ありが、、、キャア!!

 ラブホテルなんて入った事など当然ない、ある訳がない!


 だが雑誌、テレビ、友人からの情報で、どういう場所か、おおよそは知っていた、、、、おおよそは。


 駆け込んだラブホテルも便利な造りだった。人に逢う事無くボタン操作、音声案内だけで部屋に入る事ができた。


 何がどうなるか想像がつかない、だから表示価格は一番安い部屋を選択した。


 大きなベッドに彼女を横たえる、苦しそうルキノちゃん。


 「も、もう少しだけ、、、、待って、、、、」


 うわごと呟く彼女、今その言葉を吟味する暇はない。


 兎に角ボクは、彼女の手荷物であるバックを空けた。そこには大き目の瓶が一つ入っていた。


 薬?


 そう信じて蓋を開け、もどかしげに指で中身を掬って彼女の全身の傷に塗りこんでいった。


 手に、足に、大胆にカットされたワンピースから除く首周りから胸元。そして顔。 胸元付近はそうでもないが、普段露出してる部分が特に酷い。


 なぜこんな事に?


 ボクは浮かび上がった傷の酷さ、傷付いたルキノちゃんの姿に涙を堪え切れず泣いていた。泣きながら、祈る気持ちで薬を掬った指で傷をなぞった。


 祈りは届いた。


 薬を塗ると傷は綺麗に消えていった。そして彼女の呼吸が穏やかに、体温も元に戻ってきた。


 一先ずどうにかなったようだ、僕は彼女の傍らで安堵した。そして暫くすると、彼女も意識が戻った。


 「気が付いた、、、、ルキノちゃん。」


 ルキノちゃんがベットから上半身を起こす。状態を確認するように身体を少し動かした後、ボクを見て微笑み、口を開いた。


 「ありが、、、キャア!!」


 ボクは彼女が言い終えるのを待たずに彼女を抱きしめた、彼女の無事を五感で味わった。


 「ルキノのちゃん、無事でよかった。無事でよかった。無事でよかった。無事で、、、、。」


 自分の腕の中にいる彼女の存在を確かめ、感謝した。


 嬉しかった。


 愛おしかった。


 心の中で行き場を失った感情が口から外に出ていた。


 「!!」


 ルキノちゃんが両手をボクの背中に回し、そっと抱き返した。


 背中に衝撃が走った。


 胸が熱くなった。


 思わず彼女をもっと強く抱きしめたかった。


 が、身体の事を考えるとそれは出来なかった。


 理性は状況が改善した今のタイミングで病院へ行く事。「この世界」と言って良いか解らないが?昨日と今日、彼女に逢ってから感じる周りに対する違和感の正体を、彼女に問いただせと告げる。


 「、、、、、」


 だけどボクは彼女を手放さなかった。


 放せなかった。


 理性の警告は「ボク」には瑣末な問題だった。


 欲に呑まれた?違う。


 ボクには今、彼女を抱きしめる事が一番なすべき事に思えた。


 するべき事、したい事が一致した。


 今、この瞬間の「永遠」をボクは願っていた。


 ラブホの部屋の空調が、外に出るボクの高ぶった身体と感情の熱を調節してくれることに感謝した。腕の中の彼女に不快な思いをさせづに済むから。


 本当に時間の感覚が無く、ずっと彼女を抱きしめていたと思う。


 5分だったのか?50年だったのか?


 不意に彼女が背中に回した手を離した、それが彼女の意思だと悟ったボクも抱きしめていた手を離した。


 僅かな距離で彼女と見つめ合っていた。


 ボクから顔を近づけた。


 彼女は目をつぶって受け入れてくれる。


 唇を重ね、互いに両手の指を絡め、握り合う。


 はじめは軽く、何度も重ね合わせる事を繰り返した。


 握り合わせた掌を、押し付け合い、握り直し、時に指をなぞらせる。


 ボクはルキノちゃんの下唇、上唇とキスをして、彼女の口を少し開かせる。


 彼女の口から漏れる吐息は、息苦しさの呼吸か?甘美の溜息か?


 ボクは欲張って、舌先で少し彼女の唇を舐めた。


 彼女が少し驚くように震える。が、恐る恐る、自ら少しだけ口を開いて舌を覗かせる。


 僕達は少しだけ舌先を重ね合わせた。唇を離した時、僅かに唾液の糸が引く。


 次にボクは、キスで彼女の顔を愛撫した。顎に頬。耳元にまぶた、額に。


 そして、吸血鬼のように首筋、肩へとキスをした後、自分の口を彼女の耳元へ寄せ呟いた。


 「愛してる。」


 ボクそれ以上言わなかった、他の言葉も、続ける言葉もはボクのボキャブラリーに無かった。


 またボク達は、手を握り合ったまま、しばらく動かなかった。


 どれくらい時間が流れたか解らない、今度はルキノちゃんがボクを押し倒して来た。


 ボクは枕を下に、白いシーツのベッドに深々と沈み込んだ。


 ルキノちゃんがボクに跨るように覆いかぶさる。


 ボクはじっと彼女を見上げた。


 見つめ合いながら、彼女は右手でボクの横顔をなぞる。


 左手がTシャツの上からボクの胸を這う。


 そして幾らもしない内に、彼女はボクの胸に頭を乗せるように身体を預けて来た。


 彼女の左手がボクの右手に絡み、握り合う。


 彼女の重みがボクに圧し掛かり、体温が伝わる。


 一度、彼女から失われると思ったもの全を、ボクは身体で感じた。


 「幸せ」と言う名の重み。


 「幸福」と言う名の存在感。


 ボクは空いた左腕を彼女の背中から回すように肩を抱き、足を少しだけ絡ませた。

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