仮想現実
学校が終わり、わたしが家に帰るとすでに機材は搬入されていた。
埃だらけの空き部屋が一つあったので、そちらに入っていればよいな、と思っていたところ本当にそちらに在ったので驚いた。
しかも、家に入った途端に巫女の恰好をした女性が懇切丁寧に三つ指をついてお辞儀をしてきたので、二重に驚いたのは内緒である。
「あなたが柊家の当主――柊 刹那様で御座いますね……。私は巫女で御座います。刹那様に機材の使い方を伝授させて頂きます」
「うむ。宜しく頼む」
見ず知らずの女子にしては礼節を弁えている良い女子であるな。
盗まれて困るようなものもなし、摩訶不思議なところは、あのような大きな機械をどのようにして運び込んだのかだが……。
気にするようなことでもないな。今は女子の話を聞くとしよう。
夏獲無の中で桜殿が待っている。
「それでは、寝床を用意してありますのでこちらに寝そべって頂きたいのですが」
「う、うむ。些か羞恥の念を覚えるが仕方あるまい」
わたしは巫女が指さす長方形の厚みのある物体に近づいた。
黒と金の装飾が施されている、豪華なていはんぱつまっとれすに近いものを感じた。
「こちらは、VVR用のぷれいまっとで御座います。こちらに寝そべり、この被り物をしてください」
「うむ」
進められるがままに、わたしはその、わたしの為に作られたのだろう、雅なへるめっとを被った。
――紅と白の椿の絵とは、まさしく雅。
「これでよいのだろうか」
「ええ、その状態で十秒ほどお待ちください。すきゃんが終わります故」
「うむ」
十秒待つと、しゃららん、という電子音が鳴り響いた。
事の音色であろうか。誠に気に入った。
「それでは、わーるどすたーと、と唱えてください。音声認識ですので。それで始まります。それでは私はこれにて失礼させていただきますね」
「ありがとう、巫女殿」
「いえ、どういたしまして」
それっきり巫女殿は気配が消えてしまった。
恥ずかしがり屋な巫女殿なのだろう。
一方、私の目の前には真っ暗な画面ばかりが映っている。
はやく文言を唱えなければ。
「わーるど、すたーと」
そう言った瞬間、急に意識が遠のいて――
―――――
『ようこそ、コンプリートワールドオンラインの世界へ』
その言葉と共に、先ほどの巫女殿が現れた。
どういうことなのかとわたしが戸惑っていると、巫女殿はくすりと笑みを浮かべる。
「先ほどの巫女殿ではないか、それにこの一面真っ白な場所は一体なんなのであろうか」
「落ち着いてください。柊様。ここはゲームの世界に御座います。それに私は貴方様の家に居た巫女とは別の存在で御座います故、ご安心ください」
「な、なんだと……面妖な。まぁよかろう。ここは夏獲無の世界と言ったな? どういった趣旨の造りものなのであろうか」
わたしは巫女殿に質問すると、ぽかん、とした様子で巫女殿は立ちすくんでしまった。
いったいどうしたというのだろうか。わたしは変な質問をしてしまったのか?
「ふふ、いえいえ申し訳ありません。あまりにも面白い方だったのでつい。失礼いたしました。ご友人の方がお待ちになられているようですので、さっそく本題に入りましょうか。どういった趣旨の造りものか、というご質問ですが、こちらはこうお返しする他ありません。――異世界を丸ごと一つ提供する。そのような趣旨のものだとお考えください。その中で、決められたルールに則り、自由に遊んでいただく。それがこのゲームの趣旨ですね」
「そうか。いやはや、明確な答えをお持ちであったか。そうでなければやる意味がないからな。桜殿には悪いが、どうしてもわたしはこういったものが苦手でな、ばーちゃるなどと聞いたときはどんな紛い物が出てくるかと心配していたのだが……うむ、この出来であれば申し分ない。ぜひとも遊ばせて頂きたいと思う」
「お気に召したようで何よりです。それでは――種族や性別、外見などを選べますがどうされますか? こちらにお任せされるのであれば最後の確認だけさせて頂きますが」
「ふむ。生憎事前情報がなくこちらへ乗り込んでしまった。無礼、お許し願いたい。任せられるのであれば、お任せする。ただし、最初の刀剣、衣類の類、それになんだったか――スキル、という奴は選ばせてくれないだろうか」
「ええ、そちらの選択権は柊様にあります。もし、よければなのですが――あなたに似合いそうな衣類、刀剣、スキルをこちらで絞り込むことができますが、いかがなさいますか?」
「おお、そのようなしすてむがあるのだな。頼む。私は優柔不断でな、何千種類もあると聞いて少しばかり尻込みをしてしまっていた。ありがたい」
巫女殿がふい、と少し手を振ると、わたしの前に巻物が現れた。
「あら、最初の導入部分の世界設定まで夜風様はいじられたようですね。全て柊様好みになるようにしたようです。ゲームになじめるように、との配慮であると思いますが、この先のエリアはこうではないのでご注意を」
「ふむ……こういったモノの方がわたしにとってはありがたい。だが……これはなんであろうか」
巻物にはこのようなものが書いてあった。
名前:刹那
種族:人
職業:剣士(侍)
HP:体力。敵の攻撃や罠などで減ります。無くなると死んじゃいます。(レベル・VIT・MIN依存)
MP:魔力。アクティブスキルの発動で使用します。(レベル・INT・STR依存)
STR:物理攻撃力。物理による一撃で与えられる基礎ダメージ量を引き上げます。
VIT:物理防御力。物理による一撃で受ける基礎ダメージ量を引き下げます。一部状態異常攻撃にも耐性ができます。現実の能力にも依存します。
INT:魔法攻撃力。魔法による一撃で与えられる基礎ダメージ量を引き上げます。
MIN:魔法防御力。魔法による一撃で受ける基礎ダメージ量を引き下げます。一部状態異常攻撃にも耐性ができます。
AGI:素早さ。移動やステップがしやすくなったり、速くなります。
DEX:器用さ。生産活動に置いて重大な値です。
いわゆるすてーたす、という奴だろう。面白そうだ。
「それでは、ステータスの割り振りをしていただきますが、どういたしましょうか。ポイントは60あります。普通であれば――」
なにやら巫女殿が言っているがそんなもの、聞く必要もないと思われる。
ここはどうやら現実と同じ様な空間であるらしい。
であれば、だ。
どんなに早い銃弾でも避けられるわたしにとっては、防御力など無くてもよい。
魔法なんて使う気にもならん。論外である。
生産活動など理解できん。何をするのかわからんからな。
となると――決めたぞ。
「巫女殿。説明の途中悪いが、わたしはもう決めたぞ」
「はい。ありがとうございます。それでは――え?」
わたしが巻物に60のぽいんとの割り振りの行方を決めると、文字が変わり始めた。
なんと面妖な。だが便利で良いな。
割り振りはこうなった。
名前:刹那
種族:人
職業:剣士(侍)
レベル:1
HP:100
MP:240
STR:60
VIT:0
INT:0
MIN:0
AGI:0
DEX:0
「え、え!?」
「これでよいだろう。さて、次の武器だが……」
「本当にこれでいいの? ……でも夜風様は柊様のやることに口を出すなと仰るし……STRに全振りとかもうバカの所業としか……」
なにやら巫女殿は独り言をつぶやいていて忙しそうだ。
仕方あるまい。勝手に決めさせてもらおうか。
巻物に次、と念じると次第に文字の部分が薄くなり、リストと説明の羅列が書いてあった。
(なになに……常時発動のぱっしぶすきるは五枠まで、魔法や剣技などのあくてぃぶすきるは二十枠まで……あくてぃぶすきるはぱっしぶすきるを成長させることで習得する。ぱっしぶすきるの――ええい面倒な。わたしがやるのは敵を様々な太刀で切り裂くだけのこと! それをするために必要なスキルだけを抜き出せ!)
わたしが面倒になって強く念じると、なんということだろうか。
巻物が五個のぱっしぶすきるを厳選してきてくれた。
『刀』…武器種が刀のみに固定されますが、刀用のアクティブスキルを覚えます。
『武器倉庫拡張』…武器所持上限をLVの分だけ引き上げます。
『能力上昇魔法(近接)』…近接の能力上昇の魔法を覚えます。
『軽業(刀)』…体を動かしやすくアシストします。補助剣技(刀専用)を覚えます。
『暗視』…夜闇の中でも眼がきくようになります。
ほうほう、なかなか良いな。だが能力上昇魔法――魔法?
魔法なぞわたしは使わない。他のものにかえるか。
リストを見てみる。
武器種にはいろいろな名前のすきるがあったが、どれも興味をそそられないものばかりであるな。
行動拡張、という欄にも軽業(剣)や運動能力(剣)などがある。全てのスキルを把握するのに、時間を懸けてはいられない。
わたしは途中面倒になり、どうせゲームであると割り切って、能力上昇魔法をそのまま運動能力(刀)に変えた。
刀の吟味は慎重にしようかと思ったが、最初はどうやらなまくらしか選べないようだったので、仕方なしになまくらを使うことにした。試し切りをしようかとしたが、巫女殿しか居ない。
流石にわたしは試し切りで女性は切れない故、仕方なしに服選びに取り掛かった。
服を選ぼうとした瞬間、目を惹かれる物があった。
黒を基調として、黄金の刺繍がされている――侍の袴。デザインは秀逸であり、しかも服と言う項目であるにも関わらず、見た目は鎧を軽く着込んだ侍のようなものだった。指でこれにする、という意味を巻物に伝えると、一瞬だけ『夜風 桜 製作』と出てきたが、気にしないことにした。
なぜ桜殿の名前があるのか、聞くだけ野暮というものだろう。とにかく、デザインはいい。これがあれば見た目一発、桜殿に見つけてもらえるに違いない。
「決まったぞ、巫女殿。それでは、行くとしようか」
「え?」
わたしの目の前に光り輝く穴が現れた。
その向こう側は眩しくて良く見えん。
だが、それもよし。
後ろから聞こえる巫女殿の制止の声も聞かずに、わたしはばーちゃるせかいへと足を踏み入れたのであった。
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