第6話 病院
「……ちょっと待ってな。今その人に電話をするから」
スマホの住所録から笠原さんを探し出し、電話をかける。
「おお、綾瀬か。
俺の不注意のせいで、非番の時に仕事をさせてしまって申し訳ない」
「いえ、それは全然問題ないです。
それで一つだけ聞きたいのですが、今いいですか?」
「ちょっと待ってくれよ」
電話口から離れたのかしばらく無音の後、【10分間隔の状態なのでまだ時間はあると思いますよ】と言う言葉が電話口から漏れ聞こえる。
「綾瀬、少しなら大丈夫だそうだ。保留にして場所を移動する」
今聞こえて来たのは……やはりそうか。
先週社長とそんなような事を話してたのが、休憩室から聞こえて来てたな。
自分の考えが正しいと確信した俺は、弓月にも話が伝わるよう音源をスピーカーに変えた。
「よし、話を続けてくれ」
「忙しい時にすみません。笠原さんって今病院にいますよね?」
「ああ、怪我の診察で来ていたとこだよ」
笠原さんはそう答えるが、怪我の診察では無いと確信していたので直言する。
「笠原さん。いくら笠原さんがクールで見た目が怖そうな人でも、
おめでたい事は自信を持って伝えてください。水くさいです」
「そうだな……悪い。嫁さんから電話が来たから産気付いたのかと思って、
昨日は慌てて家に帰ったんだ。今日も怪我で休んでいる訳ではなくて、
出産に立ち会っている所だ。綾瀬にも事実を伝えれば良かったんだが、
自分の口で言うのが、どうにも恥ずかしくてな」
良かった。自分の考えは正しかったんだ。
「そう言う大事な事はいくら俺でも茶化したりしません、大丈夫ですよ。
それでいつ頃生まれそうですかね?」
「午前中に10分間隔の陣痛が来た所だ。そろそろ次の段階にいけるといいんだが」
人によってかかる時間が違うが平均時間で見ると……と言う話を笠原さんから、重ねて説明を受ける。
「無事出産できる事を祈ってます。奥様とお子さんを大事にしてくださいね」
「ありがとう。
綾瀬の言葉はプラスになる事が多いから、そう言ってくれると嬉しいよ。
ちなみにお前の話はこれだけで良かったか?」
笠原さんに言われてもう1つ聞く事があるのを思い出した。
「あ、昨日店の近くで猫を助けました?」
「なんか綾瀬には、お見通しって感じだな。
近くにいたお嬢さんにはなぜか逃げられたが、
側溝に落ちた白猫は俺が無事助けたよ。これでいいか?」
「はい。問題は全て解決しました」
「それは良かった。生まれたらメールするからな。ああ、最後に1つだけ。
何か困った事が起きたら社長を頼れ。あの人ならきっと力になってくれるはずだ」
笠原さんはそう言うと、看護師さんに呼ばれたのか無言のまま電話を切った。
確かに社長は謎の部分が多いが、幅広い人脈を持っているのは確かだ。
笠原さんの言うように頼るべき場面では頼ると心に決めて、次は弓月と向き合い声をかける。
「弓月も聞こえたと思うが、笠原さんは不幸な目にあっていたか?」
「いえ……とっても素敵な話でした」
弓月は笑顔を浮かべながらも、頬には一筋の涙が伝っていた。
「それにほら、外を見てみろ」
外の様子に気付いた俺は、弓月の視線を外に向ける。
あれだけ降っていた雨が、今は完全にあがっていたのだ。
俺は弓月に手を差し伸べて一緒に店を出ると、黒猫が白猫を連れて歩いてきた。
「あの猫ちゃんだ」
そう言うと、弓月はすぐに白猫に駆け寄り、優しく抱き抱える。
『亮介、ミッションコンプリートにゃ!』
黒猫のルキアが、俺に向かってどや顔で決め込む。
頼まれたと言っていたのは、白猫を探す事だったのか!
『ルキア、でかしたぞ!』
俺もルキアを抱きかかえて、弓月にゆっくりと歩み寄る。
「まあそう言う事で、笠原さんと猫に関して何も悪くないと分かったはずだ。
でも、なんで私のせいって言ってたんだ?」
「少し長くなりますが……聞いてくださいますか?」
「もちろん。どんなに時間がかかっても、弓月の伝えたい事は聞かせもらうよ」
笑顔でそう答えて再度店の中へと誘導し、一緒にレジカウンターで腰を下ろす。
「私は……物心がつく前から、施設で暮らしていました」
弓月は猫の頭を撫でながら、自分の事を語り始めた。
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