第23話 罪の意識

「……どうしてここがわかったの? ジュンちゃんは記憶、戻ってないと思うんだけど」


 どうやらここまで走ってきたようだ。肩で息をし、その顔には緊張が浮かんでいた。


「ね? なんで?」


 なるべくいつもの調子で尋ねると、態をつきながらもそれに合わせてくれた。


「どーにもこーにもこんだけ派手にバトってりゃわかるっつーの。つか、特にそっちの奴、ドカンドカンうっせーんだよ。雷嫌いな奴の身になれ」


 そっか、二人とも雷苦手だって言ってたっけ……。


「なるほどね? ……で、なにしにきたの?」


 キョーコさんにこの世界がループしていることを話し、二人もそのことを知っていた。

 半信半疑。信じてもらえるとは思っていたなかったから「そういうことだっていうのを覚えておいて」と言い残し、解散したのだけれど……この場に現れたということはそれなりの答えを出したんだろう。


「できればアカネさんとの用事が終わってからの方が嬉しいんだけど」

「それじゃお前が人殺しになっちまうだろ」

「……もう、人殺しだよ?」


 言って柄を使って床を砕いた。ジュンちゃんが止めに来たのは予想通りで、多分、そうだと思ってたし、そんな揺らがないところが好きだった。

 ……でも、だからといってそれを受け入れるわけにはいかない。


「ごめんね?」


 一瞬のうちに亀裂が四方に走り、耐えかけた床は私たちを飲み込みながら崩れ落ち始める。驚くサナエさんを無視して地を蹴り、バランスを崩しているアカネさんに斬りつけるーーが、それは割って入ったジュンちゃんに遮られた。密着したまま4フロアぐらい抜け落ち、着地と同時にジュンちゃんを弾き飛ばすと即座に矢が頬をかすめた。


「……サナエさんまで……」

「俺たちだって戦いたくねーけどよ。落ち着けよ……、な?」


 いつに増して重いトーンで、でも優しくジュンちゃんは語りかけてきた。


「武器を置いて持久戦に持ち込もうぜ? 桃井の野郎だって話せばなんとかなんだろ」


 殺し合いをしながらもジュンちゃんは人の命を奪おうとはしなかった。ただ倒し、力づくにでも和解させ、争いを止める。それが彼女の戦い方であり、私たちが歩んできた道だ。


「でもそれじゃなんの解決にもなんないからさ?」


 地を蹴り、今まで一番身近にいたその人をハーデスの鎌で撥ね上げる。


「ッ……あッ……!」


 押し出される苦悶の言葉。刃は受け止められてしまったいるけれど構わず振り抜く。


「誰かが誰かを殺せば争いは続く。誰かを犠牲にして戦いをやめることなんて、私たちはきっとできやしないーー」


 言いながら心の中で謝る。

 振り抜いた勢いはそのまま彼女を吹き飛ばし、壁を撃ち抜いて隣の部屋に転がす。

 もう、姿は見えはしなかった。

 ジュンちゃんの言う持久戦は一度試したことがある。でも例え停戦協定を結んだところでそれを破る人が出て来ればみんなが疑心暗鬼に陥った。問題の棚上げは私たちを消耗させ、そしてそれは人を狂わせたーー。


「やめてミユさん!? じゃないと私……!!」


 サナエさんが悲鳴をあげていた。指は震え、矢がカタカタと音を立てる。


「…………」


 過ぎ去りし世界の中で、人を信じたい気持ちと裏切られるかもしれないという恐怖心から心が壊れた少女がいた。「分かり合える人だけ残せばいいんだ」と、少しでも意見が食い違えば割り切り、自分の世界を守ろうとした少女が。


「もう、良いんだよサナエさん……? 楽になろ?」


 できる限り優しく、それでいて確実に鎌を振るう。友人の命を奪うのはもう何度目にもなるのに、決してその感触は気持ち良いものではない。


「ッ……」


 そんな迷いが動きを鈍らせたのか割って入ってきたアカネさんに遮られてしまった。


「ーーッかしいなぁ……、アカネさんは見殺しにしても構わないはずだけど?」

「気の迷いーー、としかいいようがありませんわね……!!」

「そっ?」


 やっぱり、この人も優しいんだと実感する。どうせキョーコさん以外の巫女を殺すことになるなら傍観に徹すればよかったんだ。救ったところでまた自分で奪う羽目になる。

 責任感の表れか、それとも迷いの象徴か。

 どちらにせよ、この人に預ける限り世界は同じところを繰り返す。


「でも、もっと本気にならないと後悔するよ……?」


 雷撃を弾き飛ばしながらステップを踏む。やはり躱すのは容易い。


「とっくに本気ですわッ!!!」


 バチバチと死角から飛んでくる電気に肌は焦げるけれど決定打とはならず、また、アカネさんの傷ばかり増えていく。記憶を取り戻して動きが良くなっとはいえ、もう時間の問題だ。

 少しずつ私の体は彼女を捉えつつあるーー。


「ーーっと?」


 嫌な予感がして顔を引くと矢がすり抜けていった。視界の端でサナエさんが震えながらもこちらを睨んでいる。


 ーーそっか、やっぱり私も分かり合えないって判断されちゃったんだね……?


 それは当然だから仕方がないけれど、やっぱり辛いものがある。ちくちくと心の隅を針で刺されるようだ。

 こうやって立ち回ってみれば結局自分は一人だった。みんなを敵に回して戦ってる。みんなも、私をどうにかすることで自体を収めようとしてるーー。当然だ、そうしないと殺されちゃうから。あたりまえだ、これはそういうゲームなんだから。


「ほんと、嫌な世界だよね」


 こんな風に作った神様はほんとムカつく。いつもムカつくけど、今日はもっとムカつく。

 でも、一人になってしまえばそっちの方が楽なのかもしれない。そう思うと少しだけ諦めがついた。どうせみんなのことを殺すんだ。私がみんなを殺して、前に進むんだ。そしてこの世界に「明日を」持ってくるんだ。


「 ーー狩り殺せ、ハーデス 」


 言葉は現実となり、薙いだ鎌は生み出した影で周囲を一瞬の間に飲み干す。そうだ、全部、全部全部、飲み干してしまえばいい。都合も不都合も、善も悪も。許されることも許されないこともすべて受け入れて、そうやって前に進めばいい。だって人はそうして生きてきたのだから。不都合を都合よく解釈し、必要なことだけに目を向けて自分だけの過ごしやすい世界へ、環境へ、生き方へ、変えて生きてきたのだから。

 私も、そうすればいい。


「ーーなんて、流石にそんな風には思えないけどさっ?」


 影を切り裂き、その衝撃はビルの支柱を崩壊させる。耳を裂くような鉄の悲鳴が響きわたり、窓を突き破って飛び出すと土埃が大きく周囲を埋め尽くした。空を覆う深い雲のように視界を塗りつぶし、吹いた風に少しずつ景色が戻って来る。


「……しぶといなぁ……」


 コンクリートの山になった中にみんなを見つけた。

 血だらけになりながらも意識はあるようで小さく呻いている。


「…………」


 これが終われば私はもう世界を巻き戻すつもりはない。巻き込んでしまった関係のない人たちの命だけ生き返らせてもらって、神に選ばれた他の女の子たちはそのままだ。そうすれば戦いは繰り返させず、このゲームは私の勝利で終わりを迎える。私、一人だけを残して。


「別にその役目を誰かに譲ってもいいんだけど……、何がどう転んでまた繰り返されても困るしね……?」


 お節介な神様は、弄ぶように私の記憶を蘇らせる。望んでもいないのに「同じゲームを繰り返すだけじゃつまらねェ」と私に過去を思い出させる。何度も、何度も何度も、友人達を手にかけてきた記憶を。何度も、繰り返してきたどうしようもない殺し合いを。


「……もっと早くこうしておけばよかったかな……」


 手に染み付いた記憶は拭ったところで落ちはしない。忘れようとしたところで忘れることなんてできない。

 最初の一回目は声を届けることもできず、ただ殺し合うだけの関係だった。でも神様の力で作り直して、友達になった世界では確かに同じ時間を共有した。戦いを忘れ、楽しく笑いあうことだってできた。戦いが繰り返されるようになってからだってそうだ。他の手はないかと模索し、彼女達とも何度か話を交わした。友達になった。結果、すべての目論見が失敗に終わり、こんな形で決着を着けることになったとしても。私の中での彼女たちと過ごした時間は消えはしない。……多分、この記憶はずっと私の心を蝕み続けるんだろう。そして忘れることは許されないだろう。


 これは罰だ。願い事を叶える代償だ。


 もはやこの祈りをかけた戦いは、呪いでしかない。


「ねぇ、あなたはどう思うのかな? ーー……水島キョーコさん?」


 振り返り、そこに現れた姿に微笑んだ。

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