教室乱雑

 いつも通りの朝。私はがらりと教室のドアを徐に開け、いつもの席に向かう。

 窓辺の一番端、一番後ろ。わたしのお気に入りの場所である。


「おはよう、刹那さん」

「うむ、おはよう」


 わたしは挨拶を返し、席に座った。

 教室にはわたし、柊 刹那と夜風 桜しか居なかった。

 この女子、見た目は綺麗なのだが、いつも私の席の目の前に座るのだ。

 せっかくの雅な朝だというのに、これではもったいないのではなかろうか。

 不思議に思うたが、わたしは問わない。

 この女子は可愛い。女子は可愛ければ可愛い程、わたしは好きなのだ。

 わたしのような変人と居て楽しければ、それで良いのではないだろうか。

 わたしも楽しいし、この女子も楽しい。ほれ、見事ではないか。


「刹那さん、ところで、ゲームとか興味ある?」

「夏獲無? どのような修行なのだ、それは」

「やだなぁ、ゲームだよ。遊びのね。今はVVRMMOとか流行ってるじゃないですか」


 ふむ、とわたしはすこし首を傾げる。

 この高校とやらの入学式を終え、一か月経つが、未だわたしはこのクラス内で流行っているものを知らない。

 そうか、この夏獲無とやら、よほど面白いのであろう。


「申し訳ないが、知らぬ。良ければ教えてくれぬか」

「いいよー。ちょうど今日発売の品薄激レアゲーム、CWO……コンプリート・ワールド・オンラインっていうゲームがあってね、是非セツナさんと一緒にやりたいなーって思って……」

「ほう……。わたしでよければお相手するが」

「本当に!? ありがとう、刹那さん! それでねCWOっていうゲームはⅤVRって言ってね、あっ、VVRっていうのは、五感すべてをバーチャルで体感できるっていう意味の言葉です。ゲーム内で走ったりすれば風を感じるし、息が荒くなるし、動悸も早くなる。要するにお手軽に海外に旅行に行けるようなものなんですよ。

 バーチャル世界の再現度は、今進化し続けていて、フルダイブシステムが搭載されたのはもうかれこれ十年ほど前の話です。十年も経てば、ゲームは大きく進化するから当然ですねっ。

 草は本物より本物らしいし、空気感も本物と違いはないです。人の再現度だってゲームによって違いはありますが(アニメ絵だったり、現実と同じだったり)現実と同じものは本当に現実そっくりの顔になるということなんです。けど、キャラメイクというものも最近は可能になってきていて、本当に別人のようになることもできるんですよっ。」

「ほ、ほう。そうであったか、いやはや、桜殿は大変博識なのだな」


 あはは、と苦笑いする桜殿。

 いやはや、参った。これが夏獲無尾多九(げえむおたく)という奴なのか。

 桜殿がそんな女子だったとは――良いではないか。面白い。


「それでCWOっていうゲームなんですけど、このゲームはワールドがファンタジー要素をたっぷりと含んでいて、NPCや敵キャラはまさにAIとは思えないほどの感情と思考を持ってるんです! 武器や防具の生産は凝れば凝るほど報われ、スキルも多種多様、常時発動するパッシブスキル、既定のアクションをトリガーとするアクティブスキルは基本として、基本スキルからの派生も無限大にあるんですよ! ストーリーは各々のプレイヤーに役割があり、かぶることはないという……! 三日でもログインできなければアカウントは消失し、次の新参プレイヤーに役割を引き継がれるというシステム!…………ご、ごめんなさい熱くなっちゃってっ……!」

「う、うむ、別に気にする事は無い。好きな物ほど熱くなるというもの。内容は兎も角、桜殿の熱意は伝わったぞ」

「そうですか……そ、それで、一緒にプレイ……していただけます?」


 このような可愛げな女子に頼まれて、断る男子がいるだろうか。

 いや、いない。

 もし居たらわたしがこの手で引導を渡してくれよう。


「もちろんだとも、わたしもその夏獲無とやらに参加させていただこう」

「本当ですかっ!? やったー! わーい、わーい!! 機材はですね、すでに刹那さんの部屋に届くようになっているので、業者さんがセットしてくれます。刹那さんの自宅に待機している業者さんからやり方を教わってくださいっ!」

「な、なんと手際の良い……。自宅は鍵がかかってないのをどうして桜殿が……?」

「え、あ、それはですね――まぁ兎に角やってみてください。今日が初日ですからね、アカウントは私の方で用意してあります。フレンド登録ももう済ませてあるので、ログインしたら迎えに行きますので、少しの間だと思うのですが、待っていて頂けますかっ!?」


 あんまりにも早口で何を言っているのか不明であったが、いんしたら待っていれば良いというのだけは理解した。


「わ、分かり申した。待っている故、そう焦らずとも――」

「そ、それじゃあ三時に!!」


 そう言って、席を立った桜殿は御手洗の方向に向かって走って行ってしまった。

 なんとも、雅ではない光景であるな。

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