祖父母の家

 タクシーが細い坂道を登る。


 車一台が通るのがやっとの道幅。対向車が来れば、たちまち立ち往生してしまいそうだ。戦後の地方都市に於ける今ほどの車社会を予想した者は居ただろうか?


 子供頃は広く、静かで陰気。

 廊下の奥、屋根裏の物置から何かが出てきそうな、巨大で恐ろしい場所に感じていた祖父母の家も。

 

 「小さな家」


 あの時から、心も身体も幾らかは成長したボクにとって、今の母の実家はそんな印象だった。


 当時、祖父母が帰宅するまで、僕は家の外で過ごした。一人で「この家」に居るのが恐ろしかったからだ。


 傍から見ると「捨てられた子犬」の様に、うなだれていたのかも知れない。


 知らない町を徘徊し、いつしか駄菓子屋、小さな公園、近所にある神社で夏の暑さを避けながら、一人、無為に過ごしていた。



 そんなある日、ルキノちゃんに出会った。


 近所に住む女の子。黒髪のショートヘア、日焼けして浅黒い肌が溌剌とした雰囲気をただよわせ。


 「可愛い」


 はじめて異性を意識した瞬間だったと思う。


 突然声を掛けられ、ビビっている「人見知り」のボクの事情など御構い無し。


 彼女は余所者のボクを、半ば「強制的」に近所の子達と一緒に遊びに誘ってくれた。


 

 その日から、祖父母の家で過ごす「夏休み」は一変した。



 彼女と一緒に、山へ、川へ、夏祭りに。遊園地にも行った。本当に、本当に「子供らしい」夏の日々を過ごした。


 毎年、「夏休み」を祖父母の家で過ごす事がとても楽しみになった。

 彼女に会うことが嬉しかった。


 いや、気が付くと彼女の事が「好き」になっていた。



 タクシーを降りて、家の玄関の鍵を開ける。


 祖父母は数年前に他界し、今は母の姉である伯母が家を管理していた。

 誰も住んではいないが、親族が集まるのに都合の良い場所だった。

 

 そしてソレは僕にも有難い事だった。恥じるべき事だが僕にとって、この家の最後の住人である祖母が亡くなった時、この家がどうなるのか?それが一番の心配だった。


 家が無くなるからといって、彼女に会うことが出来なくなる訳では無い。


 ただ、祖父母の家が失われると言う事が、彼女と過ごした夏の日々が失われる事と、同じ様に思えてならなかったからだ。


 窓を開けて風を通す。

 伯母が時々掃除をしているので特に汚れてはいないが、まずは家の掃除を始める。


 家の中を掃除しながら、たんす、鏡、柱時計。さまざまなモノを見回し、色々な思い出がよみがえる。


 掃除を終えると床の間にある仏壇に供え物をし、線香をあげた。


 祖父母の遺影に手を合わせる。

 僕の面倒を見てくれたあの夏の日々、2人には感謝の言葉も無い。


 「チリリリ~ン」


 開け放った縁側から、風が吹き込み風鈴を鳴らす。

 遠くに見える山に、黒味がかった入道雲が掛かり、ゴロゴロと雷の音が遠く聴こえる。


 「、、、ずいぶん降ってそうだな、、、、」


 独り言を呟きながら縁側に腰を下ろす。吹き付ける風が少し湿気を帯びていた。


 ボクは「お勝手」のある方へ目を向ける。


 彼女は玄関からで無く。勝手口を抜け、真っ直ぐこの縁側に来るはずだ。


 二人並んで過ごしたこの場所へ。


 また風が風鈴を鳴らした。


 長旅に少し疲れたのか?鈴の音が少し遠くに聴こえた。

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