一期一会


「おぉ、ここがばーちゃるせかいというやつか……本物と幾分の差もないな。空気が――旨い」


 視界が明るくなるとまず目に飛び込んできたのは、遠くにそびえる大きな塔だ。

 周りは人でごった返していたので、あまり良く見えない。


「ねぇねぇ、最初のスキル何にした?」

「やっぱり各能力アップのスキルは絶対必要だよねー、このゲーム結構難易度高いって噂だし」

「前のVRゲームはレベル制じゃなかったからさー、あんまりよくわかんないまま取ったんだよね。良さげな奴をこうさー」


 これはダメだ。人が多すぎていらない情報までもがわたしの頭に入ってくる。

 ざっと周囲の人間は――二百はいるな。ゲームという奴はこんなにも人が多いものなのか。


 その時、わたしの耳にいきなり電子音が鳴り響いた。

 甲高くも、ましてや低音でもない電子音だ。

 周りを見るが、その音に反応したものはいない。

 どういうことなのだろうか。

 思案に暮れるわたしだったが、どうにもこうにも答えが出ない。

 というよりも、桜殿は一体どこにいるのか。どうやって連絡をつければよいのだろう。


「わっ、なんだこの電子音」

「ばか、俺がフレンド登録の申請したからだよ。あんまり田舎者っぽく振る舞うな。VR初心者だって周りにばれたくないだろ?」

「あ、ああそうか。でメニューってどうやって開くんだっけ」

「はぁ……まったく、お前って奴は……」


 丁度、近くに居た面の良い若者がなにやら興味深い話を始めた。

 どうやら、わたしの耳にも聞こえた、あの電子音の謎をこの青年は知っているようであるな。

 ――であれば、迷う必要はない。


「すまぬが、このげえむとやらは初めてでな。良ければご教授願いたいのだが……」

「え? あ? ……ぼ、僕も初心――」

「――ばか、いらんことを言うな。ごめんね、君。君のような美人さんに教えられるなんて、俺はなんて幸運なんだ。君、VVRゲームは初めてなんだね?」


 小さめの赤毛の男が何かを言いかけたとたん、隣ののっぽの青髪の男がなにやら軽薄な感じでわたしに話しかけてきた。

 どういうことなのだ、これは。……まぁよいだろう。背に腹は代えられぬ。己の無知を恥、この度はこの軽薄な男に教えてもらうとしようか。


「ああ、わたしはこのげえむは初めてなのだ。どのようにして――その、赤毛の君がやっているような事ができるのであろうか」


 わたしはなにやら一生懸命に宙に浮かぶ窓のようなものを操作している赤毛の男を指さした。

 赤毛の男はわたしを見るとなにやら頬を紅く染めたが、気にする必要はなさそうである。


「メニューの開き方からわからないんだね。いいよ、教えてあげる。まず、こうして――」


 いいながら、のっぽの男はわたしの後ろから左手を掴み、人差し指を出すよう指示をして来た。

 断る理由もないので、その通りに指を突出し、ゆっくりと下におろす。

 すると、


「おぉ、これがめにゅうという奴なのだな」

「そうそう。上から、マップの表示、自分の現在ステータスを見る、パーティーメニュー、フレンドリスト、掲示板、ギルド情報、イベント情報、ヘルプ機能、ログアウト。マップの表示はその字の通り、今いるマップや、ワールドマップを出してくれるんだ。自分のステータスも字の通りだね。パーティーメニューってのはね、このゲームは五人パーティーまで組むことができるんだけど、その関連のメニューだね。フレンドリストは登録した自分のフレンドを見ることができる。フレンドは一度登録すれば消すことはできない。フレンドになるとゲームにインしているときに直接個人電話をかけられたり、メッセージを送ることができるんだ。遠隔でパーティーを組むこともできるね。掲示板はお役立ち情報や、イベント情報なんかをプレイヤーたちが書き込んでくれる場所で、ギルド情報は自分が今所属しているギルドの情報を見れる。イベント情報っていうのは、んー、お祭りだね。お祭りの情報を入手できるんだ。ヘルプ機能やログアウトは分かるね。ヘルプは困った時に開けば大抵なんとかなる。ゲームマスターも呼ぶことができるから、悪質なプレイヤーにあったらすぐにゲームマスターを呼ぶことをお勧めするよ。ログアウトはゲームを終わりたいときに押すといい。ただし、町中以外の場所でログアウトしてしまうと、その場に体が残って、モンスターに襲われて死んじゃってデスペナルティが発生することも覚えておいて」


 のっぽの男がなにやら熱っぽい声を出しながらわたしの耳元で囁いている。

 気持ちが悪い。彼は疲れているのだろうか。そして説明が長すぎる。もう少し簡潔にならないものだろうか。

 まぁ、全て覚えたのだが。


「感謝する。この、メニューの端に光っているのはなんであろう? メールを受信しました、と書いてあるが」

「ああ、お友達が居るんだね? 押してごらん。君の友達から君宛にメールだと思う」

「おお、桜殿か」


 メニューの端に光っているオレンジの丸を押すと、さらに別な枠が現れ、達筆な文章が現れた。


―――――――――――――――――

メッセージ 差出人:サクラ

プレイヤーID:Yokaze


 ログインしてくれてありがとう、刹那さん! 最初の街『ビギンズ』へようこそ! ってね、ふふ。とにかく、ログインした人が次から次へとくるからきっとそこじゃあ落ち着かないですよね。メニューを開いていただいて、マップの右上の方――このメールに位置情報を送ったので、マーカーがついていると思いますが、喫茶店『雪月風花』にわたしたちは集まる予定です。


 今から迎えに行きますので、フレンド登録の申請にOKを出していただいて宜しいでしょうか? お願いします。


―――――――――――――――――


「おぉ、なんと律儀な。桜殿はやはり礼儀正しくて良いな。助かったぞ、背の高い君。ありがとう」

「ど、どういたしまして、へへ」

「礼は何が良いかな? なんでもするぞ。わたしにできる範囲であればな」

「な、なんでもする……///」

「ばか、紅くなんなよっ」


 わたしが何でもすると言った途端、のっぽと赤毛はまたもや頬を林檎のように紅く染めた。

 どうしたのだろう。ばーちゃるせかいでも風邪を引くのだろうか。


「じゃあ、俺と――フレンドになってくださいっ!」

「ず、ずるいぞ、僕とも、ぜひフレンドに……」


 のっぽの男が意を決したようにわたしに頭を下げてきた。

 ぴこん、と電子音がしたので、メニュー画面を開いてみると、大きな文字で『フレンド申請あり:3件』とあった。

 ことわる理由などない。

 指ですこし触ってやると、画面はどんどん進んでいき、『サクラ』という名前と『ミスト』、『ヴェイク』という名前があった。

 フレンド登録を承諾すると、二人は満面の笑みを浮かべた。

 これくらいで礼になるというのなら、たやすいものであるな。


「よ、よろしくお願いします」

「俺はミスト、こっちがヴェイクだ。――明日もログインするだろ?」

「うむ。おそらくすると思うが」

「今日はなんだか忙しそうだからアレだけど、明日、ログインしたら俺達とフィールド探索に行かないか!?」

「ふむ……。おそらく大丈夫だろう。よろしく頼む」


 わたしがそう返すと、二人はまたしても喜んでいる。

 いったい何がそんなに嬉しいのか、わたしにはよくわからない。


 おっと、こんなことをしている場合ではないな。

 なにやらメッセージが届いたようであるぞ。

 わたしは二人にひとまずの別れを告げ、まずこの人でごった返している広場のような場所から抜け出すべく、なるべく人が居なさそうなところに向かって歩いて行った。

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