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杜乃日熊

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「え、アイツまだ練習してんの? 結果も出せないくせに、よくやってられるな」


 広岡勇大ひろおかゆうだいは熱心に居残り練習する部員を揶揄やゆした。彼の声には棘が含まれている。

 練習場からピンポン球が跳ねる音が聞こえてくる。広岡は更衣室を出て音源を確かめると、そこでは小田進おだすすむが黙々とサーブ練習をしていた。

 小田は元から真面目に練習する方だったが、最近は一層意欲的に打ち込んでいる。なぜなら、一ヶ月後に最後のインターハイ予選があるからだ。これまで彼は、大会で目立った成績を残していなかった。だからこそ、この大会でどうしても勝利を得なければならないと思っていた。

 肩に力が入ってしまい、サーブの狙いがズレてしまう。落ち着け、と改めてサーブを打つと今度は成功した。回転量も速さもさることながら、球の曲がり方がこれまで以上に鋭くなっていた。

 だが、これで満足してたら駄目だ。もっと強化しないと、格上の相手を倒すことはできない。小田は再び練習を開始する。


(いつまでもアイツに負け続けるわけにいかない……! 何としてもアイツを超えて、インターハイへ行ってやる!」


 そんな彼を嘲笑うかのように鼻を鳴らす広岡。その後すぐに更衣室へ入って帰り仕度を済ませていく。


(そんなことして何の意味があるんだよ。お前なんかがインターハイに出られる訳がないだろう)


 広岡は小田と同学年で、部内ではトップクラスの実力者だ。大会に出場すれば常に三位以内の枠に収まっていた。いわゆるエースという存在だった。

 だが、強者は往々にして傲慢になってしまう。

 練習中はしばしば手を抜くし、顧問がいない時は別の部員と駄弁っている。それ相応の実力を持つが故に、油断が生じてしまう。

 そんな彼は小田を疎ましく思っている。大して強くもなく表彰されたこともないのに、懸命に練習する小田の姿を見ると、無性に腹が立つのだ。思えば一年の頃からずっとそうだった。広岡は余裕で勝利を収めていく中、小田は敗北を繰り返してきた。しかしどれだけ敗北を味わったとしても、小田は変わらず練習に打ち込んでいた。その様が妙に広岡の心を侵食していった。


(何で俺があんな弱者に動揺してるんだ)


 その思いは既に彼の無意識下に募っていった。

 勝利を渇望する小田とただ焦燥に駆られるだけの広岡。努力する者と努力を怠る者。二人の距離は知らぬ間に着々と縮まっていた。



 球が相手のコートを跳ねていった瞬間、小田の頭が真っ白になった。最後の一打を決めた後、考えていたこと全てが弾け飛んでいた。

 十九対十七。副審は無言で結果を告げる。それはデュースにまで持ち込まれた激戦の証だった。


(そうか。僕が勝ったんだ……)


 小田はようやく状況を飲み込めた。応援席からは、盛大な拍手と歓声が鳴り止まない。


 インターハイ予選の最終日。

 ダブルスが終わってシングルス及び団体戦が進められる中、小田も広岡も勝ち残っていた。広岡の結果は予想通りといえるかもしれないが、小田の結果は誰も予想できなかっただろう。去年までの彼ではそこまで辿り着けなかったかもしれない。それほど彼は大きく成長していた。

 そうした中、思わぬ事態が起こってしまった。ベスト4決定戦でまさかの広岡、敗退。相手は優勝候補と言われた強豪校の選手だった。その敗北は本人を含める部内全員が衝撃を受けた。今年はインターハイへ進める奴がいないのか。敗色漂う雰囲気を打ち破ったのは、他でもない小田だった。

 広岡が負けた後、小田は準々決勝で勝利した。そして、進む準決勝。対戦相手は何の因縁か、広岡を倒したあの選手だった。小田は健闘したものの負けてしまった。しかし、彼は落胆しなかった。ベスト4に入った彼は、見事インターハイへの切符を手に入れたからだ。


 小田は高校生活で一番の達成感と喜びに満ち溢れていた。鳴り響く歓喜の音が心地良く感じられた。身体中がウズウズして仕方がなかった。ようやく念願が叶ったんだ、と強く実感した。

 準決勝が終わってから、部員達の元へ戻るために小田は試合場を出る。廊下を歩いていると、見知った顔に出くわした。


「……お前、インターハイへ行けるんだな」


 広岡は抑揚なく呟いた。小田は少々面食らうも、「おう」と頷く。


「ついこの間までは俺の足元にも及ばなかったお前が、よくそこまで強くなったもんだな。やっぱ日々の成果ってやつか。はっ、だったら俺がお前に追い越されるのも納得──」


「広岡」


 自嘲する広岡の台詞を小田は遮った。彼の目は、広岡を真っ直ぐに見据えている。それは非難しているようにも見えるし、心配しているようにも見えた。小田の視線に広岡はたじろぐ。


「僕はお前の分まで戦うから。お前の分まで、インターハイに挑んでやるからな」


 広岡は唖然とする。その彼の横を、小田は堂々と通り過ぎていった。まだ見ぬ大舞台への情熱を胸に抱きながら────

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DAILY 杜乃日熊 @mori_kuma

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