[本文]第十席

相手あいて三十六さんじゅうろく万石まんごく城主じょうしゅでございますが、真田さなださんも二十万石じゅうまんごく知行ちぎょうをもらった人でございますから、席を譲らんでもいいが、今は浪人ろうにんの身であるから、下座げざ両手を突いて頭を下げました。越中えっちゅうのかみ名君めいくんでございますから、真田さなだを下目には見ません。席をお勧めに相成あいなって、


越中えっちゅう「これはおめずらしや大助だいすけ殿どの、まずまずこれへ……」


大助だいすけ「いや細川ほそかわ殿どの、どうかそのままで……エエしばらくのあいだ目通めどおりをいたしません。まず壮健そうけんの体を拝し恐悦きょうえつ至極しごくに存じたてまつります」


越中えっちゅう「いや其処許そこもとにも。軍門ぐんもんならいとはえ、大阪おおさかじょう落城らくじょうまことになんとももうようがない。お帰りになれば秀頼ひでよりこうへよろしく御慰おなぐさめをねがいたい」


大助だいすけ委細いさいかしこまりましてございます」


越中えっちゅう真田さなだ氏、貴殿きでんをおまねもうしたのは余のではない。本日ほんじつ仕置しおきいて江戸えどからの上使じょうし両名を味方みかたの者がったか、軍師ぐんし御連中ごれんちゅうったか、その当りを一向いっこう存じおらぬよう始末しまつでござるが、まことに困ったことが出来できたので、それについて貴殿きでんにご相談そうだん申そうと存じ、おまねきした訳で」


大助だいすけ成程なるほど


越中えっちゅう後藤ごとう甚太郎じんたろう如何いかがいたしたでござろう」


大助だいすけ甚太郎じんたろうは宿に連れ帰りありまする」


越中えっちゅう左様さようかな。しかしあれは本物ほんもの甚太郎じんたろうではござらぬ」


大助だいすけ「なに本物ほんものでござりませんか」


越中えっちゅう「あれは長岡ながおか監物けんもつ妾腹しょうふくで、本当ほんとう甚太郎じんたろうはすでに五百石をってし抱え余程よほど成人致いたしておる。徳川とくがわもうわけのためだまを使った訳でござる」


大助だいすけ越中えっちゅうのかみの志に感じ入りました。


大助だいすけ「これはどうもおそれ入りましてございまする」


越中えっちゅう本当ほんとう甚太郎じんたろうは今お目にかける。コレ甚太郎じんたろうを連れてまいれ」


ハッとこたえて細川ほそかわ家の家来けらい有名ゆうめい長岡ながおか監物けんもつが、甚太郎じんたろうを連れて来ました。年は十三歳でありまするが立派りっぱ身体からだでございます。大方おおかたみのたけ五尺もあろうと勇士ゆうしの相は自然に備わっている。浅黄あさぎ羽二重はぶたえ紋付もんつき小銀襴こぎんらんはかまを穿ちまして、金銀きんぎん作りの小刀しょうとうにはふじまるのある紋を口頭くちがしらちましたが、長岡ながおか監物けんもつを引かれてお目通めどおりをしました。


越中えっちゅう後藤ごとう甚太郎じんたろう真田さなだ殿どのであるからひかえおれ」


甚太「ハハッ……」


と頭を下げる。成程なるほど違いない。父後藤ごとう又兵またべによく似ておりますから、


大助だいすけ成程なるほどこれは細川ほそかわ越中えっちゅうのかみ殿どの胸中きょうちゅうおそれ入りました。後藤ごとう又兵またべにどこか似た面影おもかげ……甚太郎じんたろう殿どの、かくう我は真田さなだ左衛門佐さざえもんざせがれ大助だいすけ幸安ゆきやすである」


大助だいすけ「はい。かねてお名前なまえうけたまわりおりますが、面謁めんえつを得まするはただ今が初めて、父後藤ごとう又兵またべはまだ無事ぶじにおりまするや」


大助だいすけ「ああ無事ぶじ薩摩さつまにおいでに相成あいなるから御安心ごあんしんあれ」


甚太「ありがとうございまする。お帰りあそばしますれば、よろしくもうしたとお伝えをおねがいとう存じまする」


大助だいすけ「ああしかと伝えるであろう」


とこれで甚太郎じんたろうとの面会めんかいは済みました。そこで越中えっちゅうのかみが、


越中えっちゅう大助だいすけ殿どの甚太郎じんたろうはこれでよろしいが、上使じょうしを切ったとう事について徳川とくがわ家へのもうわけの良い考案こうあんがございますまい」


大助だいすけ左様さようでございます。しからばこうねがいます。真田さなだ荒川あらかわかつら連中れんちゅうんでとうとう上使じょうしを切りころした。それゆえすぐに追手おってをかけたが、無法むほう者のこと故、遺憾いかんながら取り逃したと、私らに罪をお被せになれば、細川ほそかわ殿どのの方へは傷は付くまいとぞんじまする」


越中えっちゅう左様さようもうしてよろしいかな」


大助だいすけ「決して構いません」


越中えっちゅう「しからば左様さようもうすことでござる。まこと千萬せんばんかたじけない」


それで事は片付かたづきましたが、なにもないが先ず一献いっこんうので、酒肴さけさかなが出ました。越中えっちゅう殿どの大助だいすけが差し向かいで、話は昔に遡って、真田さなだやまとりでの事から木村きむら血判けっぱん取り、あるいは薄田すすきだ隼人はやとの戦死、長門ながとのかみ討死うちじになど、話がそれからそれへとツイ長くなりまして早や日も暮れてしまいました。そこで大助だいすけはモウ帰ろうかと思っております折柄おりから大手おおての方でワア……とときこえ大助だいすけは心に当りますか、これはと許りおどろいておりますところへ、一人ひとり家来けらいあわんで御前ごぜんて来まして、


○「御注進ごちゅうしんもうし上げます」


越中えっちゅう「こりゃ静かにいたせ。何事なにごとだ」


○「大変たいへんでございまする。ただ今大手おおての方へ七八十人ひちはちじゅうにん同勢どうぜいまいりまして、主人しゅじん真田さなだ大助だいすけとりこいたして置き、生命いのちを取ったに違いない。とむら合戦がっせんいたさねば主人しゅじんに対してもうわけがない。殿とのさんの首をもうし受けるとうて荒川あらかわ熊蔵くまぞう穴森あなもり伊賀いがのかみかつら市兵衛いちべえその他大勢おおぜいあばれ込みましてございまする」


注進ちゅうしんをしたから、細川ほそかわさん吃驚びっくり仰天ぎょうてんいたしました。


越中えっちゅう「それは大変たいへんだ。どこまで来ている」


○「早や大手おおて御門ごもん枡形まずがたの所までめ寄せてございまする」


越中えっちゅう「困ったことが出来できたわい……大助だいすけ殿どの、なんとか処置しょちがござるまいか」


大助だいすけまことおそれ入った次第しだいで……奴等やつらはどうも仕方しかたのない乱暴らんぼう者で始終しじゅうこまるのでございます。私がとりしずめますので御安心ごあんしんください」


大助だいすけ幸安ゆきやすいそいでお出でになりましたは大手おおて先の玄関げんかん此方こちらると、ワア……とときこえ細川ほそかわ家来けらいが飛び道具どうぐを持って向かわんと有様ありさまでございますから、大助だいすけ幸安ゆきやす大音だいおんを挙げて、


大助だいすけ「ヤアヤア御家ごかちゅうの方々おしずまりをねがいたい……一同いちどうの者、無礼ぶれいであろうぞ。荒川あらかわかつら、なにがために斯様かよう乱暴らんぼうをする。一同いちどうしずまれッ」


う声を聞いて、


連中れんちゅう軍師ぐんしまず壮健そうけんでお目出めでとうござる」


う。


大助だいすけ「ずっと壮健そうけんではないか。馬鹿ばか者め。どうした」


すると荒川あらかわ熊蔵くまぞうが、


熊蔵くまぞう軍師ぐんし暮六くれむつ(午後6時ごろ)までにお帰りになるとの事でございますから、待っておりましたが、暮六くれむつ(午後6時ごろ)になってもお帰りになりませんから、滅切めっきりこれは細川ほそかわ計略けいりゃくにかかったに違いない。せめてもの事にあなたの骨を頂戴ちょうだいし、薩摩さつまに帰るについては細川ほそかわこうの首を頂戴ちょうだいせんと、ただ今これまでし寄せたのでございます」


大助だいすけ左様さようか。どうもあわてた奴は仕方しかたのないものだ。身共みども越中えっちゅう殿どのからお酒を頂戴ちょうだいに及び、日は赫赫云々かくかくしかじか次第しだいであったのだ」


熊蔵くまぞう「そんな事とは此方こちらでは知りません。とうとうあのとおり門の扉を壊してしました」


大助だいすけ「困った奴だな。マアお詫びをするから仕方しかたがない。一同いちどう者静しずまって此方こちらへ入れッ」


うので七十一人ひとりの者が内へ入りました。大助だいすけから細川ほそかわさんにお詫びをしますると、


越中えっちゅう「いやよろしい。貴殿きでんを長くお留めもうしたのがの方の誤りである。勇士ゆうし一同いちどうをおまねください」


そこから七十一名いちめい御前ごぜんに呼びまするとズラリ……と並びました何れ劣りはありません。みな一癖ひとくせある勇士ゆうしばかりでございますから、細川ほそかわ越中えっちゅうのかみはこれを御覧ごらん相成あいなり、


越中えっちゅう「あいや豊臣とよとみ英雄えいゆう一同いちどうの者、余は細川ほそかわ越中えっちゅうのかみである」


言葉ことばがある。一同いちどうはハハッと頭を下げる。かつら市兵衛いちべえ一番いちばん年寄としよりでありますから、


市兵いちべまこと細川ほそかわ殿どの、トンだ無礼ぶれいいたしまして、何分なにぶんともに御勘弁ごかんべんの程をねがいまする」


うと越中えっちゅうのかみが、


越中えっちゅう「いやいや各々おのおの方の失策しっさくではない。全くこの方の注意ちゅういの足らぬ所である。このたびの事はわすれ置く。早々そうそう不審ふしん奉行ぶぎょうもうし付けるから差し支えない」


と仰って一同いちどう御酒ごしゅたまわりました。一同いちどうはここにお酒を頂戴ちょうだいに及び、いよいよおわかれをしようとう時に、


越中えっちゅう大助だいすけ殿どの、おたすけになった甚太郎じんたろうは偽物であるが長岡ながおか妾腹しょうふくでもあれば、せめてもの事に薩摩さつまへ連れ帰られ、なにかのやくにおし使いをねがいたい」


とある。


大助だいすけ委細いさいかしこまりました。その御安心ごあんしんくださいますよう」


うので一同いちどう平松ひらまつ方へき取りまして、いよいよここに小倉おぐら城下じょうか発足はっそくする事に相成あいなりました。


さて細かしい事は省いておきまして、一同いちどうは疲れた足を休めないで、日を重ねてドンドンといそいでお出でに相成あいなりましたのは鹿児島かごしま城下じょうか入口いりぐちでございます。川内川かわだいがわまで来ますると、早や此方こちらから先にらせてありますから、ふじまるに染め抜きましたはた二流れをひるがえし、五百人の同勢どうぜいき連れて、後藤ごとう又兵またべがお迎えとして出張でばっております。


安着あんちゃくうので千羽烏せんばがらす狼煙のろしを上げました。又兵またべが先にて、


又兵またべ軍師ぐんしを初め御一同ごいちどう無事ぶじお帰りに相成あいなって目出とうござる。いざお出で遊ばせ」


うので五百人の同勢どうぜいで七十二名を前後ぜんごに囲みました。今なれば楽隊がくたいでドンドンとはやすのでありますが、このころはエイエイエイと三鼓さんこ六足ろくそく拍子ひょうしを取り、勝鬨かちどきを挙げて井上谷いのうえだに御殿ごてんへお着とう事に相成あいなりました。秀頼ひでよりこう及び薩摩さつま殿とのさんも大変たいへんお喜びでございます。その翌日よくじつ相成あいなりまして島津しまづの家中も全て井上谷いのうえだに御登城ごとじょう相成あいなり、大助だいすけ幸安ゆきやすから十万石じゅうまんごく墨付すみつき秀頼ひでよりこう目通めどおりへ差出さしだしました。秀頼ひでよりこう大助だいすけを取ってお喜びに相成あいなりました。


秀頼ひでより「ああどうも汝の働きを持ってこのたび十万石じゅうまんごく墨付すみつきを得た。ひとえ家来けらいとは思わぬ。かたじけない」


とお喜びに相成あいなる。


大助だいすけまことおそれ入ります。道中どうちゅう赫赫云々かくかくしかじかの時、六十九名ろくじゅうきゅうめい勇士ゆうし骨折ほねおりは一通ひととおりではございません。なにとぞゆくすえお目をくださいまする様」


うのでここに六十九名ろくじゅうきゅうめい勇士ゆうしとご挨拶あいさつ出来できました。


それより酒宴しゅえん相成あいなりまして、まず三日みっか四日よっか草臥くたぶれやすみでゆるりとやすみ、日を見て大阪おおさか入城にゅうじょうと定めておりました。しかるに帰りましてから、第五日目の日でございます。御上使ごじょうしみまして何者なにものが来たかと一同いちどう目をそばだててて見ますると、供も何も連れず新将軍しょうぐん上使じょうしとして駿河台するがだい錦小路にしきこうじなる大久保おおくぼ彦左ひこざ衛門えもんがただの一人ひとりでやって来たのでございまする。


大助だいすけはこれを聞いて合点がてんがいきません。徳川とくがわいしづえである大久保おおくぼ彦左ひこざ衛門えもんがなんの用で上使じょうしに参ったのであろう。兎もともかくく訳には相成あいなりませんから、上使じょうし居間いま彦左ひこざ衛門えもん案内あんないに及び、主人しゅじん秀頼ひでより及び島津しまづこうとのご挨拶あいさつが済みました。


大助だいすけ幸安ゆきやす此方こちらひかえ、


大助だいすけ如何いかなる御上使ごじょうしなるや。おおせ聴けられまする様」


うと、大久保おおくぼ彦左ひこざ衛門えもんふるえながら、


彦左ひこざ「このたび江戸えど表にむかって御願ねがいあり、一旦いったん十万石じゅうまんごく墨付すみつきを持ってお帰りに相成あいなりましたが、その墨付すみつき最早もはや反古ほごでござるから、その旨ご承知しょうちねがいたい」


う。これを聞いておどろきました大助だいすけ幸安ゆきやすは、


大助だいすけ「これはあやしからぬことをうけたまわる。一天いってん万乗ばんじょう聖上せいじょうより綸旨りんじ頂戴ちょうだいに及び、かつ将軍しょうぐんより大阪おおさか入城にゅうじょうすべきその墨付すみつきが、なぜ反古ほごでござる」


彦左ひこざ「さればおそれ多くも聖上せいじょう御崩御ごほうぎょについて年号ねんごうが変る事でござるから、その墨付すみつき反古ほご相成あいなったのでござる」


大助だいすけ「なに年号ねんごうの変り目とあれば、それに換わるべき墨付すみつきをご持参じさん相成あいなったか」


彦左ひこざ「その墨付すみつき持参じさんしおらぬ。改めて御願ねがい出でくだされたい」


大助だいすけ「お黙りあれ。左様さような虚言をもうして墨付すみつききを取り上げ様とは不届ふとど千萬せんばんな。墨付すみつきある以上は徳川とくがわの米は食わぬ。大阪おおさか入城にゅうじょういたした上で返すべき時があれば返しもいたそう。それまでは例え反古ほごであるとも返す事は相並あいならぬ」


彦左ひこざ「いやたとえ如何いかようわるるとも、その墨付すみつき反古ほごでござれば、大阪おおさか入城にゅうじょう相成あいなりません」


サア荒川あらかわ熊蔵くまぞうなどは怒り出しました。今にも捕みかからんといきおいでヤッサモッサのだい騒動そうどう相成あいなりましたか、真田さなだ左衛門尉さえもんのじょう幸村ゆきむらこれを御覧ごらん相成あいなり、


幸村ゆきむら「コレコレ一同いちどうしずまれッ……大久保おおくぼ殿どの大助だいすけが持ち帰りし十万石じゅうまんごく墨付すみつきき、返すべき道理どうりはないが貴殿きでん忠義ちゅうぎにめでて如何いかにもお返し申そう。必ず共に秀頼ひでよりこうはこれより後将軍しょうぐんより米一粒たりとも貰おうとはもうさぬ。御安心ごあんしんあってお帰りあれ」


とスッパリと返してしまった。彦左ひこざ衛門えもんはこれを聞いて喜ぶ事は如何ばかり、


彦左ひこざまことにどうも結構けっこうなる思しし、しからば墨付すみつき頂戴ちょうだいし帰ります」


幸村ゆきむら「よろしい。墨付すみつきはお返しするが、一つ将軍しょうぐんへお言付けをねがいたい」


彦左ひこざ「はッ、そのお事付ことづけとは……」


いよいよこれから琉球りゅうきゅう軍記ぐんきでございまする。

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