっていた。ところへ今度こんど薩摩さつま方の新納にいろ武蔵むさし種ヶ島たねがしま大膳だいぜんがやって来て、これをき分け様としたが、なかなかう事を聞かない。


ヤッサモッサしておる中に、船の方では明日あすは船を出すからとうので人数にんずうを調べてみると、ちゃものが四人おらぬ。こりゃおかしい。上陸したのであろうとうので、ようよう人を出して四人を連れて戻ったのでありますが、軍師ぐんし大助だいすけは我れの命令めいれいに背いたから牢船ろうぶねに放りんで薩摩さつまに送り返すとう。四人は平蜘蛛ひらぐものようになって謝るが大助だいすけはどうしても聞かない。


そこでなおも人を頼んで謝ってもらい、ようよう勘弁かんべんして貰ったが、四人ともたたかい大将たいしょう先陣せんじんり上げられてしまった。そうして更に四人が一つに相成あいなって、琉球りゅうきゅうしの第一番いちばん先陣せんじんもうし付けることになったのでございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る