第14話 煤まみれの街で
翌朝、街の方が騒がしいと思ったらあの娘の存在が民衆に知らされていた。
噂として、そして声明としてその「表明」は広がっていく。
由緒正しきアルガス王家の血を引くアイネ・クルス・シュタインは隣国へ嫁ぐ事になった、と。
幼き姫君を守るためにその存在は長らく隠されてきたが、今年、13になる彼女は王家の者として責務を果たすのだと。
「年の割には発育がなっておらんかったな」
そんな話を臨時休業になった酒場でパンを片手に聞いていた。
「どうするんだ! このままじゃ本当にーー、」
「本当に慰み者じゃな」
あのバカ騎士も一緒だった。
精神支配を行うまでもなく、本来の血筋である先代は現国王に暗殺されたと言ったらあっさり信じた。
バカだ、
「もう少し頭を使った方がええと思うがな」
「ぬ……?」
利用しやすいに越したことはないが、最小限の駒としてしか期待できんな。
「昨夜、娘に会ってきた」
「な……?!」
「帰りたくはないそうだ」
「に……!!?」
「驚くなら一度に驚け、鬱陶しい」
とりあえず事務連絡だ。土壇場で「さぁ帰ろう!!」とか空気を読まずに言いそうだからなこいつは。
「帰る場所はここにあるというのに……何故……」
失策であったか。もう放っておいて良いだろうか、バカ騎士。
「自分に出来ることがあるなら皆んなの為に頑張りたい、ンだと。正気とは思えんが真面目にそう考えておるようじゃ」
「じゃあこのまま見過ごすっていうのか……?! 彼女が可哀想だ!」
あのとき、お前が邪魔しなかったら手っ取り早く
「どうした?」
「いや、主の首はいつまで繋がっておるのかと考えていたところじゃ」
「ん?? ん? ん?」
バカは本格的に放って置いて。
「そいうわけじゃからあの娘は帰っては来ぬから変な期待はせんでくれ」
カウンターの向こう側で耳を傾けていた保護者二人に話を振る。
どうやら私たちが連れ戻してくれる事を期待している節があるので、先に釘を刺しておく。
「本人が帰りたいというのならそれでも良いと思うが、そうなればここではもう暮らせんだろうよ」
隣国との戦争。この国がどれだけの兵力を持っているのかは知らんが、国内がこれほどにまで荒れているのであれば内側から崩れるのは目に見えている。一番怖いのは敵兵ではなく国民だ。政治不安が積もれば打倒政権となるやもしれんし、実際、そのような国を幾つも見てきた。
皮肉にも国を終わらせるのは国を思う愛国者なのだ。
「じゃからあの娘には、このまま姫君として任を全うしてもらう方が良いと私は思う」
娘一人の命で国民が救われるのであれば効率は良い。
昨日今日降って湧いた姫を「いとおしい」と思う者はおるまい。
数日の間、可哀想なことをしたと話が交わされそれで終わりだ。国を倒す程の愛国心を持っていたとしても、本当に守りたかったのは己達の生活、というわけじゃな。
当然のことを言っただけだったが夫婦は絶望に打ちひしがれたように互いを見あった。
僅かな希望でもあればすがりたかったのであろう。仕方がない、所詮は酒場の亭主とその妻だ。自分たちではどうしようもないのだろう。それこそ、匿い、痛めつけられようが「知らない」と口を閉ざす他には。
打撲傷が殆どだったようだが酷く痛むらしく鍋は振るえないという。
今朝の食事も女将が作ったものだった。
「残念だとは思うが諦めてくれ」
「ああ……そうだな……」
旦那の方は聞きわけが良いらしい、女将は必死に認めまいと苦い顔を浮かべている。
どうでも良いがな、この二人のことなど。
「よいしょっと……、結局一晩世話になって食事まで頂いてしまったな。感謝しよう」
野宿していたら風呂に入ったのに全身煤まみれになっていた所だ。
食事も別に不味くはなかった。また食べに来てやってもいいと思えるレベルだ。
「私は私でやるべき事があるから行くが、間違っても乗り込むような真似はせぬようにな。無駄に命を散らすだけじゃぞ」
隣国へと“出荷される”姿を見て兵の前に飛び出す姿は容易に想像出来た。
無駄な足掻きだ。あの娘の前で切り捨てられ、未練を断ち切らせるというのであれば一向に構わんが「無駄死に」という事がよく似合うの?
「……あんただけでも……ここにいていいんだよ?」
入り口まで行ったところで女将が躊躇いながらもそう告げた。旦那もそれに対しては否定もしない。
ただ黙って私を見つめるばかりだ。本当に身寄りのない子供を拾うのが好きな夫婦だな。ーー哀れで言葉もでん。
「 じゃあの 」
こんなところで飼われるぐらいなら羊飼いに身を任せた方がマシだ。
どうせあの娘の代わりにはならぬと分かりつつも、その姿を重ねることになろうに。
「おいおい、ちょっと待てよ。本当に見捨てるつもりなのか?」
後ろからガシャガシャと手足を鳴らしながらバカ騎士がついてくる。
姫君の顔見せがあるらしく、人通りは減ってはいるがみすぼらしい格好で付いてこないで欲しいのだが……。
「助け出すつもりはないと私は言ったはずだが?」
「しかし……!」
無駄に正義感あふれる男だ。不幸に向かう少女を見捨てられはしないのだろう。
「こうなったらマクベス様にお願いして……」
「バカも休み休み言え。お主が顔を見せれば“あの者の首はどうした”とお主の首が刎ねられるぞ。そんなことも忘れたのか」
「はっ……」
本気で忘れていたらしい。多少の武を持ち合わせているようだったが、もしかするとその分だけ知性を失っているのかもな。それなら納得もいく。ばーさーかーという奴だ。時々見た。馬鹿力の叫んでばかりいつ奴らじゃった。
トコトコと街を歩きながら昨日帰り道に盗んできた服がなかなか身に合っていることに満足していた。
また煤だらけになるのが嫌で新品のマントも盗って被ってはいるから、行き交うものに服を見せられぬのが残念だが仕方あるまい。遠い東洋の国のもので“着物”とかいうらしい。一度「絶対似合うから」と着せられて以来だった。何気に気に入っていたのだと身につけてから気付かされた。
「何を笑ってるんだ?」
「良いことがありそうじゃと思うてな」
「んんん??? そんなことより! 助けに行くつもりがないのなら私はここで失礼させて貰う……! こうしている間にもあの子の心には消えぬ傷がーー「助けだすつもりはないと言っただけで、行かんとは言っておらんぞ」……は?」
言葉の間に割って入ったおかげでバカには何を言ったか理解できなかったらしい。
言葉を区切って、はっきりと、伝えておく。
「助け出すつもりはないが、これから向かうのはあの城じゃよ」
城と呼んでいいのかいまだに悩むがな。個人的には「棺桶」とでも呼びたいところだ。
「それは助けに行くって事でいいのかな……?」
「助けになるかはあの者次第であろう。私は私の用事をすませるだけだよ」
あの娘の意志など関係ない。これまでどおり、私は私の目的の為に動くだけだ。
「多少腕が立つのは分かるけど君は一体何者なんだ……?」
バカはバカなりに頭を使えばわかりそうなものだが、このバカはその上をいくバカらしい。
「何者か知ったところで主に選択肢はないと思うが?」
「……っ、そうだなっ……!!」
囚われの姫を助けに向かう正義の騎士。馬鹿正直で騙されていることにも気付きはしない。
「騎士の本分、見せておくれよ?」
「おうっ!」
そうそう。その調子だ。バカにはそれなりの働きを与えてやるから黙って付いて来れば良いのだ。
それにしてもーー、しかしというかやはりというか、街の中は「供物の姫君」についてで持ちきりだった。
隣国との戦争の噂は前々から流れていたらしく、それを回避できるのであれば……というのが大抵の意見のようだ。予想通り誰もあの娘の心配などしていない。余程不安を煽るような情報が流れていたのか、安堵のため息はあちこちから聞こえてくる。これで助かる、なんとかなった。そんな言葉ばかりだ。
「このような国に身を捧げて何になる」
人が腐っているのだ。その上、大地を私利私欲のために削る事は己の命を削ることと同意ぎだ。ここまで好き放題すれば数十年のうちにじき滅びるだろう。己の首を己でしめている。そのことにいつになったら人は気付くのであろうなーー?
昨晩、少しでもあの娘の気持ちが理解できると感じたのは私も熱にあてられていたらしい。
いざ人の中を歩いてみれば、ただただ汚らしく、穢らわしい。
「自分が守られてきたから……だろうね……」
突然背後から声が飛んできたかと思うと「だから守りたいって思うんだ」と続けた。
「ァあ……?」
あまりにも間を起きすぎていたために何の話か一瞬理解できなかった。
振り返るとバカ騎士が怪訝そうな顔で首をかしげる。
「だからさ、生まれ育った国だからこそ何かしたいって思うんじゃないかな……? まだ幼くとも、それでもずっと過ごしてきた街並みーー、それを守る為になら自己犠牲も厭わない!」
少しは頭を捻ったらしく目を輝かせていた。無邪気に、心からそうだと信じているように。
「はぁ……」
だからこそ溜め息がこぼれた。というか主観が入りすぎだこのバカ者。
「あの娘は記憶喪失なんじゃぞ……? 育てられた記憶もなければ思い出もない。あったとしても“一人城から逃げ出すような境遇”だ。愛国心など育つわけもなかろう……」
と言いつつも実際は育ってしまっている。
この国のために、我が身を捧げんと思う気持ちが。
そのことが無性に私の神経を逆なでしていた。馬鹿らしいと。無駄なのだと言い聞かせてやりたい程に。
そして、そこまであの娘に拘ってしまう自分に対しても腹が立った。何を気にしているというのだ、私は。
「姫様……だからかな……」
「そこまで能天気だといっそ清々しいな」
「ええっ……?!」
あの酒場の雰囲気を知れば分かる。あの娘の守りたいのはつまるところ自分の世界なのだ。
あそこにやってくる常連、亭主、女将。
そこに自分が加わって回っている……そんな世界が壊されるのを一人、黙って見ている事は出来ないのだろう。
しかし、その場所を守ったところで己がいなくなれば環境は変わり、守った意味など無くなると分かっておらんのだろうな……?
「さて、と。ここからは別行動にしようぞ?」
「え?」
市場を抜け、もうじき行けば例の鉄の城塞だというところで足を止めバカ騎士に向き直った。
「数刻もすればあの娘が城のベランダよろしく演説台から民衆に向けて声明を発表するらしい。そのあとは部屋に戻ることになるだろうから、お主は何食わぬ顔で城に戻り、あの娘の側で待機してくれ。なーに、堂々としてれば何も聞かれずに近づくことはできるだろうから、あの娘を人質にでもされそうになったら守ってやれ」
「もしバレたら……?」
「首を献上すればよかろう」
やっていることは反逆だ。それぐらいの覚悟を決めてもらわねば。
「ぐぬぬ……、それで君は……? どうするつもりだ?」
「あの手この手と裏から手を回すのは苦手でな。直球で攻めてようと思う」
「それはつまりーー、」
「ああ、親玉に会ってくる」
後ろを歩く騎士の足音が止まった。
振り返ってみると顔を真っ青にしてこちらを見ている。
「なんだ、驚くことでもなかろう? 事を急ぐつもりはないがその方が手っ取り早いと思ったまでだ」
「分っているのか!? 相手は国王様だぞ! 多少腕が立つからと言ってそんな事できるわけがないだろう!」
私はそれに対して魔王なんだがな。
あちこちで生えてくる有象無象の
いちいち説明するのも面倒なので「ま、なんとかなるさ」と言っておいた。
魔王だと言ったらこの男は切りかかってくるだろうし。
「……お?」
ふと視界の端に見知った顔が映った。
あの酒場で暴れていた男だ。私を地面に擦り付けた、と言ったほうがいいだろうか。
それだと白髪とも被るから……そうだな、街中の男その1だ。
「ふむ……」
「おい、どこ行くんだ。城はこっちだぞ」
脇道にそれようとしたところで当然引き止められる。
「用をたしに行ってくる。先にいっておれ」
「なっ……」
顔が真っ赤だ、聖騎士殿?
後ろの方で「年頃の娘がそのようなことをうんたら」と叫んでいるがそっちの方こそ恥ずかしい。
無視して脇道に入り、あの男の影をのんびりと追った。
何処に向かっているかは知らんが、一度掴んだ気配は早々手放しはせん。
ホイホイ、と角を幾つか曲がり、辿り着いた一角は明らかに「そういう男ども」を対象にした店が並んでいる。
心なしか、というか当たり前なんだろうが人通りは少なく、そこを歩く男たちの背が丸まって見えるのは気のせいではないだろう。
「……全く、姫君のお披露目だというのに貴様らは何をしておるのだ」
「ひゃ!!!?」
ちょうど店の男に案内され、建物の中へ入ろうとしていた街中の男その1に話しかけた。
後ろから声をかけられただけではない驚きからで跳ね上がると恐る恐るそいつは振り向く。
顎の下が盛大に腫れていた。
「なるほど、これから主のことはアゴと呼ぶことにする」
「み……密偵どの……? どうしてここに……」
その口調は固く、ガタガタと震えだしそうな勢いだ。
「声をかけるタイミングは間違っていたか?」
「いっ、いえっ……!」
アゴは否定するが、端から見れば私は子供でしかない私の出現に店の男は明らかに迷惑そうな顔をしていた。だが流石に女と事を成しているところに邪魔はできんからな。
「少し聞きたいことがあって声をかけた」
「なんでしょう?!」
声が上ずってなんとも情けない。図体ばかりでかいくせしてーー……、
「……? 密偵どの……?」
「なるほど。だからあの娘を襲っておったのだな」
「!!!」
壁際の絵を見て納得がいった。
「私個人としては軽蔑する」
「……!!!」
自然と睨んでしまい、殺気も漏れたらしい。ビクンビクンと小刻みに震え、壁にへばりつく姿はあまりにも哀れじゃった。
店の男が後ずさりする。うむ、それが賢明だろうよ。できればそのまま何処かへ消えてくれると良いのだがな。
しかし殺気の端にでも触れてしまったのか固まり動けないでいるらしい。
辺りを見れば道をコソコソと歩いていた男どもも固まり、こちらを見ている。
「……なるほど」
なんて事はない、“この一角は全てそういう娘を扱った店”だったようだ。
「主らが何を糧に生きておるのかはわかりとうもないが、これだけは言っておくぞ」
バカバカしいと思いつつもこみ上げる吐き気を解消するためにもこうするしかなさそうだ。
「私の前でそのような
もはや殺気など隠すつもりは微塵もない。
周囲に向けて、この付近一帯の男どもに向けて容赦ない憤りを吐きつけ、存在感だけでその身を押しつぶしてやる。
私を中心に広がったそれはある者の腰を抜けさせ、ある者を気絶させた。
店の中に入ろうとしていた者は引き返し、その場でたたらを踏むに至る。
「ふん、この程度で震えるとは……やはり小さい物しか持ておらんのーー……?」
「……ぁ……あへへ……」
アゴが煌々としたそれはもう、“気持ち悪い”笑みを浮かべていた。
最初は思考をトレースして情報だけ頂いていけば良いと思っていたが、今この状態の脳内を読み取りたくはないと心底思った。できればもう話したくもないし、無論、群れたくもない。
魔力も勿体ないからな……うぬ……。
仕方なく口頭での尋問に切り替える。
「私の“他に”密偵が入り込んでいるはずだ、接触はなかったか」
こんなところまで足を運んで確認したいのは結局のところ、この件だった。
「これから任務で動くことになるのだが互いに邪魔をしたくはない。貴様は何か言伝を頼まれているのではないか?」
王都から探りが入っているというのはもしかすると私の存在に感づいての動きかも知れないからだ。
あちらとしても公に探したのでは騒ぎが起きる。
なんせ何万という人間を殺し回った魔王だ。そんなものが街に紛れ込んでいるとなれば治安は崩壊するだろう。
故に、各地に忍ばせている諜報用員なり信頼のおける者たちに調査を依頼すると思ったのだが……。
「い、いいや……、俺が聞いたのは“この街に王都からの遣いが入ってる”って事だけだ……。なんでも極秘の任務だとかで身分は隠してるとかなんとか……」
「……」
「嘘じゃねぇよ!! 本当だ! 俺はただこんなところから早くおさらばしてまた王都でーー、」
「もう良い」
期待はずれだった。
情報源が限られているとはいえ、このような者を頼る時点で間違いだったのだ。
「おいっ! 待ってくれよ!! いつまで俺たちはこんな所で、「煩い」
肩に手をかけられ、流石に腹が立った。
その腕をひねり上げ、魔力は使わず体術だけで思いっきり投げ飛ばす。
ぐるりと巨体は宙を舞い、傍観に徹していた男どもの間に落ちる。
「私はお主らの様な者を心底軽蔑しておる。金輪際話しかけるでない」
時間を無駄にした。と踵を返し、元来た道を戻ろうとするとあのバカ騎士が赤い顔で目を見開き固まっていた。
どうやらこのような店構えの道は坊やには刺激が強すぎるらしい。
「付いてこんで良いと言ったろうに」
「しっ、しかしだな……!!」
「無駄足だ。行くぞ」
「あっ……ああ……」
倒れている男か、それとも構えている店か。
何に未練を感じているのかは知らんが回答によっては義手で無い方の腕を引きちぎってくれよう。
「お主はこのような国の惨状を何とも思わんのか」
聞いたところで無駄だと分っていたが、それでも聞かずにいられなかったのは少なからず自分の過去を重ねてしまったのかもしれない。
「取り締まるのが騎士の役目とは言わんが、見過ごすんじゃな?」
自分でも棘のある言葉だとは思った。じゃが、当たらずにはいられない。
「主も
言葉なく、少し後ろを歩くバカ騎士は何も言わない。
どうやらなんと言葉を返せばいいのか戸惑っているらしい。
ーーふん、分ってはいたがなんと浅い。底が知れすぎて期待通りじゃ。
こんな若造に何か答えを求めているわけではない。ただ不満をぶつけたかっただけなのだ。
いつになってもこういうところは直らんものだと未熟さを思い知る。……いや未熟だからこそ、いまもまだ戦っていられるのか?
「なんというか……私が偉そうに言える事ではないんだろうけど……」
「ふむ」
歩きながら、歯切れの悪い言葉に耳を傾ける。
「仕方のない事なんだと思う……」
「……」
別段、その事に対して怒りがこみ上げるわけではない。
分かりきっていた事だ。
「そういう事がないと世界は回らない……」
「ならば、あの娘と“あのような場所に堕ちた娘”の違いとはなんだろうの?」
どちらも物としてやりとりされようとしている。
「身分の違いか? 王家の血を引く姫君だから騎士殿は助けに行かれるのか?」
「それは……違う……」
「ではなんじゃ? どうしてお主はあの娘を助けたいと思う。国の為か? 己の正義か」
わかっている、こんな会話に意味などない。
答えなど最初から持ち合わせている。
この騎士を
「どうして“あそこの娘たちは見捨てられなければならぬ”?」
わかっているのに言葉が止まらない。頭の中は冷静だ。やるべきことは決まっている。
けれど気持ちだけはぐるぐると同じ場所で渦巻き、前へ進もうとしてくれない。
「どうして“あの姫を助けねばならぬ”?」
……ああ、わかった。悔しいのだ、これは。
「どこにもそのような義理は存在せぬ。じゃのに何故ーー、」
私は誰にも助けてもらえなかったから。
「何故、お主はあの娘を助けたいと思うのだ」
こんな風に手を差し伸べてもらえるあの娘君が羨ましいのだ……。
「……わからない」
騎士の答えは簡潔だった。
「わからないけど……助けたいんだ」
それでいてやはりバカだった。
しかしその答えは私にとって一番残酷で、あの娘はそれを持ち合わせていて、私にはそれがなかったというだけの話なのに。もう既に過ぎ去った遠い過去で、そんな記憶などとうの昔に忘れていたと思っていたのにそうでもなかったようだ。
どうやら必要以上にあの娘に拘っていたのはこれが原因だったのだ。
“同じ境遇でありながら”恵まれた環境でいるあの娘に私は嫉妬し、それでいて“過去の自分を救いたい”とでも思っているらしい。
「ーー哀れじゃな」
「ぇ……?」
「なんでもないッ」
どうでもいいのだ、こんなことは。
考えたところで、……いや、気がついたところで私のすることは変わらない。
過去の私を重ねている? 馬鹿馬鹿しい、だからどうだというのだ。
そこに迷いはない。もはや引き返す必要など何処にもなく、ただ私の帰りを待っている仲間の為にもこんなところで油を売っている場合ではないのだ。
「私は先に行く、貴様もくれぐれも騒ぎを起こさんように潜入しておけ。いいな!」
言ってひょいっと屋根に飛び乗る。
人混みの中を駆けるよりこの方が早いだろう。
「私は一体何をすれば……?!」
無能なバカ騎士はうるさい。少しは頭を使えというに。
「子守でもしておれ! 騎士じゃろう!」
それだけ告げて私は宙を駆ける。
煙があちこちから上がり、火が吹き出す街。
煤と灰が降り注ぎ、空の色はくすんで見えるーー。
このような国は滅んで仕舞えば良いのだ。
風を切りながら自然と奥歯に力が入った。
これから私は、この国を滅ぼす。
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