ねえ、そんな所に突っ立ってないで。早くこっちにおいでよ。

 水の妖精。


 西に傾く夏の陽射し。

 木々にこだまする蝉の声。

 夕刻の静かな風が草原をゆらし、清涼な川のせせらぎと戯れるルキノちゃん。

 

 陽の光、水の照り返し。

 自然のライトアップが彼女を輝かせる。


 ボクは陽射しに焼かれる事も、長旅の疲れも忘れ。

 目の前の幻想的な光景に魅入られ、そんな言葉が心に浮かぶ。


 「ねえ、そんな所に突っ立ってないで。早くこっちにおいでよ。」


 子供頃、皆でよく遊んだ川。

 彼女の楽しげな笑顔に蘇る幸福の記憶。

 教室でボクを焚付けた「淫魔」の気配など何処にもない。


 ボクは靴を脱いで川に入る。

 水着は持ってきてなかった、Tシャツ・短パン姿だ。

 多少は濡れるだろうが、家も近い事だし問題ない。


 「まって、今行くから。」


 何よりも、彼女の側に行きたかった。


 「!!」


 片足を川に入れた途端、想像以上の冷たさに驚く。


 「ルキノちゃん。寒くないの?」


 いじわる顔で彼女が答える。


 「プールだって、海だって、真水のシャワーだっって。慣れるまでは冷たいでしょ?」


 クスクス笑う彼女。「狙った通り」の反応が返えって来たので喜んでいる。


 妖精に誘惑された旅人が、迂闊に足を踏み入れて災難に遇うと言った所か?

 言われてみれば彼女の言う通りだ。


 「冷たくて気持ちいいでしょ、自然のパワーで身体の疲れもスッキリしない?」


 そうか、ここに誘ってくれたのは全てボクへの彼女の気遣い。


 と、思ったのも束の間だった。


 バシャ!!


 水を浴びせられ、我に返る。

 妖精は旅人相手の遊びを続行中だ、油断した。


 「ねえ、なんで水着持ってこなかったの?」


 妖精は手を休める事無く、旅人のドレスコード違反を非難する。


 「いや、わあ。」


 「この歳でって、チョット。」


 「川遊びなんて~ぇ、るきのちゃ、んん。」


 「考えて、おう。」


 「なかっ、ぶ。」


 一際大量のしぶきが顔に掛かる。

 はい、もうズブ濡れです、、、、


 クスクスと笑う妖精。

 怒った旅人(ボク)は捕まえて仕返しようと妖精に近づきます。

 今度は不意を突かれた妖精が、慌てて旅人から逃れようと立ち上がる。

 が、妖精は「ルキノちゃん」に戻り、バランスを崩す。


 危ない!!


 川底の何かで滑って悲鳴をあげ倒れる彼女、石の多い川底がせまる。

 ボクは夢中で距離を詰め、彼女と川の間に体を挟む。


 何かが川底から跳ね上がるが、かまってられない。

 鋭い痛みを感じながらも、彼女を護る。


 ドン!!


 軽くて柔らかいモノが背中にぶつかる感触。

 川底に下敷きになるボクの背中に、ルキノちゃんは尻餅を付いていた。


 間に合った、僕は安堵する。


 「ご、ゴメン!!」


 ボクの上から降りて、謝る彼女。

 いたずらが過ぎた妖精は、本当に済まなそうな顔をしてくれた。


 「心配しないで、ちょっと擦り剥いたけど大丈夫。」

 「それよりルキノちゃんは?怪我ない?」


 「うん、私は大丈夫、、、本当にゴメンね。」


 彼女に悪意が無いのは解っている。

 むしろボクを本当に心配し、謝罪している姿を見て、喜んでいる自分が居た。


 「「滑って転んだら、頭ぐらい打つから確かにあぶないかもね。」って誰か言ってたね。」


 立場の逆転を楽しむ旅人(ボク)。


 「もう、いじわる。」

 「それより本当に怪我ないか見せて、、、、」


 からかい過ぎたと思ったので、彼女の言葉に従い起きて立ち上がろうとした時だ。


 「何それ?」


 彼女の視線に釣られ、ボクも自分を見た。



 「なんじゃ、こりゃ~???」



 既に他界した昭和の有名俳優が残した、刑事ドラマの名台詞が口をでた。


 神は意地悪な旅人(ボク)を罰した。


 見れば、川の周囲に張られた (と言っても殆ど壊れているが) 柵の有刺鉄線の一部が川底を這っている。

 運悪く、それに絡まってしまったようだ。


 そんな漫画みたいな事って、、、、


 「大丈夫?」


 ボクが間抜けた状況に呆然とする間に、ルキノちゃんは手を伸ばし、鉄線を外そうとする。


 「まって、ルキノちゃん、危ないから触らないで。」

 「それより川から出よう、ルキノちゃんが怪我するから。」


 彼女に先に川から上がってもらい、引っ掛かった鉄線を外そうとするが、なぜか逆に複雑に絡まってしまう不器用なボク。

 薄着なので肌に刺さり、傷がつく。


 滲む血と痛み。


 犠牲者が彼女でなくて良かったと安堵しつつ、状況を判断して決断する。


 「ルキノちゃん、ゴメン。」

 「絡まっちゃった、外すのに道具を使うからボクの家に帰ろう。その方が早い。」


 事実、祖父母の家のあたりはここからでも見える。

 服を脱げば外せそうな気もするが、屋外で全裸。鉄線で傷だらけになり。挙句、服だけボロボロと言う悲劇(喜劇?)の展開も考えられる。


 パンツ一丁で町中とか悪夢だ。


 「ゴメンね、せっかく連れて来てくれたのに。」

 「でもボク達の子供の頃は、柵なんてなっかたよね?」


 問いに彼女が答えた。


 「数年前に上流にダムが出来たらしくて。放流すると、凄い勢いの水が来て危ないからって。」

 「滅多に無いんだけどね、そんな事。」

 「雨が降れば誰も近づかないし、警報も出るは。」

 「たぶん柵は前の雨の増水で壊れたのを直してなかったのね。」


 ボクは穏やかな川原を眺めながら、目に見えない変化、時の流れをしみじみと感じた。

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