第15話 国王の寝室で

 城、と呼んでいいのか分からぬその建物の中は複雑なようでいて単純な構造だった。


 周囲の建築物が継接ぎで構成され迷宮のようになっているのにも関わらず、この場所だけは“設計されて”このような形になっているらしい。中央に蒸気歯車スチーム・ギアを使っているらしい昇り降りする箱型のカラクリが設置されており、量端には階段が設けられている。

 横一文字に長い廊下、そしてそれに突き当たる形でもう一本伸びていて、その周辺に部屋が並んでいる形だ。

 外から見れば鉄の管と歯車で組み上げられているような奇妙な有様だが、内装はしっかりしており、何処ぞの宮廷を思わせる。

 不思議と建物の中では灰も、吹き出す煙も見かけなかった。

 無論、外側では轟々と呼吸するが如くそれらを吐き出してはいたがーー。


「身分の高いものほど穢れを嫌う」


 部屋の灯りは一つを除いて砕かせてもらった。

 ギシリ、と押し倒した男の胸を押すとベットが軋む。


「そなたはその典型的な例のようじゃのう」


 私は今、現国王・「名を聞くのを忘れておったな。……まぁ良いか」の寝室でその国王に馬乗りになっていた。


「な……なにが目的だ……」

「こんな状況でそのようなことを尋ねるとは、お飾りのこの頭は必要ないな?」


 ぐいっと首元に当てたナイフを押し上げると小さく悲鳴が上がった。

 なるほど、醜悪な顔をしておる。

 どこかあの白髪を思わせる愛嬌の無い、言葉で語る事が躊躇われる顔だった。強いて言うなら“カエル”だ。年老いた、白髪混じりの蛙とでも形容しようか。

 なんにせよ、見ていて気持ちの良いものではない。


「お主……まさかーー、」

「お……? ようやく私を知っているものに巡りあえたというわけか。全く、この国の者はどうかしておるぞ。どれほど田舎なのじゃここは」

「忌々しいッ……娘に手を出したからかっ……? そうなのか!!」

「喚くなカエル。喉から直接息をしたくはないだろう」


 荒い呼吸を繰り返すごとにぜい肉のつまった胸が上下して気持ち悪い。

 いっそのこと、息などできぬように握りつぶしてやりたいわ。


「貴様らはいつもそうだ……ふらりと現れては私たちの邪魔をする……!! 兄上も、貴様らにたぶらかされなければ長生きできたものを……」

「喋るなと言っておるのに愚の骨頂にも程があるぞ」


 少し手を横にずらすと刃の上を血が伝った。

 どす黒い、全くもって穢らわしい血だ。


「これからしばしの間動かないでいてもらいたい。ーーなーに、“今はまだ”命までは取らんよ。ただ、我が道化となって貰いたいだけじゃ」

「なひ……」


 ナイフから少しでも逃れようと必死に首を引くせいで言葉になっていなかった。

 しかしそれでいい。喚かれるよりも随分と楽になる。


「なひをするつもりだ……」


 醜悪な顔がより一層捻じれて酷いものとなる。

 そんな様子に笑みがこぼれた。

 生きるためとなればここまで醜い表情をできるのだな、人というものは。


「何をするつもりだ? 聞いてどうする。どうにかできるか? なんの力も持たぬ人間風情が」


 そうだ、本来あるべき姿はこうなのだ。


「私たちに歯向い、牙を剥く? あまつさえ、支配しようなどと虫酸が走るッ」


 勇者共イレギュラーとの戦いでその事実を忘れかけていた。

 そうだ、そうなのだ。本来人種ひとしゅとは下等で、取るに足らない生き物だーー、


「たしゅけ……たすけてくれ……」

「…………」


 漏れた殺気に当てられたのか震える豚蛙は涙と涎でグショグショだった。

 この異常たる国の国王たる者がこのようなさまであるとは……、なんとも


「哀れじゃな」

「ふ……?」

「まぁ良い」


 ナイフを持っていない反対側の腕を差し出し、体内の魔力を練る。

 こんなものを生かしておかなければならないのは癪だが、表立って動けんとなれば仕方あるまい。


「何をするつもりだと聞いたな。教えてやろう」


 あの娘がどうだとか関係ない。

 ただ私は自分の責務を果たすだけだ。


「戦争だよ、愚王ブタガエル?」


 淀んだ瞳が見開かれた。

 指先から魔力を注入し、その精神を手中に収めるーー。

 流石に長期間操る為となれば時間は掛かるが、城内はあの娘の表明に向けて大忙しといった感じだったからな。時間はまだま、「だっ……」……?


 視線を感じた。魔力の注入も他所に取り付けられたバルコニーの方へと目をやる。

 窓は閉め切られていて、薄いカーテンの向こう側に灰色の空が見える。


 誰もいない。気のせいか……? でも今確かにーー、


 ゾワリ、と背筋を撫でるような感触が走り今度こそ振り返った。

 豚蛙キモデブは気持ち悪い声をあげて気絶し、その僅かな呼吸音だけが部屋の中に響く。

 無駄に広い部屋だ。装飾にこだわったソファーや巨大な獣の剥製などが飾ってある。

 ゆらゆらと一つだけ残した明かりが揺れ、影を生み出す。

 何処だ、何処にいるーー。

 僅かに掴んだ気配を手繰り寄せ、


「なにものだ?」


 取り付けられていたシャンデリア。そこに“逆さまに立っている人物”を睨み上げる。


 ーーが、既にそこに気配はなくドタバタと扉の向こう側から足音が聞こえて来た。


「陛下!! 陛下!」


 扉を叩きこそしないもののどうやら先程のものが告げ口したのだろう。鎧の擦れる音が響いた。


「チッ……」


 無駄な争いは避けたいのだがなーー。

 への支配はまだ済んでいない。となれば、

 考えが纏まるよりも先に「開けますよ!!」という声と共に扉が開いた。


「なっ……」


 そして一同の表情が固まる。


「ひゃっ……?!」


 私は小さく悲鳴をあげ、“肌けた服を”手頃なシーツで覆い隠す。愚王の、体の上で。


「何事か」


 仰向けに転がったまま愚王は告げる。


「真王の寝室に踏み入るなど覚悟あっての事だろうな」


 無論、その目は虚を見つめ、すべては私の手によるものだ。


「へ……へいかっ……」


 頬を赤く染め、兵士たちから顔を逸らす。

 体つきは子供のそれだが魔性であれば他のものに引けなど取らぬ。

 女である事を最大限に生かした武器で兵士たちの喉を鳴らしてみせる。


「お……お取り込み中でしたか……失礼しました……」

「して、何用なにようか」


 声のトーンを更に低くし、さながら王の威厳を讃えたまま告げる。


曲者くせものが入り込んだとのことでっ……その……」


 もはや直視することはできんのだろう、うつむき、言葉に詰まりながらも任務を果たそうとする。それを愚かと呼ぶか忠実を呼ぶかは些細な違いだ。


「許可無き侵入者というのであれば、そちらと其奴そやつ、どちらが曲者であろうなーー?」

「しっ、失礼しました!!!」


 たっぷりと怒りを含ませた声に兵士たちは一同、扉を閉めて退散していく。

 向こう側から聞こえてくる声からするに城内の捜索に移ったらしい。

 なるほど、配下のものたちには恵まれておるようじゃなーー。

 あれは先王の教育の賜物かも知れぬが。


「さて、いつまでそうしておるつもりじゃ。……私にこのような辱めを受けさせた事、許さぬぞ」


 ソファーに腰掛ける人物に私は睨む。

 その者はパチパチと軽く手を叩きながら立つと振り返った。

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