第9話 貴族

「……誰だ貴様」


 一見すれば道化のようにも見える。細長い手足。お世辞にも上品とは言えない顔つきだ。


 後ろについてくるのは護衛の兵士か……?


 表情は硬く、まるで白髪のしもべのようにピッタリと一歩後ろを歩く。

 どちらも壮年のそれなりに鍛えられた兵士のようだが、二人の表情は硬く、警護対象である白髪がどのような人物であるかは計り知ることができなかった。


「んっふゥ~? なんですゥ、そのチミの聞き方は~」


 が、しかし、その者自身の語り方で人としての底は知れた。


「道化にさえも劣るかのー? 実に哀れなことじゃ」

「まっ! 無礼な娘だコト!」


 三下どころか出落ちではないかこんな者。

 練り上げた魔力が勿体なかったと若干後悔していた。憂さ晴らしに頭を吹き飛ばしてやろうか、このエセ貴族め。

 だが、外れた予想は見当違いな所に転がり込むもので、


「さささ、お向かいに参りましたよ。ひーっめっ?」


 そのバカ髪の目的は私ではなく、目の前の少女だった。


「へっ……?」

「アイネ・クルス・シュタイン、妾と共にお家に帰りましょう?」


 うるわしき姫君にでも挨拶するようにーー、いや、今この者は少女のことを「姫」と呼んだ。つまりこの者は……、


「まさかの姫君だったとはな」


 想像していなかった分、率直な感想が漏れた。

 けれど当の本人は私と差し出される手を交互に見るばかりで混乱しているようだった。


「あっあのっ……人違いでは……?」

「何をおっしゃる。あなたこそ我が城主が血脈の一人、アイネ・クルス様ではありませぬか!」


 いちいち大袈裟な振る舞いにヘドが出るが、どうやらそういうことらしい。

 まさか彼女も記憶喪失という訳でもあるまいに、それに惚けてやり過ごせる空気でもない。男の顔は至って真面目で、首を縦に振らねば無理やりにでも連れて行かんとする融通の利かなさが見て取れる。が、「すみません……人違いだと思います……」娘は深々と頭を下げてその手をことわった。


「そんなことがありますか! その首に下げていらっしゃるものが何よりの証拠!」


 さっき見せたまましまわずに置いた懐中時計を細い指が差す。

 白髪の自信とは裏腹に後ろの兵士たちは全く興味もなさそうだ。

 上の空で宙を見つめている。

 他の住民はどうかと思い周りを見回すと窓を少し開けこちらを伺ってがいるものの、貴族おそらくが相手では歯向かう勇気もないのだろう。何処かから蒸気とやらが噴き出す音が時折聞こえてくるばかりで少女もまたぼんやりと男を見つめ返している。


「……なっ……なんとか言ったらどうですか!」


 プルプルと震えた指先を振り上げ、拳に変えて振り下ろした。

 腰も入っていないただの猫パンチだったが不思議と体が動いた。


「なっ……」


 パシン、とその手首を受け止め、「あじゃじゃじゃじゃじゃ!!!」軽く握ってやると驚きは悲鳴に変わった。


「マクベス様!」


 慌てて後ろの兵士が抜刀するが私も呆れて手を離してやる。

 白髪はよろめき、後ろの兵士に支えてもらうようにして踏みとどまった。


「悪趣味なナリだとは思っていたが、子供に暴力を振るうなど限度を超えておるぞ」

「なななっ……!!」


 痛みで浮かんだ涙が怒りに変わった。


「ひっとらえろ!! こやつを牢にぶち込め!!」


 ヒステリックに騒ぎ立て、後ろの兵士に命令する。

 無論黙って従うわけもなく、私は少女を後ろに押しやると拳を引いた。

「怪我ですまぬであろうから先に別かれは済ませておけよ」

 折角の練った魔力だ。使わずに四散させてしまうのは勿体無い。

 この者達をそのまま返しても面倒だし、少し痛めつけてから精神支配でーー、

 そのように考えていたところに酒場の扉が開いた。

 中から出てきたのは頭から血を流したあの主人だ。


「おやめください……、子供のしたことです……」

「っ……」


 足を引きずりながらも女房に支えられるようにして白髪へと近づいていく。

 どうやら趣味の悪さは一級品らしい。


「煩い! 貴様らも同罪であるぞよ!」


 先ほどの恨みも乗せてか細い足でその体を何度も蹴り飛ばす。

 傷口に触るのか時折呻き声が上がり、思わず女将が間に割って入って身代わりとなった。


「ふんっ、良いからそこで黙って見てろ!」


 粋がった蛙が肩で息をしながら前に出る。

 兵士の影さえあれば反撃などされるわけがないとタカをくくって。


「哀れじゃの」

「はっ?」


 その言葉は耳元で聞いたはずだった。

 そして、次の瞬間には音が吹き飛んだはずだ。


「    ぱんっ   」


 勢いよく頭を包み込むように手を叩く。両耳に同時に風圧を押し込められ、


「 ぁっ……? 」


 白髪は耳から血を流してぐらりと白目を剥く。


「本当に哀れじゃ」


 再びふらふらとよろめき、慌てて兵士がそれを支える。

 任務とはいえ馬鹿を警護するのは手間がかかるものだと同情もする。仕える主人を見誤るからそうなるのだ。


「にゃにゃにゃにゃぎを……!」

「知らぬのか? 耳の膜を破っただけじゃよ。しばらくの間は不便じゃろうが10日をすれば元に戻ろう。……もっとも、説明してやってもよく聞こえんだろうがな」

「こっ、ころしェ! ころしぇ!! わらァに手を出すにゃど決して許せん!!! ほりゃころせぇ!!!」


 流石に子供を手にかけるのは戸惑いがあるのか眉をひそめた兵士二人であったが、無理やり剣を握った腕を前に押し出され苦い顔をしてではあるがこちらに刃を向けた。

 今の動きを見ても尚、そのものの力量を計れんとはーー、


「 ほんとうに 哀れ だ 」


 地を蹴り、反対側の壁を踏みつけるとそのまま膝を曲げて狙いを決めた。

 再び跳び、今度は首を刎ねる。人の体とはなんと脆いものかーー。

 腕を振るってそれが現実の物となるはずだった。

 少なくとも白髪も、兵士たちも私の動きには全く反応できずただ呆然と少女の瞳にその光景が映し出されているだけだった。


 これで本当におさらばだな。


 多少なり居心地の良さを感じていただけあってその一瞬に躊躇してしまったのかも知れない。

 流石に面倒ごとに巻き込まれているとしても、目の前で人を殺せば匿う理由もなくなる。

 故にほんの少し、僅かに手元が鈍った。

 だが、その一瞬が命取りになるはずもなく、ただ兵士たちの首が宙を舞うーー、


 そのはずだった。


「ッ……」


 ガキン、と鉄を打つ音がした。

 ボコッ、とレンガ造りの道が伝わった衝撃で割れた。


「んじゃァ、お主は……」


 言いつつも、その顔には見覚えがあった。

 先ほど路地裏で道を尋ねてきたバカ騎士だ。

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