─ 8

 それから毎日、結歌は再生数をチェックしたが、まったく再生数が伸びない。

「どうしてだと思う?」

 スマフォを片手に、鈴木を見あげる。

 結歌の視線に、ちょっととまどいながら、スマフォを覗きこむ。

「視聴者は、今のところ、俺の曲に張られたタグから来ている人だけって感じだな」

「こういうのって、やっぱり、自然に伸びるのを待つしかないのかなあ。ヒット動画って、そもそも、どうやって再生数を伸ばしてるの? 教えて、猫年P様」

「その呼び方はやめろ」

「なぜ?」

「様、なんて呼ばれるほど、実績も実力も無い」

「では、猫年P。どうしたら良い?」

「コミュニティに登録してみたら?」

「コミュニティ? なにそれ」

「スマイル動画には、動画の趣味趣向に応じて、有志がそれぞれコミュニティを作ってる。ボカロだけでも、発売されているボカロの数だけある。MMD用のコミュニティだってある。まず、そこに登録する。不定期に、そこのコミュニティが生放送をする。そこで、自分の動画を再生してくれるよう、お願いする」

「ほほう」

「ボカロ好きなら、そういったコミュニティの生放送は、頻繁にチェックするはずだ。その中で光った曲が、再生数を伸ばす。すると、ボカロランキングかなにかにランクインする。広告が付いて、露出度が増し、再生数を伸ばすかも知れない。後は、その動画が、いかに広く知れ渡るか? だな」

「猫年もそうやったの?」

「そうやったの? って言われると、人聞きが悪いけど、最初は、初音ミクのコミュニティに登録した。その後、週間ボカロランキングにランクインしたかな」

「そっかあ」

「完結にまとめれば、関係ありそうなコミュニティに、かたっぱしから参加しちゃえばいいんだよ」

「OK! わかりましたマスター!」

 という訳で、結歌は、MMD、ボカロ、初音ミク、鏡音リン・レン、巡音ルカ、KAITO、MEIKO、GUMIと、自分の好きなコミュニティに、かたっぱしから参加表明し、生放送あれば、勇んで再生を呼びかけた。そのかいあってか、再生数もじりじりと伸び始めた。



 パソコン実習室、A─1席に集まったボカロ部のメンバーと、鈴木が、結歌に視線を集めた。

「ボカロ部の諸君!」

「ちょっとまった」

「なんでしょう。猫年P」

「なんで俺まで、招集されてるの?」

「あなたは今日から、パソコン研究部付けボカロ部部員となった」

「なんだそれ。聞いてないぞ」

「案ずるな。カイト先生の許可は取ってある」

「俺の承諾は?」

「後ろのみなさんも、認めていらっしゃる」

 他のパソコン研究部のメンバーが、いっせいに、拍手する。

「なんか俺、悲しくなってきた」

「悲しむ必要など無いぞ、猫年P。ボカロ部のPV効果もあってか、お互いの再生数は伸びている」

「だな。『ドッグ・ラバー』も、八万再生突破で、殿堂入りが見えてきたし、このあいだの週間ボカロランキングでは、三十位以内に返り咲いた」

「かくいう我らボカロ部制作のPVも、週間MMDランキングで、三十位以内に入った」

 美琴、鈴、笛子の三人が、いっせいに拍手する。

 それをぱっと止める。

「あたしは、さらにこの動画、そして初音ミク、ボカロ、MMDを、もっと多くの人に見てもらいたい。そこでここに、体育館ハイジャック・ゲリラライブの開催を提案する!」

 美琴が冷静に返す。

「突っこみどころが多すぎて、どこから突っこんでいいのかわからんけど、まず、これから言わせて。体育館をハイジャックって、体育館は飛行機じゃないでしょ」

「チッチッチィ!」

 したり顔で、人差し指を振る。

「ハイジャックという言葉は、そもそも、車を乗っ取る犯人が、ヒッチハイクを装って、車を”Hi! Jack”と声をかけて止めたのが語源。詳しくはhijackでググれ。日本では、hiの発音が飛行機をイメージさせたから、そのまま飛行機乗っ取り=ハイジャックと使われているけど、車を乗っ取ろうとも、船を乗っ取ろうとも、ハイジャックで間違えじゃない。要するに、和製英語化してしまったのよ」

「ふーん、そうなんだ」

「で、話を戻すが…」

「ちょっとまて、続きを突っこませろ」

「なによこの子は。そんなに突っこんで欲しいの? 女の子がはしたない」

「下ネタでちゃかすな!」

「美琴は下ネタNGか。これは失礼」

 すっと、笛子が手をあげる。

「はい。笛子先輩」

「私は、おk」

「笛子先輩とは、美味しいジュースが飲めそうです」

「で、ゲリラライブってなに?」

 コホンと一回、咳払いをして、結歌は話を続ける。

「体育館で、初音ミクのライブを開く!」

「え?」

「毎年、初音ミクのライブが開催されているのは、周知だろう。それを、学校の体育館でやりたい!」

「ちょ、ちょっとまって。初音ミクライブを、体育館で再現するっていうこと?」

「だいたい、あってる」

 頭を抱える美琴に対し、パチパチと拍手を贈る鈴と笛子。

「そんなの、無理に決まってるじゃない」

「やってみなきゃわからない」

「機材はどうするの? 投影するスクリーンとか、プロジェクターとか、音響とか」

「あてはある」

「あて? なにそれ? 第一、そんな理由で、学校が体育館を貸してくれるわけ、ないじゃない」

「だがらこそのゲリラだ」

「そんなことしたら、どんな罰が科されるか、わかってるの?」

「だいじょうぶだ、問題ない」

「問題、大ありよ。仮にライブが開けたとして、お客さんが入らなきゃ意味ないじゃない。どうやってお客さんを呼ぶの?」

「美琴よ、案ずるな。全てにおいて、策はある」

 結歌は、ニヤリとほくそ笑んだ。



 結歌を中心として、パソコン研究部を含めたメンバーが、A─1席のパソコンをとりかこんで覗きこむ。

 パソコンには学校の体育館の図面が写しだされている。舞台にライブ装置の配置、コートには、当時、活動中の室内部活動の配置図。結歌が、その図を元に、作戦の詳細を、各人に伝える。

 音楽室。ドアに手書きで『軽音楽部』の張り紙がされている。

 ギター、ベース、ドラム、キーボードなど、部員がそれぞれの楽器を持って練習している。そこに突然、おじゃまする美琴。体育館の図面を見せ、熱弁をふるう。最初は怪訝な顔つきだったメンバーが、徐々にほどけて、おもしろそうな顔をする。

 視聴覚室。ドアに手書きで『映画研究部』の張り紙がされている。

 スクリーンにプロジェクターで映画を上映している。出演者はみな、部員だ。自主制作映画の試写中かも知れない。そこに突然、おじゃまする鈴とパソコン研究部の一員。体育館の図面を見せ、熱弁をふるう。最初は怪訝な顔つきだったメンバーが、徐々にほどけて、おもしろそうな顔をする。

 体育館。舞台で劇の練習をしているのは、演劇部の部員たち。そこに突然、おじゃまする笛子と鈴木。体育館の図面を見せ、熱弁をふるう。最初は怪訝な顔つきだったメンバーが、徐々にほどけて、おもしろそうな顔をする。

 同じ時、体育館のコートでは、バスケット部、バレーボール部、卓球部などの、屋内スポーツのメンバーが、狭いコート内を割り振って練習している。みんな、注目! と、ばかりに練習を無理矢理、中断させてみんなを集め、ライブの趣旨を説明する結歌。疲れた汗が、一気に吹き飛ぶような笑顔で、みんながOKのサインを出した。

 その頃、パソコン実習室では、パソコン研究部員たちによって、ライブの宣伝が、学校外部の掲示板によって開始された。パソコンを、無断で無線LANに繋ぎ、インターネットに接続する。USB無線LAN端末だから、事が済んだら外してしまえば、証拠は残らない。


256.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 16:03

 六月○日(水)午後六時から、体育館で初音ミクのライブが開かれるらしい

257.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 16:15

 学校が許すわけないだろ、そんなの

258.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 16:17

 やるらしいよ。知り合いの軽音部員から聞いた

259.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 16:21

 俺も聞いた。知り合いのバスケ部員から

260.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 16:28

 バスケかんけーねーだろうw

261.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 16:36

 無断でやったら退学。やるわけない

262.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 16:40

 やるんなら見に行こうかな

263.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 16:45

 やるわけ無いって

264.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 16:58

 やるって言ってる奴はなに? ステマ?

265.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 17:03

 ステマ乙

266.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 17:10

 ボカロ部が、体育館で、退学も辞さない、とんでもない事をしでかすらしい

267.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 17:18

 マジか? そりゃ結歌ちゃん応援しないと

268.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 17:27

 結歌ちゃん、可愛いからな

269.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 17:38

 結歌は俺の嫁

270.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 17:49

 結歌なら、今、俺の隣で寝てるよ

271.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 17:52

 それは幻だ

272.名無しさん@NS高校 20xx/06/07 17:58

 六月○日(水)午後六時から、体育館で初音ミクのライブか。待ち遠しいな


 この噂は、Lineに飛び火する。


@N氏{体育館で初音ミクのライブやるらしい}18:25

{聞いたけどホントかね}@M氏 18:32

{オレ関係者だし}@O氏 18:40

@N氏{関係者発言ktkr}18:48

{突発ライブやるから見に来てって一年生のちびっ子が言ってた}@O氏 18:56

@N氏{それ関係者発言じゃないしw}19:00

{目的はなんだ?}@M氏 19:08

@N氏{学校敵に回してまでやる意味がわからん}19:14

{部活動らしい}@O氏 19:20

{なんの部活だよw}@M氏 19:25

{ボカロを広く知ってもらう?みたいな}@O氏 19:29

@N氏{ずいぶんと立派な理由だな}19:34

{どーでもいいけど内部情報を外に出しちゃやばくね?}@M氏 19:40

{だな}@O氏 19:43

{学校に知られても俺ら困らないけどw}@M氏 19:49

@N氏{別に犯罪予告じゃないんだから問題ないんじゃね}19:55

{見に行ってみるか}@M氏 20:01

@N氏{意外と前向きな発言ktkr}20:07

{ネタになりそうだしw}@M氏 20:14

{見るだけなら処分されないだろう}@O氏 20:18

@N氏{俺も行ってみようかな}20:22

{ホントは最初から行きたかったんだろ}@M氏 20:27

{素直になれよ}@O氏 20:30

@N氏{おk行くわ}20:33


 こうして、運命の六月○日(水)がやってくる。



 放課後。

 生徒たちは、普段と変わりなく、部活動がある者は部活へ、当直は当直の仕事へ、特に用の無い者は、教室や廊下、校庭など、そこかしこで友人と話しこみ、校門を後に家路を急ぐ者、バイトへ向かう者などがいる。

 校庭では、サッカー部や野球部が活動を始め、体育館では、バスケット部やバレーボール部が活動を始める。普段とちょっと違うのは、体育館の舞台を仕切って、軽音楽部と演劇部が一緒に活動しているぐらいだ。

 その様子を見ていた各部活動の顧問は、特に何か気にとめることもなかった。軽音楽部からは、近々、高校生を集めたライブが開催されるというので、音楽室より、ライブ感のある体育館の舞台使用申請書が提出されていた。演劇部も同様に、近々、施設で慰安演劇を開催するにあたり、ライブ感のある体育館の舞台を使用したい旨、申請書は提出されていた。体育館がいつもよりにぎやかなのは、そのせいだと、ほとんどの先生は思った。

 各部活動の顧問は、それぞれが監督する部活動が、普段どおりの活動を始めたところを見届け、職員室へひきあげていった。

 職員室に集まる先生たちを、廊下の影から見て、結歌は言った。

「計画どおり」

 踵を返すと、結歌は体育館へ向かう。時刻は十七時三十分を回った。

 体育館のドアを開け、結歌が入ると、その場の全員が、結歌を注視した。結歌は両腕を上げ、大きな○を作った。

 それを合図に、演劇部の部員が、体育館の窓の暗幕を閉めて回り、映画研究部のメンバーが、舞台上にスクリーンを張り、舞台の前に大きなプロジェクターが置かれる。プロジェクターにはパソコンがつなげられ、音声ケーブルは、体育館の音響装置につなげられる。鈴と鈴木、映画研究部のメンバーがセットアップ作業にかかる。パソコンのテスト画面がスクリーンに投影され、プロジェクターの位置やピントの微調整をおこなう。

 軽音楽部のメンバーがスクリーンの左右にポジションをセットし、コートで練習をしていた運動部員たちは、練習を止め、各々がバッグから、サイリウムを取りだす。

 体育館には、ネットやLineで、今回の事を知った生徒たちが、刻々と集まりだし、徐々に中を人で埋めていった。

 舞台袖から、館内を見渡す結歌、美琴、笛子の三人。

「おお、集まってきたねぇ」

「ホント。まさかここまで集まるとは思わなかったわ」

「結歌の企画力に脱帽」

「毎週水曜日、午後五時三十分から職員会議があるのはわかってたからね。軽音楽部や、演劇部には、事前に体育館で練習する承諾を得てるから、ちょっとぐらい大きな音、出しでも怪しまれない。運動部のみんなも、練習サボって、ライブが見られると聞いて、ふたつ返事でOKしてくれたよ」

「企画力というより、根回し上手って感じ」

「根回し力を含めての、企画力だよ」

「ライブは、他のMMDの上映を含めても、三十分程度。先生が異常に気がついて、様子を見に来たとしても、その頃には終わっているから、怪しまれることはあっても、裁かれることはない」

「そう願いたいわね」

 結歌がチラッとスマフォを見る。時刻は十七時五十分だ。

「そろそろかな。笛子先輩、ビデオと三脚は持ってきてますよね」

「もちろん。このとおり」

「じゃあ、手はずどおりよろしくお願いします」

「おk」

 笛子は、体育館のデッキを通って、一番後ろへ行くと、三脚を立て、カメラを構える。ライブ会場、全体を撮影するためだ。

 結歌は、舞台袖から床へ飛び降りて、投影準備中の鈴の元に駆けよる。

「準備はどう?」

「ぶっつけ本番だから、ちょっと苦労してる。投影方法は映画研究部の人たちが手伝ってくれて、順調だけど、音の調整がまだ」

「じゃあ、ミクの曲、なんでもいいから掛けて」

 再び、舞台袖から階段を上がって、音響室に入る。

「どう?」

 演劇部のメンバーが、音響の調整を行っている。

「やっぱり、ぶっつけ本番は無理。一回、音出してみないと」

「わかった」

 結歌は、音響室の小窓から顔を出し、鈴に手を振った。鈴はそれに応えて、初音ミクの曲を流す。演劇部はその音を体育館のスピーカーに出す。

「音量は?」

「5・1チャンネルサラウンドのMAXで」

「それは無理。この体育館、スピーカーそんなに無いし。音量も最大じゃ、さすがに近所迷惑」

「じゃあ、適度にライブ感のある程度で」

「それと、軽音楽部の楽器の音が拾えてるか試したいんだけど」

「わかった」

 再度、舞台袖の階段を駆け下り、舞台に行って、軽音楽部の人に事情を説明する。スマフォで音響の人と連絡をとりながら、結歌の合図で、ひとりひとり、音を出してもらい、音量の調整を行う。

 セッティング中の結歌の元に、美琴が駆けよる。

「もう、開演時刻になっちゃったよ」

「慌てなさんな。どこだってライブの開演は、遅れるもんだ」

 気がつけば、体育館は人で埋めつくされていた。この学校以外からも人が来ているようで、見慣れない制服が、ちらほら見られる。また、小学生から中学生ぐらいの子も、来ているようだ。

「よし! いけるかな?」

 鈴が投影場所から○を作る。体育館の一番後ろのデッキから、笛子が○を作る。音響室からは「OK」の返事が。軽音楽部の人たちも、親指を立てた。

「よし、始めよう!」

 体育館の明かりが落とされると、館内は一気に暗くなる。次々と、サイリウムが灯る。会場内の人たちが、怒号にも似た声を上げ、口笛が響き渡る。体育館、全てのドアが閉じられる。

 開演だ。



 バラード調の前奏が流れる。


  あなたに会えた 偶然 必然

見つめる瞳 気がついて

大きな背 抱きしめて 心の音を聴かせたい

気がついて あたしの想い


 アップテンポに転調すると、一気に会場が盛りあがる。

 初音ミクでも定番の曲。有名なボカロPが作詞、作曲をし、いくつかのPVがMMDによって創られている。再生数はスマイル動画でミリオン越え。つかみは定番で。選曲に間違いは無かったようだが、肝心の投影画像はどうだろう。

 結歌は身をかがめて、投影場所に行く。鈴が投影された映像と、パソコンの映像を見くらべ、調整している。鈴の足をつかんで、首尾を手振りで訊く。結歌に気がついた鈴は、舞台を観てみろと、指さした。

 振り向けば、そこで初音ミクが踊っていた。



 職員会議は、紛糾しない。

 よっぽど、火急な議題でも無い限り、世間一般の企業における会議と、あまり変わらない。火急な議題とは、いわゆるマスコミにとりあげられると困るような、世間好きのする物だ。幸いなことに、いじめや事件性の高い問題は、特に無い。かといって、皆無ではない。そこは、他の学校と大差ないだろう。会議は概ね、各学年ごとの事後報告と、今後、行うべき行事の打ち合わせで終始する。

 淡々と進む職員会議へ、否応なしに轟いてくる、体育館からの歓声。顧問の先生は、さぞ居心地が悪かっただろう。内心、もっと静かにしろと念じていた。こういう場所での悪い予感は、だいたい的中する。

「なんか、体育館のほうが、にぎやかなようだが?」

 校長が口火を切る。

 軽音楽部の顧問が、軽い調子で返す。

「うちの部が、ライブが近いので、練習させてくれと、届けが出ています」

「練習にしては、にぎやかすぎじゃないか?」

 一瞬、職員室に冷たい空気が流れる。空気を察するのも、社会人の仕事だ。

「ちょっと、様子を見てきます」

「わ、私が見てきます」

 軽音楽部の顧問を押さえて、立ちあがったのは、めいちゃん先生だ。

 脱兎の如く、職員室を飛び出す。今、流れている曲に聞き覚えがあった。あれは、初音ミクの曲だ。



 ライブは三曲目も終盤にさしかかっていた。四曲目に、いよいよ、ボカロ部作成の『ドッグ・ラバー』のPVが流れる。さあ、いよいよだ! と、wktkしている結歌の元に、演劇部の子が駆けよる。耳元でなにか言うが、音が大きすぎて、何を言っているかわからない。ジェスチャーでの話し合いは成立せず、演劇部の子は、結歌の手をにぎって、強引にひっぱって行く。

 つれて行かれたのは、体育館の入り口。外で、聞き覚えのある声が怒鳴っている。

 あちゃ~。感づかれちゃったか。まあ、これだけうるさければ、それもしょうがないよね。結歌は決心して、ドアを開け、外に出ると、すぐにドアを閉めた。

 そこでは、めいちゃん先生と演劇部の子が、ドアを開けろ開けないの押し問答をしている最中だった。

「こんにちは、めいちゃん先生」

「こんにちはじゃありません! なんですか、この大騒ぎは」

「軽音楽部と演劇部から、練習の届けは出ていたと思いますが?」

「練習の域を超えてます。人、入れてるよね? これじゃまるで、ライブじゃない」

「まあ、そうとも言います」

「ライブを許可した覚えはありません。そこをどいて、中に入れなさい」

「まあ、落ちついてください、先生」

 結歌は、ポケットから、A4の用紙を広げてさしだした。

「ボカロ部活動報告書です」

「はあ?」

「先生はおっしゃっていましたよね? ボカロ部としての活動成果を報告せよと。今回の活動もその一環ですが、こちらもご覧ください」

 結歌はスマフォを出し、スマイル動画を開いて、ある動画を再生する。それは、ボカロ部作成のPVだ。

「再生数はもう時期、十万超え。堂々の殿堂入りです」

 こみあげてくる嬉しさに、結歌は涙を禁じえない。

「活動の成果とやらは、報告を受けました。とにかく、この騒ぎを止めなさい」

「しー!」

「なによ、急に」

「聞こえてきませんか?」

「え?」

 三曲目が終わり、『ドッグ・ラバー』のイントロが流れてきた。館内は再び、熱い声援で燃えあがった。

「気持ちはわかるけど、今、何時だと思ってるの。近所迷惑よ」

「でも、まだ明るいですよ。さすが六月」

「そう言ってはぐらかさない!」

「めいちゃん先生。このライブ、この曲を含めて、後二曲で終わりです。終了まで十分かかりません。元々、そんなに長くやるつもりはなかったし。せめて、最後まで観ていってください」

 結歌は静かにドアを開けた。

 轟く歓声。暗闇に舞うサイリウム。そして、スクリーンで歌い踊る初音ミク。会場に詰めよった人たちは、このライブを心から楽しんでいる。それが、肌を通して伝わってくる。

「十分」

「え?」

「あと十分だけよ」

 めいちゃん先生は、ニコッと微笑んだ。

「ありがとう! めいちゃん先生」

「それと」

「はい?」

「コレが終わったら、私と一緒に、職員室に来なさい」

「えっ」

「返事は?」

「はいorz」

 曲にあわせて、手拍子が鳴る。自分の曲が受け入れられているこの瞬間に、鈴木は胸を熱くする。選曲、曲順は、すべて結歌が決めた。スローテンポから、アップテンポへ転調するメジャー曲で観客の心をつかみ、その曲調を二曲続けて、四曲目にミディアムテンポの『ドッグ・ラバー』を掛ける。ノリノリの曲で疲れた観客を、ちょっとホッとさせる曲構成だ。故に、ボカロ曲としては、今だマイナーなこの曲が、観客の心に、自然に入ってくるようにできている。奴らの創ったMMDも良く動いてる。

「あいつ、音楽プロデューサーの才能があるのかもな」

 『ドッグ・ラーバー』が終わろうとしている。本来のライブなら、観客をクールダウンさせるため、この後、さらにテンポの遅い、バラードなどを掛けるのがセオリーだ。しかし、このライブは次で最後。今、一番人気があり、ノリノリの曲のイントロが流れる。もちろん、この曲を知らない観客はいない。観客の熱はさらにあがり、サイリウムが大きく振られる。

 『一万本桜』の演奏開始だ。

 体育館は、さらに熱気を増して、四分間の演奏を終える。当然、観客は次ぎに曲が掛かるものと思っている。それも当然だ。宣伝したのは、場所と開演日時だけで、演目や演奏時間は告知していない。普通のライブなら二時間はやるだろう。

 演奏者の軽音楽部メンバーは、舞台袖に引き上げる。体育館内に明かりがつき、演劇部の子によるアナウンスが流れる。

「本日は、ボカロ部主催による、初音ミクライブにお越しいただき、誠にありがとうございました。本日の公演は、以上を持ちまして、終了いたします。みなさま、お気をつけてお帰りくださいませ」

 当然、場内からブーイングが鳴る。同時に、アンコールが湧きあがる。アンコールは熱を帯び、なかなか鳴り止まない。

 予想外の展開に、冷や汗が止まらない結歌。どうしよう。まさアンコールが掛かるなんて、思ってもみなかった。先生に即時中止も求められてるし、いったいどうしたら…。

「ほら、アンコールよ」

 めいちゃん先生が、ドンと背中を押した。

 押された背中に勢いがついて、結歌は走り、舞台袖を駆け上がり、マイクを握る。

「えー、本日は本当に、来てくださったみなさん、ありがとうございました。今日のライブは、ゲリラということで、アンコール曲は用意してません。それと、あたしはこの後、職員室に呼び出されてます」

 場内から笑い声があがる。

「そんな訳で、ここはひとつ、お帰りいただけないでしょうか」

 再び、ブーイング。そして、アンコールの嵐。

 雰囲気を察した軽音楽部のメンバーが、壇上に現れて、再び楽器を手にする。否応なく、場内は再び燃えあがる。

 うろたえる結歌を横目に、美琴がドラムに一声掛け、結歌のマイクを奪う。

「本日は、我がボカロ部、初公演にお越しいただき、誠にありがとうございました。先ほど、ボカロ部部長の藤田から説明がありましたとおり、アンコール曲は用意していません。しかし、先ほど四曲目に掛けた『ドッグ・ラバー』は、スマイル動画で殿堂入りも果たした、我が校の生徒、一年B組、鈴木裕二こと、猫年Pによるものです。みなさま、大きな拍手をお願いします」

 盛大な拍手が場内を包む。結歌は舞台を飛び降りて、鈴木の手を持ち上げ、大きく振った。真っ赤な顔をして恥ずかしがる鈴木。

「今回のMMDを制作するにあたり、微力ながら私も、この曲を歌うことで協力させていただきました。僭越ながら、アンコールは私の歌ってみたで、我慢してやってください!」

 ドラムの合図で、演奏が始まる。場内は、初音ミクを聴きに来たお客さんだ。一瞬、ブーイングが起こる。だが、美琴の第一声で、ブーイングは歓声に変わった。

 結歌も、鈴も、鈴木も、立って手拍子を贈る。

 間奏で、美琴のアドリブが入る。

「今日の演奏! ドラムス、軽音楽部主将───」



 翌日の放課後。ボカロ部メンバーは、パソコン実習室で呆けていた。

「昨日は濃かったねぇ」

 しみじみと結歌が言う。

「それにしても、最後、美琴が全部、持っていったねぇ」

「あれは、ああする意外、まとめようがないと思って、つい…」

「いや、美琴の歌は完璧だったよ。おかげで助かった」

「うん。美琴の歌。良かった」

「そういえば、笛子先輩。ライブはちゃんと撮れてました?」

「うん。完璧」

「今度、見せてくださいね」

「わかった」

「御鈴もお疲れ。今回のMVPは間違いなく、すべてのMMDを創ってくれたあなたです」

「そんなことないよ。MVPなら、歌った美琴でしょ」

「今、思い出すだけで、鳥肌が立つぐらい、恥ずかしいの。その話題はもう止めて」

「そういえば、あの後、職員室に呼ばれて、どうなった?」

「法に触れるような悪さをしたわけじゃないから、退学とか、謹慎は無しで。その代わり、明日までに反省文を提出しなさいと」

「そっか」

「軽音楽部の顧問とか、演劇部の顧問とか、けっこうかばってくれた。あと、カイト先生も」

「良い先生たちだな」

 鈴木が、おもむろに口をはさむ。

「それにしてもおまえら、ボカロ部とかいって、結局、ボカロ創ってないじゃん。実質、MMD部?」

「いや、私は決心した!」

「どうしたの、結歌」

「あたしも、ボカロで曲、創る!」

「あんた、作詞、作曲、できるの?」

「そこは師匠である、猫年Pから教わる」

「学校内じゃハンドルネームで呼ぶな」

「ところで、鈴木君は、何種類、ボカロ持ってるの?」

「あん? まあ、有名どころはひととおり持ってるかな」

「具体的には?」

「初音ミク、鏡音リン・レン、巡音ルカ、GUMI、MEIKO、KAITO、Lily、結月ゆかり、IA、あたりかな」

「どんだけ金持ちなんだよ」

「最初はやっぱり、初音ミクだよね」

「V3版なら、シーケンサーも入ってるし、V2版より、断然、扱いやすくなってるから、お勧めだな」

「いくら?」

「定価が確か、一万七千円ぐらいじゃなかったかな」

「ぐはぁ。あたしの1・7ヶ月分のおこづかいが」

「俺は、ボカロ作成より…」

「作成より?」

「いや、なんでもない」

「なんだよー。最初に、ボカロ創らないのかって、言ったの、鈴木君だろう」

 音楽プロデュサーに向いてるんじゃないか、という言葉を呑みこんだ。

 いずれにしろ、このメンバーで、ボカロを囲み、なにかを創りあげていくんだな。ひとり、気張って曲を創り続けてきたけど、そんな高校生活もおもしろそうだ。

「あ、鈴木が笑ってる」

「え?」

「笑った顔、初めて見た」

「鈴木って笑うのか。ずっと、仏頂面キャラかと思った」

「別に、俺だって笑いますよ。人間なんですから」

「人間だったのか」

「なんだと思ってたんですか、笛子先輩」

「人型パソコン?」

 ブッと、みんな吹き出した。

「ところで、めいちゃん先生とカイト先生をくっつける作戦はどうなったの?」

「じゃあ、その作戦をこれから練よう!」

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ぼかろぶ! ~学園物語編~ おだた @odata

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