第5話 猫

「やっぱり酷い雨になってきたな……」


二人とも頭も服もびしょ濡れになってしまったため、まずは着替えをする事にした。


「えーと、俺の着替えはロッカーに置いてあるから大丈夫として、

 弓月はどうしようかな……ってうおっ!」


何も考えずに後ろに振り替えると、当然弓月も雨で濡れているため、服が肌に張り付き、下着が透けて見えていた。


「悪い、見るつもりはなかったんだが」


「大丈夫です、気にしないでください」


弓月はそう言って体を隠す素振りも見せないため、視線を外して話を続ける。


「とりあえずタオル。あと男物で悪いが、シャツとズボンもあるから持ってくるよ」


目のやり場に困ったため、俺は返事を待つ事無く休憩室に駆け込んだ。


休憩室に入ると、静まり返った室内で大きく一つため息をついた。


「全くもう年頃なんだから、隠すとこは隠してくれよな……」


と言いつつ、そこは自分の好みの人物の綺麗な姿を見るのは、嬉しいので複雑な気持ちだ。


「そんな事より着替えだよ、着替え」


まずタオルを取って髪をさっと拭くと、シャツとズボンを脱いで予備の物に着替える。


「頭はゆっくり拭くとして、すぐに弓月も着替えられるように、

 用意してやらないとな」


ロッカーからタオル数枚と青色のシャツ、ジーンズを手に取り机の上に置く。


これで何とか着替えはできるだろう。


まあ俺の服だから、一時しのぎに過ぎないが。


再度机の上をチェックすると、休憩室の外に出る。


「弓月、休憩室に着替えを用意したから着替えてきな。

 後でドライヤーも持って行ってやるから」


弓月は少し考えるような仕草をすると、こくんと頷いて休憩室へと入っていった。


「ふぅ、これで少し落ち着いてくれると良いんだが」


肩を回しながら、ドライヤーがあるコーナーまで歩いていく。


「このドライヤーでいいか」


商品を勝手におろす訳にいかないので、展示用のドライヤーを手に取ると、休憩室に向かいノックする。


「弓月、ドライヤーを中に入れるから自由に使ってくれ。

 俺の事は気にせず、ゆっくりやってくれればいいからな」


さて俺もしっかり頭を拭かないとな。


レジカウンターに腰かけ、タオルで水分を拭き取りながら、外に目を向ける。


理由は不明だが、弓月は猫を探していた。


離してください。でないとあなたにも。 


これらは恐らく、6年前の件と繋がっているのだろう。


今の情報量ではこれを解き明かす事は不可能だが、もうここまで来ると後には引けない。


引くわけにはいかない。


俺は弓月にあんな切ない顔をさせたくないんだ。


弓月が戻って来たら聞いてみよう。


こんなに雨が降っていてもいつか止む。


止まない雨はないのだから。


しばらくの間目をつぶり、弓月が戻るのを待った。


ガチャ……


扉が開く音がすると、弓月が姿を現した。


髪は家で見た時のように、まっさらな黒髪ストレート。


服は俺が渡した青色のシャツに、色のはげたジーンズを身に付けている。


「どうだ、寒くないか?」


「大丈夫です、ありがとうございます」


相変わらず表情はないが、先ほどより落ち着いた様子で少しほっとした。


「着ていた物は、こっちの袋にいれてくれ」


店の袋が透けて見えないタイプだったため、弓月に手渡す。


「雨よく降るよなー。

 ざーっと降り始めたと思ったらいきなりどしゃ降りだし、困ったもんだよ」


そう言いながらレジカウンターに座り、弓月を隣の椅子に座るように促す。


「猫を探していたのか?」


その問いかけに弓月が頷く。


「顔見知りの猫?」


「……昨日の夕方に出会った白猫。でも声をかけない方が良かった」


「どう言う事だ? もう少し具体的に話してもらえると助かるな」


「この近くを歩いていたら、物陰から猫が出てきたの」


そう言うと、弓月は外に目を向けて言葉を続ける。


「ふらふらしてたから大丈夫かなと思って駆け寄ったら、

 その子が側溝に落ちてしまって……」


弓月はその時の光景を思い出したのか、目をぎゅっとつぶる。


「側溝から出そうにも重くて上げられなくて……。

 すぐにサングラスの男の人が来てくださったのに、

 私はとっさに逃げてしまいました」


サングラスの男、おそらく笠原さんだろうな。


俺がバイト終わった後にそんな事があったんだ。


「それで猫がどうなったのか、気になって来たのか?」


「猫も……なんですが、そのサングラスの男の人も気がかりで」


「気がかりって逃げてしまったから?」


「ではなくてその方の身に、何か起きてないかと心配に」


身に何か起きてないか心配? 


確かに笠原さんは怪我をしたらしいが……。


弓月の言う事が本当なら……未来予知か?


「実際に見てないので断言はできないが、

 サングラスの人が昨日怪我をしたと聞いた」


「やっぱりその人も不幸な目にあったんだ」


弓月はそう言うと、体を丸めて小さく震えだした。


弓月にしてやれる事はないのか……。


一生懸命考えていると、ある事を思い出した。


「弓月、大丈夫だ。俺の予想が正しければこの話は覆る」


俺は震えている弓月の頭を軽く撫でて、スマホをポケットから取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る