第13話 因縁

 あの「桃井リン」とかいうアイドルは芸能活動に飽き足らず、この戦いでも精力的に動いているらしい。サナエの話によると私と同じように街中で襲われ、間一髪のところで逃げ切れたのだという。


「とにかく、あの人をどうにかしないことには安心できませんっ……!」


 心細かったのか「友達」ができたことでテンションがあがっていたらしい。落ち着き、お茶をすすりながらそう語ったサナエは自分を落ち着かせ、ゆっくりといった。


「力を貸してくれますよね、水島キョーコさん?」

「もちろんだよ」


 最初はどうなるかと思ったけど、話してみればなんてことはない普通の女の子だった。

 家族とは離れて暮らしており、進学でこっちに出てきて祖母の元に身を寄せているらしい。

 確かに一人暮らしに「いつ襲われるかわからない恐怖」というものは辛い。

 あの公園での出来事を思うと部外者がいようが関係がなさそうだった。

 早々にケリをつけなくちゃいけないーー。

 例え、巻き添えを食うのがあの家族だっとしても、だ。


「なんて、バカみたい」


 放っておけば良さそうな二人の心配をしてることが何だか情けない。


「キョーコさんは……怖くないんですか……?」

「……ん?」


 少し先を歩き、桃井の姿を探していたサナエが心配そうに眉をひそめた。


「殺しあえって言われて……、わたし、すごく怖かったんです……。誰にも相談できないし、どうすることもできなくて……。なのに協力してくれるだなんてすごいなって……」

「ーーーー」


 みんな、こんな戦いに参加する子は何処かおかしいのかと思っていたけど、そうでもないらしい。目の前にいるこの子は何処にでもいる女の子で、私と同じように不安に襲われてる。

 そのことが少しだけ私を落ち着かせてくれていた。


「そりゃ怖いわよ、すごくね。……でも、逃げてばっかいられないじゃん? てか、それゆーならサナエのが肝が座ってる。こっちから狙うなんて普通考えないわよ?」

「……そう……かなっ……?」


 嬉しそうに緩んだ口元とをきゅっと結び、いけないいけないと真剣そうに視線を巡らせる姿はちょっと面白い。


「ふー……」


 私も知らずうちに肩に入っていた力を抜き、首を鳴らす。


「ていうかさ、あいつが街中普通に歩いてるとも思えないんだけど。無駄に目立つしさ、私達より先にファンとかに見つかりそうじゃん?」

「あ……それも……そっか……」


 ふと思ったことを呟き、お互いに足を止める。

 街中に出れば自然と見つけられる気がしてたけどそんなわけがない。仮にもあいつはアイドルで、芸能活動真っ最中なのだ。しばらく見つめあってお互いクスクス笑う。なんだかこんな会話も久しぶりな気がする。


「学校、サボっちゃったしお茶でもしてく?」

「ちょっと罪悪感あるけど、それもいいかなっ……」


 確か駅前にファミレスか何かあったはずだ、そこに寄ってお昼ご飯も兼ねるのもいいかもしれない。そんなふうにふと振り返った先で違和感を覚えた。

 なんでもない、見慣れた繁華街の細いくだり坂の先。平日だというのに人が行き交う道の向こう側に「同じだと感じる」二人組を見つけた。


「っ……?」


 なにかが疼く、これといってなんなのか正体を掴むことはできないけれどザワザワと騒ぐものがあった。


「……サナエさぁ……? 私のこと、どうして“巫女だ”ってわかったの?」

「そ、それはその……、実は皆さんが戦ってるととこ、遠くから見てて……それで……」

「そっか。じゃあ確かめる方法とかってないわけだ?」

「う、うん……?」


 あのピンクのバカがどうやって私を認識したのか疑問に思ってた。アカネだってそうだ。

 もしかするとサナエみたいに遠くから桃井とやりやってるところを見て知ってのかもしれないけど、基本的に「誰が巫女か」を認識する方法は私たちに与えられていない。


 ……けど、この直感みたいなものがそうだっていうならーー。


「キョーコさん……?」

「サナエは隠れてて、ちょっと様子見てくる」

「えっ、ぁっ……ちょっとっ……?!」


 下手に目立つと気づかれるかもしれない。

 サナエを残して坂を下り、視界から消えかけていた二人を追う。

 人ごみの中、角を曲がって見つけた後ろ姿ははっきりと「二人が神に選ばれた少女」だということを私に告げている。


「……なんだかなぁ……、変な感じ」


 髪の短い、活発そうな子とにこにこ笑う明るそうな子。

 二人とも制服が違うけれどそれは私とサナエもそうだ。


 もしかすると私達と同じように手を組んでる……?


 なるべく目立たないように自然を装って後をつける。

 何をどうこうするつもりもなかったけど、後手に回るのはもう散々だった。

 できることなら相手の出方を見極めて、敵意がないようなら話をつけておきたい。

 もう、あんな殺し合いはしたくない。

 サナエに協力しているのも桃井の動きをとりあえず探っておきたいだけだ。あいつがどうであれ殺して片付ける気は無かった。


「っと……」


 どうやら私たちが向かうつもりだったファミレスに立ち寄るつもりらしい。店内へ続く階段を登り消えていく二人。流石に中まで追いかけてはバレるしどうしたものかと考えていると、「入らないんですかっ?」サナエが首を覗かせた。


「ちょっ……?! おっ、おどかせないでよ!!」

「ごっ、ごめんなさいっ……!!」


 縮こまる姿に申し訳なくも思うけど、心臓はドキドキと音を荒立ててる。いまのはサナエが悪いっ……!


「っていうか、なにしてんのよ!? 待っててって言ったじゃん!」

「キョーコさん一人に危険な目には合わせられません!」

「そりゃそうかもしんないけどさ……」


 無駄に溢れる正義感に頭が痛くなる。自覚がないのか首をかしげるサナエが視線を向けた先は二人が消えていったファミレスで、


「とりあえず予定通りお茶にしましょっ?」


 トコトコと階段を登ってしまっていった。


「……大丈夫かな……あの子……」


 天然って奴は恐ろしいからなぁ……?

 変なことにならなきゃいいけど……。


 頭痛に増して眩暈まで感じながらも私も階段を登っていく。私だって、あの子一人に危ない目に会わせるわけにはいかない。

 店内は平日の午前中ということもあり空いていて、店員の案内を無視して座っても無理が通りそうな雰囲気さえあった。できればあの二人とは離れたテーブルに座りたかったのだけど、


「あっ、はいっ……だいじょうぶですっ……」


 そそくさと案内されるがまま通されるサナエにはかける言葉もない。


「はぁ……」


 自然とため息がこぼれ、気を取り直して二人の姿を探す。

 確かにこの店に入ったのは間違いないからーー、っと……。

 いた。ちょうど案内されたテーブルの斜向かい。通りに面した窓ガラスの側のテーブルに座っていた。向かい合ってなにやら話し込んでる。いや、明るい方の子が一方的に話しているだけか? もう一人は黙って話を聞いてるだけにも見える。仲が良さそうな感じではないけど、まんざら退屈って感じでもない。……なんだあの二人。


「どうです。気付かれてますか?」

「わかんないわよ、尾行した経験なんてないし」


 席に座るなりメニューを立て、顔を隠して身を低くした。気付かれてはいないだろうけど、ここからじゃ話し声は聞こえない。


 ドリンクバーでも注文してさりげなく後ろを通ってみるか……? 


 そんなふうに考えていると影が差した。


「……ん?」


 見上げれば、噂をすればなんとやらーー短髪の方の子が私たちを見下ろしている。


「げ……」

「…………」


 完全に不審がられている。ジロリと睨む視線はきつく、思わず身をよじった。


「な、なんか用かな……?」


 ギクシャクとしながらも伺ってみる。接点はないはずだ。

 仮に神の力って奴を感じ取られていたらやばいかもしれないけど、そんな感じもしない。

 お互いに見つめ合いーー、否、向こうは睨みを利かせて十数秒。

 まっすぐな、濁りのない瞳でサナエと私を交互に見やって、そいつはぐいっと顔を近づけてきた。


「……なぁ? どっかで会ったことないか、特にそっちの」

「ひゃっ、ひゃいっ……!?」


 絡まれることに慣れていないのか可哀想なぐらいに萎縮してしまっている。何はともあれ、助け舟は出さなきゃいけないだろう。


「会ったこと、私はないと思うけど……? ……サナエは?」

「わっ、わたしもっ……」


 あたふたと縮こまってしまってメニューをバタバタさせる姿を見てると、なんだかこっちまで辛くなってくる。そんな姿が気の毒になったのかその子は少し目を細めながらも「そっか」とテーブルに戻っていった。隣のテーブルに注文を取りに来ていたらしい店員が何事かと首をかしげ、目があうとお互いに苦笑いを浮かべる。


「すみません……なんでもないんです……」

「……そうですか……?」


 そそくさと離れていくお姉さん。やっぱりこの店に入ったのは間違いかもしれない。


「な、なぁ……サナエ……? やっぱ店でない……?」


 なんの効果もないんだろうけど、やっぱりメニューで顔を隠しつつサナエを伺う。向こうはこっちに気づいていないみたいだし、変に話がこじれる前に退散した方がいい。第一、向こうも何かしら勘づいている節がある。このままここにいたらまた戦いになるかもしれない。

 なんか好戦的っぽい雰囲気も感じたし。

 できれば話し合いで解決したいところだけど、時と場合ってのもあるだろう。今日はそういう日じゃない気がする。


「……? どした?」


 そこまで考えてサナエが小さく震えていることに気がついた。

 ぎゅっと腕を抱き、小刻みに震えては何かに怯えている。


「わかりませんっ……わからないんですけど嫌な予感がっ……」

「……?」


 あの短髪に怯えてるわけでもなさそうだった。その目は店の中を泳ぎ、その原因を探している。つられて私も辺りを探るけど何もおかしいところは見つけられなかった。強いて言うなら席に戻ったあの子がこっちをジロジロ睨んでるぐらいーー、っと……ニコニコ笑顔の子も振り返ってこっち見た。メニューに再び隠れて記憶を探る。

 残念ながらあの二人とは面識がない。会うのも初めてだ。

 でも「何処かで会ったことがないか」と聞かれればあるような気もするし、ないような気もする。……そんな交友関係広くないんだけどなぁ……。

 今はそんなことを考えてる場合じゃない。そう思って視線を滑らせた先。一面ガラス張りの向こう側に見知った顔を見つけた。


「……ぁ」


 窓ガラスの向こう側、ビルの壁に埋め込まれた巨大なテレビ画面にあの桃井リンの姿が映っていた。

 どこかの会場で新作映画の封切りがあったらしく、その舞台挨拶に彼女は立っていた。彼女はマイクを向けられ様々な質問に答えていて、テロップは申し訳程度に映画のタイトルが書かれている。そして最近亡くなった姉についてのコメント。左下に書かれている会場には地名が入っていてそこはーー、


「すぐそこじゃんッ……」


 慌てて席を立とうとし、


「ッ……?!」


 ーー突然割れた窓ガラスに身をかがめた。

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