浦島太郎に転生したから謎を解明してみるわ

村瀬カヲル

はじめに なぜ『浦島太郎』が狙われたのか

 目を覚ますと、草木をらしたような香りが立ち込めていた。

 虫と鳥の声がすずやかに響くが、掛け声のようなざわめきも聞こえる。


 天井からは月明かりがれている。目は闇に慣れていて、明かりがなくても辺りを見渡せる。


 ……ここはどこだ。夢にしては感覚が鮮明だ。

 

 今日もいつも通りに仕事を終わって、アパートに帰り、夕飯を済ませ、小説投稿サイトをだらだら見て、寝床についたはずだ。


 この固い煎餅せんべい布団はなんだ。竹造りのような屋根はなんだ。

 起き上がって見れば、古い小屋のようだ。遺跡見学で見たような簡素な造り。そしてかたわらに目をやると、――女が裸で寝ていた。


「―――っ!」


 おい、なんだよこれ! と思わず出そうになった声を抑える。

 日に焼けた肌と、豊満な体つき。実に健康的で、情欲をそそる。

 

 まさかと自分の体を見やれば、自分も裸だった。しかも水泳のオリンピック選手のように超ムキムキだった。


 いやいや、どういうことなのこれ。

 古代日本か、ここ。

 しかも、この体は俺じゃないよね。

 ええー、まさかこれって今ネット小説界隈で流行いまはやりの……。


(――憑依ひょういは成功したようね)


 脳に響く女性の気品ある声。

 これってやっぱり女神様!?

 

(ええ、私は女神よ。ごきげんよう)


 ぬおお! 唐突に異世界に主人公を飛ばして、説明口調で『この世界を救って下さい』とか案内するあの女神か! つまり、俺は異世界転生したってことか!? 

 

(分かりやすく言えばその通りで、これは異世界転生よ。厳密にはあなたは死んでないし、意識を一時的に乗り移らせているだけだから、他人への憑依ってことにはなるけど)


 うわー、さらっと思考を読み取られてる!

 で、俺が乗り移ったこの超マッチョって誰よ!


(それは――)


「浦島さん、お休みのところすいません! 大変です!!」


 バッと小屋の間仕切り布みたいなのを開けて、漁師Aといった感じの若者が飛び込んできた。


 ……つまり、俺は浦島太郎ってことか。

 

 なんか頼られてるようだし、返事しないとな。

 んん、のどれているみたいで、うまく声が出せないぞ。


「――ああ゛、どうしたんだ?」


 うわあ、腹に力入れて声出したら、ヤクザの親分みたいにドスのいた低い声で響いちゃってるよ!

 ていうか、そうしないと、声が出ないんだけど! この体、酒飲んで叫びすぎだろ! 女ともお楽しみだったようだし、浦島ってそんなただれた奴だったのか!


「それが、化け亀が空から襲ってきて!」


「ああ゛ん!!?」


 この男……、何を言っているんだ……?

 確かに外からは人の叫ぶ声が、ちらほら聞こえているが……。

 

(ああ、このタイミングに憑依ひょういしたのね。なら説明は後よ、外に駆けつけなさい)


 お、おう。

 じゃあ裸も難だから、ぶら下げてある適当な布を身に付けて行くとするか。


 間仕切りをめくると、眼前に砂浜と海が広がった。しおの香が鼻先にこみ上げて来る。空を見やれば、数えきれない程の星が満天に輝く。なるほど遠い地に来たんだな、という感慨がいた。


「浦島さん、あれです!」


 男の指すままに、振り向いて見上げる。

 

 ――隕石いんせき、なのか。


 巨大な岩石と大きな結界がぶつかり合っている。燃えながら飛来する巨石は、そのままぶつかれば一軒家くらい簡単に壊せそうだ。それを白装束の陰陽師おんみょうじのような人たちが結界を張って、必死に食い止めている。

 迫り来る衝撃と、それを阻む光の壁。火花が散り、力はやっとで拮抗きっこうしている。どうにも勢いを止めるのが限界らしい。 

 

 広がる光景が非現実的で、まばたきをしては目をらす。

 あの岩石、――亀なのか。穴から火をいているが、よく見れば甲羅こうらで確かに亀だ。岩盤のように盛り上がった甲羅が回転している。


「村に迫る前になんとか結界の布陣は間に合いましたが、我々では食い止めるだけで限界です。だから浦島さん! あとは浦島さんにやってもらうしかないんです!」 


 や、やるって言ったって……。確かにこの身体はムキムキだけど、あんな怪獣を倒すなら、それこそ巨大化でもしないと無理だろ。俺にどうしろって言うんだ。


(浦島にはあの化け亀を倒す力があるわ。憑依者ひょういしゃ向けに見れるようにしてあるわ。表示してみなさい)


 ま、まさか異世界のお約束のあのコマンドが使えるというのか。そうだよな。異世界で急に他人に成っても、自分のことさえ把握できなければどうしようもない。

 打って付けの救済処置だ。よし、唱えてみようじゃないか。


「ス、ステータス!」


 ……………。

 

 ………。

 

 …。


 あれ、何も起こらないぞ。


「浦島さん? 何を言ってるんすか? すていたす?」


 おい、女神さん、どういうことだよ!

 

(外来語で唱えても、駄目よ。『八百万乃御力やおよろずのみちから』は呼応しないわ。この世界の精霊に適した言葉で命じないといけないのよ)


 やおよろ……? つまり、どうすればいいんだよ。

 

(あなたにとって分かりやすく言えば、「日本語でおk話せ」ってことよ)


 ステータスを日本語で言えってことか、なら……。 


「『強さ』?」


 その言葉を唱えると、意識に情報が駆け巡った。思考が書き換えられるようにして、やがて整然とこの身体に宿やどる力を言語化し出す。



[ 浦島 太郎 ]


<能力値>

段位:87


体力:303

魔力:369


攻撃:261

守備:266

敏捷:343


<技能>

天空乃諒解者:100

深海乃制覇者:100

神魔両断乃槍:100

海神寵愛秘蹟:100

破魔退魔心得:60


<秘奥義>

鸞翔鳳集雷轟海嘯


<奥義>

魔槍招来 ― 迅雷突き ― 水流貫き


<特技>

潜水 ― 海中探知 ― 水流掌握 

癒しの滴 ― 慈愛の雨 ― 再生の霧

呪詛看破 ― 破呪 ― 退魔結界


 

 おお、すっげえ和風に項目が並んでるな、これ。

 ていうか、技能のあたりから言葉が難しくてよく分からねーぞ。浦島がとんでもない力を持ってるのは分かったが、そもそも読めない漢字もちらほらあるな……。


(さあ、奥義を使えば、あの亀くらいすぐ倒せるわ)


 奥義……。確かになんかすごそうな技が書いてあるな。

 秘奥義とか超強そう。いやでも難しすぎて読めねーよ! 浦島って博学すぎないか! あー手当たり次第、使えそうなやつを唱えてみるしかないか。


「『魔槍招来まそうしょうらい』!」


 唱えると、――すさまじい勢いで空からやりが降ってきて、目の前に突き刺さった。槍っていうか、三つ又だから、もりだな。浦島太郎の武器だし、銛っていうのは分かる。

 だが、なんでこんなに禍々まがまがしいんだ? 持ち手部分は紫で刺々とげとげしくて、刃は黒。なんか『デモンズスピア』とでも名乗りそうなおっかないデザインだな。


「おお、あれが浦島さまの業物わざもの、『魔槍 煤瞑徒めめんともり』。いつ見ても怪しくも美しき銛かな……」


 メメント・モリって思い切り外来語じゃねーかよ! 浦島はこれどっから入手したんだよ!

 

(それは浦島が死の淵で、冥王めいおうプルートーとの知恵比べに勝ったことでたまわった最強の槍よ。さあ手に取れば、そのすごさが分かるわ)


 ……ツッコミが追いつかん。


 とにかく亀を倒すには使えそうだ。銛に手をたずさえる。すると、あア、意識が吸イ込まれルヨウニエル。


――此処こなたに滅するべき強き魂はあるか。嗚呼、生命力に満ちた化け亀がる。竜の気を感じる。素晴らしき獲物えもの。あの甲羅、引き裂き甲斐がいが在るな。さあ、構えよ、下郎げろう。我を投擲とうてきせよ。


――呵呵かか、浦島よ。今日はやけに素直ではないか。そうだ、そのまま砲台のように足を構え、むちのように腕をしならせ、そして高らかに奥義を詠唱せよ。


「『迅雷じんらいき』っ!!」


 お、おお、もりを手放したら意識が普通になった。くそっ、あの銛、呪われてやがる! 俺の身体を乗っ取ろうとしやがるじゃねーか! おかげで凄い技出せたけど、二度と使いたくねー!


 だが、あのモリの戦闘のかんは大したものらしい。陸上競技の槍投げさながらに放たれた槍はもの凄い勢いで真っ直ぐに化け亀へ向かっていく。その軌道は青い雷を帯び、さながら電磁砲のようだ。

 狙いは正確。間も無く直撃し、強固な亀を難なく貫通。メメント・モリはそのまま虚空こくうへとかえって行く。

 

 巨大亀は砂浜に落ち、地鳴りを伴うすさまじい音が響き渡る。亀は陥落かんらくして、そのまま炎上する。周りに燃えるものがない砂浜で良かった。


「「「うおおおおおおお!!!」」」


 食い止めていた神官姿の者たちや、騒ぎを聞きつけた村民たちが、みんな歓声を上げた。そして、こちらを見て「「さすが浦島さんだー!!」」と両手を振る。


 わけが分からない状況だけど、その視線は気持ち良かった。

 浦島はこの村の皆と一緒に暮らして、一緒に村を守り、こうして功績を上げて頼られていたんだろう。誰かに全力で感謝されるのは良い気分だった。


 俺は手を振り返して、そしてさらに大きな歓声が返ってくるのを嬉しく思った。人と人とが強く繋がっているのを、なんとなく感じた。


「さすが浦島さんです!」と横に居た漁師Aが駆け寄ってくるので、適当に相槌あいづちを打つ。だが、自分の置かれている境遇も分からないままで、村人たちと接するのも難しい。


「寝起きで技を放って、ちょっと疲れた。盛り上がるのは分かるが、休ませてくれ。討伐に協力してくれた人たちにはお礼を言っておいてくれ」と、漁師Aとの会話を切り上げる。


「はいっ! おやすみなさい! お疲れ様でした!」と元気な返事を得たところで、俺は元々居た小屋に戻ることとした。


 女が裸で隣に寝ているのは落ち着かないが、今は一人になって状況を整理したかった。あのまま村を歩いてたら、いつまで経っても、誰かしらに絡まれそうだしな。


 それで女神さん、どういう状況の転生なんだか、説明してくれないか?

 

(そうね。説明する暇もなくて、唐突でごめんなさい。

 もう分かっている通り、あなたは『浦島太郎』に一時的に乗り移っているの。あくまで一時的だから、結末が固定されたのなら、元の世界に戻れるわ)


 わざわざ『浦島太郎』に乗り移るのも意味が分からないし、『結末の固定』とかいうのもよく分からないが、何のために憑依ひょういさせているんだ?


(それは、それが私の仕事だからよ。

 私の所属は"天啓てんけい"省―"物語"部―"昔話"課になるわ)


なんか女神さんの職場も官公庁みたいに組織化されてるんだな。


(私は昔話の中で不満の声が多い物語の改変を担当しているの。『浦島太郎』の物語は納得がいかないという声が多かったから、こうして調査しているの)


 調査っていうのは、俺みたいな奴の意識を送り込むことか?

 

(そうね。一般人を無作為に選んで追体験をさせて、より納得の行く結末が導けないかを探るのよ。そして良い成果が得られたら、編集を行っている側にその通りの『天啓』、つまり『新発想の思い付き』を与えて、物語の改変を促すという流れなの)


 そんなことが行われていたのか……。

 

(ええ、例えば『桃太郎』なんかも、最近だと調査が進んで、鬼との武力解決ではなく話し合いによる解決になってるわ。あれも私たちによる成果よ)


 なるほどなぁ。じゃあ『浦島太郎』も納得行く形に仕上げていくわけか。たしか「いじめられている亀を助けて、お礼にと竜宮城に連れられ、乙姫おとひめたちに歓迎されるけど、帰ろうとしたら開けるなと言われつつ玉手箱を渡されて、故郷に帰ると数百年経過していて知り合いも居なくて、どうしようもなく玉手箱を開けるとおじいさんになる」って話だったか。


 ……確かにツッコミどころ多いよな。特に結末が酷い。亀を助ける良いことをしたのに、最後は爺さんになる結末って理不尽だよな。乙姫も思わせぶりに玉手箱渡すけど、あれは何がしたかったんだかよく分からないよなぁ。


(そういう声が多いの。だから、あなたが良い結末を見せてくれることを願っているわ)


 そうか。まぁ浦島がこれだけ『俺TUEEEがズルいくらい最強』なら、どうにか面白い物語になるだろ。できるだけ、やってみるわ。


(ええ、ありがとう。それじゃあ、まずこの世界について――)


 そして、俺はこの世界について聞かされた。

 まず、この世界は史実らしい。日本の過去には、さっきの巨大怪獣みたいな亀も、俺が行使こうしした八百万乃御力やおよろずのみちからとかいう魔法っぽい精霊パワーも実在していたらしい。信仰の変化や武家の台頭でそれらの力がおとろえたとか、そんな話をしていた。


 ただ、そんな伝奇でんきめいたことを書いても信じてもらえないから、昔話では省かれているらしい。

 その他、浦島の豪胆ごうたんで女遊びが好きな部分もまるごとカットされているとか。この女も一夜の関係だそうで、沢山そういう女がいるらしい。このリア充めが!


 そんなこんなで、俺は『浦島太郎』として、しばらく過ごすことになった。

 実際の物語の世界で納得行くまで好き勝手できるらしい。俺は日々小説投稿サイトに出入りしているのだから、物語の改変と来たら血が騒ぐ。俄然がぜん興味が湧いてきている。


 なんとか納得のいく物語にしてみせるから、お前ら見ておけよ!

 



<おさらい> 

はじめに なぜ『浦島太郎』が狙われたのか


その真相 納得のいかない物語だから


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る