第13話 闇を駆ける
この街に夜はないらしい。
あの酒屋に戻る道中にもあちこちから火が吹き出すのを見える。
昼間ほどではないが相変わらず煙が上がり、どこからともなく金属音が響き渡ってくる。
「気味が悪いな」
屋根の上を歩きつつ、そんな見慣れぬ光景に眉を寄せた。
「夜は星を見て眠る。……そんなことすら忘れたのか」
見上げた夜空は薄く、灰色の煙で覆われてしまって伺うことができない。
見えぬから忘れたのか、忘れたから見えぬようになってしまったのか……どちらにせよ、こうなっては人類も終わりだろう。いずれやってくるであろう終焉の時を震えて迎えればよい。
「ふぅ……」
高い煙突に飛び乗った所で足を止め、改めて見回す。
やはりこの街は異常だ。
賑やかだった市場は閉まっているが、街のあちこちで怪しい人影が蠢いている。
そのような営みのすべてが悪であるとは私も言い切れない。ある程度の人に言えない欲というものは存在するものだ。
しかしこの街は、「腐りきっている」。
吐く息も、すでに漂っている“悪いもの”に毒されている気がする。
よくもまぁ、こんなところで暮らせるものだ。気が知れん。ーーだが、
「あの娘が身を張ってでも守りたい国……か……」
悪趣味をしておる。
鼻で嗤いつつも、何処にそんな魅力があるのかと自然と目が彷徨ってしまう。
ああ、なるほど。しっかり毒されておる。辺りに漂う空気がそうさせたのか、それともあの娘や酒場の二人がそう思わせているのか。
どうでもよい、ただ力で潰すには少々惜しい。そんな風に思わされている私が憎い。
「精霊たちよ、我が求めに応えよーー。汝らの示す未来を我に与えよーー」
風に乗せ、言葉を流したところで精霊達からの返答はない。
異常なのだ。この地は。
大地に根付き、命を循環させるという
「……バカな事を」
何をムキになっているのかバカらしい。
この国一つ潰したところで、同じような技術が周辺各国に広がっていないとも限らない。
事を大きくすればするほどに勇者どもには気付かれやすくなる。ならば、どれだけ窮屈だとしても今は耐え、その機を待つのみ……。……待つことには慣れているはずだ。何十年も、その時を待ち焦がれてきたのだから。
「っ……」
思い出しただけでも忌々しい。
次々と打ち破られていく幹部たち。
討伐隊を差し向けところで姿をくらまし、こちらの軍隊の裏を描くように城へと奴らは迫ってきた。
まさに死神、勇者など聞いて呆れるーー。コソ泥と何も変わらぬではないか……。
「無事で居れば良いのだが……」
月は見えない。
かつての仲間たちの姿は何処にもない。
一人、生ぬるく、別段心地よくもない夜風に髪を靡かせながらもぷっつりと切れてしまっている記憶を辿る。
思い出せない、……いや、思い出したくないのか……?
勇者という
仲間を次々を失った過去を。
私は認めたくはなくて記憶に蓋をしているのだろうか。
ーー情けぬ……なんと情ぬ……。
魔王たるものが、己の過去を受け入れずに何が王だ。
胸の内に叱咤した所で現状は変わらなかった。どれだけ思い出そうとしても奴等が扉を開けた所で記憶は途絶え、この街で目を覚ますのだ。その間に何があったのか、どうしてこんなところに飛ばされたのか分からない。
ただ、私が認める大魔法遣いが私に何かの魔法をかけた……ということは覚えている。記憶ではなく、感覚で。飛ばされたのだ、魔法によって。
「……焦ったところで仕方がない……のだぞ……」
言葉とは裏腹に焦燥感だけが積もり、そしてその数だけ虚無感が襲ってくる。
今は、この国の事をどうにかしてやろう。
思い通りに事が運べば良し、ダメで元々、人の里が滅ぶだけだ。
月の無い夜を駆けると、やはり心は沈んでいった。
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