第3話 皇(すめらぎ)

「次は、この地方の天気予報をお伝えします」


部屋に戻った後は、軽めの朝食をとってテレビを見ていた。


「昨日まで続いていた晴天は一休みとなり、昼過ぎからまとまった雨が降るので、

 お出かけの際は必ず傘をお持ちください」


週間予報では明後日から雨と聞いていたが、1日ずれたみたいだ。


まあ今日はバイトが休みで用事も無いし、降ったとしても傘を差すだけだから問題ないか。


とりあえず片付けをしておこうと、机の上の食器を手に取り、軽く濯いで水切りカゴに入れる。


『ルキア、今日はたくさん雨が降るみたいだから気をつけろよ』


『分かったにゃ。ちょっと仲間に頼まれ事をしたから、それが終わったら帰るにゃ』


「あはは、猫の世の中も色々あるんだな。

 それじゃ俺は昼までゴロゴロしつつ、雑誌にでも目を通すとするか」


その前に管理人さんに電話して、玄関の鍵の件をお願いをしよう。


スマホのアドレス帳を呼び出して、管理人さんに電話をかける。


「……もしもし、101号室の綾瀬ですが、玄関の扉の鍵が壊れてしまったので、

 修理して頂けるとありがたいのですが」


「ああ、あそこはそろそろガタが来ると思っていたので、声をかけるところでした。

 夕方なら業者が交換できますが、どうです?」


「俺はそれで問題ありせん。

 もし家にいなかったら勝手に上がって頂いても、

 大丈夫なのでよろしくお願いします」


これで手配はOKっと。


それでは憩いの一時を堪能するとしますか。


ベッドにどさっと倒れ込むと、手近に置いてある雑誌を手に取る。


これこれ。この新人の子可愛いなー。


この子って実はこんなにスタイル良かったのか。


『亮介も男の子にゃけど、あまり人には見られない方がいいにゃよ?』


『友達と約束もしてなかったし、油断してたんだよ。

 ……って言うか弓月がいた時も、これ出しっぱなしだったのかよ!』


ま、いっか。


もう過ぎた事だから考えても仕方ないし、もう会う機会も無いだろう。


いつも前向きを心がけている俺には、問題なしだ。


ささっと気持ちを入れ替えて、本命の漫画雑誌『月刊少年鳳凰』を手に取る。


月一で鳳出版(おおとりしゅっぱん)から発行されるその雑誌は、ファンタジー専門の雑誌で、俺は欠かさず愛読しており、結構人気もあるそうだ。


「えーと、次はお待ちかねの『月界の境界線』を読む所だったな」


雑誌をパラパラ捲り、目的のページを探し出す。


「おー、これこれ。さすが超美麗な扉絵だ」  

 

しかも、先月のあの引きからのセンターカラーだから、一層引き込まれる。


『まさかアリシアがあんにゃ事を考えて』


『ルキア! すぐそうやって俺の楽しみを先にバラそうとしないでくれ!』


『了解にゃー』


全く猫のくせになぜか漫画も読めるし、油断もすきも無い奴だ……。


気を取り直して……特殊殲滅部隊アバルトの中に裏切り者がいるってのは、俺も薄々感じていたが、まさかアリシアが裏で手を引いていたとは。


驚きを隠せない仲間達の前で目を瞑り、淡々と話すアリシア。


アリシアはアバルトNO2の腕前で、これまで数々の闇なる者を討伐してきた。


精鋭の集まりであるアバルトに所属するだけでも名誉なのだが、アリシアとしてはNO2に甘んじる事は納得いかなかった。


元々家柄は貧しく、能力も人より少し秀でているくらいだったが、持ち前の努力でアバルトに入隊し、それに満足しないアリシアは日々邁進し、徐々に地位を上げていった。


そんな時、この物語の主人公であるロランと出会う。


ロランは秀でた剣術者や政治家を輩出してきた名家の息子、言わばサラブレッドだ。


腕の方もしなやかな身のこなしと、相手の虚をつく瞬発力で負け知らず。


仲間からも慕われ、人望の観点からしても、ロランは優秀な逸材だった。


そんなロランをアリシアは素直に受け入れられるはずもなく、表面上はまるで姉弟のように仲良く、でも本心ではロランを見返す事ばかり考えていた。


そうして互いに背中を合わせながらも、親の敵のように恨むアリシアはある夜に、堕天使と出会ったのだ。


「ここで今月は終わりか……。まるで姉弟のように息の合った二人だったが、

 アリシアはこんな感情を抱いていたとは思わなかった」


でも思い返すと、ロランが他の仲間達と話してる時に、アリシアが1人空を見上げているシーンが度々描かれていた。


国や自分達の行く末に、思いを馳せているのだと思っていたのだが。


来月の予告はどうなっているかと思い、最後のページに手をかけると、スマホの着信音が鳴り響いた。


バイトは休みだし、暇をした誰かがかけてきたのかと思いながらも、電話に出るとバイト先の社長だった。


「綾瀬、悪いな。休みの日に電話して」


「大丈夫です。来月のシフトの件ですか?」


「いや来月のシフトは、今調整中だからもう少し待っててくれ」


来月のシフトじゃないとなるとあれか?


「もしかして裏の方ですか?」


「裏言うな。別に電気屋の裏で悪事を働いているとかじゃなくて、

 どちらもちゃんとした会社だぞ」


「だったら俺にも社長が何をしてるのか、教えてくださいよー」


「まあそこはいいじゃないか。

 おまえもうちの商品を知らずに買ってるってのが、ヒントでこの話はおしまい。

 と言う事で、急遽店番をお願いしたいんだができるか?」


「皇(すめらぎ)社長は謎多き人ですね。分かりました。

 皇電気店の店番は任せてください。笠原さんも今日はいるんですか?」


「笠原は昨日怪我をしたみたいで、今日は休みだ。

 来週には復帰する予定だから問題ない」


「笠原さんが怪我ですか? 珍しいですね」


「まあ……たまにはそう言う事もあるだろう」


社長にしては珍しく歯切れが悪いな。何か別の理由でもあるのだろうか?


先週二人で何か話していた気がするが、思い出せない。


まあ来週には復帰できるなら、問題ないか。


「了解です。その変わり、今度昼飯おごってくださいね?」


「月9000円と安く住まわせてやってるのに、ちゃっかりした奴だな。

 仕方ない、好きなのをおごってやるからよろしく頼むぞ」


「分かりました。用意ができ次第、店に向かいます。

 あ、最後に社長は名取 愛花か、弓月 葵って名前を聞いた事ありますか?」


「名取 愛花に、弓月 葵?」


「あ、いや何でもないっす。今の話は忘れてください。それでは失礼します」


つい聞いてしまったが、夢で出てきた人物の名前を言っても分かる訳がないのに。


って事でバイトの内容と、安く住めている理由は以上だ。


と言っても、なぜ安くなるのかまでは、俺も知らないんだけど。


とにかく社長は、謎が多い人物なのだ。


ちなみに皇社長の色は、ゴールド。


なかなか心を感じ取るのが難しい方だ。それじゃさっと着替えて店に行くとするか。


漫画雑誌を枕元にぽんと置くと、台所にある鏡で髪を整えて部屋を出ていく。


外に出ると、念のため弓月の姿を探してみるが、時間が経っている事もあって、姿を確認する事はできない。


ちゃんと真っ直ぐ家に帰っているだろうか。


空を見上げると予報通り天気が悪くなってきているようで、どんよりとした雲が覆い始めていた。

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