第4話 雨の中で
今向かっている店は、自宅から歩いて5分ほどの場所なので、バイトの時間に遅れそうになっても、速攻で着く距離だ。
まあ店の開店時間が社長の気分次第なので、そこまで気にする必要は無いのだが。
客の入りは、正直よくなかったりする。
近隣の常連客が電池などの消耗品を買いに来るくらいなので、店はほぼ趣味としてやってる感じだろう。
今時電気製品の購入と言えば、家電量販店かネット通販が主力だからな。
『亮介。僕は捜索に集中するから、しばらく静かにするにゃよ』
『分かった。もう店に着くから、雨だけは気をつけるんだぞ』
ルキアは何を捜索しているのか知らないが、こんな天気の時は、大人しく雨宿りしてた方が良いと思うんだが。
「……さて、店に到着っと」
今俺の目の前には高層ビルが有り、そのテナントの一角に皇電気店がある。
清潔感と開放感をコンセプトにしている事もあって外観からは……と自慢話したい所だが、こんな中心街から外れた地域に高層ビルは無く、誰がどうみても寂れたシャッター街だ。
電話で話してた通り、もう昼になる時間帯にも関わらず、皇電気店はまだシャッターがしまったまま。
外見も老朽化して、借り手のいない貸し店舗と言った感じである。
まずシャッターを開ける仕事からやってしまいますか。
大きく深呼吸をして体を伸ばすと、エアコンの室外機の中に手を突っ込んだ。
皇電気店では夏の暑い日は扇風機、冬の寒い日はストーブと言った感じで、一切エアコンは使われていない。
なので鍵の隠し場所として有名な室外機の下ではなく、壊れて物の出し入れが可能な室外機の中に鍵がしまわれているのだ。
まあここなら誰かに見つかる事はないだろうが、これが皇社長のやり方って感じだな。
と言う事で前置きが長くなったが、シャッターを開けて店に入る。
中に入ると店内には、段ボールが積み重なっていた。
昨日俺が帰った後も笠原さんが、新製品の設置をやっていたはずだけど、どうなっているのだろう。
自分の目で確認するため、新製品コーナーへと足を運ぶ。
「おお、4Kの最新型だ」
この店舗に似つかわしくないサイズなので、多少圧迫感を感じてしまうが、まあここに設置される新製品は俺がバイトに来てから、一度も売れた事がないので、気にする必要はない。
ちなみにここに並んだ新製品達は、社長ルートでうまく流れているようなので、商売としては一応成り立っているらしい。
どういうルートかは、あえて触れてない。
ああ、そのまま流してしまう所だったが、先ほどから出てくる笠原さんは、社長の部下で皇電気の社員、もう半分は裏の仕事をされている方だ。
冷静に考えて行動し、仕事は確実にこなすタイプ。
サングラスを愛用してるため、いかにも怖そうな雰囲気なのだが、心の色は黒ではなく「黄」。
大の猫好きで猫のためなら、命を捨てかねないほどの愛好者なのだ。
おそらく昨日怪我をしたと言うのも、ここらに居着いている猫関連で、何かがあったのだろう。
でもこの慌てた感じは何か別の……。
いくつもの可能性を考えながら、散らばった段ボールを持ち、倉庫へと運んで行く。
「これでよしっと……では、皇電気の開店だ!」
店内の照明を一斉につけて、入口付近にあるレジカウンターに腰かける。
うちの社長の方針でお客さんがいないうちは、テレビ等の電源はつけない事になっている。
照明をつけたら、それで終わりって感じかな。
今にも降りだしそうな空を眺めながら、ポケットからスマホを取り出すと、スマホに『天気予報』と語りかけた。
するとディスプレイに、現在地のスポット予報が表示される。
「この後、短時間で非常に強い雨が降るでしょう……か」
これから本格的に雨が降ってくるみたいだな。
弓月は無事家に帰れただろうか。
そんな事を考えているとルキアが突然話しかけてきた。
『亮介。暇だったら夢に出てきた人物を、
すまほって言うので検索してみたらどうかにゃ?』
そうか、ネットなら何か出てくる可能性もあるかもしれない。
僅かな可能性にかけて、まずは『名取 愛花』をスマホで検索をしてみる。
「90万件か結構あるな。同姓同名の有名人でもいるのだろうか」
とりあえず一番の上のまとめサイトを開いてみる。
「んーと、名取 愛花さんは6年前に、行方不明になった名取グループの
社長令嬢!?」
おいおい、あれはただ夢であって、現実の話ではないはずだ。
さらに詳しくサイトを見ていくと驚いた事に、夢と同じように名取 愛花が行方不明になり、公開捜査がされた事が掲載されている。
新聞のキャプチャ画像とニュース動画もあるので、間違いない。
「嘘だろ……それでこの件は、結局どうなったんだ……?」
次のページをタッチすると公開捜査が行われたが、事件の手がかりが見つからず、捜索範囲を隣県まで広げた結果、山奥の別荘地で倒れている少女を発見した。
調べによるとその少女は名取 愛花さんの友人で、一緒に向日葵の丘公園に行く途中で斜面から滑り落ち、バラバラになってしまったとの事です、か。
「えーと、名取の写真が載ってるな」
容貌はまさに深窓の令嬢と言う感じで、少し茶色がかったふんわりウェーブと青みがかった瞳が印象的な子だった。
「ハーフなのかな? 友達の方は名前は載ってないな。
とりあえず次のページに行こう」
次のページをタッチすると名取グループ社長の娘、無事発見されるの見出しが大きく出ていた。
愛花さんの友達の証言から近くの沢沿いを捜索した所、岩場に自然にできた空洞があり、その中で座りこんでいる愛花さんを発見した。
衰弱が見られたが、検査に異常はなく数日で退院できる見込みとの事です。
「ああ、良かった。名取 愛花は無事だったんだな」
友達の方は名前もないし、どうなったかは書かれてない。
念のため他のサイトを見ると新聞の切り抜きがあり、救出された友人のYちゃん(10歳)と書かれていた。
「山田……結城……ゆ、弓月!?」
まさか、そんな偶然があるのか?
年齢的には合致はしそうだが、弓月に名取の名前で問いかけた時は、特に何も……。
いや、言葉はなかったが、一瞬ぴくんと反応していた気がする。
もし名取 愛花の友達が弓月だとすると、弓月が抱えている何かは、失踪事件に関係している可能性がある。
とりあえずこれ以上の事は、当人達にしか分からないので、調べる手を止めて大きく背伸びをする。
【……あなたはずっと後悔している事ってありますか?】
再度弓月の言葉が頭をよぎる。
ザー……
突如大きな音が聞こえて来たため、振り返ると結構な強さで雨が降りだしていた。
「降りだしたな。この勢いだと排水溝から水が溢れ出ないか心配だな」
うちの店もあまり高い場所にある訳ではないので、様子を伺うために店の外に出る。
外に出ると雨足がさらに強くなり、風も出てきているようだ。
『おーい、そんな前に行くとあぶないにゃよ!』
『ルキア、何か言ったか?』
ルキアが何かを言ったので聞き返してみたが、返事がない。
まあ何にせよ、しばらく店から出ない方がいいな。
学校帰りの小学生が巻き込まれていないか、一歩前に出て道路を覗きこむ。
「……あれ、こんな雨の中に傘も差さずに、誰かが歩いてくるぞ」
その人物は何かを探すように下を向いて歩いているため、顔は見えないが、服装からすると女の子のようだ。
「ったくこんな時に何をしてるんだ?」
そのまま放っておく訳にもいかないため、自分の傘を広げると、店先にあるもう一本の傘を手にとって駆け寄る。
「猫……」
その声には聞き覚えがあった。
そして少女が顔を上げてなお驚いた。
雨の中歩いているその人物が弓月 葵だったからだ。
「弓月! こんな所で何をしてるんだ!?」
弓月にそう声をかけるが反応がないため、とりあえず自分の傘に弓月を入れる。
「猫がどうかしたのか?
心配事があるにしても、今はそんな状況じゃないだろう?」
「猫が危ないの……私のせいで」
「私のせいってどういう事だよ?」
「一人で探すので近づかないでください」
こうしてやり取りをしてる間にも、雨はさらに強くなり、だんだん傘を差している意味がなくなってきた。
「そう言う訳にもいかないだろう! とりあえず店の中へ来い!」
「離してください。でないとあなたにも」
「あなたにも……なんだ?」
弓月の言ってる意味は分からないが、ただ事ではないのは確かなので、詳しい話を聞くため強引に店に引っ張りこんだ。
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