夏休み
電車がホームに止まる。
扉が開くと蝉の鳴き声、ムっとした夏の空気が肌にまとわり付く。
車内冷房で冷えた身体が汗を掻き始めるには、まだ少し時間が掛かるだろう。
平日の昼間とあって、ホームに降り立つ乗降客はボクを含めて僅かだ。
とは言っても、世間では「夏休み」。
車両の窓から覗く冷房の効いた車内には、ボクと同い年ぐらいの少年少女達がそこそこ居て、楽しそうな様子で会話を交わしている。
「!!」
その時、すれ違う車窓からボクを見つめる「彼女」と目が合った。
あっけに取られたのも束の間、何処から吹き付ける風が夏の熱気を払う。
ブルッと震えが身体を走る、寒気を感じたにもかかわらず全身が汗ばんだ。
「ルキノちゃん!!」
突然の自然現象と過敏に反応する身体に驚きながらも、ボクは「彼女」の名を叫び、走り去る電車をホームの端まで追いかけた。
だが下り列車は遠くに「夏の雲」と山並みを望む田舎の風景へと走り去っていった。どうやら山の方では雨が降っているようだ、先ほどの突然の風も雨が降る直前の気象のせいらしい。
ゴロゴロ、、、、遠くで雷の音が聞こえた。
、、、、もし、さっき目が合ったのが、ルキノちゃんなら、、、、
ボクはポケットからスマホを取り出し、彼女にコールする。
「お掛けになった電話は、、、、」
何度かけても全く繋がらない。仕方なくSNSで彼女にメッセージを送る。
そしてボクは時刻表を確かめ、登り電車を待つ事にした。
目が合ったのが彼女なら、必ず折り返しの電車でこの駅に帰ってくるはずだ。
ボクが今日来るコトは知らせてある。予定の通りなら、これから向う母の実家。
あの「縁側」で彼女と逢う約束だ。
暫くして駅のホームへ登り電車が滑り込んでくる。改札の前でボクは待ったが、電車の走り去った向かいのホームにも、連絡階段を出てくる客の中にも、彼女の姿は無かった。
、、、、気のせいだった?
スマホへの着信も、SNSにも返事が無いのは何か取り込んでいるのだろうか?
そう思い直して改札を出る、タイミング良く客待ちするタクシーに乗り込んだ。
出費だが待ち合わせに遅れたくなかった。
何より彼女の幻を見た後では、本物の彼女に逢いたくて仕方がなかった。
その笑顔を、声を、吐息を、温もりを感じたかった。
仕事の忙しい両親。
それでも母親は結婚から出産後、ボクが小学校の低学年になるまで、育児と仕事を両立さて来たヒトだ。
だから母親が積み上げたキャリアを無駄にしないよう上級職を目指した時。
学校が長期の休みに入ると、決まって物心付いたボクを、母の実家へ預ける様になった。
新幹線で3時間、そこから在来線に乗り換え1時間。最寄り駅からバスでさらに30分。
都市と都市をつなぐ道路が山間部を貫く、一部がひらけた田園地帯。ベットタウンと農村風景が混ざったような、日本の地方都市にはよくある町並み。
住んでいる都会とは打って変わった農村地域。初めて一人預けられた時は酷く落ち込んだ。
朝が早く帰りの遅い父は、子育てを母に任せきりで、家では近寄り難い存在だった。
祖父も祖母も優しかったが、父同様「縁」の薄いヒト達であり。又、年金暮らしと言っても、畑仕事にパート労働と言った仕事をこなし。帰りが遅くならないにしても、昼食時を除き、朝から夕方まで家に居ない事には変りわりが無かった。
ボクに祖父の畑仕事の手伝や、野菜の育成を面白いと思うだけの技術や自然への興味があれば良かったのだが。
陽射しに焼かれながら、無口な祖父と土と格闘する時間を幼いボクは耐えられず、一日を置かず根を上げた。
それからしばらく、ただ一人、祖父母帰りを待つ夏休みが始まった。
自分の全く知らない場所、生活臭がまるで違う古臭い家。聞き分けたつもりでも、「置き去りにされた」と言う不安感は拭えない。
「お母さん置いていかないで、家に帰りたい。一人で留守番できるから。」本当はそう言って一緒に帰りたかった。
幼年期のボクにとっては、母だけが「よすが」であり。そしてその指示には逆らい難い存在だった。
まあ、平たく言えば「甘ったれ」だった、、、、
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