第10話 魔力
「っ……、喧嘩は良くないよ……」
一旦距離を取り、着地する。
後ろで主人と女将が何か言いかけていたが無視して騎士に視線を向けた。
「運良く辿り着けたようじゃが……、まぁなんじゃ、運の尽きという言葉を知っておるかの?」
永遠に道に迷っていれば死に急ぐこともなかっただろうに。
再び魔力を捏ね上げ、次こそは首をはねんと構える。だが、相手にその意思はないらしく剣すら抜こうとしない。
「女の子が手荒な真似をしちゃいけないんと思うんだ。何か無礼があったのなら詫びよう……しかしーー、」
「ええい!! 遅れてきてごちゃごちゃと! このものを殺せ!」
ーーなんだ、ちゃんと喋れるんじゃないか。
すぐそばで喚いた白髪の顔目に回し蹴りを打ち込み、歯茎から二、三本折れる感触に笑みを浮かべる。
うむ、これで少しは大人しくなってくれよう。
「なっ……」
子供扱いしていたバカだがその光景には流石に驚いたようで慌てて吹き飛んで行った白髪に駆け寄った。
反応の遅いその他2名はそれに付随する形だ。
「マオちゃん!」
と少女が詰めり、いつかのように平手打ちが飛んできた。
なるほど、手が早いのは女将と同じだな。
「あっ……」
それを今度は受け止め、消せぬ殺気で釘をさす。
「今度は平手打ちせんでくれよ。どう考えても此奴らが悪い」
こうなったら息の根を止めるか、下僕に迎え入れてやろう。
アンデットかゴーストか。
出来の悪い小間使いでも使い道はなんとでもあるからな。
ボキボキと指先に力を込めつつ足を進めると、流石の聖騎士も剣を抜いた。
「止まれッ……私とてこれ以上は見逃すわけにはいかないっ……、子供は手に掛けたくないんだ……!」
「寝ぼけておるのか? このような子供が何処におる」
地を蹴った。
少なくともバカ騎士にはそう見えただろう。
到底人の身では捉えきれぬ速度で接近し、その膝を踏み潰して砕く。
さらにそれを踏み台に手のひらを打ち出し、顎を真上に貫いた。
「目を覚まさんか、バカ者」
一瞬の静寂の後、折れたはずの首が引き戻され、鋭い眼光が私を捉えた。
「ーーなに……?」
危険を察知し蹴りを側頭部に叩き込んでその反動で跳ぶ。
しかしそれも上げた左腕で防がれ、その感触に私は違和感を覚える。
……そういえば先ほどの一撃……、あやつはどうやって止めた……?
割って入って防いだ一撃。それは腕で防いだとしてもその腕ごと吹き飛ばさん程の物だった。
少なくとも首をはねるつもりで横薙ぎに払ったのだから、それを受け止めたとしたらこの者の腕が吹き飛んでいるはずなのだ。
だがそれは健在で、今もなお私の蹴りを受け止めたーー。
「……
ボロっと砕けて落ちた手甲の中から「義手」が顔を覗かせる。
「子供に手を挙げたくはないんだ……」
構えつつもそれでも脳を揺さぶった衝撃は残っているらしく、足元は若干おぼつかないようだった。
バカ騎士かと思えばそれなりに鍛えているようじゃないか。
少々本気を見せてやろうかと楽しくなって来ていた。未知の技術、久しぶりに不意をつかれたと言う事実。遊ぶにはちょうど良い。
この者が子供を手に掛けたくはないと思うように、私もまた格下相手に戦ってばかりでは気が滅入るというものだ。
「いつまで子供扱いできるかは知らんがーー、私が何者かも気付けぬまま逝ってしまえば笑いぐさじゃぞっ?」
再び接近し、その顔が驚愕に歪むのを嘲笑ってから上に跳ね、頭を通り越した先でくるりと一回転し頭を掴む。
「主は知らぬだろうが、こうされるのはなかなか屈辱的なものでな」
魔力を使用しての足場の形成。
「どうじゃ、味わってみよ」
“真下に地面に向かっての跳躍”で騎士の頭を縦に叩きつける。
「ぐッ……?!」
「ははっ」
咄嗟に腕をついて衝撃を殺したのは見事と言わざる得ないが、這いつくばる姿はなんともバカ騎士お似合いだった。
「どうじゃ、まだ子供と侮るか?」
ひょいっと背中に着地し、その鍛え抜いたであろう体を踏み見下ろす。
どれだけ力をつけたとて、所詮は人間。種族間の
心が折れたかと思ったが「ぐぅううっ、ヌァっ!!」「おおっと?」思いもよらずまだ元気だった。
膝に手をついて立ち上がると半分砕けていた手甲を引きはがし、義手である左腕を掲げる。
「すまんが分からず屋には力で示せというのが私が家の訓示だ……。暴力的な父の考え方は賛同したくはなかったのだがーー、」
がしゃん、と手首に埋め込まれていた取っ手を回すと少女の懐中時計のように連なっていた歯車が噛み合い、回りあってガシャガシャとその左腕は大きく膨れ上がっていく。まるで内側から筋肉が膨れ上がるかのように、鉄の塊が膨らみ、蒸気を発しながらもそれはひと回りもふた回りも大きくなり、それによってシャツは肩の部分から裂けてしまう。
「ゲンコツの一発は覚悟しなよ……!」
「うぬ、私の本気を引き出せたのなら楽にさせてやろう?」
突進だった。
重苦しい腕を引きずるようにしての
「なっ……」
思わず身を翻していた。
バシュンッと目と鼻の先を勢い良く鉄の拳が通り過ぎていく。
「なるほどのう」
その腕を弾きあげるよりも先に再び引き戻され、またもや異常な速度で拳が突き出される。
ブシュブシュと力の勢いも流れも無視した無理やりな加速を見せるそれらを躱し、ステップを踏みながら騎士を中心に回ってみる。
なるほど、あの蒸気とかいうもので腕を動かしているらしい。
遥かに人体の限界を超える速度で、その反動だけでも吹き飛ばされそうなものだが「ふっ、はッ!!」その勢いさえも歯車によって次の動きへと生かされているらしい。一向に速度は落ちることなく、淡々と私を狙って動き続ける。
小刻みに身を躱しながら奇妙なものだと思う。
人体から歯車仕掛けの塊が生えている異様な光景に「こうなっては人もおしまいだな」と
「なっ……に……ッ」
反応に体がついてきていない。
これでは折角のカラクリも報われない。
胸元をとんっと突き飛ばし、「ななななななッ……?!」突き飛ばし続ける。
「ほれほれほれ」
胸をつんつんつんと、大の大人を押し飛ばし続けるのは実に愉快だ。
必死に堪えようとバタバタ足を動かしているが勢いを殺すには至らない。
「でーっこ、ぴんっ……じゃなっ?」
ぴょんっと少しばかり跳ね、最後の一撃はデコの中心に打ち込んでやる。
打点が上がったことで衝撃に耐えられず、騎士はそのまま後ろに吹き飛ばされた。
道の行き止まりに積み上げられていた瓶の山に突っ込み、それらを粉々に砕いて巻き上げる。
「ほーれ、教育が足らんようじゃのう?」
即座にその足元まで接近し、嘲笑うように見下ろしてやる。
私を子供扱いした罰だ。もっとも、この程度で許してやろうとは到底思えんが。
「そろそろ魔力も残り少ないからの、最後ぐらい楽にーー、」
がシュゥン、と足元で歯車が回った。
「子供相手にムキになるのは良くないって教わったんだ」
ふらふらと立ち上がりながらもその足がサイズこそ変わらぬものの、異様なものへと変化していく。
両足が義足であったかーー。
そう思った時には瞬時に加速した足が打ち込まれており、無論、それは容易く交わしたが打ち込んだ足を軸に跳躍し、回転を加えて打ち込んできた次の蹴りは腕で受けることになった。
「チッ……」
残り少ない魔力を集中させ、体へのダメージを最小限に収める。
それと同時に後ろ側に壁を貼り、吹き飛ばされるのを堪え、「調子に乗るな!!」思わず本気の一撃を、手加減無しの蹴りをその胸元の打ち込み、
「ぐぁはッ……!!!?」
騎士は壁を突き破ってレンガの向こう側へと消えた。
「ハァっハァっ……ハァっ……」
最初に割って入った時、私の資格外から飛び込んで来たのだから当然その可能性は考慮すべきだった。
義手もあれば義足もある。今の手応えからしてまさかとは思うがーー、
「アイネ!!!」
女将さんの悲鳴が響いた。
振り返ると私と目が合い、恐怖におののく白髪の姿が目に入った。その後ろでは兵士が少女を抱え、今に連れ去ろうとしている。
「っとに……なんと迷惑なッ……!」
魔力を足に集中させ、今度こそその首をーー……、「なっ……?」こぼれたのは情けない声で、膝から力が抜けて前に転ぶ。
「な……に……」
魔力切れ。
今まで数えるほどしか経験したことのないその現象に驚きを隠しえなかった。
ーー精霊の加護がなければこんなものなのかッ……。
思えば、今朝から無駄に魔力を消費し続けている。
食事は摂っていたが自前で用意できる量は限られているか、「ら……」目の前に白髪の姿があった。
「あは」
恐怖で固まっていた顔に笑みが浮かんだ。
「あはははっ!!!!」
壊れたように笑い、「このっ、このっこのっ!!」次々と足を踏み下し、私を踏みつける。
「なんだよびっキュりさせやがって!! バキャか!? バカキャかッ!!?」
「チッ……」
拳に力をいれようとするが睨むばかりで力が入らない。
精霊に呼びかけ、回復しようとするがその声に応えてくれるものは誰一人といなかった。
酒屋の主人と女将さんが止めに入ろうとするが兵士に拒まれ、少女は私の名前を叫ぶ。
……くそ……。
無様だ。魔王でありながらこのようなーー、
「マクベス様……そのぐらいに……」
そこに身を差し込んだのはボロボロになったバカ騎士だった。
「我々の任はアイネ様の保護のハズ……この者は関係ありません……」
「ファルガスゥ、誰に口を食うておりゅぅ」
「ハッ……、しかし……」
怒りの矛先はどうやら間抜けな騎士に向いたらしい。
「落ち目の貴様を拾ってやったのはその武を見込んでェの事、コムシュメ一匹にオキュレをとるとは……ヌゥ……」
どうやら壊した耳の調子があまりにも良くないらしい。突然のように激痛が走っているわけなので怒りが治ればその痛みには耐えられまい。急に黙り込んだかと思えば呻き始め、「そのもののしょるぃはしておキャけ!!」と叫ぶと兵士に肩を支えられ去って行ってしまった。
立ち上がれない旦那の代わりに女将が娘を抱えた兵士にしがみつくが、振り払われ、地に手をついてしまう。
「女将さん、親父さん!」と健気に喚く声だけがしばらくの間響いていた。
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