非モテくんの革命日記

非モテくん

第1話


 「ふむふむ、言いたいことはそれくらいかな、私からは君が相変わらず

反革命的な言動を続けているようにしか思えない」

俺はそのみじめな小男を、かつてこのような俗物共が俺を見た目を同じような目で

 彼を見るのだ。

「待ってください、確かに自由恋愛が人民の敵となるのはわかっていました。

しかし、街の女子を眺めたことすら反革命なのですか?」

今後への恐怖と、俺のあまりにも当然といった言い方に困惑を隠せない彼は言った。

「なる! それは反革命だ。我が国にはもはや、バレンタインデーもクリスマスも

存在しない。抑圧された恋愛プロレタリアが権力をとって、もはや恋愛は

過去の遺物となり、国家の統制下に移された…、にもかかわらず視線を送るのは

過去を懐かしんだからだ、過去を懐かしむのはプチ・ブル的であり、

それは反革命なんだ」

ありったけの俺の憎悪を、過去を俺は彼に向けた。彼は弱弱しい子羊のような

目で俺を遠慮がちに見ている。

「それ以上君が供述を拒むなら、我々も手段を変えざるを得ない……」

「同志すみれ君、来てくれたまえ」

俺はかっこよく指をパチンと鳴らして彼女を部屋に入れた。

「御用でしょうか、同志反恋愛政治委員」

「例のやつを頼む」

「……わかりました」

俺の命令におもむろに地味な濃緑色の制服を脱ぎだす。その下にはなんとも!

反革命的な豊満な肉体が露わになる。今までの尋問でこれに耐えれたものはいなかった。

「ガハハハッ! ついにプチ・ブルの正体を見切ったり! 今、反革命の、君は

か・く・じ・つに血流が下半身に移り、勃起した! 革命的であれば、

このようなけしからん肉体は見ないか、見てもむしろ血流が頭にいくのだ!

君は今、したに行った。もう言い逃れはできん!」

俺は隠し持ってきた心の中のどす黒さと憎悪を吐き出すかのようにわめいた。

「ま、待ってください! あなたも勃起しているじゃありませんか……」

最後の抵抗なのか、彼はおびえる犬のようにキャンキャン吠え出した。

「うるさい、黙れ! 私は過去を懐かしむ事などしない! 私が今勃起したのは

新時代の到来に、貴様のような俗物共を収容所送りできる喜びで

勃起したのだ! 同志すみれの下着や胸ごときで俺のイチモツが動くなど

今となってはありえん!」

「そんな無茶な……」

彼はそれっきり黙り込んでしまった。うなだれた姿だけなら、完全にかつての

俺たちその物である。俺は全身に快感がみなぎってくるのを覚える。

ザマぁ見ろ、だ。

「反自由恋愛軍事革命委員会の命令において、貴様を

反革命と認定し、反自由恋愛小説輪読刑15年を課す。」


俺は最高のカタルシスとともに憐れむべき俗物の一生にピリオドを打った。


ふふふ、忙しい忙しい、次の「反革命」はどんなのやら……。

「すみれ君、行っていいぞ、次の容疑者を連れてきたまえ」

「ホラ行け、俗物、反革命のクズが!歴史の掃きだめにきえるがいい!」

俺はその小男の尻を思いっきり蹴って部屋から追い出した。



「同志政治委員、次の容疑者です」

俺は言葉を失った。彼が連れてきたのは、間違いもなく、

俺の……初恋の相手だった。権力は、俺を初恋の人に導いた。

俺好みのボーイッシュな顔、そのくせ弱さを秘めたような

アンバランスさに、かつて、いや今すら、俺の股間を

反革命に導いている。

「ケケケケッ! バカめ! 俺が取り調べをするとは!

た~っぷりとその反革命の仮面を剥いでやる!」

俺は動揺でややテンションが上にぶれながら叫んだ。

「非リアくん、非リアくんは何でここに…こんなことで逮捕なんて

おかしい……」

俺のアゲアゲっぷりに困惑した表情でその目の前の男がかつての

自分の信者だったことに気づく。

「ふむふむ、容疑はラインにおいて禁止されている男性との

連絡を、しかも彼氏と! あぁ、なんという反動、なんというプチブル!

連絡を取り、あろうことか公園で密会の上、性行為に及んだ…

ドローンによって発見、逮捕……と」

「これは、君、君は反革命だと思わんのかね?」

俺は私的な感情を押し殺しながら尋ねた。

「誰にでも好きな人と付き合って、セックスする権利は……あるはず、です」

俺の事を知っているはずなのに異常なほどの丁寧な口調でかえす。

「その言葉は飽きたよ。君。その権利とやらは、君らだけにとっての権利だ。

あぁ、この説教すら何回目だ!? 形式的に与えられるにすぎない権利など

権利じゃない! 貴様のような俗物を根絶するために俺たちはいる…

今や、男も女もオタサーの姫も、美人もブスもイケメンも不細工も

全て、社会化された。恋愛は国家によって統制される。いや愛も

結婚も、国家の意思によって決められるのだ」

俺は講釈を垂れ続ける自分自身に酔いすぎて思わず灰皿を落としてしまった。

「ふん、まあいい。これからたっぷりと恋愛プロレタリアの

憎悪の深さを見せつけてやるさ……」


「まずはあれだ、経験人数を聞こうか」

俺は気を取り直して、満面の笑みで尋ねた。

「…そんな事にこたえるなんて、聞いてないよ…」

俺の変わらなさに気づいたに安心したのか、急にため口で答え始める。

「貴様ぁ! 俺を誰だと思っていやがる、ケケケッ、貴様ぁ!」

俺は思いっきり机をぶったたいた。

一瞬にして場は締まり、彼女はビクッと震えた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

彼女は恐怖のあまり、身を震わせながら泣き出してしまった。

「この時代は泣いてもいけない、笑ってもいけない。

まして、女の涙など、新時代にはいらないのだ。で、何人だ?」


「……6人」

消え入るような声で彼女は言った。

「6人! この完全にブルジョア的ともいえぬ、マンコ野郎のように

軽く何十にいたる反動ではなく、この絶妙なリアル感のある

6という数字は非常にプチブル的だ! この時点で貴様は断罪されうる!

で、かれこれの連中とはなぜ付き合ったのだ?

……世の中にはわたしのような、ひじょーっに! 革命的な男もいたというのに、だ」


「全部が全部、覚えてないよ、タイプだったからとか、

優しかったから、とか……」

またタメ口を使い出したコイツはやはり俺を恐れていないから

だろうか?かつての、呪うべき俺は、反動期の俺は確かに恐るるに足らない

木っ端のような存在だった。ただ、権力者として相対しても

彼女から真の恐怖の色を感じ取る事ができなかった。

「なぁにがタイプだ! 上っ面のことばなんぞに

何の意味がある! 君は私の心証を悪くしたよ。

素直に言えばいいものを、もったいぶりおって!」


「なんでそこまで曲がってみなくても…」


彼女はささやかな抵抗のつもりか、俺にまた言葉でかみついてきた。

「そうだ、俺は、抑圧されてきた。貴様らのお楽しみは!

貴様らの下半身のオ・モ・テ・ナ・シはいつだって、

選択できる者にとってのみの物だった! いつだって、耐えてきた…」

「まあいい、ここにお前の彼氏とやらの写真がある。

見た目は、貴様と同じくプチブルの目つきをしている。

そこそこセックスをしてきという、反革命的な目つきだ…

お前はこいつとヤッた。だがお前は俺とはしなかった、

いやその前段階すら行かなかった。その理由を聞こうか」

俺は趣を変えた質問をしてみる。

「好きじゃない人とセックスはできない…」

うつむき加減のまま彼女は答える。

「ああ確かにそういう言い方もできるかもしれない。

じゃあ、どちらと必ずセックスをしなければならないとして

お互い初対面だとして、それならどちらを選ぶんだ?」

彼女が困りだした表情を浮かべた。

「それは、やっぱり……彼氏」

かなり間をあけながら彼女はそう絞り出した。

「それはなぜだ? お互い見ず知らずの設定でだ!」

「……それは、わからないけど……」

わからないけどの言葉に俺はカチンときた。

「それが貴様らプチブルの限界だ。

ハッキリと不細工だから、いや今となってはこの言葉は

反革命的だが、そういう勇気すらない、お前自身が

もう死にかけたこの状況ですら、貴様は

あけすけに語ることができない。これがお前の限界だ」


「いやでも、非リアくんだって、

選べと言われたら、選ぶでしょう?そういう時だって

あるのは仕方ないよ…」

彼女はまた泣き出した。

「泣くな、次に泣いたら射殺する、選ぶ実質的な権利も

自由も持たない人間にその仮想状況を想定させるのは

無理だ。パンを買う金がないのにどうしてケーキを食べられる?」

理屈を並び立てる俺の態度に、彼女の表情に生気がますます消えていくのを感じる。

「非リア君は、非リア君はそんな事言う人じゃなかった。

教室でもよく笑ってて、面白い事いう人だったのに、なんでこんなことに加担しているの?」

彼女の思わぬ自分の過去への言及に俺は胸がやや締め付けられる思いがした。

「バカ野郎!本当にプチブルっていうのは能天気な奴だ。

世界が表面の表情やタテマエや善意だけで出来ていると思っているのか?

学校での非リアに対する抑圧を見ていないのか貴様は?あの空間には、自由などなかった!

あるのは許されうるものだけの、「自由」と「権利」そして、

持てるもの者のそうでない者に対する絶え間ない抑圧……俺は、俺は、

ブルジョアのオモチャになり切らない為にピエロをやっていただけだ。

貴様らは、貴様らの絶え間ない抑圧と恋愛による間接的な抑圧は

俺のピエロのペルソナの中にドス黒い憎悪を生み出した、非リアを舐めるな、

お前らに自覚があまりにもないことが、革命をついに引き起こしたのだ……!

ある人間でなら、許され、ある人間は同じことでも弾圧される、

これが俺の学生生活すべてで見てきた、この世の不条理、不公平だ!俺たちは

もう我慢しない!お前のいう自由も、お前のいう権利も、お前たちだけの

独占物だった、そんな自由や権利は俺たちがぶっ壊してやる、倍返しだ!」

彼女へのかつての反革命的な気分がぶり返すのに気付いたからか、

俺はいつも以上にアジってしまった。過去に触れられる状況は当然

これが初めてだからだ。

「もう、何言っても非リアくんの心を動かせそうにないね……

あの頃から実は非リアくんの事はよくわからなかった……今も」

彼女はもはや泣き終わり、むしろかつて俺を見てきたような、

子羊や野良犬を見るような目で俺をまじまじと見ている。

「なんだその目はぁ! なんだプチブル野郎!

そうだ、もういい。権力をなめるな!なめるな、なめるな?

うん、そうだ、ここで選べ、いますぐ俺にフェラチオするか、

さもなくばこの手で射殺する」

いつも以上に俺自身が興奮しているのを自覚しながら、さしてその事自体に

興味がないくせに、こういう状況になって過去に申し訳程度に触れた彼女への

怒りからか、おもむろに俺は引き出しから拳銃を取り出した。

そしてまた、空気が変わった。彼女は硬直して目は俺を突き刺すような視線を送る。

「貴様らがもったいぶってスカートをひらひらさせながら

選んできた権利と自由じゃあない! 究極の権利と選択をしてもらおう

じゃないか、ケケケッ、ヒヒヒッ!」


「…できない! しない! ぜったいにしない!」

彼女は恐怖よりも怒りを全面に出しながら、憎悪の目に変えて俺をキッと

にらみつけた。

「やれ! なめろ! やれ! プチブル! お前は6本咥えたのに

自己申告でも6本なのになぜできん!お前は死ぬんだぞ!

バナナだと思え! ちょっと臭いだけだ! かわらん!」


「いや、できない、ぜったい、しない!」


ロボットのように拒絶を続ける彼女。俺ももう引くことができなくなっているのを

悟りだした。

「やれ! おら!」

拳銃を右手に俺は無理やり彼女の頭を掴んで股間に押し付けようとした矢先。

「イヤッイヤっ絶対あんたなんかにしない! 気持ち悪い!」

最後の言葉に俺は、革命的な俺のなにかが飛んだ、たぶんネジが飛んだ。

「き、さ、まぁ!」

俺は拳銃の安全装置を外し、引き金を引いた、2度、3度。


ターン、ターン、ターン……!


部屋の中に強烈な音が響き渡る。


9ミリ拳銃は彼女の頭部と胸を確実にとらえていた。


気づけば俺は泣いていた。数々の反革命を弾圧して、

どんなセックスの話にも反応しなくなっていた俺が。

フェラチオ一つで人を殺しただと……?


「おい、すみれ! 来い!」

普段は表情を変えぬ「革命党の姫」すみれの目にやや困惑の感情が

入っているのが俺にも分かった。

「……はい、同志政治委員」

「これを早く片付けろっ……!」


俺は声を押し殺しながら指示をだす。



 俺の怒りは、怒りは彼女を動かさなかった。なぜだ。

あいつらは、権力と自分の身のためなら、なんでもする連中だと思っていた。

あそこまで抵抗するとは、どんだけフェラしたくなかったんだ。

 反省のような気持ちになりながら、また怒りが勝ってくる自分を覚える。

そうだ、やつらはプロレタリアにはフェラ1つしない、ブルジョアジーの

アレはバナナのようにムシャムシャするくせにだ!

これだけ抑圧してもまだこれとは! プチブル層までここまでの

自由恋愛観がはびこっているとは。


 気を取り直した俺は涙を拭いてまた大声を出した。


「次、次の反革命のクズを連れて来い!」


俺の革命的な偉業は、こうして果たされ、続いていくのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

非モテくんの革命日記 非モテくん @ohsaycanyousee1992

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る