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終業と同時にクラスを出て、パソコン実習室へ向かう。実習室ではすでに、上級生とおぼしきパソコン研究部のメンバーが数人、数台のパソコンに別れて、活動を始めていた。
ちらっと視線を走らせて、一年生はまだ来ていないようだ。それは、ボカロについて難癖をつけてきた、鈴木裕二がいないことを意味している。
好都合に、女性の部員ふたりがC─1パソコンを使っている。その席のパソコンなら、自分たちが使っているA─1から近い。
美琴は、自分たちが使っているA─1パソコンの前に座ると、パソコンを起動し、遠く、女子たちの会話に耳を澄ませた。
彼女たちは、現在、制作中のゲームについて語りあっているようだ。詳しい話は聞こえてこないし、聞こえてきたところで、理解できないだろう。美琴は、パソコンでMMDを起動し、モニターに全画面で映して、行動を開始した。
「あーもう。わかんな~い」
一瞬、実習室にいる人間、全員が凍りつくような大声だ。
「あ、ごめんなさい」
しかし、パソコンで行き詰まっている感は、十分アピール出来ただろう。
おもむろに立ちあがり、トコトコと女性メンバーのところに行った。ふたりの背中越しに、モニターを覗きこんだところで、意味なんかわからない。
「あの、ちょっと訊いてもいいですか?」
「はい?」
「みなさんは、どのような活動をなさっていらっしゃるんですか?」
「どのようなって、改めて訊かれると、説明しにくいけど。とりあえず、あたしと彼女は、ふたりでゲームを創ってるわ」
「どんなジャンルですか?」
「テキスト形式のアドベンチャー?」
「キャラクターのグラフィックは出ないんですか?」
「絵、描けないし」
「じゃあ、どうやって?」
「背景は、実際に撮った街並みや室内を加工して使ってる」
「登場人物は?」
「白塗り?」
「あるいは、黒塗り」
ふたりはケラケラと笑った。
「あなたたち、MMD使ってるんでしょ?」
「はい」
「すごいね。あんなモーション、創るなんて、私たちには無理」
「実際、MMDを操作してるのは、中島鈴って子、ひとりだけなんですけど」
「じゃあ、他のメンバーはなにしてるの?」
「モーションの提供とか、エフェクトのアドバイスとか、総合的な演出とかですね」
「あなたは?」
「私は、デモ用に初音ミクの曲を歌ってみただけです」
「それはどこで聞けるの?」
「え? 聞けるとは?」
「動画サイトにアップしてあるんでしょう。ヨウツベ? スマイル動画?」
「いえ。どこにもアップしてません」
「そうなの? もったいない。せっかくなんだから、アップすればいいのに」
聴いてもいないうちから、よくもまあ、そうした無責任な事を言えるのか。
「そういえば、ここの部に、ボカロ好きな人がいるでしょう。確か、鈴木君っていったかな」
ふたりは突然、不機嫌になった。
「ああ、あいつ」
「生意気な新入生だこと」
「なんかあったんですか?」
「あったもなにも。入ってくるなり、キーボードのタイピング遅いですねとか、マウスばっか使ってないで、ショートカットキーを活用した方がいいですよとか、散々、言い放っていったわ」
「じゃあ、部活内で、浮いちゃってるんですか?」
「男子には、そこそこ人気あるみたい。口は悪いけど、実力があるのは確かだし。少なくとも、女子からは嫌われてるね」
「そうですか」
「なに? 鈴木を引き抜きに来たの?」
「そりゃ良いね。あのむかつく顔、見なくて済むと思うと、清々する」
「いえ、そういうわけではないです。ボカロの知識があるのなら、知恵をお借りしたいなと、思いまして」
「お借りするなんて言ってないで、持って行ってよ」
「賛成。持ってって。そして、二度とこの実習室に顔を出すな」
「はあ」
なんか、随分と嫌われてるな。女子には。
美琴は、鈴木がいつも集まっているC─4のパソコンに向かった。濃い男子メンバーが四、五人で話してる。
「すいません」
メンバーの顔が、一斉に、美琴に向かって振り返る。
「ちょっとお話、いいですか?」
「どうぞ」
そう言ったのは、メンバーで一番、落ちついた感じの人だった。他のメンバーは、再びモニターに顔を向けた。
「鈴木君がボカロを知っているということで、お訊きしたいことがありまして」
「鈴木のボカロ?」
「はい。ご存じですか?」
「いや、あまり」
「え? でも、ボカロの曲を聴いたことはあるんですよね?」
「ちょっとだけね」
「そうなんですか?」
「入部の面接の時に、自作のボカロ曲聴かせてもらったけど、それだけだな」
「どんな曲ですか?」
「よく覚えてないなぁ」
「タイトルだけでも」
「確か、ドッグなんとか」
横から、別の部員が声をはさんだ。
「ドッグ・ラバーじゃね?」
「ああ、そんなタイトル。自分で創ったとかで、一回、聞かされたな」
「まあ、ボカロが使えるぐらいなら、パソコンにも精通しているだろうって理由で、採用になったよ」
「今は、部活内で曲作りはしてないんですか?」
「してないね」
「つーか、させてねー」
「あいつ、ボカロの話になると、人変わるからな」
「ああ、迂闊に突っこむと、真っ赤になって反論するし」
「以来、あいつの前で、ボカロ話は禁止だ」
「だな」
そこに、鈴木がパソコン実習室に入ってきた。
今までの話題が、別物であったかのように、美琴が機転を利かす。
「顧問のカイト先生はまだ、見えていないんですか? 私、先生に用事があったんですけど」
「今日はまだ、来てないな」
「先生はいつも、何時頃、来るんですか?」
「時間は特に決まってないなあ。ときどき、ちらっと顔を見せることはあっても、基本、戸締まりの六時近くならないと来ないよ」
「そうですか、ありがとうございました」
美琴はお辞儀をして、自分のパソコンに戻った。
入れ替わるように、鈴木がC─4のパソコンに着いた。
パソコンの前に座って、顔を突っ伏して、こみあげてくる嬉し笑いを堪え隠した。
猫年Pの正体がわかった。それは、最初の予感どおり、同じ学校のクラスメイトで、同級生で、同じ実習室で部活動をする、鈴木裕二だ。
こんなにも身近に、熟練のボカロPがいたことに、美琴はこみあげてくる嬉しさを押さえられなかった。しかし、この気持ちを、相手に悟られてはならない。相手はかなり、気難し屋さんらしい。どうしたら、彼に近づくことが出来るだろうか? とにかく今は、そのことに気がついていない振りをして、チャンスを待とう。
そこに、結歌がやってくる。
「これは、美琴調査員。カイト先生の好きな人はわかったのかな?」
「昨日の今日で、無理に決まってるでしょう」
「そうか。残念だが、名探偵コ○ンも、金○一少年も、謎を解くには、それなりに時間がかかるからな。引き続き、調査を頼む」
「ところで、完成したMMDは、いつアップするの?」
「細かな調整が必要でな。あたしと御鈴で詰めている」
「早くしないと、めいちゃん先生に怒られるよ。部活動なら、活動実績を残せ! って」
「ふふ、まあ、黙って見ていたまえ」
結歌が不気味に笑う。
しょせん、私なんか、黙って見てるしかできないから、文句は言いませんが。
*
猫年{今さっき、新作をアップしました}20xx/05/22 23:22
それから三十分、経つがRTはない。今日は、ツイート無しかな?
西八王子{こんにちは。猫年P}20xx/05/22 23:58
猫年{こんばんは。西八王子さん}20xx/05/23 0:02
おおぉ! スマイル動画で絶賛、大活躍中の、西八王子Pではないですか!
西八王子{今日は、jyさん来ないよ}20xx/05/23 0:07
猫年{そうなんですか?}20xx/05/23 0:13
西八王子{新曲、〆切の追い込み中だから}20xx/05/23 0:15
猫年{そうですか}20xx/05/23 0:16
西八王子{君が噂に聞く、現役高校生ボカロPかな?}20xx/05/23 0:20
猫年{jyさんは、そういう風に俺のこと、呼んでるんですか?}20xx/05/23 0:23
ぽこぽん{そんな男の子がいると言ってた}20xx/05/23 0:29
おおおぉ! 今度は、ミスターMMDこと、ぽこぽんPじゃないですかっ!
猫年{ぽこぽんさん。こんばんは}20xx/05/23 0:31
ぽこぽん{猫年Pの作品、聴いたよ}20xx/05/23 0:36
猫年{ありがとうございます}20xx/05/23 0:39
ぽこぽん{良い曲だと思う。今度はMMDのPVが付くんだって?}20xx/05/23 0:40
猫年{それは同級生が部活でやってて、出来は期待できるもんじゃない}20xx/05/23 0:43
ぽこぽん{君の曲を題材にしてくれたんだろ? それだけで喜ばしいよ}20xx/05/23 0:47
猫年{そうでしょうか}20xx/05/23 0:50
ぽこぽん{感謝すべきだね}20xx/05/23 0:52
猫年{はあ}20xx/05/23 0:54
参加したい! めっちゃくっちゃ参加したい。このツイッターに。しかし、新参者がいきなり、RTして良いのだろうか
西八王子{絶対、感謝すべき}20xx/05/23 0:56
猫年{わかりました。考えておきます}20xx/05/23 0:59
ぽこぽん{考えておきますか。今時の子らしいな}20xx/05/23 1:06
西八王子{こういうの、なんて言うんだっけ}20xx/05/23 1:12
ぽこぽん{ツンデレ}20xx/05/23 1:15
西八王子{それそれ、ツンデレ}20xx/05/23 1:18
猫年{俺は別に、ツンデレじゃないっす}20xx/05/23 1:20
西八王子{まっさきに否定するところが、実にツンデレ}20xx/05/23 1:26
ぽこぽん{だねー}20xx/05/23 1:30
この後、猫年PのRTが途絶える。
なにをしてるんだろう? からかわれてすねたか? 寝落ちしたか?
結局、午前二時を過ぎても、猫年PのRTはなかった。さすがに眠い。美琴はスマフォの電源を落として、布団にもぐりこんだ。
*
夢うつつ。
目覚まし時計の音で、目を覚ます。時計を止めて、辺りを見回すが、眼前の光景が現実なのか、夢の続きなのか、しばらく判然としない。ベッドから身を起こす。ちょうど正面に、初音ミクのポスターが貼られている。美琴の一日は、このミクにあいさつをするところから始まる。
「おはよう」
通学路を、寝ぼけ眼で歩いていると、いきなり肩を叩かれた。
「おはよう!」
屈託のない笑顔を、結歌は満面に湛え、美琴を覗きこんだ。
「おや? 今日も寝不足?」
「うん」
「遅くまで、動画サイト見てるからだよ」
「そうだね」
「あたしみたいに、動画はランキングでチェック! 目ぼしいのは、とりあえずマイリストに入れて、翌日、時間のある時にゆっくり鑑賞。こんなふうに、時間を有効活用しないと」
「そうだね」
正直、結歌の時間活用術について、今は、どうでもいい。
「どうしたん。元気ないね」
どうしよう。言って良いのか、悪いのか。私たちの創ったMMDの原曲を、実は、同級生が創っていたなんて。
最初は言いたくなかった。歌ってみたを録った後、MMDの作成から、事実上、私の役目は終わった。だから、この情報を独占して、自由に扱いたい。しかし…。
「例のPVはアップしたの?」
「いや、まだ」
「どうして? まだ、微調整中?」
「いや、そういうことじゃなくて…」
「じゃあ、どういうことで?」
「実は、御鈴や笛子先輩と話すうちに、他人の曲を、本人の承諾無しにアップして良いのか?とか、再生数が一万にも満たなかったらみじめだよね、とか、『へたくそ』なんてコメントが流れたらどうする? とか、そんなネガティブ・スパイラルに落ちまして…」
「今だ、アップまでに至っていないと」
「そのとおりです」
「でも、制作者の許可無く、発生した動画はいっぱいあると思うけど。それこそ、MMDとか、手書きアニメとか、歌ってみたとか」
「そうなんだけどねぇ。でもそれは、結果、評価されたから、製作者から大目に見られているだけであって」
「つーか、ただ単に、再生数が伸びなかったらどうしよう…。ってこと?」
「そのとおりです」
「そればかりは、アップしてみないとわからないからなあ」
「ですよねー」
「アップする前から、結果を心配してもしょうがないし。とりあえず、作成者の許可を得るところから始めてみます?」
「またまたご冗談を。メールアドレスすらわからないのに」
「公開してないんですか?」
「するわけないでしょう」
「じゃあ、直接会って、訊いてみれば?」
苦笑いの結歌は言った。
「それこそ、ご冗談を」
薄ら笑いを浮かべて、美琴は言った。
「それじゃ、放課後。パソコン実習室で」
*
放課後。
パソコン実習室に集まったボカロ部のメンバーは、本名・鈴木裕二。一年B組。現在、パソコン研究部に席を置く、猫年Pが来るのを待っていた。
パソコン研究部は、先輩達が既に、三台のパソコンに分かれ、活動している。
「しかし、信じられん。現役のボカロPが、同じ学校にいたとは」
笛子は、ため息まじりに言った。
「動画サイトに投稿するだけなら、何歳でもできますからね。問題は、ボカロ曲を創り、ネットへアップするには、それなりのパソコンと、ネット環境が必要。子供のおこづかいで出来る範疇ではないから、自ずと年齢は高くなります」
鈴は冷静に、笛子の推察を分析した。
「とはいえ、正月に、何十万円というお年玉を、もらっている子供もいるねぇ」
美琴が、鈴の推察を否定し。
「ちくしょう! うらやましいぃ」
結歌は落胆する。
その時、猫年Pこと、鈴木裕二がパソコン実習室に入ってきた。
「来た!」
思わず、結歌は声をあげた。
鈴木は、そのことに気を止める様子もなく、いつものパソコンに向かって行った。
「結歌、ほらっ」
「うん」
美琴にけしかけられ、四人は、鈴木にちかよる。
「鈴木君。ちょっとお話が」
鈴木は、結歌の言葉を無視する。
「パソコン研究部の先輩から聞いたんだけど、鈴木君、ボカロの曲、創ってるんだって?」
鈴木は一瞬、硬直する。次の瞬間、先輩達をにらむ。先輩達は、素知らぬ振りをする。
「それでね、鈴木君の曲のPVを、あたしたちが今、MMDで創ってて…。つーか、このあいだ、私たちが創ってるところ、見たんだから、もう知ってるよね。でね、もうほとんど出来あがっちゃってて、事後承諾みたいになっちゃって悪いんだけど、そのPV、スマイル動画にアップしてもいいかな?」
硬直した鈴木は、硬直したままだ。
「あのう、鈴木君?」
バンッ!
机を叩いて、一括する。
「そんなの、勝手にやりゃあ、いいだろ!」
「ごめんなさい」
結歌は、反射的にあやまった。
鈴木は、眉間に皺をよせ、手や足、首や腰。体全体を、イライラと苛つかせた。
不機嫌なのは一目瞭然。この場を、どうとりつくろったらいいのか、誰も、皆目、見当がつかない。
結歌は勇気をふりしぼって、もう一度、声をかける。
「アップして、いいかな?」
「そんなもん、誰だって勝手にやってるんだから、おまえらも勝手にやれよ!」
鈴木はパソコン実習室から出て行った。
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