第2話 儚い存在

次のニュースです。


建築業から出版、通信業界まで手掛る名取グループ社長の長女が、行方不明になった件の続報です。


依然消息が不明な事から、県警は本日より公開捜査へ乗り出しました。


名取社長の長女、名取 愛花(なとり・あいか)さん(11歳)は先日15日に学校から帰る途中で、友人が見かけたのを最後に行方が分からなくなっています。


愛花さんの交友関係や父親の仕事上のトラブルがなかったかを含めて、事件と事故の両面で捜査しております。


目撃情報などがございましたら、下記の電話番号へ……。


「写真は出てないけど、これ私ですね」


「嘘だろ……? 君が今テレビで報道してた、名取 愛花なのか?」


「はい、今報道で流れてた通りですね」


「警察が公開捜査してるのに、なんでこんな所にいるんだ?」


「ちょっと事情がありまして~、てへ♪」


「てへ♪、じゃない! そんな冗談言ってる場合じゃないし、

 それに初めて会った時とキャラ変わってないか?」


「そんな事ないですってば♪ ふふっ、先輩ったら私の事意識しちゃって。

 もう私の魅力でメロメロになってますね♪」


何なんだ一体。一晩だけ泊めるって話をしただけなのに。


コンコン……玄関の扉をノックする音が聞こえてきた。


こんな朝早くから誰だと思いながらも、今はそれどころではないため、居留守を決め込む事にした。


とりあえず、今何をすればいいかに考えを巡らせるが、それを阻止するかのように、来訪者のノックは鳴り止まない。


しつこい来訪者に根負けした俺は、仕方なく玄関に歩み寄る。


「警察ですが、綾瀬さんいらっしゃいますか?」


「警察!?」


これはまずい。


中に入られると名取が見つかり、俺は誘拐犯の容疑が掛けられてしまう。


かと言って、門前払いをする事は不可能だ。


「綾瀬さん、お聞きしたい事がありますので、ここを開けてもらえませんか?」


駄目だ……今からでは、裏の窓から出たとしても、逃げるのは不可能だ。


「管理人から鍵を借りてきました。中に踏み込みましょう」


「ちょっと待った! 今すぐ窓から外に出るんだ、名取ー!」




チュンチュン……




必死に名取の名を呼んだ所で、自分が布団の中にいる事に気が付いた。


Tシャツは汗だく、頭は真っ白で何が起きたのか把握出来ない。


「夢……か」


いやにリアルな夢だったな……どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか。


少女の名前や経緯は全く聞いてないし、夢なので全部が嘘な可能性も高い。


とりあえず状況を確認するために、部屋の中を見回してみるが、少女の姿はどこにもなかった。


寝ていたはずの窓側には、貸した座布団がきちんと折り畳まれている。


『亮介、おはようにゃ。女の子は出て行ったのかにゃ?』


ルキアは今日は帰って来なかったようで、部屋に姿はなく心でそう問いかけてくる。


『そのようだな』


あの存在の儚さから、夢の可能性も捨てきれずにいたが、ルキアにも記憶があるし、座布団の状態からも現実に起きていた事で間違いない。


とりあえず汗だくのシャツが気持ち悪いので、すぐさまシャツを脱いで、脱衣カゴに投げ、タオルで体を拭いて真新しい服に着替える。


まあ俺の役割は一晩泊める事。


それが終わったのなら、それ以上気にかける必要はないか。


気持ちを切り替えて、ハンガーから服を手に取り、身にまとう。


「今は……朝の8時か。まだ昼までは時間があるし、朝食の準備でもしよう」


料理をする時は、換気に気をつけてっと。


部屋に換気扇が無いため、玄関横の窓を開ける。


「ああ、まだこんな所にいたのか」


てっきり家に帰って行ったのだと思っていたが、少女は家の前で立っており、一人で空を見上げていた。


【帰りたくないです】


少女の言葉が頭をよぎる。


彼女なりに何か事情があるのだろうし、俺がこれ以上踏み込むべきでは……ってそんな訳にいかないか。


迷うくらいなら行動する、困っている人がいたら声をかける。


それが俺のポリシーだ。


「嫌われたら、嫌われただ」


自分の今の気持ちをしっかりと持った上で、俺は玄関から外に出た。


「よ、起きたらいなかったから、家に帰ったと思ったよ」


そう笑顔で語りかけると、少女は小さく頭を下げる。


「何をやってたんだ?」


「空を……見てたんです」


少女はそう言って再度空に目を向けたため、俺もそれに倣い空を見上げる。


「何か変わった物でも見つけたのか?」


「いつもと変わらない空でした」


「まあ天気の良し悪しはあるが、だいたい同じようなものだろうな」


並んで同じ空を見ているのに、別のどこかを見ているようで、少女の存在はとても儚い。


「……あなたは、ずっと後悔している事ってありますか?」


「そうだなー。もちろん俺もあの時こうすれば良かったって思う事はあるが、

 後悔して立ち止まるのではなく、その失敗を取り返すには

 どうしたらいいかを考え、行動するようにしてるな」


「立ち止まらずに失敗を……取り返す」


少女は頭の中で言葉の意味を考えているようで、表情には今までに無い真剣みが感じられた。


「まあ結果的にはうまくいかなかったかもしれないが、状況が良くなる事を

 願って選んだ選択なら、その気持ちは忘れてはいけないと俺は思うな」


「そうですね」


 少女はそう呟くと、目を瞑って黙り込んだ。


「何かあったのか? 別に無理に聞くつもりもないし、

 余計なお世話だと自分でも分かっている。

 でも君の姿を見ていると放ってもおけないんだよ」


「……お気持ちはありがたいです。でも、あと少し私が辛抱すれば大丈夫なので」


辛抱するにしても、この細い体で持つものなのか。


不安に駆られ、胸を締め付けられる。


「でも、無理だけは絶対にするなよ。

 困った時は助け合う、それが世の中うまく行く方法だからな」


「……そうですね、ありがとうございます」


「朝飯だけでも食っていけよ。

 昨日ご飯を炊いてないから、パンと目玉焼きくらいだが」


「いえ、大丈夫です。そこまでお世話になる訳にはいかないので」


遠慮せずにもう少し他人を頼ってくれれば、状況が変わる可能性もあるのだが。


「そっか。まあ、あんまり考え過ぎない事だ。考え過ぎるとろくな事がないしな」


「……はい。それでは失礼します、ありがとうございました」


少女はぺこりと頭を下げると、ゆっくりとした足取りでこの場から離れていく。


「あ、最後に! 君の名前は、名取 愛花か?」


「……いえ。弓月 葵(ゆみつき・あおい)です」


「そっか。悪いな、呼び止めちまって」


「……いえ。それでは」


弓月は再度ぺこりと頭を下げると、駅前方面へと消えて行った。


『弓月 葵、良い名前にゃ』


【名取 愛花】と言うのは、ただの夢?


それに、彼女は一体何を抱えているのだろう。


【あなたは、ずっと後悔している事ってありますか?】


それは何を込めて発した言葉なのか。


とりあえず俺にできる事はやったので、後は彼女次第。


弓月が去って行った方向を少しの間眺めて、家の中へと戻った。

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