第24話 次の願い

 最後にーー、もし彼女に考える時間があったとしたら、どんな結末を迎えるのか興味があった。一人、残された彼女がすべての事情を知っていたらどんな決断を下すのかが気になっていた。だから何も知らないサナエさんに「河川敷で戦いに巻き込まれている子がいるから助けてあげて」とメールを打った。アカネさん以外の人と関わらせ、この世界の秘密についても話して見せた。もしかすると何か変わるかもしれないと思って。

 そしたら彼女は桃井さんを助けに走った。アカネさんを止めるために。桃井さんを救うために。そしてそれは私の知っている「水島キョーコ」ではなく、この世界の彼女が示した「新しい可能性」だった。


「間に合った?」


 後ろの三人が動けないことを確認し、尋ねる。くたびれてはいるけれど、比較的リラックスしているようには見える。


「まぁね。ギリギリだったけど」


 しかしリンさんの姿は見えない。きっとどこかに置いてきたんだろう。連れて来れば巻き添いを食うことになる。正しい判断だ。


「……つかこっちもギリギリみたいだね」

「うん……まぁね? でもみんなまだ生きてるよ?」


 結果的に、だけれど。間に合ってよかったと思う。

 でもほとんど勝負はついたような物で、ここからの戦いに他の人が手出しをすることはできないだろうし、多分キョーコさんは私には勝てない。……勝てるとは思えない。少なくとも、もう一対一でどうにかなる次元ではないと自負している。

 でも、そこまで考えて彼女と戦うのは初めてなことに気がついた。

 いつもアカネさんが庇おうとしたし、彼女自身戦おうとはしなかった。

 アカネさんと一緒にリンさんを倒すことになるのは知っていたけど、それでも直接見るのは初めてだ。


「ポセイドンさんは記憶を戻してくれたりしないんですか?」

「うちのは非協力的だからさ、ガン無視よ。何言ってもダンマリ」


 となると、一週目の記憶と同じってことになる。力の差は歴然だった。

 それも彼女は槍を出現させ、くるくると回して感触を確かめる。慣れた感じは一切なく、むしろどう扱えばいいのか悩んでいるように見えた。なら、彼女の言っていることは本当なんだろう。ここまで自体が急転して手出しして来ても良いものだけど、ポセイドンさんは案外放任主義のようだ。


「泣いても笑っても最終ゲーム。とはいえ戦うのは怖いからさ、気は進まないんだけどね」

「でも、どうあっても私はあなたを殺すよ?」

「わかってる。だから私はここに来た」


 短く告げられた言葉が合図となった。


「ッ……!!」


 距離は詰まり、私は身を捌いて繰り出される槍を躱す。

 彼女のその攻撃には迷いがなく、早く的確な動きだった。けどアカネさんほど鋭くもなければジュンちゃんのように躱し辛くもない。フェイントもなく、弱みをつくこともなく。ただ力任せに、闇雲に繰り出され続ける。それを避け続けるのはとても簡単で、隙間をぬっては柄を跳ね上げて見せた。


「……ちっ!?」


 身をそらして避けた所へさらに踏み込んで胸を肘で突いく。「っぁ」苦しそうに息を詰まらせ、顔を歪ませるのを尻目に転がり始めた重心を追うように鎌を振り下ろすーー、「……っ……!」けれどそれは突然吹き出した濁流によって妨げられてしまった。


「つたたっ……、あんたバケモンね……」


 私が距離を取り、構えを撮り直すと尻餅をつきいていた彼女は立ち上がり、スカートの汚れを払って笑った。余裕こそないけれど心は決まっているようだった。


「化け物って言われると心外だな……」

 第一、彼女が弱いだけだ。アカネさんが守ってあげなければもっと簡単に殺されていたかもしれない。多分、この段階まで生き残ることも無理だっただろう。


 ーーっとに……お姫様なんだから……。


 何も知らずにいた彼女が憎い。自分で世界をループさせておいて素知らぬ顔だった彼女が憎い。何度か腹が立って、先に彼女を殺してしまった事もある。でもそれはただならぬ後悔として心に刻まれていた。そんなことをしたって何にもならない。

 誰も、悪くなんてないんだから。この戦いは……、だから、終わらせなきゃいけない。


「いくよ……?」


 もう終わりにしたい。言ってぶつかり、その手応えのなさに小さくため息をこぼす。やはり何度も戦いを繰り返してきた私と、この一回の記憶しかない彼女では差がある。当然のことかもしれないけれど、それでも「場違い感」は否めない。もう数手先で彼女の詰みだ。


「あんたさッ……! 全部終わったらどうするつもりなの!?」


 それでも次々と槍を打ち出しつつも彼女は叫ぶ。追い詰められている事にも気付かずに彼女は必死に腕を振るう。


「どうって……願い事のことですか?」


 弾き、躱しながらもそれに応じた。こうして話せる時間もそうもう残されてはいない。友人との最後の会話になると思うと少しでも話をしておきたかった。


「そうっ! あんたが生き残ったときはやり直させていたでしょ? だったら今回も同じ? やり直すのッ!?」


 ガシガシと打ち合い、劣勢にも関わらず鋭く光る瞳は私を見つめている。

 そして徐々に形勢は傾き始める。防戦に徹していた私は攻め立てるように前に出始め、突き出される槍は徐々に身を引いていく。


「そうですね。それはもう、諦めましたから」


 強く弾き、腕を跳ね上げる。勢いに押され踏ん張りがきかなかった彼女は驚きながらも槍を戻そうとするーーが、すぐに打ち込んだ柄の衝撃で膝から地面に崩れた。


「だから皆さんのことは忘れません。ーーいままでありがとうございます」

「……あんたさぁ、もっと可愛げのある子かと思ったけど本当に機械みたいじゃんか? 可愛い顔してんのにもったいない、よッと!」

「……?」


 槍を地面に突き立て、それを合図に足元から水流が噴き出した。後ろに跳び下がり距離を取るけれど、それらは意思を持つかのように蠢きながら私を追って来る。さながら水で出来た龍のようだ。


「へぇ……」


 うねり、周囲を噛み砕きなら迫るそれを鎌で弾き壊すけど、それは次から次へと生まれて来て、そのうち水龍の中に彼女の姿を見失ってしまう。


「…………」


 しかし水の音に混じって彼女の足音が聞こえた。耳をすませば姿を眩まし、それでも私の背後を取ろうと走る音が聞こえる。

 ならば、そのタイミングに合わせて切り裂けばいいだけの話だ。


「…………」


 見えない姿を視線で追うと手に力が入った。そこにはさっきサナエさんを殺そうとした時の感触がまだ残ってる。今回はアカネさんに止められはしたけれど、あの感覚は「以前殺した際の感覚」を思い出され、胸をぎゅっと締め付けた。


 ーー友達をこれから殺さなくちゃいけない。


 繰り返される殺し合いの中、人の命を奪うことに慣れはしなかった。

 そうする必要があったから心を閉ざし、奪ってきた。それだけの話だ。

 だからアカネさんが記憶を取り戻すようになってからはただ黙って殺され続けていた。誰の命を奪うことなく、ハーデスの力を使うことなくーー、


「だから、終わりにさせて……?」


 後ろで足音が跳ねたのを合図に鎌を振り回す。

 直後、破裂したのは「人間大の水の塊」だった。水しぶきが宙を舞うのを見ながらしまったと自分の軽率さを嘆く。単純な騙し討ちに引っかかったと気がついたときには耳元でその声が聞こえ、体は固まっていた。


 ーー余計なこと、考えなきゃよかったかな。


 過去の記憶があるからこそ招いた自滅だった。

 もうこうなればあとは受け入れるだけだと瞼を閉じる。

 でも、その衝撃はやってこなかった。

 代わりに全身を覆うような優しい香りが私を包んだ。


「しょーじき、あんたみたいな子はタイプなんだよね」


 一瞬、何を言われたのかが理解ができず、しかし徐々に追いついてきた頭は事態に困惑した。彼女は後ろから私を抱きしめていたのだ。槍は地面に落ち、音を立てる。

 肩口から伸ばされた腕は、私の鎌にそっと触れ、それを抑えていた。力を込めなくとも振り払えるような、そんな、優しい力で。


「……悪いね、あんたも私たちとなーんにも変わんないのにさ」


 ふんわりと、柔らかい口調に私は戸惑う。胸の高鳴りは体が密着していることに対してではなく、彼女の真意を測りかねたことにある。


「……殺されるっていうのに……どうして……?」

「元はと言えば私が決めきれなくてやり直したようなもんだからさ、だったらちゃんと戦って勝った人に任せるのが筋かなって?」


 あっけらかんと笑い、その息が頬を掠めてこそばゆい。


「けどっ……! そんなこと言ったって震えてるじゃないですか」

「当たり前じゃんっ? ーーでもそれはアンタも同じ。……無理、してんじゃんよ」

「……?」


 何を言われてるのかがわからなかった。

 けれど、そっと手を重ねられようやく気がつく。知らないうちに手が震えていた。カタカタ、カタカタと小刻みに鎌さえも震えている。


「わるいね」


 それだけの言葉でぎゅっと胸の奥を締め付けられるように感じて、訳も分からず彼女を突き飛ばしていた。

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