謎その1 なぜ子供たちは亀をいじめるのか

「でっかい屋敷だよなぁ……」


 寝泊まりした小屋を出てすぐのところに、その大邸宅だいていたくはあった。その大きさたるや、「ここが当時の王朝だ」と言われても「ほえー立派ですねー」と納得できそうな程で、一地域の名士が住むには広大すぎる造りだった。

 現代で言えば、お城の跡地を思い浮かべれば大体同じ規模だと思う。平屋だけれども、その敷地の広さは各地域の有力大名の居城と同じ程だ。


 女神によると、この邸宅が浦島太郎の本来の自宅らしい。しかし実際は、浦島の家臣や客人用の邸宅になっていて、浦島は俺の寝泊まりしたところで気ままに暮らしていたようだ。

 昨日巨大亀を食い止めていた祈祷師きとうしたちも、村の守りを固めるために浦島邸に住まわせているとか(この時代では陰陽師おんみょうじはまだ伝来していないらしく、ああいう神職しんしょくは祈祷師と呼ばれていたらしい)。


 女神は本来の浦島が知っていたことであれば、尋ねれば何でも教えてくれる。逆に言えば、それ以上のことは教えられないらしい。

 女神から浦島について様々なことを聴いたものの、想像を超える規模で理解が追い付かず、俺はこうして早起きして、浦島の暮らしぶりの周辺を散歩していた。


 ああ、女については、適当に帰しておいたぞ。

「昨日のお前は最高だったぞ」とか言ったら「浦島様、すごかったですわ、忘れられません」とか顔を赤らめてて、「長居して目立つと君のためにならない。また誘うから、今日はもうお帰り」とうながしたら、すんなりと帰った。


 いやこれ全部が女神の入れ知恵で、俺のアドリブじゃねーからな! 俺とて何人かの女と付き合ったことはあるが、一夜限りの火遊びなんぞ未経験に決まっとるわ!


「意外とここで戸惑う憑依者ひょういしゃが多いから、欠かさずアドバイスするようにしているの」とは女神談のこと。うん、普通の人とは交友関係が違うから無理もないよね。俺だって平静を装うのに、すげーヒヤヒヤしたわ!


 女神は「あなたは物わかりが良くて助かるわ」とも言っていた。どうにも俺が最初の憑依者ではなくて、何人も同じように送り込まれているらしい。

 浦島の世界は難易度が高いらしく、なかなかうまくいかないのだとか。昨晩の怪獣亀の場面で失敗する憑依者も多いらしい。

 この世界でゲームオーバーになっても、現代に戻るだけだから別にいいけどさ。憑依者が何人もいたってことは、この世界は今まで誰も大団円に辿り着けなかったわけだ。この先もたくさんの困難があるってことだろ。不安になってくるよな。


 さて、本来の浦島についての話に戻そう。

 浦島がこの大邸宅を建てるには、当然大金が必要だ。しかし、浦島にとっては金稼ぎなどお安い御用のようだ。浦島太郎は、この近海では知らぬ者のいない大海賊らしい。

 正確には海を荒らす奴をこらしめる義賊なんだが、怪物討伐、海の秘宝探索、他国船の撃墜など功績は数知れず、この近海の治安と経済は浦島が掌握しょうあくしていて、もはや英雄扱いだ。

 邸宅にはその成果の宝物殿もあるが、浦島は贅沢に興味がなく、女と食と事業拡大に多めに散財するくらいで堅実にやっているらしい。


 邸宅を散歩していても、家臣や侍女たちからの尊敬のこもった挨拶が絶えない。俺は空港に降り立った世界的俳優のように、笑顔で手を振り返して、ボロを出さないようにやり過ごしていた。


(さて、そろそろ時間かしら。浜辺に行くわよ)


「お、そろそろか」女神に促され、俺は散策を中断して浜辺に向かう。

 

(私が積極的に助言するのは、物語の起点となるここまでよ。あとは相談くらいには乗るけど、浦島の既存情報の開示以外は期待しないでね)


 女神の言う物語の起点。昔話『浦島太郎』の始まりは、『いじめられている亀を見かけること』である。

 あとの行動による分岐は、憑依者の自由意思に最大限任せるとのことである。とはいえ、そこで取った行動が昔話の新たな原典になるわけだから、俺のできる限りで納得いくように突き詰めたいものだなぁ。



 さて、女神の指示通りに浜辺のある場所に来てみると、やはり亀が2人の子どもにいじめられていた。

 子どもと同じくらいの大きさの、手足の長い海亀のようだ。甲羅の形は泳ぎやすいように平べったく、昨日の要塞のように盛り上がり頑丈そうな怪獣亀とは生態が違う。

 亀はられたり棒で突かれたりしていて、もちろん穏やかな様子ではない。


 でも、昨日の大怪獣さながらの光景を思い出すと、形は違えど亀というだけで恐れられて苛められても無理もないよなぁ。あんなの子どもが見たら夜も眠れないに決まってるわ。


「やい、亀め! お前のせいで祈祷師きとうしの父ちゃんは疲れ切って、今日寝込んでるんだぞ! この野郎め、えい!えい!!」


「父ちゃんの船をよくも壊してくれたな! お前なんてこうしてくれる! やあ!たあ!!」


 ほらね、言わんこっちゃない。子どもが恨むのも当たり前だ。あの亀にとっては、遠い親戚の蛮行ばんこうかもしれんが、亀全体が憎まれるのは自業自得だ。

 亀を助けるにも気が進まない。俺は腕組みをして様子を見ていた。


 そのとき、視界に赤い飛沫ひまつがチラついた。「えっ」と思って目をらすと、それはまさしく血飛沫ちしぶきであり、子どもの蹴りだしている足元から舞い散っていた。


 おいおいおい。血が出ても平気なくらい憎いってか。いやいや、親を殺されたわけでもあるまいし、そこまでやるのは可笑おかしいだろう。

 そう思ってよく見ると、どうにも子供たちの様子が変だ。 

 

 荒く息切れしながら、それでも手を止めない。怪我けがだってしている。「何だこれは」と目に力を込めると、その視界が暗く染まっていく。


 ――『呪詛看破じゅそかんぱ』。

 

 脳裏にその言葉がひらめき、浦島本来の特技が発動する。視界は白黒に反転する。そして際立つように赤い導線が、子どもたちから亀へと結ばれていた。


 ――暗示と洗脳がかけられている、とまされた感覚が訴える。

 至極しごく当然だ。硬い亀を生身で蹴れば、子どもの足は耐えられない。その自殺行為をするのは、狂っているか、操られているかの二択しかない。


 俺が何かしようと考える前に、思考は次の行動に向けて走っていた。その迷いなき指針は、この体本来の主の正義感の成せるものか。


 ――そこにまわしき呪いが在るならば、破壊せよ。


 体の奥底から命じられるままに動きをゆだねる。

 俺は目を閉じ、気を練り、場の霊圧を掌握し、右手を天に掲げ――


「――『破呪はじゅ』っ!」 


 振り降ろし、一手に空を切り寸断。

 すると子ども達は白目をき、操る糸が切れたかのように膝から崩れ落ちる。

 亀の呪いは無効化された。おっと怪我の治療も必要だよな。強さの情報は何度も見たし、浦島が回復が得意なことくらいは覚えている。


「『慈愛じあいの雨』」と唱えると、子ども達の周囲に光り輝く雨が降り注ぐ。亀も対象範囲に含まれてしまうが、まぁ仕方ない。


 雨が染み込むに連れて、子ども達が正気を取り戻して、「ここは……? 僕は一体……」と戸惑とまどいがちに周囲を見る。そして無表情の亀を見つけて、「ひいっ」とおびえだした。うん、この方が普通の子どもの反応だよな。


「亀に近づくのは危ない。早くおうちに帰りなさい。お父さんたちの手伝いをするんだよ」と語りかけると、子ども達は「うんっ! 浦島さん、ありがとう!」と元気に返事をして帰って行った。


 子ども達の平和な暮らしを取り戻せたことに、ささやかな喜びが込み上げてくる。実際に浦島って凄い力を持ってるんだよな。気ままに人助けして浦島太郎本来の生活をなぞっても気分良さそうだよな。


(助けてくれて、ありがとうございます)


 俺のしみじみとした感慨をぶち壊して、野太い声が脳内に直接語りかけてきた。

 思い当たる声の主は奴しかいない。目の前の洗脳海亀である。こいつをどうするかを考えていなかった。


 というか、もう亀全般が胡散うさん臭くて関わりたくない。元の世界に帰っても、テレビの通販CMでスッポン商品の宣伝が始まったら、それだけでチャンネルを切り替えそうなくらい亀の好感度がストップ安である。


 和風伝奇わふうでんきバトルみたいな展開が続いて、俺は疲れている。浦島太郎ってこんな魑魅魍魎ちみもうりょうに満ちた悪霊退散の世界だったのかよ! あー今度は妖術系の亀とバトルになるのかなぁ。

 回復は直感的に分かるが、『破魔はま』とか『退魔たいま』は何をどこまでできるのか、よく分からんぞ! この世界の状態異常対策とかまだ覚えとらん!


(このお礼は、いつか必ずさせてください)


 俺が返答しかねていると、亀は勝手に話を進め始めた。どうやら一旦帰るらしい。

 うん、今はどうするか考えてないし、時間を延ばせるならそれでいいだろう。適当に帰ってもらうことにして、ここはお開きとしたい。


 お前ら亀の存在自体が物騒ぶっそうで村人にとって「危ないから、もう浜辺に近づくんじゃないぞ。早くお帰り」と、心の非難を押し殺しつつ優しい声でお帰り願うと(はい、浦島さん。お元気で)と亀は返答して、海へと帰って行った。



 さて、浜辺を散歩しつつ作戦タイムといこうか。

 

「女神さん、あの亀また来ると思うけど、どうしようか」 


 昔話でも確か亀を一旦逃がしてやったらある日迎えに来て、竜宮城に誘われたんだっけか。

 しかし、亀がこうもまぎれもない怪物だったことが分かると、桃源郷とされる竜宮城に行くのも憂鬱ゆううつになってきた。なにか蟻地獄ありじごくめいた罠にしか思えなくなってくる。


(これからの行動については助言できないわ。頑張って考えなさい)


 女神さんは(規則だから話せないわ)モードに入っている。俺一人で考えるしかないのか。とはいえ、もう少し情報がほしいなぁ。

 ……ん、待てよ。元の浦島の話ならばいいんだよな。だったら、この聴き方ならどうだろうか。

 

「なあ、昔話の『浦島太郎』の話は俺も分かる。じゃあ、史実の浦島はいじめられた亀を助けるとき、どうしたんだ?」 


 女神に問いかけると、少し間があった。話せるかどうかを考えているのだろうか。


(元の浦島は、ほぼあなたと同じ行動を取ったわ。一目見ただけで『呪詛看破』を発動して、即座に『破呪』して、子ども達を解放したわ)


 おお、この質問は有効なんだな! 偉人の先例が1つ聴けるだけでも有り難い!


「それから?」


(子ども達に手を出されて、浦島は激しい怒りに打ち震えたわ。そして、亀を踏みつけつつ、魔槍まそうメメント・モリを突き付けて、何を企んでいるのかを尋問じんもんしようとしたわ)


 うわー、苛烈かれつな正義漢の浦島らしい行動だなー。そうか、俺と違って、村人たちに思い入れが強かったんだよな。

 亀をおどすなんて一幕は、そりゃあ昔話では割愛かつあいされるわな。


(でも亀は状態異常系の妖術ようじゅつを全開で発動して、緊急退避したの。浦島は不意を突かれて見失って追いかけることができず、以後浜辺の警戒を強化するようになったわ)


 そうか、今のところ史実と大筋は変わっていないのか。


「そこまで怪しんでいて、元の浦島はどうして竜宮城に行ったんだ?」


(敵の本拠地を叩くために、敢えて誘いに乗ったみたいね。自分が行かなければ、また亀の襲撃があるだろうとも勘繰かんぐっていたみたいね)


 うーん、既に亀の一味に目を付けられた以上、逃げることはできないってわけか。浦島の推測は恐らく正しいんだろうな。昨日と今日の亀が無関係とは考えにくい。

 何らかの戦略的な意図があって、亀をけしかけてきているんだろう。


「亀は竜宮城に浦島を連れて行く。竜宮城の主は乙姫。つまり、亀は乙姫の指示で動いていた……と浦島は突き止めたのか?」


 本来の浦島という便利な結びの言葉を添えて、女神から聞き出す。


(浦島はその繋がりを見い出せなかったわ。これ以上の亀の正体について、浦島は知り得なかった。ここからは、あなたが突き止めるしかないのよ)


 うーむ、これ以上は聞き出せないか。


 亀の元締めを叩かない限りその襲撃が続くのなら、いずれジリひんになる。竜宮城には恐らく行かざるを得ないだろう。

 とはいえ、現状の浦島のまま竜宮城に行ってしまうと、余程機転を働かせない限り、老人エンドにしかならないよな。元々の百戦錬磨ひゃくせんれんまの浦島ですら、亀や乙姫の真相をつかめなかったようだしな。


 できる限り準備をする必要があるか。


「『能力値』」


[ 浦島 太郎 ]


<能力値>

段位:87


体力:303

魔力:369


攻撃:261

守備:266

敏捷びんしょう:343


<技能>

天空乃諒解者てんくうのりょうかいしゃ:100

深海乃制覇者しんかいのせいはしゃ:100

神魔両断乃槍しんまりょうだんのやり:100

海神寵愛秘蹟かいじんちょうあいひせき:100

破魔退魔心得はまたいまこころえ:60


<秘奥義>

鸞翔鳳集雷轟海嘯今の俺には読めない


<奥義>

魔槍招来まそうしょうらい ― 迅雷突き ― 水流貫き


<特技>

潜水 ― 海中探知 ― 水流掌握 

癒しの滴 ― 慈愛の雨 ― 再生の霧

呪詛看破 ― 破呪 ― 退魔結界


 鍛える余地があるのは、『破魔退魔心得』ってことになりそうだな。 

 

「女神さん、この地域で一番の祈祷師きとうしの所に案内してくれ」


 いつか来るべき亀の誘いに備えて、俺は修行を開始することとした。


 

<おさらい> 

謎その1 なぜ子供たちは亀をいじめるのか


その真相 亀の洗脳で恨みが増幅ぞうふくされ、けしかけられていたから。

     しかし亀は正体不明。

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