一条さんが光る

滝戸みすみ 

プロローグ

 拝啓 早瀬はやせ裕一ゆういち

 花の盛りもいつしか過ぎて、行く春を惜しむ季節となりました。その後、お元気でいらっしゃいますか。

 もう何十年も前のことなので、早瀬さんがもし覚えていらっしゃるのなら嬉しいのだけど、わたしのことを覚えていらっしゃいますか。一条いちじょう千華ちかです。小学生の時も中学生の時も、高校生の時も早瀬さんに色々と迷惑をかけていた、あの一条です。思い出してくれたでしょうか。

 途中まで書いて、手が震えたから一旦ペンを机に置く。大きく伸びをして、天井を見上げて、便箋に視線を戻す。早瀬さんが好きだと言ってくれたわたしの字が、瞳に映る。

 ―――震えてはだめだ。

 かつての恩人への手紙を見つめる。

 ―――震えてはだめだ。最後まで、綺麗に書き通すんだ。

 窓の外は、どこまでも続いている青ばかりだ。

 住所も分からないのに、この手紙をどうやって早瀬さんに届けよう。印刷会社まで、直接届けるしかないのかもしれない。

「なんて、」

 もう、住所を知る必要は無いのに。

 あの綺麗に広がる青に、くしゃくしゃに丸めた便箋を投げつける。窓のせいで跳ね返って戻ってくる。

「書き直さないと」

 もっと、心を込めた、真っ直ぐな字で書き直さないと。

 早瀬さんが真っ直ぐにわたしを撮ってくれたように。

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一条さんが光る 滝戸みすみ  @05yuto_10ikuto

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