第9話 青空の協定
学校の屋上っていえばご自由に使ってどーぞ的な響きがあるかと思えば、案の定鍵が閉まっていて登れなかったり、天文部の鍵をくすねて勝手に入ったりとあれこれえとせとら……。実際この学校も屋上は使用禁止で今は誰も使っていない。たまに天文学部やら吹奏楽部が使ってるらしいが昼休みにやって来る奴は今の所いなかった。
だから非常階段を使えば簡単に登れることに気がついた私にとっては格好の隠れ家となっている。
「ふぁーあ……、ねみぃ……」
朝、3つ隣のクラスを覗いた様子だと生徒会長は学校に来ていない。
あんなことがあった矢先で登校したくなかったって線もあるけど、もう一個考えられるのはミユの存在。
どっかほけーっとしていてこの争いにも無関心そうな感じがした。けど、そういう奴が案外一番怪しい。涼しい顔してずぷっと一刺し。気がついたときには手遅れってパターンが割と多い。これも経験上のハナシ。
昼休みが始まると同時にここに来るように言ってきたけど、相変わらずその姿は見えない。
何を考えているのか、何の準備をしているのかーー。
まぁ、戦うことになったらそれはそれで分かりやすいんだがな……。
帰り際、察してしまった自分の気持ちに嫌にもなるが殺しに来てくれるなら話は単純になる。
もしそうでないならーー。
「……めんどくせぇ……」
そんなのは柄じゃない。自分が一番分かっている分、タチが悪い。
乾いたコンクリートの床に寝転がりぼんやりと見上げた空には雲ひとつなく。青空が視界いっぱいに広がっている。
遠くからは生徒たちの話し声。グラウンドではボールを追いかけて駆け回る男子生徒たちの様子が緩やかな風に流されて聞こえてくる。
昨日のように襲われたのは初めてのことじゃない。
以前にも部活帰りの帰り道に猫みたいに笑うちっこいのに襲われた。その時はあくまでもご挨拶程度って感じで退却していったのだけど、そいつとは明らかに様子が違う。
「……願いゴトかぁ……」
叶えたい願い事がないって言えば嘘になる。この世界の不条理は思ってる以上に鬱陶しく、自分一人の力でどうこうできる問題ってのは案外少ない。どうにもできなくて、神様助けてくださいって嘆き祈ることは仕方のねぇことだ。
だから、「生き残ればなんでも叶えてやる」って言われたならそれは願っててもねーチャンスなんだろうし、神様に「その願いはひゃくパー叶わねぇ」って突きつけられた後なら藁にもすがる思いってもんなんだろう。
だけどその藁にしがみついたところで救われると決まった訳じゃない。
現にあの生徒会長みたいに「おかしくなっちまってるやつ」だっている。こうして呑気に昼寝していられる方が異常なのだろう。
ーーでもまぁ、それを自覚している時点で自分はイレギュラーなのかもしれないなぁ……。だからこそこの事態を平然と受入れてんのかもしんねーし。
仮に、いまこうしているときにミユが襲ってきたとしても「だろうな」って思うだけで自然だと思える。不条理だろうが、神様の暇つぶしだろうが、そーいうもんに巻き込まれちまったってのは変わらない事実で、変わらない以上受け止めてどうにかするしかない。その時点であたふたしているようじゃ、後手後手に回り続けるだけだ。
世界は回る。どうあったってそれは変わらないのだから即時対応してーー、
「……ん……」
そこまで考えて視線に気がついた。
非常階段から屋上へ通じる柵。そこに身を隠すようにしてミユの姿がある。
「……お前、何してんだよ……」
「わっ……! 見つかった!」
……いや、バレバレだけどよ。
「えへへー、ジュンちゃんったらせっかちにも程があるよー? はいっ! メロンパン!」
「……はぁ……?」
体を起こすと目の前に突きつけられたのは購買の紙袋だった。
「だってほら、いつも購買でパン買って食べてるでしょ? 今日は寄らずに屋上行っちゃったから代わりに買ってきたのです!」
「…………」
「あでっ?!」
どや顔で胸を張る様に思わずデコピンする。
「なにするのかな!?」
「あ……わるい、つい……」
「うぅーっ……!」
少し赤くなったデコを抑え、涙目にこちらを睨む様は同い年の女子としては少しばかり幼く映る。可愛いんだろうがなんだかなぁ……?
「……変わったやつだな、ほんと」
「むぅ……!?」
確かに腹は減った。余計なことばっか考えてるとこうなるからいけない。
ありがたく紙袋を開けると柔らかい、甘い香りが辺り一面に広がった。
購買のメロンパンってすぐ売り切れるからなんだか久しぶりだ。
「あんがとな」
例は告げる。ついでに財布はカバンだから後で払う、とも。
「いーよいーよっ、私からの感謝の気持ちってことで!」
そういって本人は小さな弁当箱を取り出して広げ始めた。
のんびりと吹き抜けていくそよかぜが心地よく、昨日、あんなことがあったばかりだというのに長閑な時間が流れていく。
「……なぁ、助けてってどういうことだったんだ?」
甘い香りにかぶりつきながらも取り敢えず尋ねる。
生徒会長が来ていない件で呼び出したつもりだったがどうでもよくなっていた。
メロンパンに毒でも入ってれば話は別だがそういうわけでもなさそうだ。甘い香りとサクサクした生地は学校の購買で売られているものとは思えないほどにうまい。
「んー……、そのまんまなのですよ。最近よく狙われてて、助けてほしくてですね!」
「はぁ……?」
「まぁ食べて食べて」
「…………」
生徒会長の様子は普通じゃなかった。明らかに正気をなくしーー、恐らくはコイツのように誰かに狙われてたんだ。何度も。そうやって神経をすり減らされてーー、……あのピンクのバカか……? 他の奴は見かけたことねーから想像はつかない。
けど、あんな奴に襲われ続けてたら可笑しくなるのも分からないでもない。
自分より弱そうなやつを襲いたくなるのも。
だとすれば呑気に飯を食ってる場合でもないんだろうがーー、頬張った生地はサクサクとしており頬が緩んだ。
「……んだよ」
食い入るように大きな目をキラキラさせながらこっちを見ていた。
「ジュンちゃんも笑うんだね!」
「う……」
何か言い返してやりたかったがこうも嬉しそうに見つめられるとこっちの方が照れてしまった。ニコニコと真っすぐな視線を送ってくる様子はまるで犬のようだった。尻尾があればぶんぶん振っていそうだ。
「はぁ……、なんかお前といると調子狂うわ」
「ぬぅ?」
本人にその自覚がないのがなんともなぁ……?
まぁ、これも嘆いたところで仕方がないんだろうがーー。
「私ね? 戦いたくないんだ」
「は?」
思わず聞き返してなんの話だったのか思い出すまで時間がかかった。
先ほどまで浮かべていた明るさは身を潜め、ミユは俯き寂しげにつぶやく。
「誰とも戦いたくない。願い事とか……よくわかんないし。……神様の言う通りにしなきゃいけないってのも、なんだか納得できないんだ……? だからばジュンちゃんとは友達になりたいなって……」
「…………」
捨て犬が情に訴えかけてきているかのようだった。
「生徒会長さんね? この学校に転校してきて校内を案内してもらったんだ……。で、その時に神様に選ばれた子さんだって気がついて、お話ししたんだけど……」
その先の言葉は出てこなかった。
痛々しいほどの作り笑顔と「えへへっ」という照れ笑いを浮かべ首をかしげる。
「巻き込んじゃってごめんね?」
一体どのように拗れてああなったのかはわからないし、既に生徒会長が正気を失っていた可能性もある。あの化け物みたいな奴に襲われた後に現れた「どうにかなりそうなやつ」に対しやられる前にやってしまえと思ったのは仕方のないことかもしれない。
「……でも、それでなんで俺がお前を庇うって思ったんだよ。下手したら生徒会長と組んでたかもしれねーのに」
交流はない。だが、面識は実際あったのだ。校内で停戦協定でも結んでいれば自然と勢力図は一方に傾く。同じクラスというだけでミユとの付き合いは浅いのだから。
「そこはほらっ、ジュンちゃんを信じてたから!」
けれど、そこには迷いのない笑みが浮かんでいた。
「ん……」
頬についたご飯粒がどうにも愛らしい。
「はー……、わーったよ。なるほどな。じゃ、念のために聞くけどよ? あの後生徒会長にトドメさしたりしてねーよね?」
「うん! ちゃんと駅員さんが起こすの確認してから帰ったよっ?」
「…………」
いや、それはお人好し過ぎる気もするけど……。まぁ、仕方ない。らしいっちゃらしい。
「具体的に、戦わない方法ってのは思いついてんのか? ていうか、生徒会長と和解する方法なんだけどよ」
殺してないなら今日はまだ学校に来ていないだけでいずれぶつかるハメになる。
対策案は考えておいて越したことはないだろう。
「んー、それはいまから考えようかと」
「……だよなぁ……」
お世辞にも要領がいいとは言えないし、どうにかできる手腕があればあんな風に襲われる前に手を打ててるだろう。つーか、助けを求めるにしてもあんなギリギリのタイミングにはならない。
「あれっ? ていうことは力貸してくれるの?」
「んだよ、意外かよ」
「んーん! ありがと!! メロンパンで買収されるなんて安くない?」
「……おまえな……」
「えへへ」
ほんと、調子が狂う。
ただ、そんな普段とは違う調子を心地よく感じているのも事実だった。認めたくはないが、この変な転校生のことを私は気に入ってしまっているらしい。……不覚にも、だけど。
「他には? この学校に巫女はいんのかよ。つーか、どうやって俺がヘラの巫女だって気づいた」
少なくとも学校で力を使った覚えはないし、襲われたのも昨日で二回目。ミユに気付かれるようなことはしてないと思うがーー、と真剣に考えているとあっけない答えが返ってきた。
「ハーデスに教えてもらったの」
「……ぁー……?」
ハーデスってのは人の名前じゃなさそうだ。確か神様の名前だった気がするし、もしかしてウチだけか……? 非協力的な神様ってのは……。
一度姿を見せただけであとは引っ込んだままのムカつく顔を思い浮かべ、呆れて物も言えない。神様同士の代理戦争。巫女を使ったサバイバルゲーム。
仮にも自分が選んだ巫女が最後まで生き残るかどうかってルールならちっとは力を貸せと言いたくもなる。が、そういったところで無視されんだろうなぁ……。
「めんどくせー……」
「んー?」
互いの神様は見えないし声も聞こえない。
だが、こうしている間にもコイツのパートナーはあれこれ指示出ししているんだろう。さっきからちょこまかとミユの視線が泳いでいた。
「……つーか、ハーデスってまた物騒な神様連れてんだな。冥界の神様だっけか?」
「んー、うん。すっごく生意気で煩いんだよ?」
言いながら顔をしかめる様を見ていると現在進行形で煩いらしい。神様にもいろいろいんだなーー。なんとなく泳ぐ視線の先を追ってはみるけれど、それらしき姿は見えなかった。まぁ、見えたところで苦情ぐらいしか出てこないだろうが。
「生徒会長、止められると思うか?」
本題に入る。
もし「誰とも戦いたくない」というのならまずはあの生徒会長をどうにかする必要が有る。
あいつが何を抱えてるにしろ自分の願いの為に命を賭けてるようなもんだ。言葉で説得するのは絶望的だと思っていた。ーーだからこそ、力づくで黙らせてしまえば良い。ってのは私の考え方だ。
争うことが無駄だと、命を賭けることが無駄だと分かれば例え目の前に吊るされた人参でも諦めもつくだろう。手を伸ばしたところで絶対に届かないーー。元に戻すだけだ。……残酷な現実ではあるが。
「……説得は……してみようと思う」
ミユは自信なさげにつぶやく。
おそらくそれはもう失敗しているのだろう。失望の色しか浮かんでいない。
「話せば分かるって思うからっ……」
思うからもう一度頑張ってみる。
不毛だとは思うけど、それで戦わなくて済むならそれはそれであり……か。
戦うことは嫌いじゃない。そもそも祖父の勧めで武道を習っていたとはいえ、武道そのものは嫌いじゃなかった。拳と拳を交え、時には限界を超える事は魂の喜びを感じると言わざる得ない。それこそ人の力を超えた能力でやりあえるなんて滅多にない機会だ。
だけど、それが「命の取り合い」だとすれば話は別だけど。
相手を倒すだけでは事足りず、命を奪うことで戦いが終わるのだとすれば「そこまでは」したくない。血なまぐさい話は大人の世界だけで十分だ。
「その自信、あんのか?」
命をかけて向かってくる奴は厄介だ。
誰だって命は惜しい。できることならンなもん賭けたくもない。
けど、それを賭けなきゃならない時ってのはごく稀にやってきて、それを止めさせるってなるとこっちも命を張らなきゃいけなくなる。
これはそういう話だ。目の前のコイツが、どんな信念を持って「やめさせたい」と言っているのか分からないが、私の命がかかわる以上は見極める必要がある。
「実はね、止められる自信……あんまりないんだ?」
「……ハァ?」
「でも……、できるなら止めたいなって思うんだよねっ」
「…………」
弱いーー。考えるまでもなく、脆い。
この程度じゃ戦いを止めるどころか、生徒会長に斬り殺されておしまいだろう。
「だめ……かな……?」
「……あのなぁ……?」
ダメとかそういう問題じゃなくて、もう根本的に「弱い」んだがーー、
「むー……」
「ぁー……、……あー……んぅー……?」
だからそんな捨て犬みたいな目で見んなって……。
つくづくこういうタイプには弱いのことに気づかされる。今まで意識してこなかったけど、ここまでグイグイ来られることも無かったしな……。
「わーったよ。どうせこっちのツラは割れてんだ。生徒会長の足止めぐらいはしてやる」
「わぁ……!! ありがとジュンちゃん!!!」
「なっ……」
言って後悔した。渋々の同意だったが急に抱きつかれ、柔らかいやら甘いやらでドキマギする。
「あのなぁっ……!? そんな簡単な話じゃねぇんだぞ!? わかってんのか!」
中断させるように怒鳴り、しかしミユはそんなことおかまい無しだ。
「わかってるよぉーっ! わかってるけどジュンちゃんがいてくれたら平気だよぉっ!」
「ぬぁー……」
なんなんだこいつは……。
深刻な状況だっての、わかってんのか……?
「まぁいい……、勘違いすんなよ。“とりあえず”の協定だかんな」
「はーっい!」
相変わらず嬉しそうに跳ねる姿は小動物を思わせる。こういうのが「男子が守りたいおんなのこ」って奴なんだろうなぁ……。私とは大違いだ。
ぼんやりと空を眺めているとやはり自分の置かれている状況が現実のものとは思えない。
神様の趣味の悪い冗談で、いまもこうしている間に誰かが誰かを殺そうとしているなんて普通に考えて馬鹿げてる。
「……馬鹿げてるよなぁ……ほんと……」
そう言って、中の階段から屋上に出る扉に目をやった。
なんとなく、来ることはわかっていたしミユがとどめを刺していないのなら、そのまま引き下がるわけもない。
ガチャガチャと向こう側から鍵を差し込まれ、錠が外される。
「せっ……先生来た!!?」
「あほか」
見当違いな驚き方をするミユを後ろに押し込み、取っ手が回るのを眺めつつ「神の力」をその手の中に出現させる。
「昨日の今日で勤勉なこって。よくもまぁあきねーな?」
「むぅ……!!」
後ろで意気込むミユを余所に、武器を構える。
ふらりと扉の隙間から現れた生徒会長の顔色は悪かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます