─ 7
パジャマ姿の結歌は、ベットにアヒル座りし、スマフォ片手に、Lineをしている。
@結歌{断りもなくPVを創ったのがまずかったかなあ}21:04
{そのようだな}@笛子 21:05
@結歌{ですよねー悪気はなかったんだけどなあ}21:07
{結果はどうあれ、鈴木君を怒らせてしまったのは事実だ}@笛子 21:12
@結歌{せっかく創ったPVアップできないよ~}21:15
{私の考えではそれで怒ってるとは思えないんだよね}@美琴 21:20
@結歌{心当たりでもあるの?}21:21
{なんとなく}@美琴 21:22
@結歌{なぜそれを早く言わない}21:23
{私の憶測に過ぎないし}@美琴 21:24
@結歌{憶測とやらを聞かせたまえ}21:25
{本当に憶測だからそのまんま信じないんで欲しいんだけど}@美琴 21:26
@結歌{それで?}21:27
{つい最近鈴木君が有名ボカロPとツイートしてるところを目撃して}@美琴 21:30
@結歌{有名ボカロPとな! kwsk}21:31
{投稿してるハンドルが猫年だからツイッターで猫年を検索して}@美琴 21:32
{猫年のツイッターを見つけてしまったんだな}@笛子 21:34
{そう}@美琴 21:35
@結歌{それから?}21:37
{ちょうどjyさんとツイートしてて}@美琴 21:39
@結歌{jyさん!}21:40
{キマシタ超有名ボカロP}@笛子 21:43
{私もびっくりしてROMってた}@美琴 21:46
@結歌{それから?}21:50
{西八王子PとかぽこぽんPとかも参加してきて}@美琴 21:54
{ぽこぽんPとな!ミスターMMDじゃないですか}@鈴 21:55
{話もどんどん盛りあがっていって}@美琴 21:57
{くそー!そのツイッター参加したかった}@鈴 21:59
{自分の曲をクラスメイトがMMDにしてるって言って}@美琴 22:02
@結歌{なん、だと}22:04
{マジか}@鈴 22:04
{周りのPたちは激励してたんだけど本人フェイドアウトしちゃって}@美琴 22:08
{そこまで見ていて、美琴は参加しなかったのか?}@笛子 22:11
{うん}@美琴 22:12
@結歌{あんた、バカァ?}22:13
{バカだな}@鈴 22:14
{面識無い新参がツイートしても無視されるだけだししょうがないじゃん}@美琴 22:16
@結歌{名告ればよかったのに!}22:17
{無理に決まってるでしょ!}@美琴 22:18
{それはしょうがない}@鈴 22:19
@結歌{有名Pとお近づきになれるチャンスだったのに}22:21
{私の身バレはいいのかよ}@美琴 22:22
{今ツイッター入った}@鈴 22:24
@結歌{戦況を報告せよ!}22:26
{私も入った}@美琴 22:28
{アカウント教えて}@鈴 22:29
{みことん}@美琴 22:30
{フォローした}@鈴 22:35
{御鈴もフォローしたアカウント名なにこれw}@美琴 22:39
{言わんでくれ}@鈴 22:40
{Pのアカウントフォローした}@鈴 22:45
{誰もツイートしてないみたい}@美琴 22:47
{いつもこの時間?}@鈴 22:51
{もうちょっと遅いかな}@美琴 22:55
@結歌{むむ。敵船、動かずか}23:01
{キタ}@鈴 23:08
{来た}@美琴 23:08
@結歌{キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!}23:09
西八王子{新作作成中}20xx/05/24 23:05
猫年{こんばんは。西八王子さん}20xx/05/24 23:07
西八王子{こんばんは}20xx/05/24 23:08
猫年{西八王子さんの次回作は、どんな感じですか?}20xx/05/24 23:10
西八王子{どんな感じって、難しいなあ}20xx/05/24 23:12
猫年{たとえば?}20xx/05/24 23:13
西八王子{たとえば、シンプルに童謡ぽくしてみる}20xx/05/24 23:17
猫年{童謡ですか}20xx/05/24 0:23:18
西八王子{ポップスのアレンジを加えて}20xx/05/24 23:20
猫年{良さそうですね。今ここで聴きたいです}20xx/05/24 23:22
西八王子{そういえば、クラスメイトが創ったっていうPVはできたの?}20xx/05/24 23:26
猫年{一応、出来たみたいです}20xx/05/24 23:29
西八王子{アップは?}20xx/05/24 23:30
猫年{まだです}20xx/05/24 23:31
西八王子{じゃあ、俺が見たいから、早くアップしてって、伝えておいて}20xx/05/24 23:35
猫年{アップしてって、言えませんでした}20xx/05/24 23:37
西八王子{なぜ}20xx/05/24 23:38
猫年{あんなダメ曲にPVなんて}20xx/05/24 23:40
西八王子{でも、その友達は、君の曲を気に入って、PVにしたんだろう?}20xx/05/24 23:44
猫年{そうですね}20xx/05/24 23:45
西八王子{だったら、アップしてって言ってこい}20xx/05/24 23:48
猫年{今さら、そういうわけには}20xx/05/24 23:50
西八王子{ちょっとは恥をかく経験をしろ}20xx/05/24 22:53
猫年{どういう意味ですか?}20xx/05/24 22:55
西八王子{自己満に浸ってないで、恥をかいてこいってことだ}20xx/05/24 22:58
猫年{はあ}20xx/05/24 22:59
西八王子{成長に最善の方法は、沢山の人に聴いてもらうこと}20xx/05/24 23:03
猫年{はあ}20xx/05/24 23:05
西八王子{感想を訊いて、その中から、自分流を作り出す}20xx/05/24 23:11
猫年{西八王子さんも、そうされてきたんですか?}20xx/05/24 23:15
西八王子{やった}20xx/05/24 23:16
猫年{そうですか}20xx/05/24 23:18
西八王子{やっていくとね、気がつくんだよ}20xx/05/24 23:20
猫年{気がつく?}20xx/05/24 23:22
西八王子{自分の向き不向き。そして、誰のために音楽を創っているかが}20xx/05/24 23:28
猫年{そうですか}20xx/05/24 23:30
西八王子{君にもいるだろ。クラスメイトというファンが}20xx/05/24 23:33
猫年{ファン? あいつらが?}20xx/05/24 23:35
西八王子{ファンじゃなきゃ、君の曲をPVにしようなんて思わないよ}20xx/05/24 23:37
猫年{そうですかね}20xx/05/24 23:39
西八王子{あたりまえだ}20xx/05/24 23:41
@結歌{ツイッターはどう?}23:45
{西八王子Pと猫年Pが語りあってる}@鈴 23:46
{ちょうど私たちのこと話してる}@美琴 23:47
@結歌{なにーすぐに参加せよ}23:50
{フォロー数とんでもないんだから安易に参加出来ん}@鈴 23:55
@結歌{フォロー数なんか気にするな}23:57
{気にするよ}@鈴 23:58
{わかった声かけてみる}@美琴 23:59
みことん{こんばんは}20xx/05/25 0:02
西八王子{こんばんは}20xx/05/25 0:05
猫年{こんばんは。つーか初めまして}20xx/05/25 0:10
みことん{猫年さんとは面識ありますよ}20xx/05/25 0:15
猫年{面識ありましたっけ?}20xx/05/25 0:20
みことん{ほぼ毎日、顔をあわせています}20xx/05/25 0:23
猫年{だれ?}20xx/05/25 0:24
みことん{例のクラスメイトです}20xx/05/25 0:28
西八王子{君が猫年君のファンの}20xx/05/25 0:30
みことん{ファンかどうかわかりませんが、猫年Pの曲のPV創ってます}20xx/05/25 0:36
西八王子{MMDで?}20xx/05/25 0:37
みことん{はい}20xx/05/25 0:38
西八王子{まだアップしてないんだって?}20xx/05/25 0:40
みことん{はい}20xx/05/25 0:41
西八王子{どうして?}20xx/05/25 0:42
みことん{一応、制作者の許可を取ってからと思いまして}20xx/05/25 0:46
西八王子{律儀だね}20xx/05/25 0:48
みことん{正直、それは口実で、アップして人に評価されるのが怖いんです}20xx/05/25 0:52
西八王子{その気持ちはわかるけど、評価されないと成長しないよ}20xx/05/25 0:56
みことん{恥をかいてこいってことですか?}20xx/05/25 0:58
西八王子{わかってるじゃん}20xx/05/25 1:00
りんりんらんらん{初めまして西八王子Pさん}20xx/05/25 1:02
西八王子{初めまして。りんりんらんらんさん}20xx/05/25 1:05
りんりんらんらん{みことんと同じクラスで一緒にPV創ってます}20xx/05/25 1:08
西八王子{それはそれは}20xx/05/25 1:10
りんりんらんらん{今日はこうしてお話しできて光栄です}20xx/05/25 1:12
西八王子{別に、大層な}20xx/05/25 1:13
りんりんらんらん{西八王子Pさんからもお願いしてください}20xx/05/25 1:17
西八王子{なんの話?}20xx/05/25 1:19
りんりんらんらん{PVアップの許可を猫年Pからいただきたく}20xx/05/25 1:22
西八王子{許可なんかいるの?}20xx/05/25 1:26
りんりんらんらん{猫年Pさん怒っていらっしゃって}20xx/05/25 1:30
西八王子{怒る? わけわからん}20xx/05/25 1:33
りんりんらんらん{今日も激おこされました}20xx/05/25 1:36
西八王子{そうなの? 猫年君}20xx/05/25 1:38
猫年{いや別に、本気で怒ってたわけじゃ}20xx/05/25 1:41
西八王子{素直になれ。猫年}20xx/05/25 1:44
猫年{はい?}20xx/05/25 1:45
西八王子{ホントは嬉しかったんだろ}20xx/05/25 1:48
猫年{まあ}20xx/05/25 1:50
西八王子{じゃあ、アップすることになんの問題もないね}20xx/05/25 1:54
猫年{そう言ったつもりなんですけど}20xx/05/25 1:56
西八王子{伝わってないんじゃ、言ったことにはならないんだよ}20xx/05/25 2:01
猫年{はあ}20xx/05/25 2:05
西八王子{みことんさん、りんりんらんらんさん。許可は下りましたよ}20xx/05/25 2:10
みことん{ありがとうございます。西八王子Pさん}20xx/05/25 2:14
りんりんらんらん{ありがとうございます}20xx/05/25 2:15
西八王子{さあ、今日はもう遅いから、寝ましょう}20xx/05/25 2:17
みことん{ありがとうございますた&おやすみなさい}20xx/05/25 2:19
りんりんらんらん{おやすみなさい}20xx/05/25 2:21
西八王子{お休み}20xx/05/25 2:24
@結歌{ツイッターはどうなったの?}2:25
{西八王子Pが仲に入ってとりもってくださった}@鈴 2:27
{西八王子Pマジネ申}@美琴 2:29
@結歌{PVのアップ許可は得られたの?}2:31
{ええ}@鈴 2:33
{明日あってちゃんとお礼言わないとね}@美琴 2:36
@結歌{お礼ねえ}2:40
{なんか変なこと考えてない?}@美琴 2:43
@結歌{ちょっとね}2:45
*
翌日。気が重かったが、鈴木は放課後、パソコン実習室へむかった。
実習室へ行けば、嫌でも、ボカロ部のメンバーと顔をあわせることになる。しかし今、パソコン研究部を抜けるわけにはいかない。入部の歳、先輩たちの企画に、無理を言って参加させてもらった。俺はその一部を任せられている。
実習室に入って、さりげなく、一言、こう言えばいい。
「アップしたら、URL教えて」
これだ。
どきどきと高鳴る胸の鼓動を、いつもの無表情という仮面で覆い、実習室のドアを開けた。
しかし、そこにボカロ部のメンバーはいなかった。
ちょっとホッとして、いつものパソコンにつく。そのうち来るだろう。来たら、トイレにでも立ったついでに、さっきの言葉を言って行けばいい。
ところが、その日はとうとう、ボカロ部のメンバーは実習室に来なかった。
ツイッターのアカウントがバレている以上、自宅のパソコン上でも、逃げ隠れ出来ない。なにより、俺が逃げていたら、今まで築きあげてきた、有名ボカロPとの人脈を失うことになる。
ところが、夜のツイッターにも、ボカロ部のメンバーは来なかった。それどころか、その翌日も。さらに翌日も来ない。
あの日から、数日が過ぎた。
下駄箱に、ラブレターが入っていた。
白いフリルをあしらった封筒。ピンクのハート型をしたシールで止められた口。一目で差出人はわかった。宛名が『猫年Pへ』だからだ。
こんな、まわりくどいやりかたしなくても。と思ったが、下駄箱にラブレターなんて初めての体験だ。悪い気はしない。
にやけ顔で、教室に行くのは嫌だったから、廊下の死角で封を開けた。
「前略
猫年P様
御Pの制作したる音楽に、
粗末ながら、PVを付けさせていただきました。
甚だ恐縮ですが、スマイル動画へアップする前に、
是非とも、御視聴、いただきたく、あわせて、
ご指導、賜れば、幸いに存じます。
誠に勝手ではございますが、以下のとおり、試写会を開かせていただきます。
ご参加、お待ちしてます。
早々
記
日にち 平成○○年五月○日(土)
場所 弊部部員・浅川笛子邸
開始時刻 午後一時より
以上
当日は、昼食をご用意してございます。
また、当日は、会場まで、案内を使わせます。ご自宅にて、お待ちください
ボカロ部一同」
なんだこりゃ。ラブレターつーか、招待状?
大げさだな。たかがMMD一作、スマイル動画にアップするだけで。あれだけ、勝手にしろって言ったのに、律儀に試写会を開くって、どんだけ俺に気を使ってるんだよ。
なに考えてるんだかわからんが、ツイッターで西八王子Pに約束した手前、行かないわけにはいかないし。
*
その日。
鈴木裕二は、身支度を整え、迎えを待っている。約束の一時間も前から。
迎えに来るというからには、車だろう。すると、ボカロ部の中には、お金持ちのお嬢様がいて、ベンツかリムジンか? まさか、あの顔ぶれに、金持ちがいるとは思えない。
家の前で車の停まる音がした。来た! 意気揚々と、家の二階にある、自室の窓から玄関先を見る。停まっていたのは、見なれたタクシーだった。中から、メイド服を着た、藤田が出てきた。
ですよねー。ベンツかリムジンで出迎えって、どこの漫画かラノベだよって感じだ。
ピンポーン。
家の呼鈴が鳴る。一階では、母親が藤田の対応をしているようだ。
「裕ちゃーん。お友達が迎えにきたわよ~」
母親の呼ぶ声が響く。
鈴木は、二階の自室から玄関にむかった。そこには、確かに、メイド服姿の藤田がいた。
「こんにちは。猫年P様」
深々とお辞儀をしながら、丁寧に言った。
「ちょ、ちょっと待て。ハンドルで呼ぶな」
「失礼しました。鈴木裕二様。試写会の用意が整いましたので、お迎えにあがりました」
「お、おう」
なんか、調子狂うな。
「いってらっしゃ~い」
と、陽気な母親に見送られて、タクシーに乗ると、続いて藤田が乗る。
「運転手さん、先ほど言った住所までお願いします」
「はい。かしこまりました」
運転手は、ていねいに返答し、静かに車を発進させた。
言われるまま、乗りこんだタクシーだが、どこへ行くかを訊いていない。手紙の内容を信じるなら、浅川笛子という家に行くらしい。隣に座っている藤田を、改めて見る。メイド喫茶にあるような、奇抜さはない。むしろ、シンプル過ぎると言っていい。白の帽子に、濃紺のワンピース、フリルの付いた白いエプロン。実にオーソドックスだ。
そして、当の藤田は、正しく膝を閉じ、両の手を膝の上で重ね、背筋を伸ばして正面を見据え、澄ました顔をしている。
普段、大声で話し、大笑いをしながら、落ち着きなく、虫のように動きまわっていた時とは、まったく雰囲気が違う。これはつまり、怒っているのか? それとも、メイドというキャラ作りなのか?
タクシーが『浅川ダンス・スクール』の前で停まり、ドアが開く。そろえた両足をドアの外に着き、身をかがめて腰から車を降りた藤田は、かがんだ姿勢のまま言った。
「ご到着です。猫年P様」
言われるまま、タクシーから降りると、藤田は入れ替わるようにしてシートの端に座る。
「領収書ください。宛名は『中沢清流高校ボカロ部』でお願いします」
領収書、もらうのかよ。
タクシーが走り去ると、藤田が先にたって鈴木を案内する。
「こちらでございます」
藤田はダンス・スクールの入り口に立ち、ドアを開けた。
中を覗きこむ鈴木。藤田は手をへその位置で重ね、お辞儀をしている。何? ここどこ? と、訊くタイミングを失ってしまった。しかたなく中に入る。
「「「お帰りなさいませ。ご主人様」」」
下田、浅川、中島の三人が、藤田同様、メイド服で鈴木を出迎える。
深々とお辞儀をする三人を前にして、いったいどうしたらいいものかと、鈴木はうろたえている。後ろのドアが、藤田によって、静かに閉められる。静かに足を運び、三人の隣に立ち、一礼する。
「本日は、私ども、中沢清流高校ボカロ部の、新作発表会にお越しいただき、誠にありがとうございます」
四人が、今一度、礼をする。鈴木もつられて礼をする。
「猫年P様。どうぞこちらへ」
藤田が掌で案内する先に、テーブルがある。テーブルに歩みよって、椅子を引く。
鈴木は黙って、そこに座る。
下田と中島がワゴンを運んでくる。ワゴンには、ティーセット、バケットにパン、スクランブルエッグ、焼いたベーコン、チーズ、サラダなどが載せてある。
二人がかいがいしく、鈴木の前に、皿やティーセットを並べ、紅茶を淹れ、さしだす。
「上映の前に、軽く食事などお召し上がりください。猫年P様は、ミルクはだいじょうぶですか?」
「え?」
「お嫌いではありませんか?」
「別に、だいじょうぶだけど」
「ミルクティは紅茶のパーフェクトな飲み方だと、とある漫画に描いてありまして、参考にさせていただきました」
「そう…」
淹れたての紅茶にミルクが注がれる。
「パンはいかがなさいますか?」
「パン?」
「お好みに応じて、スクランブルエッグや、ベーコン、サラダなど、サンドいたしますが?」
「えーと、まかせるよ」
「かしこまりました」
下田が、できあがった紅茶を鈴木の前にさしだした。中島は、バケットからフランスパンを抜き、手慣れたナイフ使いで、パンをカットし、カットした部分にサラダや、スクランブルエッグ、ベーコンなどを詰めていく。それを、食べやすい大きさにカットして、皿に盛り、鈴木の前に置いた。パンは、緑と黄と赤が、綺麗なカット面を現している。
「どうぞ、お召し上がりください」
「どうも。いただきます」
鈴木は恐る恐る、紅茶に口をつけた。なるほど、紅茶の風味とミルクの旨味が、良い感じに喉を潤す。パンを食べると、カリカリのベーコンがとろり半熟のスクランブルエッグ、シャキシャキしたレタスとあいまって、気持ち良い食感をかもしだしている。なかなか美味いしいサンドウィッチだ。
鈴木が食事をしている間、四人はご主人様から指示を待つメイドのように、整然と立っていた。
「みんな、食べないの?」
「本日は、猫年P様をもてなすのが私たちの勤めです。お気遣い、感謝いたしますが、私どもの事は、お気になさらず」
「そう」
四人のメイドに接待され、ひとり、黙々とパンを食べ、ミルクティを飲んだ。料理は美味しかったが、なにか居心地の悪さを感じた。
*
鈴は、空いた皿をかたづけながら言う。
「お食事はもうよろしいですか? ミルクティのおかわりは?」
「いや、いい」
「失礼しました」
整然と、食器をかたづける。
今まで静かだった結歌が、すっと、前に出る。
「それではこれより、作詞、作曲・猫年P様。踊り・笛子先輩。モーションキャプチャー・りんりんらんらん、スペシャルサンクス・みことんによる、『ドッグ・ラバー』PVを上映いたします」
ササッと、黒いカーテンが窓を覆うと、スタジオが暗転する。目の前のスクリーンに、『ドッグ・ラバー』のPVが映る。
上映は、ほんの五分ほどで終了する。
すぐにスタジオが明るくなり、カーテンが開け放たれる。ぴたっと、鈴木の前に四人が整列する。緊張した面持ちで結歌は声をしぼりだす。
「いかがでしたでしょうか?」
目尻をピクピクさせる結歌。冷や汗をたらす美琴。足をぷるぷる震えさせる笛子。顔を青くする鈴。
「ぶあっはっはっはっ!」
鈴木は大笑いした。
「これ、おまえらが創ったの?」
冷や汗を、さらにだらだらとたらす美琴。
「はい。私たちで創りました」
「これを俺に見せるために、わざわざ、メイド喫茶のまねごとまでして?」
足から手の先まで、ぷるぷると震える笛子。
「さようでございます」
「しっかし、まいったな。なんて言えばいいのか」
鈴木はまだ、こみあげる笑いを止められずにいる。
バッと鈴木の前に歩みより、毅然と結歌は言った。
「お気に召しませんでしたでしょうか?」
また、鈴木は大笑いした。椅子から転げ落ちて、腹を抱え大笑いしている。
「痛い。腹痛い。さっき食ったばかりだから」
さっきまで青い顔をしていた鈴が、顔を紅くする。
「たしかに、あたしたちの作品は爆笑の出来だったかも知れないけど、そんなに大笑いして、失礼じゃない!」
「いや、違う…」
「え?」
「違うんだ」
腹を押さえ、涙を流しながら鈴木は言った。
「良くできてる。スゲーよ。最高」
四人は、顔をあわせて、ホッとした。しかし、そうすると、なぜ、鈴木がこうも大笑いしているのか気になる。
「じゃあ、なんで、そんなに大笑いしてるんですか?」
「だってさ、この、たった五分間を見せるために、みんなメイドのカッコして、俺をタクシーで迎えて、食事を出して、ってわけでしょう?」
「そうだけど」
「それをまじめにやって、感心したのと同時に、なんで俺なんかに、そこまで気を使ってって思ったら、笑いが止まらなくって」
「『俺なんか』なんて言わないでください!」
結歌が毅然と言い放つ。さすがに、鈴木も笑いが止まる。
「あたしは、純粋に、あなたの創った曲に感動したんです。曲の制作者から見たら、さぞ、しょぼいPVになっちゃっただろうって思ったけど、サイトにアップする前に、是非、曲の作成者さんに見ていただきたかったんです! そのための、おもてなしだったんです!」
一瞬、スタジオが静かになる。
鈴木が立ちあがる。
「ここは借りたの? 藤田さん」
「いえ、ここは笛子先輩の自宅です」
「浅川先輩は、ダンスを習っていらっしゃるんですか?」
「はい。家業がこれなもので」
「どうりで、踊りが素人じゃない。キャプチャーしたのは中島さんだっけ?」
「はい」
「ていねいにトレースできてるじゃん。カメラワークやエフェクトの使い方も上手い」
「それは、結歌の助言で」
「藤田監督か」
「か、監督!」
「監督が気に入らないなら、演出家」
「そそそそんな、大層なモンじゃないですよ」
「じゃあ、プロデューサー」
「馬鹿にしないでください」
「馬鹿になんかしてない。この試写会だって、藤田さんが仕切ったんでしょ」
「そうですけど」
「楽しかったよ。それと、紅茶とパン、美味しかった。どうもありがとう」
鈴木は、四人に深々と頭をさげた。
ぽかーんと、あっけにとられる四人。
ぷっと、結歌が笑い出す。それにつられて、ほかの四人も笑う。
大きな笑い声が、浅川ダンス・スクールを包んで、五人の心に響いた。
中沢清流高等学校ボカロ部作『ドッグ・ラバー』PVは、その日の夜、藤田結歌のアカウントで、スマイル動画にアップされた。
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