第十二章 決着

 雅の編み出した奥義である黄泉比良坂返しにより、真人は幻に狼狽えていた。

「おのれ、貴様ら如きにこの私が!」

 真人は工藤と大野の幻を何とか振り払おうともがいていた。

「何を慌てているのかわからんが、今だ」

 実人は祝詞を唱え始めた。薫は只、父親の霊と兄を見比べるしかできなかった。

「藍、陽の竜は抑えた。陰の竜を止めてくれ!」

 雅が叫んだ。

「わかった!」

 藍は黒い竜に再び接近した。黒い竜も、姫巫女の剣で斬り裂かれたところから解(ほつ)れるように崩れているので、かなり弱まっていた。

「もう一太刀!」

 藍は剣を振り下ろし、黒い竜を斬った。

「ゴオオオオオッ!」

 黒い竜は姫巫女の剣の光を受け、のたうち回るように上空へと逃げ出した。

「待ちなさい!」

 藍がこれを追う。

「何とか収まりそうだな」

 仁斎は雅と藍を見て呟いた。しかし、泉進は、

「解せぬ。どうにも解せぬぞ」

「何だ、泉進? どういう事だ?」

 仁斎は旧友の言葉に眉をひそめた。

「それぞれの竜の気の総量が合わぬのだ。二体から消えた気の量と、辺りに漂っている気の量があまりにも合わぬ」

「何?」

 仁斎も泉進の疑問の意味がわかり、ギョッとした。

「まだ何かがいると言うのか?」

「そうとしか思えん」

 二人の老人は、額に汗を滲ませ、辺りを探った。

「まさか!」

 泉進は慌てて祠の跡に走り出した。

「わかったぞ、仁斎! 器だ。第三の器が、気を集めている」

「器?」

「そうじゃ。器そのものが、気を集め、本体に取って代わろうとしておるのだ!」

 泉進は祠の残骸を退け、下の土を掘り始めた。

「そんな事で追いつくものか、泉進! 退いておれ!」

 仁斎が怒鳴った。

「どうするつもりだ?」

 泉進は退きながら仁斎に尋ねた。

「ここを吹き飛ばす!」

 仁斎は十拳の剣と草薙の剣を出した。

「くっ……」

 彼はそのせいで立ちくらみを起こした。

「大丈夫か、仁斎? 剣二振りを同時に出すのは、藍ちゃんでないときついぞ」

「大丈夫だ。後もう少しだけ保てば良い」

 仁斎は苦しそうに息をし、二つの剣を交差させた。

「姫巫女流古神道奥義、長鳴鳥ながなきどり!」

 仁斎がそう唱えると、交差した剣から光が放たれ、祠の残骸の下へと吸い込まれた。

「この術は、天岩戸に閉じこもった天照大神を外に出した時に使われたとされる秘術。閉じ篭っているものを引きずり出すにはうってつけだ」

「ほォ……」

 泉進は感心したように頷いた。

「うおお!」

 竜の気の流れる量が爆発的に増えた。

「これは、逆効果だったのではないか、仁斎?」

 泉進が言った。しかし仁斎は、

「心配するな、泉進。ここには日本で最強の術者が揃っておるのだぞ」

「そうだな」

 泉進はニヤッとした。

「来るぞ」

 仁斎が構えた。泉進も構える。地鳴りがしている。それが段々と近づいて来ているのがわかった。

「ガアアアアアッ!」

 地面が吹き飛び、器が飛び出して来た。それは、地下に埋もれて、ずっとこの杉野森学園の地を守護して来た「竜」であった。恐竜の骨そのものである。骨の大きさから、肉食竜のもののようだ。

「そもそもこの土地を安定させていた存在であったが、あの親子のせいで乱れてしまった。ここまでおかしくされては、一度散らせて納め直すしかない」

「なるほどな」

 泉進は納得して頷いた。

「な、何、あれ?」

 藍は上空から恐竜の骨格標本のようなものに気づいた。

「く!」

 そんな隙を突き、黒い竜が反撃して来る。

「ええい!」

 藍は剣を振るい、黒い竜を斬り裂いた。黒い竜はのたうち回りながら、地上に降下して行く。

「まだよ!」

 藍はそれを追った。

「ぬうう!?」

 真人は遂に工藤と大野の幻に捕まり、闇へと吸い込まれ始めていた。

「おのれええ!」

 彼は必死にもがいたが、幻の力はそれを上回っていた。

「こんなところで、こんなところでええ!」

 真人の断末魔だった。彼は幻と共に闇に吸い込まれて消えた。

「何だ?」

 雅はそれを見届けて、仁斎達の周囲の異変に気づいた。

「あれは……」

 恐竜の骨が、命を吹き込まれたように動いていた。

「気が集まり過ぎて、おかしなものが力を得てしまったのか?」

 雅は光の竜を無視し、骨の化け物に向かった。

「……」

 実人は祝詞を唱えていたので、恐竜の骨には気づいていない。

「兄さん、また何か出て来たわ!」

 薫の叫び声で、実人はようやく気づいた。

「あれは、この地の器だ。どういう事だ、器が本体になろうとしているぞ……」

 実人は眉をひそめた。

「ガアアアア!」

 光の竜が、実人に襲い掛かった。

「!」

 実人は自分の竜の気を放ち、戦わせた。

「薫、強く念じろ。私の竜、私に戻れと!」

「ええ?」

 薫は兄の言葉に動揺した。

「私は……」

 彼女は、その力が嫌いだった。父真人が勝手に植えつけた竜の気。できれば、もうそんな物は背負いたくなかった。

「何をしている!? 早くしないか!」

 実人が怒鳴った。しかし薫は、

「私は嫌! もう、竜なんかと関わりたくない!」

「何!?」

 妹の拒絶に、実人は仰天した。そんな彼の一瞬の気の緩みを見逃さず、陽の竜が実人を攻撃した。

「ぐああ!」

 実人は陽の竜の光の玉をまともに食らい、地面を転がった。

「兄さん!」

 薫は、自分のせいで兄が怪我をした事に狼狽うろたえて、その場にしゃがみ込んでしまった。陽の竜は、次の標的を薫にした。

「グオオオオ!」

 竜は一度上空に舞い上がり、薫目掛けて急降下して来た。

「力なき者に何をしているのだ!」

 泉進の気が、陽の竜を弾いた。

「ガアア……」

 陽の竜は、泉進を睨んだ。

「お嬢さん、逃げろ。あんたは標的にされる」

「で、でも……」

 薫は倒れてピクリとも動かない実人を見た。

「心配するな、あんたの兄さんは死んではいない。早く!」

「は、はい!」

 薫は走り出した。陽の竜は泉進を敵と看做(みな)したので、彼女には見向きもしない。

「そうだ、化け物。儂が相手だ」

 泉進はニヤリとした。

「何、一体?」

 藍は、陰の竜の気が、恐竜の骨に吸い取られているのに気づいた。

「お祖父ちゃん、これは?」

「こいつが、二体の竜に取って代わろうとしているのだ」

「わかったわ!」

 藍は剣を構え直し、骨の化け物に向かった。雅が叫んだ。

「藍、気をつけろ! 完全ではないが、こいつ、陰と陽の力を備え始めているぞ」

「ええ?」

 藍は空中で静止した。そして、気の色を探った。

「姫巫女の剣で光の部分を攻撃しても何もならない。闇の部分を見極めないと……」

 彼女は拍手を打ち、目を閉じた。


 薫は、安本と原田が待つ校門に辿り着いた。

「大丈夫ですか、お嬢さん?」

 フラフラしている薫を安本が支えた。

「はい、大丈夫です」

 薫は目に涙を溜めて答えた。

「中で何が起こっているのかね?」

 原田が尋ねた。薫は、

「よくわかりません。地面から、恐竜の骨が出て来たのは見たのですが」

「骨?」

 原田は安本を見た。安本にも、それが何なのかはわからなかった。


臨兵闘者皆陣列在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」

 泉進は気を放ち、竜を砕いていた。

「しかし、このままでは、あの器が成長するのみだ。何か策はないのか……」

 光の竜は最盛期に比べて随分小さくなっていたが、その分骨の方が巨大化していた。

「泉進、気にするな! 三体と戦うより、こいつ一体の方がやり易い」

 仁斎が叫ぶ。泉進は頷き、

「わかった!」

 ありったけの気をぶつけた。

「ガゴオオオ!」

 光の竜はのた打ち回りながら収縮し、地面に落下した。陽の竜は消え、その気の全てが骨の竜に吸い取られた。

「ガアオオオオ!」

 骨の竜は吼えた。藍は目を開き、

「そこだ!」

 剣を大上段に構え、降下した。

「グオオオオ!」

 骨の竜の巨大化に合わせるかのように、陰の竜が収縮して行く。そして陰の竜はのた打ち回った挙句、消滅し、その気が骨の竜に吸い取られた。

「グゴワアアアア!」

 骨の竜が、勝利の雄叫びを上げるかのように吼えた。

「斬!」

 姫巫女の剣の光の剣撃が、骨の竜に突き刺さった。

「グオワオアアア!」

 骨の竜は、ドドオオンと地響きを立てて倒れた。

「やった!」

 藍が降下してきた時、ブウウウンと風を巻いて、骨の竜の尾が飛んで来た。

「キャアアアア!」

 藍はその攻撃を食らい、吹っ飛ばされた。

「藍!」

 仁斎と雅が同時に叫んだ。泉進が走った。

「くっ!」

 彼は地面に叩きつけられる寸前の藍を受け止めた。

「あ、ありがとうございます、泉進様」

 藍は赤面して礼を言った。泉進はニヤリとして藍を下ろし、

「何の、若い娘を抱き止めるのは、年寄りの楽しみよ」

「まァ!」

 藍はこんな時にも冗談を言う泉進に呆れた。

「おい、泉進、後で話があるからな」

 早速孫の心配をしている仁斎が怒鳴った。

「グガガガガ……」

 骨の竜は、ゆっくりと起き上がった。

「やはりまるで効いていないか」

 雅が呟いた。藍は竜を見上げて、

「そんなはずはないわ。こいつの陰の部分の核を叩いたはずよ」

「いくら核を叩いても、この化け物は総量が大きい。陽と陰の両方を同時に叩かないと効果がない」

 雅が藍を見て言った。確かに骨の竜は、先程と何も様子が変わっていない。

「そんな……」

 渾身の一撃が全く通じていないのを知り、藍は唖然とした。

「さっき砕いたはずの核が、元に戻っているな」

 仁斎が言った。骨の竜は、相手の攻撃を見て、身体の気を移しているのだ。だから、完全な止めを刺すには、同時に何カ所も攻撃するしかない。

「ううっ……」

 仁斎は力が尽きたのか、剣を消した。

「お祖父ちゃん、大丈夫?」

 藍がそれに気づいて声をかけた。

「大丈夫だ。少し疲れただけだ」

 仁斎は藍を見て答えた。

「フウウオアアアア!」

 骨の竜は雄叫びを上げ、動き出した。

「ここから出すわけにはいかん。泉進!」

 仁斎が叫ぶ。泉進も、

「わかっておる、仁斎!」

 仁斎に近づいた。そして、

「エーイ!」

 気合いを入れた。

「オンマリシエイソワカ!」

 泉進は、摩利支天真言まりしてんしんごんを唱え、隠形おんぎょうの印を結んだ。彼の身体から気が発し、骨の竜を縛り始めた。

「黄泉戸大神!」

 仁斎も、光の結界で骨の竜を縛った。

「ゴオアアオオオ!」

 それでも竜はもがき、動こうとした。

「ならば!」

 雅が進み出た。

「黄泉比良坂返し!」

 闇が広がり、骨の竜の陰の気を吸い込む。

「黄泉醜女!」

 無数の黄泉醜女が、骨の竜に取り憑く。骨の竜はそれを振り払い、結界を振り解こうと暴れた。

「やるぞ、藍」

 雅は黄泉剣を両手に出し、構えた。

「ええ」

 藍も剣を上段に構えた。

「はっ!」

 二人は同時に飛翔し、骨の竜の真上に出た。

「グオオオオアアアア!」

 骨の竜は、藍と雅に気づき、二人を攻撃しようとした。

「そうはさせぬ!」

 泉進が更に気合いを入れた。仁斎も榊をもう一つ取り出し、縛りを強くする。

「同時に斬るぞ。いいな」

「はい」

 藍は雅に呼吸を合わせた。骨の竜がもがいている。雄叫びを上げている。しかし、それも聞こえなくなった。聞こえて来るのは、雅の息遣いと鼓動。そして、自分の鼓動。

「今だ!」

 雅が叫んだ。二人は全く同時に剣を振り下ろし、斬撃を放った。二つの黒い斬撃と光の斬撃が、同時に骨の竜に突き刺さった。

「グワオオアアア!」

 骨の竜が苦しみ出した。

「もう一度だ!」

「はい!」

 再び、四つの斬撃が骨の竜を斬り裂く。

「グオオオオオ!」

 骨の竜が崩れた。真ん中から亀裂を生じ、倒れて行く。

「ガアアアオオオオ!」

 ズズーン地響きを立てて、骨の竜は倒れた。シューシューと音を立てて、骨の竜が収縮して行く。

「やったか?」

 雅と藍は地上に降り立った。仁斎と泉進もホッとし、互いの顔を見た。その時だった。

「グアオオオ!」

 突然骨の竜の頭が起き上がり、口から光の玉が吐き出された。その光は、上空へと逃れ、消えてしまった。

「逃げたのか?」

 仁斎が夜空を見上げて呟いた。泉進は、

「しかし、あの量では何もできぬ。後は我らの子々孫々に委ねるしかない」

「そうだな」

 仁斎はそう言ってニヤリとした。

「終わったようだな」

 雅は藍を見た。藍はニッコリして、

「ええ」

と答えた。


 気がつくと、東の空が明るくなって来ていた。長時間に渡る戦いはこうして幕を閉じた。

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