第5話 騒動

「おう、どうだったい? 口にあったか?」

「ああ、美味であった」

「そうかそうか」


 まるで少年のように笑い、再び視線を料理に落とす。

 私も皿を流しに置いてボロ布をはぐと着替えた。

 少々胸のあたりが窮屈だが着るものがないよりかはマシだろう。

 裾の長い少女趣味すぎる服装は別に嫌いではない。ひびの入った皿を洗うのもどうかと思うが、そのまま捨てるのも気がひける。

 水汲み場は何処かと首を回し、


「……なんだそれは」


 男の振るっている鍋の下で目が止まった。


「ん? どうした」

「鉄から火が吹き出ている……? 魔法石の転用か……?」

「なんだ、こいつが珍しいのか?」


 さも当然のように扱っているそれは鉄の輪っかから火が吹き出し、上の鍋を熱していた。

 魔法学園には魔法石を利用し、炎系統の術式を書き込んだ便利な物が売られていたがどうやらそれとは仕組みが違うらしい。


「どうなっている……」


 仕組みらしきものはいくつものギザギザが付いた歯車、手元の取っ手で調整できるようになっているようだが理屈は分からない。


「おじさんも説明しろって言われても困るんだけどねぇ……? まぁ、便利な世の中になったもんだよ」

「これは珍しいものではないのか?」

「ん? ああ、どこの家庭にでもあるんじゃないか?」

「信じられん……」


 術式を自分で描き、調節できる魔導士であればくだんの魔法石で火を起こし、調節することができるのであろうがそんな高位なものが料理をすることはありえない。ともすればこれは世紀の大発明なのでは……?


「これはなんだっ」


 よく見れば他にも見覚えないない鉄の箱や、管があちこちにあった。

 蛇のように首をもたげているそれに付けられた輪を回すと突然水が飛び出し、流れ続けるそれはどうやら湖の水のように透き通っている。柄にもなく声が上ずったのは好奇心からであって、それはもうどうしようもない。性分なのだ。

 我が城に持ち帰れば部下の喜ぶ顔が見て浮かぶ。

 ……もっとも……無事であればいいのだが。


「なるほどな」


 旦那は一度手を止め、先ほどのレバーで火を消すとエプロンで手を拭い、私の頭に手を置いた。


「お前さん、いままでどんなところで暮らしてたんだ。厄介ごとに巻き込まれてんなら相談にのるよ?」


 優しい手だった、心の芯にまで届くような声色だった。

 配下の事を思い浮かべ、それが顔に出ていたのだろう。気遣い、心配してくれた。

 だからこそ怖かった、私は反射的に腕でそれを払ってしまう。


「きっ……気安く触るな……! 無礼であるぞ!」


 動揺を塗り隠すかのように言葉を重ね、失策だったと忌々しく思う。


「なんだいなんだい、騒がしい」


 扉の向こうから女将さんが顔を覗かせ、「レディーの扱いは慣れてねーもんでな」と親父は笑う。

 私が心から叫んでのではないことにも分かっているようだった。


「すまぬ……」

「なーに、事情は追々聞かせてくれりゃいーよ。何はともあれこれも何かの縁だ。行く宛が見つかるまでうちにいるといい」


 料理を皿に盛り付けそれを外へと運び出していく、一人厨房に残されると出しっぱなしになっていた水が耳についた。


「皿洗いなど久方ぶりだな……」


 積み上げられた食器を水にくぐらせる。消毒用の熱湯は先ほどの不思議な鉄の輪で沸かせば良いだろうと触ってみると、魔力回路を使用していないのにも関わらず火が吹き出した。

 なるほど、この国は奇妙な部分で発達したものだ。

 これまで見てきた国は何処も如何に奪うか、どう殺すかということばかりに頭を使っているようだったし、実際、私もそうだった。

 こんな風に「その国で暮らす人々の為のもの」などは後回しになっていたかもしれない。


「……なんだ、見ているなら入って来れば良いだろう」


 感心しながらも視線はずっと感じていた。

 声をかければゆっくりとあの少女が部屋に入ってくる。


「に、似合ってるね! それ!」

「……馬子にも衣装というだろう」


 その手には皮をむいたジャガイモが積まれており、調理台に置くと私を伺うように笑う。


「良い人たちでしょっ」

「まぁ……そうじゃな……」

「えへへ」


 褒められたのが自分のことのようにはにかみ、すっと目を細める。


「ずっとお世話になってるから……いつか恩返しはしたいんだけど……」


 視線は店の方へ向けられてはいるが、どうやら扉の向こう側を見ているわけではなさそうだった。


「すればいいだろう、やらないことを“やれない”というのはただの言い訳だ」

「強いんだね、あなたって」

「そうやって線を引いたところで何も変わらんからな」


 こんな話をこんな子供にした所で無駄なんだろうがな。


「さて……、私はそろそろ行くとするよ」


 話しながらも洗い物は片付いた。

 手際が良いとは言えないがこれしきの事、メイドたちの動きを見ていれば自然と身につくというものだ。

 食事の恩は返した。服については何か手頃なものを調達したら折を見て返しておけばいいだろう。


「何処行くのっ?」


 店の手伝いをするつもりは無いらしく、しつこく私のあとをついてくる。


「何処だって良いだろう。世話になったな」


 まるで生まれたての雛だ。

 ちょこちょこと後ろを走り回って鬱陶しい事この上ない。


「この街の事良くわかってないんでしょう? 案内するよっ?」

「バカにするな、子供など頼りにせんよ」

「自分だって子供じゃんーっ」

「良いか、私はのぅーー……、」

「……?」


 言いかけて失言だったと言葉を濁す。

 どうもこの者が相手だと口が滑るらしく気が抜けんな……。


「ん……?」


 そのとき店の方から流れてくる空気が変わった事に気がつく。


 一瞬喧騒が止んだのだ。


 じきに違うざわめきが広がり、追っ手の兵士でも来たのかと私は舌打ちする。

 路地裏で男どもを蹴散らしたのは失敗だったか知れん。

 息を殺してそっと扉を開け向こう側を覗くと兵士の姿はなく、騒ぎの中心にいるのは先ほどの路地裏の男どもだった。


「先ほどの仕返しに来たか……?」


 案外気概があるものだなと思いつつ、耳をすませてみればどうやらそんな事でも無いらしく、ただ単に席の取り合いで揉めているだけのようだ。


「……あの人たち、また来たんだ」

「なんだ、顔なじみだったのか」

「最近あーいう人が増えてて困ってるんだ。おかげでみんなピリピリしてる」

「ほう……?」


 確かに元から店にいたものたちとは何処か雰囲気が違うようだ。

 余所者だからという訳でも無いのだろう、同じ労働者でも所属する組合によって色が違うのだろう。明らかに新参者たちは水と油のように溶け合っていない。掴み合いにこそなっていないが親父さんと女将さんを挟んでジリジリと牽制しあっている。……ように見えるが、これはーー、


「……あやつらの方が立場は上なのか」

「うん。だからみんな困ってて……」

「なるほどな」

「あ、ちょっと!」


 一宿一飯の恩というからな。

 私は少女の静止を振り切り、扉を押し開いて向こう側へと歩き出す。

 元は問えば私の前に二度も姿を見せる方が悪いのだ。命を奪われても文句はいえまい。


「ん……?」


 男の一人が私の姿に気がつくと顔色を変えた。

 どうやかバカづらなりに知能は備わっているらしかった。

 肘で仲間にそのことを伝え、私の存在が伝染していく。


「て……テメェ、さっきはよくも……!」

 デコピンで吹き飛ばしてやった一人が仲間の手前前へと踏み出してくるが声が上ずっている。

 なーに、可愛いところもあるではないか。


「ふん……だからと言って見逃すつもりは毛頭ないがな」

「何をォ……?!」


 ぼきぼきと指を鳴らし顎を突き出して突っ込んでくるが何も怯むことはない。

 打ってくれと差し出しているならその下顎ごと吹き飛ばしてやろうと片足を下げたそのとき、


「お待ちどう、さぁ召し上がれ」


 親父さんが間に割って入った。


「なっ……、おい、邪魔すんじゃ「料理が冷めちまうだろ。ほれ、椅子に座りな」


 鋭い言葉を飛ばしてきたのは女将さんだ。

 カウンターの向こう側から援護射撃のように釘を刺し、その隙に親父さんはテーブルに山盛りになった料理をドンッと置いた。並々にエールを継いだジョッキも一緒だ。


「足りない分は今からこさえてくるからな。ちょいと待ってれくれや」


 屈託ない笑顔で告げ、厨房へと引き返しながらも私と目が合う。

 要らぬ気を利かせて助け舟を出したのかと思いきや、その目は鋭い。まるで相手の力量を図ろうとする兵士のようだった。


 まさかあの娘ごとグルで私を騙して……?


 その可能性が頭をよぎったがすぐさまそれは破り捨てることになる。

 喧嘩の矛先に戸惑った男がおとなしく椅子に腰掛けようとしたしたところで、その椅子が何者かによって引き抜かれたのだ。

 無論、それが誰かなどと説明する必要もない。

「帰って! あなたたちに出す料理はないわ!?」

 何処から生まれてくるのかわからない自信でもって少女は叫ぶ。

 突然支えをなくした男は尻から落ち、床でひっくり返って目を白黒とさせている。

 彼女の声は周りの男どもの賛同を得たようで「そーだそーだ!」と合唱が始まった。

 みるみるうちにひっくり返った男の顔は赤く染まり、


「んっのガキィ!!!」


 起き上がったかと思えば腕を振り上げた。


「っ……」


 自分で蒔いた種だ、助ける筋合いもない。

 振り下ろされる手を避けようともせず、顔を伏せ、目をつぶって恐怖に身を晒す。

 そんな姿をぼんやり見ていたのだが、


「……はぁ……?」


 突然張り響いた音に私は目を丸くする。

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